ヨーロッパのホテルの玄関には、よく、クレマチスの花が置かれている。鉢に植えられている花もあれば、外壁に蔓を這わせながら咲いている花もある。クレマチスの花言葉の一つは、「旅人の喜び」。宿泊する旅行者を迎える、嬉しい気配りである。
ご存知の通りクレマチスは、細長い蔓が地面や壁の側面に沿って伸び、所々に鮮やかな色の花を付ける。細くて硬そうな蔓にはおよそ不似合いな、美しい花だ。
この花は、花弁のように見えるが、実は萼(がく)と呼ばれるもので、花弁の付け根にある小さな葉のような存在。通常は、花全体を支える役割を果たしている。この萼が大きく成長して変化すると、花弁のように見えてくる。
クレマチスが、中国から日本へ伝わってきたのは、17世紀の江戸・寛文年間のこと。中国ではこの花のことを、鉄線のような丈夫な蔓を持つことから、「鉄線蓮(てっせんれん)」と名付けていた。クレマチスが鉄線と呼ばれるのは、こんな理由からだ。
クレマチスには300もの原種があり、原産国は主に北半球の温帯や、南半球のニュージーランドなどである。中国伝来種・鉄線の花弁(萼)は6枚だが、日本原産のものは、8枚。こちらのクレマチスには、「風車(カザグルマ)」という和名が付いている。これは萼の形態が、風車のように見えるからであろう。
クレマチスのように、他の樹木に蔓を巻きつかせながら、高いところに茎を伸ばす植物は、蔓植物と呼ばれる。朝顔や葡萄、ノウゼンカズラなどが、同じ仲間であるが、クレマチスは、その咲き誇る花の美しい姿から、「蔓植物の女王」と称される。
花の色は、白や青、紫などが主で、開花する時期は4~10月。最盛期は5月下旬頃だが、その涼やかで優美な花の姿から、夏を代表する花になっている。
もちろん、キモノや帯のモチーフとしても、こんな気品のある花を放っておく訳がない。夏をイメージする花なので、絽や紗の模様として、さらに浴衣の図案としても、ポピュラーなものになっている。また、クレマチスが蔓を持つ植物なので、模様を繋げる図案としても使いやすく、多様に表現されている。
バイク呉服屋も、クレマチスの「ハッとするような」青紫色の花が、夏花の中では一番好きである。今日は、夏薄物の中に咲き誇るクレマチス・鉄線の姿をご覧頂こう。
(丁子色 クレマチス・カザグルマ模様 絽京友禅訪問着 松寿苑)
柔らかく上品なベージュ色・丁子地色に、クレマチスの花だけをあしらったシンプルな絽の訪問着。花を、浅紫色と白の二色だけで挿しているため、凛とした表情のある夏のフォーマル着になっている。
挿し木に蔓が巻き付きながら、上に伸び上がる姿を見ると、クレマチスの自然な動きをそのまま写し取って模様にしたことがわかる。
柄の中心となる上前おくみと身頃の花姿。裾から模様の中心に向かって、蔓が伸び、所々に大輪の花を付ける。匂い立つような、気品あふれる夏の意匠。
花や葉にぼかしを多用することで、模様の表情が変化し、単純な図案ながらも見る人に柔らかな印象を残す。着姿全体が、クレマチスに包まれているように見えてくる。
花弁(萼)の数を数えてみると、紫花も白花も8枚。ということで、この花のモチーフは、日本原産の「カザグルマ種」と考えられる。生地の絽の目が花の間に入ると、より涼やか。
花や蘂の輪郭が銀糸目になっていて、花を浮き立たせる役目を果たしている。細かい蘂まできちんと描かれ、丁寧に仕事がなされている。
(丁子色 クレマチス・鉄線に百合と観世流水模様 絽京友禅訪問着 松寿苑)
こちらの地色も、上の品物と同じ丁子色系だが、比べるとかなり濃さを感じる。模様は、クレマチス単独ではなく、裾にはコバルト色の観世流水が付けられ、大きな白百合と杜若の姿も見える。
群青色で挿されたクレマチスはインパクトがあり、模様全体を引き締めている。水と夏植物の組み合わせは、もっともスタンダードな薄物の意匠。
模様を構成する植物の一つなので、蔓の持つ伸びやかさは描かれていない。ご覧のように、花模様の中心は大きな白百合だが、周りを彩るクレマチスも決して引けをとらずに、花として主張している。連ねて描かれているだけに、百合よりもむしろクレマチスの方が、印象に残るキモノ。
このクレマチスの花(萼)は6枚。中国から伝わった「鉄線蓮」がモデルだ。最初にお見せした8枚の「カザグルマ」の方が、格好良く見える。こちらの花の方が一回り小さく、その上少し図案化されて描かれているためであろう。
やはり鉄線は、蔓を生かしながら描かれていないと、この植物の持つイメージが半減するような気がするが、如何だろうか。
クレマチスを二枚並べてみた。こうしてみると、明らかに地色が違う。最初の品物は、白地に近い。
夏のフォーマル模様として、無難で使いやすいのは、左側の鉄線だろうが、気品を感じるのは、断然カザグルマだけで表現された右側。挿し色の配色といい、伸びやかな蔓の写実的な描き方といい、やはりこの花が、「蔓植物の女王」だと実感させてくれる。
さて、フォーマルにおけるクレマチスの模様を見てきたが、カジュアルではどうだろう。気軽に楽しめる浴衣の中では、どんな描き方をしているのか、少し見てみよう。
(白地 クレマチス・カザグルマ模様 綿絽浴衣 竺仙)
花弁(萼)だけで表現したクレマチス。8枚花弁だから、モチーフはカザグルマ。大胆に描いた花は、まさに「風車」のようだ。若い方向きなので、配色も赤やピンク、黄色と鮮やか。
蔓を除くと、途端にモダンな図案となる。夏を意識してクレマチスを使っているが、浴衣なればこその、表現の仕方と言えよう。
同じカザグルマの型紙を使って、配色を変えた浴衣を並べてみた。こちらは、コーマ白地。挿し色を変えただけなのに、かなり印象が違う。左側なら、着用する年齢の幅はかなり広がるだろう。
左は、クレマチス本来の色をイメージして、花に青と紫を挿している。そのため、「図案化した風車」ではなく、植物の「クレマチス・カザグルマ」を思い起こさせる。あえて、型紙の同じ位置を並べて写してみると、雰囲気の違いがよくわかる。
今日は、代表的な夏植物・クレマチスをご紹介してきた。一般的には、鉄線と呼ばれている花だが、花弁(萼)の数で、種の違うものがイメージされている。8枚萼で描かれている日本固有種の「カザグルマ」は、独特の気品が漂い、「蔓植物の女王」と言うより、「夏花の女王」だと思う。
夏の文様として、キモノや帯にあしらわれる植物は、秋の七草のように、「立秋以降」が旬となるようなものが多い。しかも模様は、一つの花が単独で使われることは少なく、幾つかを組み合わせて図案となる。例えば、撫子と薄と女郎花とか、桔梗と女郎花とかである。そして、花だけでなく、ほとんどが、流水や垣根、虫籠などの「夏の道具」を一緒に使っている。
オーソドックスな複合的な夏模様も良いが、時として、大胆に植物の個性を写し取った品物も悪くない。その中でもクレマチスは、女性の夏姿を最も美しく表現出来る花であろう。皆様も、夏の間にはぜひ、この花に注目して頂きたい。
我が家の小さな庭の入り口に、鉄線の花があります。これは、数年前に家内の母が買ってきて植えたものです。
母は、昨年の夏の暑い日に、亡くなってしまいましたが、花は、今年も薄紫色の花を咲かせました。おそらくこれからも毎年、花は咲き続けるはず。我が家のクレマチスは、亡き人を想う特別な花でもあります。
今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。