バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

2月のコーディネート ひそやかな梅花とバチル模様で、天平の春を

2016.02 10

ホーロー看板という不思議な代物を知っているのは、もう40歳以上の方々であろう。昭和の時代、列車の窓からは、家の外壁や農家の納屋に貼られた様々な看板を見ることが出来た。

テレビなどがあまり普及せず、商品を宣伝する媒体そのものが無かった時代、世間に品物を知ってもらうために、線路や道沿いの目立つ場所に看板を貼った。もちろん、広告代理店なるものはなく、製品を作った会社のセールスマン自らが、協力してくれそうな家を訪ね歩き、看板を貼っていった。

ホーロー看板で宣伝される品物は、殺虫剤や薬品、食品、学生服などで、かなり偏りがある。着流し姿の水原弘と、ネグリジュをまとった由実かおるのコンビが描かれた殺虫剤・ハイアースや、大きい菱型に大書された蚊取線香・金鳥、さらには、メガネを落とした大村昆が手に持つ姿が印象的なオロナミンCなどは、車や列車に乗れば、必ず一度は目にする「定番ホーロー」であった。

 

学生服のホーロー看板の中で一番多かったのが、「菅公学生服」。菅公は、カンコーと読む。この名前には、聞き覚えのある方も多いと思う。それもそのはずで、菅公ブランドは、学生服ではNO.1のシェアを誇る。

菅公を作っていたのは、倉敷市・児島にある尾崎商事という会社である。3年ほど前に、社名そのものを菅公学生服に変えている。菅公ブランドは、1927(昭和3)年、当時の社長・尾崎邦蔵の提案で生み出された。もちろんその由来は、学生の本分は勉強=学問の神様・菅原道真公(菅公)に因むもの。

 

道真といえば、梅。左遷された道真の徳を偲んで、京都から大宰府に飛んでいって花を付けた「飛梅伝説」は、あまりにも有名である。

ホーロー看板から梅花文様へと、バイク呉服屋お得意の、かなり無理なこじつけが済んだところで、今月のコーディネートを御紹介することにしよう。

 

(鳩羽鼠色 枝梅模様・付下げ  白地引箔 横段正倉院撥鏤模様・袋帯)

古来、春の花と言えば梅であった。大陸から日本にもたらされたのは、奈良期初頭らしく、これも、遣隋使や遣唐使などの大陸間交流による副産物の一つであろう。万葉集に詠まれている春の花は、梅が118首で、桜が44首。梅に関する歌は、天平期に集中しており、この時代の「流行花」であり、人気が高かったことが伺える。

桜が、春の代表花としての梅の地位を奪ったのは、遣唐使が停止された以後、平安時代に入ってまもなくであった。天皇や貴族の間で、桜の花を愛でることがもてはやされ、花見の宴なども催されて、次第に多くの人々の心を掴んでいった。

梅をこよなく愛した、菅原道真の建議で停止された遣唐使。それが日本独自の国風文化を産みだすことに繋がったが、皮肉にも梅から桜へと、日本人の趣向が変わる契機にもなってしまった。

 

梅は、1月中旬から3月中旬までが旬であり、これからが盛りの花。気温が低い時期から咲き出すために、花持ちが良く、長い期間楽しむことが出来る。あっという間に咲き、あっけなく散ってしまう桜とは対照的である。

梅模様のキモノも、その意味で「旬」が長い。年明け早々から、3月末までは、春の装いとしてふさわしいものになる。今日は、梅模様の中でも、ひそやかで控えめな「枝梅」を描いた品物を、ご覧頂こう。

 

(鳩羽鼠色 紅白枝梅模様 糸目手描き京友禅付下げ・トキワ商事)

キモノの地色・鳩羽鼠(はとばねずみ)は、その名前の通り、鳩の羽の色から取られている。鼠色の中に、わずかな紫が感じられる色である。写し方が稚拙なので、最初の画像とかなり色が違って見えているが、お許し頂きたい。薄い紫や藤系統の地色の品物は、いつも思うような画像にはならない。実際の品物を見て頂かないと、判り難い色であろう。

画像は、模様の中心である上前のおくみと身頃を写したもの。キモノの図案として使われる梅は、梅木や枝に咲く梅の花を描いた写実的な模様と、梅鉢文やねじ梅文、さらに光琳梅などのように、文様として図案化されたものがある。

このキモノの梅は、ポツリと枝に付いている紅白の花だけを切り取った意匠である。これは「枝梅文様」と言い、写実的な描き方の一つ。ただ枝ぶりはリアルな姿でなく、横へ伸びた枝の先端だけで表現されている。この姿が、この付下げを、より控えめな印象に映している。

地を境にして、左側がおくみで、右側が上前。仕立て上げた時には、おくみと上前の枝が、ピタリと繋がっていなければならない。枝は、糊を置いた糸目がそのまま使われている。こんなさりげない図案であるが、きちんと手描きされた友禅である。

枝梅を拡大したところ。小さな花びらの中にも、様々な繍のほどこしがある。遠めには、シンプルな姿にしか映らなくても、模様をよくよく見ると丁寧に仕事がしてある。品物の良し悪しを見る時には、大切なポイント。

刺繍で表現されている花びら。右端の紅梅は「縫い切り」で。左の少し大きい白梅は、蘂(しべ)のうち、花糸(かし)部分は、サーモンピンク糸の「まつい縫い」、先端の葯(やく)部分は、白糸の「相良縫い」。花の姿は写実的なものでなく、丸みを帯びた輪郭で、光琳梅のような形に図案化されている。

 

さて、この地味なキモノの地色と、おとなしい枝梅模様が生かされるような、帯の組み合わせを考えてみよう。梅が、天平の花ならば、正倉院に関わる帯文様で、すっきりとした「天平の春」を表現してみたい。

白地引箔 正倉院撥鏤(ばちる)段文様 袋帯・西陣 山城機業店)

「撥鏤(ばちる)」というのは、文様そのものではなく、技法の一つである。材料として使われるものは、象牙。まず全体を色付けした後、表面を刀で削り模様を描く。それにより象牙そのものの色を、文様として浮かび上がらせる。

正倉院には、この撥鏤技法により作り出された文物が残されている。正倉院における最も古い献納帳の一つ、「国家珍宝帳」に記載されている、「紅牙撥鏤尺(こうげばちるのしゃく)」と「緑牙撥鏤尺(りょくげばちるのしゃく)」。

「尺」というのは、ものさしのこと。正倉院・北倉に収蔵されている紅・緑二色の尺には、唐花文・鳳凰・花鹿・含授鳥・鴛鴦など、天平を代表する数々の文様が撥鏤により表現されている。

この帯文様に、撥鏤文と名前が付いている理由は、技法そのものではなく、この撥鏤尺に表現されている天平文様によるもの。画像でわかるように、横段文それぞれの中には、正倉院文様独特の唐花や花卉、さらにリボンをくわえた天平の鳥・含授鳥(がんじゅちょう)の姿も見える。

 

この帯を製作したのは、山城機業店。大正期に創業した古い機屋である。名前に機業と付けているのは、「機を生業とする」ことを大切にして、伝統を守り続けるという意味だと言う。

この帯は、今年の正月明けに、直接山城機業店に出向いて求めた品物。この織屋の傑出しているところは、出機ではなく、自分の所で織機を備えて、自社生産していることだ。また織りだけでなく、糸染めから図案作り、図案起こし(紋彫り)、さらに仕上げ整理まで、工程を一貫したモノ作りがなされている。

昨今、西陣では各工程別に下請けや外注に出し、リスクを分散している織屋がほとんどであるのに対して、山城機業店の場合、「機業」の名に恥じぬ、仕事のやり方が貫かれている。

先日伺った際、会社の玄関を入ると、まず驚かされたのは、一面の棚に数え切れないほどの糸が収められていること。ひと棚ずつ同系色の色糸が三十色以上ある。社長の山本政義さんの話では、棚の糸を見ながら、帯の配色を構想するという。その時には色だけではなく、撚り方による発色の違いにまで、考えを及ばせるそうだ。

一本一本の帯を、自分の納得の行くところまで極めて織り上げること。この当たり前にも思えることを、西陣の現状の中で実現していくことは、大変なことであろう。

山城機業店は、上質な唐織帯を製作することで知られているが、この帯は本金箔糸をかなりの割合で使っている上質な引箔帯。上の指定外繊維・和紙の含有量は14%と記載されているのが見える。本金糸は、芯糸になるレーヨンに和紙を巻きつけ、そこに金箔を貼る。つまり、本金箔がどれだけ使われているかは、和紙の含有量に比例している。だから、和紙のパーセンテージが上がれば上がる帯ほど、上質な品物となるのだ。

質の良い帯でも、大概は5~8%くらいだが、この帯の14%というのは、かなりのもの。昨年12月に御紹介した、西陣・泰生織物の聖獣文様の帯は20%だったが、これはかなり突出したものである。

 

さて、この上質で上品な、撥鏤横段文様の帯を、枝梅の付下げに合わせてみよう。

キモノが、枝梅だけの模様なので、このシンプルさを削がないために、すっきりした横段文だけのこの帯を選らんでみた。着姿に明るい印象が持てるよう、白地で中の配色も淡い色調のもの。上質な金箔糸が使われているので、光りの映え方も上品である。

横段文も、前の部分では縦段文となる。単純な図案だが、お太鼓と前部分では、かなり印象が変わる。模様の段巾は微妙に変えられていて、少しアクセントが付けられている。前姿も後姿も、潔い感じのする帯だと思う。

(紋織 鶸と鼠色ぼかし帯揚・加藤萬  薄鼠と若草色 平組帯〆・龍工房)

小物は、あまり前に出ない色を選んでみた。帯揚・帯〆どちらも、柔らかい鼠と鶸系の同系色。濃い色の帯〆で着姿全体を引き締めない方が、春らしい優しい印象が出せるように思える。

 

天平の人たちがこよなく愛した梅の花と、正倉院にに伝来する撥鏤文の合わせは、如何だっただろうか。立春を過ぎたばかりなので、春の気配にはまだほど遠いが、陽光あふれる季節に思いを馳せながら、着姿を考えるのは楽しい。

旬の長い梅の花を、春のキモノや帯の図案として、ぜひ一度お考えになってみては。最後に、今日のコーディネートした品物を、もう一度どうぞ。

 

バイク呉服屋は、いかにも「昭和的」な、ホーロー看板が大好きです。世間には、この看板をこよなく愛している人たちがかなり存在すると聞きます。希少な商品の看板は、高値で取引されているらしいですね。

私は、知り合いの農家の納屋に、「金鳥蚊取線香」の看板が貼ってあるのを知っているので、そのうち何とか譲りうけて、自分の家の外壁に貼り付けたいと思っています。

但し、家内からは、「ホーロー看板を貼ったら、家から出て行く」と釘をさされています。なので、うちの外壁に金鳥の看板が見えたら、妻に離縁されたと思ってください。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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