数日前、新聞に載せられていた中学受験塾の全面広告を見た。そこには、今年行われた開成中学の算数の入試問題が掲載されていたのだが、当然のことながら、バイク呉服屋には、一問として解ける問題がなかった。いや、解く云々の前に、問題そのものの意味すら理解不能だった。
解答時間は、たったの50分。どのように鍛えたら、このような難問が解けるようになるのか。もって生まれた能力に、大変な努力を加えなければ、最難関の中学受験には挑めないということになろうか。
東京都の中学受験率は、17.3%。この率は、地域ごとにかなり差があり、千代田・文京・中央・港など都心部では5割を越えている。中高一貫校への進学率は、35%以上にも及ぶそうだ。
有名中学受験に臨むため、いつ頃から塾に通うのかというと、4年生からが多いらしい。ということは10歳である。親が奨めるのか、子どもが自分の意思で通うことを望むのか、よくわからない。けれども、目標がはっきりしていることは、確かである。
翻って、地方の子どもたちを見てみれば、まったく違う生活を送っている。中高一貫校の数が少ないことも一因だが、10歳で受験のことを考えている親などは、ごく一部に限られよう。
そんな徒手空拳の地方の子どもが、10歳から鍛え上げた都会の子どもと、将来大学受験でガチンコ勝負をする。これは例えて言えば、「竹槍対スカッドミサイル」の戦いであり、趨勢ははっきりしている。
人間は、子どもの時の環境により、大人になってからの考え方が大きく変わる。競争を前提に育った子と、そうでない子では、明らかに違うだろう。無論、どちらが良い悪いではない。ただ大人が子どもに望むのは、どんな環境の下でも、柔軟で伸びやかな心を持って、健やかに育つこと。これには、変わりはない。
さて、七歳の祝いは「帯解きの儀」の名残である。帯解とは、それまでの紐から、本格的な帯を結ぶ年齢になったという、言わば大人への入り口に立った儀礼である。
今日は、この帯解きの儀にふさわしいような、子どもらしさを残しつつも、少し大人っぽい黒地の祝着を、帯とともに御紹介してみよう。
(黒地 薬玉に枝垂れ桜 四つ身友禅小紋・黒地 桜文様 四つ身訪問着)
大人の入り口の立つ儀式が、袴着と帯解ならば、成人として認められる儀礼が、男子の元服・女子の裳着(もぎ)。平安期から江戸期にかけては、12歳~16歳の間で、執り行われていた。
裳着とは、成人女性の衣装である「裳」を初めて付けること。これは、スカートのような形状になっていて、「引腰(ひきごし)」という二本の紐を結びつけて使うもの。簡単に言えば、「巻きスカート」のようなものである。
裳着を済ませた女性は、「いつ結婚してもよい女性」と認められたことになり、髪上げや化粧などの身づくろいをする。中でも、歯を黒く染める「お歯黒」と、眉を剃って墨描きする「引眉(ひきまゆ)」は、特徴的なものであった。
今日御紹介する、少し大人っぽい黒地の祝着は、ちょうど帯解から裳着までの間に使うような、いわば思春期を彩るキモノと言えるかもしれない。
(黒地 薬玉に枝垂れ桜模様小紋 七歳祝着・千切屋治兵衛)
このキモノは、先日の「小紋見本帳の稿」でお話した6歳の女の子の祝着。普段通っているお茶のお稽古では、古い大人の小紋を仕立て直したものを使っているが、七歳を迎えるにあたり、初めて新しい反物からキモノを作った。
後で御紹介するが、彼女にはどうしても気に入っている帯があり、その品物の色や模様を考えて選んだのが、この黒地の小紋だった。
最初にこの品物を見た時には、おかあさんも「少し大人っぽくなりすぎないか」と心配した。反物の状態だと、どうしても地色の黒が目立ってしまうので、これは無理なからぬことである。その上、キモノとして仕上がった時に、全体がどのような模様となって表れてくるのかも判り難い。
仕上げてみると、全体が総模様になって、反物からは想像も出来ないほどの華やかさがある。特に、上から下へ伸びている枝垂れ桜が際立っている。その中には、様々な模様の薬玉(くすだま)が散りばめられているので、いっそう華々しい。模様の中に配されている色が鮮やかに浮かびあがるのは、黒地だからこそ、である。
この四つ身小紋でも判るように、キモノの中で小紋ほど、反物の時と仕立て上がった時の印象が変わるものはない。模様の付け方が多様であり、仕立ての工夫により着姿が変わる。そして、付ける八掛の色一つでも印象が違ってくる。実に、自由で楽しめるアイテムと言えよう。上のキモノは祝着なので、八掛は鮮やかな緋の色を使っている。
(支子色 揚羽蝶文様 祝帯・西陣 奥田織物)
この支子(くちなし)色の帯が、この子がお気に入りだったもの。この黄色はかなりインパクトがあり、付けられている模様が揚羽蝶だけなので、地色そのものが前に出てくる。これに対抗できるキモノの地色は、やはり黒ということで、上の品物になった。
黒地のキモノと支子色の帯の合わせ。キモノは総模様で、帯は蝶の飛び模様。薬玉と揚羽蝶は、どちらも子どもらしい模様。
帯模様は密ではなく、すっきりしている。そのため、支子地色がキモノの黒地を抑えることが出来ている。このような合わせ方は、大人の場合も同様であり、キモノと帯双方の模様が密になると、まとまりが付き難くなる。
(黒地 桜模様型友禅絵羽 七歳祝着・トキワ商事)
この祝着も、昨秋依頼があって作った品物。上の小紋と比べると、より大人っぽさが出ている。このキモノは、大人の訪問着と同じように「絵羽付け」されていて、模様の出る位置が決まっている。
桜模様だけを型友禅で描いたものだが、前の総模様のものと異なり、地色の黒が目立っている。これが、大人の雰囲気を出している大きな要因であろう。同じ黒地の祝着でも、印象がかなり違っている。
後から見たところ。大小の桜の花びらだけを散らした模様なので、すっきりとした着姿になる。裾や袖の下部分には大きい花びらが付き、上に行くに従い、花は小さくなっている。絵羽付けされた訪問着ならではの模様の出し方。
このキモノも、模様の中の優しい色が黒地に浮かんできれいに映っている。配色が、桜色をはじめとする淡い色を意識的に使っているため、落ち着いた印象を受ける。上の小紋が、「帯解」の頃に使うものとすれば、こちらは、「裳着」に近い年齢で使うものになろうか。
(松葉色 狂言の丸模様 祝帯・西陣 奥田織物)
松葉を思わせるようなキリッとした緑地色の帯。中の模様は「狂言の丸」と言い、能衣装で使われる男袴・狂言袴の中によく見られる丸文様である。袴に表現されている丸文の中にあしらわれているのは、木瓜(もっこ)や鱗(うろこ)、三つ巴など、家紋をアレンジしたものが多い。
上の祝帯を見ても、丸文の中に見えるのは、三階松・向かい揚羽蝶・五三の桐など、家紋でよく見られるもの。緑の地色も、付けられている文様も、大人っぽい。
キモノと帯、前の合わせ。大人びた「狂言の丸」も、こうして合わせてみると、子どもらしさが出てくる。小さな丸紋が幾つも並んでいるからだろうか。色も黒地と松葉色の相性が良く、個性的だけれど、ちゃんと「子どもの衣装」になっている。帯揚に濃い緋色を使い、帯〆を多色使いのものにすることで、着姿にアクセントが付けられる。
黒地には、他の地色にはない独特な雰囲気がある。模様に付けられている色を引きたてた上で、キモノ全体を引き締める。少しだけ仰々しく、それが大人びた着姿にも繋がる。また、帯び合わせ次第で、自由に表情が変わる。御紹介した二点の帯を比較して見ても、それがわかって頂けたと思う。帯選びの自在さを考えれば、黒地に勝る色はないだろう。
今日は、祝着の中で黒という地色に注目してみたが、大人モノの中でも、この色が果たす役割は変わらない。小紋や付下げ・訪問着などにも黒地のものが多くあり、ぜひ一度は試して頂きたい地色である。
「小学校から『四谷大塚』に通っていましたよ」と、学生時代の友人から聞いたことがありました。無論彼は、東京・山の手に住む「いいとこのおぼっちゃん」。
地方出身者であるバイク呉服屋は、四谷駅=中央線、大塚駅=山手線という知識しかなく、これが塾の名前であることすら知りませんでした。昭和40年代、山梨の片田舎にあるのは、「そろばん塾」くらいのものです。
若い頃から切磋琢磨することを知らず、野放図に育ってしまったため、組織に向かない性格になってしまいました。とにかく私は、勉強が嫌いでしたね。
今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。