バイク呉服屋も、今日が仕事納め。毎日手抜きしていた店の掃除を、少し丁寧にすると体にこたえる。いつもバイクばかり使い、歩くことが少ない。運動不足は歴然である。
さて、年の瀬のせわしなさというものが、年々薄れてきているように思える。街を行き交う人々を見ても、昔のように湧き立つような慌しさというものが感じられない。
最近では多くの人が、新年を迎える準備を簡単に済ませている。たいそうな正月飾りをほどこすこともなく、おせちも出来合いのもので間に合わせる。年々、年賀状を書かない人も増えているらしい。節目を意識した習慣が消え行くのも、時代の流れかと思う。
呉服屋の年末も、様変わりした。昭和の時代には、仕立て職人の家のコタツで、除夜の鐘を聞いたらしい。正月用のキモノを新調する人が多く、仕立てが終わらなかったためである。新しい年に何とか間に合うように、店の者も職人も一生懸命働いた。
そんな時代に生きた祖父や父からは、こんなに早く仕事を終えることを叱られそうだが、何とか暖簾だけは守り続けていることで、許されるように思う。
最後の稿は、昨年同様に今年の干支・羊にちなんだ文様を御紹介して、終えることにしよう。
(山羊花卉文錦 光波帯・龍村美術織物)
昨年の「午」文様と同じように、龍村の光波帯の中で表現されている羊。
正倉院文様の中で様々に表現される動物達。鹿・獅子・鳥類(サンジャクや鴛鴦、孔雀など)と並び、羊は代表的な動物の一つ。
中でも有名なものが、北倉の調度品「羊木臈纈屏風(ひつじきろうけちのびょうぶ)」。木の下に佇む羊が、型押しの蝋防染と顔料による彩色を使って、描かれている。この他、花樹双羊文様として、ペルシャの聖なる木・ナツメヤシの下に佇む一対の羊を描いた、「樹下鳳凰双羊文白綾(じゅかほうおうそうようもんしろあや)」も、よく知られている。
そもそも、日本に羊がやってきたのはいつのことか。それは、次の日本書紀の記載で知ることが出来る。「推古天皇七(599)年秋九月、癸亥朔、百済貢駱駝一匹、驢一匹、羊二頭、白雉一隻」。羊と一緒に、ラクダやロバ、白いキジが、朝鮮半島の国・百済(くだら)から贈られて来たと書かれている。
当時の朝鮮半島では、百済・新羅・高句麗の三国が覇権を争っていたが、百済は、日本と同盟関係を結んでおり、ここから様々なものがもたらされた。
百済が滅亡したのは、660(天智天皇3)年だが、その三年後に、百済の残存勢力へ援軍を送り、唐・新羅の連合軍と戦うことになる。これが、白村江(はくすきのえ)の戦いで、日本軍は大敗を喫する。
日本では、羊が生息していなかったため、あまり馴染みのない動物であったが、世界では古くから親しまれ、また神への捧げものともなっていた。洋の東西を問わずに、羊を描いた文様が多いことからもそれがわかる。遠くヨーロッパやオリエントからシルクロードを経て中国へ、さらに朝鮮半島を通って、日本にも羊の文様がもたらされた。
帯の中の羊を拡大してみた。
龍村が、この帯のモチーフとした正倉院の収蔵品は、南倉に収められている「紫地錦几褥(むらさきじにしきのきじょく)」と思われる。褥とは、机の上に使う敷物のことだが、実際の品には、龍村のこの文様とは少し異なり、羊ではなく獅子が描かれている。
中に付けられている花文様も、帯では一対のナツメヤシだが、正倉院の褥の模様では、これとは異なる唐花であり、雲の代わりに菱型の花文様も見られている。
つまりこの帯は、龍村が正倉院文様をアレンジしたものと見ることが出来る。龍村の作る帯には、ほぼ原品の模様に忠実なものと、このように少しオリジナリティを持たせたものとがある。
中にあしらわれる模様の違いはあるが、左右対称の様式美(シンメトリー)がはっきりと印象付けられるような、「奈良・天平期」特有の文様となっていることに、違いは無い。
羊という動物は、優しくて穏やか、そして平和なイメージがある。しかし、羊年の今年を振り返ってみれば、世界にテロが頻発し、紛争による難民が各地に溢れ返っている。日本でも、憲法解釈が変えられ、何やらキナ臭さが漂う。
世界の人々の間で、古来より尊ばれてきた羊。それに習い、もう一度穏やかさを取り戻せる日が来ることを、願うばかりだ。
月に7回、合計84回のコラムブログを、今年も何とか書き終わることが出来ました。
今年は、約9万人もの方々にこのつたないブログを読んで頂きました。本当に感謝申し上げます。書き始めた当初には、これほど多くの人が読まれることになるとは、まったく想像していませんでした。毎回内容を変えて、しかも毎月一定の回数を書くことは、私にとってかなり厳しいことですが、沢山の方に読んでいただけることこそが、最大のモチベーションになっております。
来年も、今までと同じように、様々な角度から呉服屋に関わるお話をしたいと考えています。歩みを止めず、毎回、淡々と書くことが、理想ですね。
最後に、今年このブログがご縁となり、実際にお会いすることが出来た方々、改めてお礼申し上げます。やはり人と人は、リアルに向き合うことが、心を繋ぐことになりますね。これは、アナログと言われようと、どんな時代になっても変わらないことと思います。
来年も、より多くの方とご縁が出来ることを祈りつつ、今年の稿を終わることにします。一年間、ありがとうございました。来年も、どうぞよろしくお願い致します。
皆様、よい年をお迎え下さい。
なお、来年のブログは、1月5日から再開する予定です。