毎日夕方4時頃、佐川急便の兄ちゃんが集荷にやって来る。送る荷物があってもなくても、とりあえず顔を出す。現代では少なくなった「御用聞き」である。
うちでは毎日のように、直し依頼の品物を預る。運賃が馬鹿にならないので、一週間に一度(日曜日が多い)、まとめて職人のところへ発送している。しみぬきや各種補正は、東京・下谷のぬりやさん。洗張り、すじ消し、丸洗いは人形町の加藤くん。帯関係の直し物は、京都のやまくまを経由して、西陣の植村商店さん。
職人の他に、取引先の問屋やメーカーに荷物を送ることも多いが、最近増えているのは、お客様宛ての荷物だ。わざわざ遠方から店に来られ、そこで求められた品物を送る場合や、県外のお客様が送ってきた直し依頼の品物が、仕上がった時などである。
この他、県外の結婚式場やホテルの美容室宛に、荷物を送ることもよくある。遠方で披露宴などがあり、どうしてもキモノを着なくてはならない場合は、荷物だけを先に送っておく。
キモノを着るためには、かなりの道具が必要になる。キモノ・帯・襦袢はもちろんのこと、肌襦袢やすそよけから、帯板、腰紐に至るまでの小物類、それに草履やバッグなども一緒に入れなければならない。
これだけの品物を、コンパクトにまとめて荷造りするというのは、なかなか難しい。そして、もっとも大切になるのは、キモノや帯がシワにならないようにすること。現地で荷物を開けた時、キモノがくしゃくしゃになっているようでは大変である。
当日、車で式場へ行かれる方は、自分で持参するが、飛行機や電車を使われる方は、大きい荷を抱えて移動することは、厄介だ。だからどうしても、あらかじめ荷物を送る必要が出てくる。
こうした理由で、お客様から荷物の発送を依頼される。バイク呉服屋では、品物が型崩れしないように、工夫して荷造りすることは、ある程度慣れている。新しく作って頂いた品物など、神経質なくらい慎重に梱包する。仕上がりを待っていたお客様が、荷物を開けて品物を見たら、シワだらけだったというのでは、信用に関わる大問題となる。
式場宛に、荷物を送ることが多いということは、家や式場以外の美容室などから、キモノを着たまま会場に向かう方が少ないということになり、それは、キモノ姿で外を歩く機会が無くなることに繋がる。
けれども、もしフォーマル姿で外を歩くとすれば、上に羽織るものが必要になる。特に今の季節から、4月初めまでは必需品だ。
今日の稿は、この礼装時に使うコートについて。先頃、求められた方がおられたので、その品物を御紹介しながら、話を進めてみよう。
(一越木蘭色裾ぼかし 絵羽道行コート・菱一)
キモノの上から羽織るものとしては、道行コートや道中着、羽織、雨コートなどがある。それぞれ、フォーマルの上に使うもの、普段着の上に使うものがあり、少し使い分けが必要になる。
コート類を作る場合、どのような反物から作るか、ということで用途が分かれる。総柄小紋で作る道行コートや羽織ならば、カジュアル用となり、無地場の多い飛び柄小紋ならば、無地や付下げのような、少しフォーマル的なキモノのコートとして使うことが出来る。
さらに、雨コートは、繻子や平織の紬地などに、防水加工を施して使うことが多く、今はあまり見かけなくなったが、黒の紋付羽織は、正装用の羽織となる。
今日御紹介するものは、黒留袖や色留袖、訪問着など、もっとも畏まった装いの上に、使用するコートである。
後から品物を見たところ。このコートの最大の特徴は、模様の位置が予め決められていること。上の画像で判るように、裾へ行くと地色が濃くなり、点々と小さな模様も見える。また、右後袖には、裾と同様の模様があり、左後袖は、無地のまま。
黒留袖や色留袖、訪問着などは、いずれも模様の位置が決まっていて、キモノの形に仮縫いされて(仮絵羽と呼ぶ)品物になっているが、このコートも同様である。やはり、コートの形に仮縫いされることにより、模様位置がわかるようになっている。このようなコート地のことを、絵羽(えば)コートと言う。
前から見た画像。地色は木蘭色(木の実や木の皮を煮詰めた時に生まれる色)あるいは白茶色をかなり薄めたような、柔らかい色合い。前は、左前袖に模様があり、右は無地のまま。やはり、裾へ向かって地色がぼかされている。
これで絵羽コートが、留袖類や訪問着などのキモノの絵羽モノと同様の原則、左前袖と右後袖に模様付けされていることがわかる。
左前袖の模様。模様そのものは、白抜きされたような小丸と、金色の小丸が散りばめてあるだけで、極めて控えめ。礼装用として使われるものは、コートそのものの色や模様が、あまりに目立ってしまうようではいけない。コートの衿元や裾から見える、キモノの色や模様を邪魔することのないよう、上品でいて、さりげなくお洒落な品物であることが重要だ。
模様の小丸を拡大してみた。丸をよく見ると、箔を使って柄にアクセントが付けられており、わずかに鎖のような繍も見える。小さい模様でも、きちんと手が加えられている。単純に見えても、工夫が凝らされていることで、より上質なものとなる。
この絵羽コートと一緒に使われる黒留袖。このキモノに見覚えのある方もあられると思うが、以前このブログでご紹介した(2015.4.23 四月のコーディネートの稿)、松本基之作の加賀友禅。あくまで大人しく、かつ上品なコートなので、留袖の裾模様の鴛鴦の色やピンクの梅の花が、より引き立つような印象を受ける。
この絵羽コートの丈は、2尺5寸。だいたい、膝の後あたりの長さとなる。丈は、短すぎても長すぎても、キモノとのバランスがとれないように思える。少し長めの丈、というのが、もっとも格好良く人の目には映りそうだ。
コートには、防寒のためだけではなく、キモノを汚れから防ぐ「塵除け」の意味もある。建物の中に入れば脱がなくてはならないが、外歩きの時には、思わぬ汚れが付くこともあるので、それを守るという意味もある。
さて、絵羽コートには他にどんな雰囲気の品物があるのか、簡単に御紹介してみよう。
(一越淡青地色雲模様 絵羽道行コート・菱一)
この品物も、控えめで上品な地色に、ささやかな模様が付けられている。色や模様は違っても、最初の品物と同じような印象を受け、フォーマルモノの上に使うものとしては、ふさわしい品。
上のコートを求められたお客様は、この品物と比較して迷われたが、こちらは寒色系の地色なので、少し寒々しい印象になると思われたようだ。
(一越浅緑色地雲に雪輪模様 絵羽道行コート・トキワ商事)
この品物は、上の二枚よりはっきり模様が前に出てきている。それは、雲の模様が、疋田絞りで表現されているためであろう。これでは、第一礼装用のコートとして、模様が主張しすぎる嫌いがある。付下げや無地あたりに使うのであれば、このくらいでも良いが、完全なフォーマルに使うものとしては、すこしくだけてしまう。
やはり礼装用に限定されるコートは、無地に近いもので、その色も出来るだけ優しい色であること、さらに描かれている模様も、控えめながら一工夫されていることなどが、使うことにふさわしい条件となるようだ。
キモノに格があるように、コートにも格が存在する。コーディネートを考える時、それぞれの格に見合う品物を選ぶことで、より引き立つ着姿となる。
コート姿は、外でしか着られないものだが、皆様にも、ほんの少しのこだわりを持って、色や模様を見て頂きたいと思う。
私は、保守的で堅苦しいのかも知れませんが、最もフォーマルな着姿を考える時には、ある程度それにふさわしい、色や模様が出てくるように思えます。出席する場所や立場に違いがあっても、やはりまずは、「上品さ」が求められるのではないでしょうか。
けれども、カジュアルの時には、何の制約もなく、着る方が自由に考えて個性を出すことが出来ます。
やはり、キモノの魅力は、フォーマルモノとカジュアルモノの落差にあるのでしょう。「晴れ」と「褻(け)」の意識の違いを、明確に品物(着姿)で表現できることです。皆様には、「制約」と「自由」を上手く使い分けながら、キモノライフを楽しんで欲しいですね。
今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。