バイク呉服屋は、暑さには敏感だ。日中の温度は、バイクで外を走っていれば大体わかる。長年の経験で、気温が36℃を超えると、異常な暑さだと体が自然に感知する。信号待ちで止まった時の汗の吹き出し具合や、靴が溶けるように感じる陽射しの強さの程度などで、その日の気温がわかるのだ。
最近では、群馬の館林や埼玉の熊谷などが、暑い街として知られているが、以前は、甲府や岐阜の多治見などが、最高気温の常連として、ニュースで紹介されていた。
一年の中で、もっとも暑いのが今頃。暦の上で立秋を過ぎると、何となく暑さが和らぐような気がする。もっとも気分だけで、実際は9月の秋分を過ぎなければ、暑さは解消しない。まだまだ、先は長い。
そんな訳で、皆様に少しでも涼やかになって頂こうと思い、にっぽんの色と文様の稿として、夏らしい文様をご覧頂こう。特に、夏らしさを感じるのは、夏帯の意匠である。今回は波文様を、次回は夏植物文様を、それぞれ御紹介していくことにする。
(白鼠色流水文様・紗手織袋帯 帯屋捨松)
最初は、捨松の紗袋帯。少し大胆な流水模様だけを表現したもの。捨松が織り出す文様のモチーフは実に多岐にわたっている。カジュアル向けの八寸・九寸帯などは、ヨーロッパからエジプト、さらに東南アジアまで、それぞれに伝わる伝統的な民族文様を取り入れてみたり、猫やふくろう、犬など愛らしい動物の姿を描いてみたりと、見る者を飽きさせない。
一方、伝統的な古典文様を忠実に復刻させたり、さらには旬を前面に出して、おもわずその季節になると手に取りたくなるような図案も織られている。
この帯もそんな中の一本である。地の色は一見、白っぽい鼠色に見えるが、極薄い紫のようにも、鼠と薄青が混合されたような色にも見える。要するにかなり微妙で難しい色なのだ。
模様を近接して写してみた。地色の微妙な色がおわかりだろうか。この色は、本来の清流を意識して使われた色なのだろう。これが白や生成色であったならば、帯としては全く違う雰囲気になる。どのような地色にすれば、この流水模様がより清涼感をかもし出すことが出来るのか、ちゃんと計算された上で、使われている。
捨松・手織りの証。捨松では、手織の生産を西陣と中国工場の両方でおこなっているが、これはどちらのものなのか判然としない。この手織りの証は、捨松が独自に付けたもの。西陣には「西陣手織協会」が発行している手織りの証があり、協会加盟の織屋で織られている手織りのものには、この証紙が付けられていて、海外生産の品物と差別化出来るようになっている。
流水そのものは、濃淡様々な金糸を駆使して、織り出されているため、メリハリが付いている。模様そのものは大胆ながら、柔らかいシルエットで、地の色に溶け込んでいるように見える。画一的になりがちな流水文様でも、色の工夫でいっそう涼やかな夏らしい意匠となる。単純な文様に微妙な変化を付けるということは、簡単なようにみえても難しい。
模様が帯の中心ではなく、少し左側に偏って付けられていることがわかる。意識して、無地場を作り出しているところが、捨松らしい工夫。
(銀地引き箔青海波文様・紗袋帯 紫紘)
半円を連ねた波が外に向かって広がる青海波文様。その波だけを織で表現した個性的な紫紘の紗袋帯。引き箔金糸を使い、所々にまだら状に織り出された模様が立体感を生み出している。波そのものは、蓬色をくすませたような色で表現されており、その波紋の広がりだけで模様付けされている。
模様の中心を拡大したところ。青海波の波紋は、外側へ行くほど消えかけ、波の派生した中心部・内側では、はっきり織り出されている。波という単純な図案でも、このようにリアルに美しく表すことができる。
この図案は、古典的な青海波という文様ではなく、波紋文様とも言うべきもの。この模様を見て思い出したのは、竜安寺の石庭の砂に映し出されている波文様。庭に置かれた石の周辺には、このような波紋を見ることが出来る。
(薄水色地小波模様・絽綴帯)
今度は、絽綴帯で水辺文様を見てみよう。最初はごく薄い水色地に、小波文様の品。綴は太鼓腹帯になっているので、どちらかと言えば、あっさりとした柄行きになりやすい。水だけの意匠のため、草花文様が多い夏の薄物と合わせやすい。最初の捨松の流水に比べ、模様が小さくまとまっている印象を受ける。流水は、白と水色の濃淡だけで表され、所々波先に銀糸が使われているのがアクセントになっている。少し平凡ではあるが、夏の定番とも言える色使いと言える。
(水色地大波模様・絽綴帯)
今度は、上の品物よりかなり波が大きい。波先に使われている金糸が目立つち、波頭に意識を置いた図案。地色も水色なので、白地の絽付下げなどに合わせても色のコントラストがある程度出てくる。このような帯は、締めたときに模様が前面に出るため、結構目立つ。
(水色地立浪模様・絽綴帯)
こちらの波は、前の二品と比べ波が立ち上がるような模様付け。前部分の図案を見ると、波らしくない。色使いは、白と水色系の濃淡だけだが、すこし模様がごちゃっとした感じ。合わせるキモノは、付下げのように模様があるものより、無地モノの方が良いかも知れない。
この品物も含めて、上の三点の絽綴帯はお客様の依頼により、以前やまくまから取り寄せた品物。織屋は不明だが、価格が高い品だったので、おそらく西陣で織られたものだろう。
前にもお話したことがあったが、綴や絽綴は、紋紙を使わず人が図案を見ながら手で織り進めていく品物で、織り手間、すなわち工賃が価格に直結されるものだけに、早くから人件費の安い中国に、生産をシフトした。そのため、値崩れを起こした代表的なアイテムになってしまった。原価数千円、売値2~3万のモノが多く出回っていた。
中国製の絽綴帯の場合、生地そのものに綴特有の張りがなく、クタクタした感じがあったので、触ってみると違いがすぐわかる。しかし徐々に改良されて、見分けが付き難いような品物もある。また、模様を見ただけでは、判然とはしない。
御紹介した波文様絽綴帯を並べてみた。似たような地色と模様の色使いをしていても、それぞれ雰囲気の違う帯姿になるだろう。波だけを図案として、他に何も添えていないので、どうしても波そのものを、変化させなければならない。このように、波や流水文様というものは、様々な動きがあってしかるべきなものなので、工夫を凝らしやすい。
今日は、五柄の波文様を御紹介したが、どれもが夏の水辺を意識させ、涼やかな着こなしをして頂くという目的で、模様付けされている。紗袋帯や絽綴帯は、フォーマルに使われるものなので、どうしても模様が偏りがちになる。
単純に波文様と言っても、それぞれに織り出される図案は様々である。こうやって同じモチーフの品物だけを見て頂く機会は、なかなか他の文様ではないだろう。それだけ「水」に関わる文様が、夏の文様としてもっともポピュラーなものとも言えよう。
次回は、絽綴帯の中であしらわれる、夏の植物文様を御紹介してみたい。
これだけ暑い日が続くと、やはり水辺が恋しくなります。涼を求めて、日暮れ時に川べりを散歩する時に、吹く風の心地よさは格別ですね。浴衣や麻を着て、夕涼みが出来るのは、この季節ならでは。
クーラーの利いた部屋を出て、うちわでも持ちながら、ぜひお出掛けになってみてはいかがでしょうか。
今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
なお、所用により、明日から4日間は休業致します。