我が家には、小さな庭がある。梅雨時の今頃から盛夏にかけて、雨が降るたびに雑草が蔓延る。休みの度に始末するが、次の休みには、元に戻っている。仕事の都合で半月ほど間が開けば、大変な状態になる。だから、夏の間は、草取りばかりしている。
その中で、毎年のように手を煩わせる草がある。すべりひゆ・小錦草・メヒシバの三種は、不動のレギュラー。すべりひゆは、赤い茎で地を這うように伸びる。所々にほんの小さな黄色の花を付けるところが、ご愛嬌。小錦草は、小さい葉の中心の赤い斑点が、いかにも雑草らしく、気色が悪い。メヒシバは、イネ科の植物らしく、細い茎の上に穂を付ける。こいつは、コンクリートの僅かな隙間からでも顔を出し、なかなか根性がある。
容赦なく、駆除する雑草もあるが、そっとしておく草もある。ツユクサとカタバミ。どちらも紫色の小さな花を付ける。毎年この時期、庭の片隅で、知らぬうちに花を咲かす。自己主張するでもなく、控えめに季節の移りを教えてくれる。まるで、手を入れることを拒んでいるかのような姿は、野の花らしく、自然で美しい。
プランターで手をかけて育てられる花よりも、いじらしい野の花のほうが、大切にしてあげたくなる。だが、こういう草にもっともふさわしい接し方は、「そっと見守ってやる」ことだけだ。手を付けてはいけない。
憂鬱な雨の季節だが、あとひと月も経てば、否でも灼熱の太陽がやって来る。梅雨明けに思いを馳せながら、爽やかな夏姿のコーディネートをお目にかけよう。今日は見た目も涼やかな、紅梅小紋をご紹介してみる。
紅梅小紋は、浴衣というよりも夏の街着として使える品物。織り出された生地の質感は透き通るように軽く、風にそよぐような着心地となる。今日のコーディネートでは、名古屋帯を合わせることで、夏キモノらしく表現してみたい。
紅梅という名前は、織生地の特徴から付けられたものだ。生地には、ワッフルのような格子状の升目が織り出されている。その格子をよく見ると、四角に囲まれた畝状のところと、その内側では段差が出来ている。
絹紅梅は、地の糸に絹糸を使い、その間に綿糸を織り込んでいる。太さの異なる糸を経糸と緯糸に使うことで、畝と内側に高さの違いが表われる。段差が付くということは、生地に勾配が付く。この勾配のある織り生地というところから、紅梅という名前が生まれた。勾配小紋では何ともつまらない。やはり紅梅小紋の方が、この品物に相応しい趣きのある名前だ。名付けた人のセンスが伺える。
ということで、絹紅梅という名前が付いているが、素材は絹と綿の混紡ということになる。比率は絹が85%・綿が15%。
格子部分を拡大してみた。透き通るような生地の質感がわかると思う。 この品物は、「しごき染」という方法で染められている。これは、しごき台という台の上に生地を置き、「しごき糊」という色糊を使って地染めをする方法。しごくというのは、広げるという意味だが、使われる道具は「しごきへら」という駒ヘラである。これで、糊の層をムラ無く、全体が均一になるように広げていく。
しごき終えたところで、生地におがくずをまぶす。これは、生地の糊が互いにくっつくことを防ぐためである。そして、5,6分蒸箱で蒸される。このように、乾燥を経ずにすぐに蒸される方法を「濡れしごき」と言う。
(絹紅梅小紋・市松格子にみじん縞 紗八寸博多帯・矢羽根模様 にしむら)
キモノは、市松格子の中に不規則な細かい縞が付けられている、「石畳」のようにも見える模様。かなり地味な印象の柄行きなので、明るい帯で着姿の年合いを下げてみた。 紗献上帯の地色は淡い桜色で、矢羽根がアクセント。博多の献上帯は一年を通して締められる便利なアイテムだが、これは紗なので、薄物専用ということになる。
前は、このような映りになろうか。すこし地味で小粋な模様も、帯次第で、使う方の年齢を下げることが出来る。もちろん、この絹紅梅の粋な模様をそのまま生かすならば、同じ博多帯でも、オーソドックスな華皿や独鈷縞の柄を考える。
こちらは、同じ紅梅でも「綿紅梅」。絹紅梅では、地糸に絹糸を使っていたが、この品物は、綿糸の糸質で、「勾配」を出しているもの。すなわち、太番手の綿糸を升目に網状に織り込み、その中に細番手の綿糸が使われている。当然、綿100%の品物になる。
綿紅梅の透け感。見た目にも、生地の軽さがわかる。 同じ紅梅生地なのだが、絹紅梅と綿紅梅では、違う染め方がなされている。こちらは、「引き染」。先ほどのしごき染がしごきヘラを使うのに対し、引き染では刷毛が用いられる。
生地を長い板の上に貼り、その上に型紙をのせて糊置きをする。生地を乾燥させた後に、刷毛で染料を引いていく。ぬれたまま蒸される濡れしごきと異なり、乾燥させてから蒸され、さらに水洗いされて仕上げとなる。
(綿紅梅小紋・鳥の群れ 平献上八寸博多帯・五弦縞 大倉織物)
この品物は、図案の面白さに惹かれて仕入れたもの。群れる鳥を藍の濃淡だけで表現されているが、白抜きされている部分も鳥の形になっている。ひしめき合う群れを遠くから眺めていると、不思議なことに鳥であることを意識しなくなる。これは、白・藍・濃藍の三色がバランスよく図案に配されていることに拠るのだろう。
しかもこの鳥、種類を特定出来ない。見ようによってはアシカやペンギンにも見える。嘴が付いているので確かに鳥である。今度竺仙の担当者が来たら、本当は何をモチーフにしたものなのか、聞いてみたい。
合わせわせる帯は、オーソドックスな献上博多帯。先ほどの帯と違い、こちらは平献上なので一年を通して使える。少し明るいクリーム地に、独鈷と華皿模様の五弦縞。献上帯の伝統文様は、真言密教の仏具の中の模様から取り入れられたものである。
(紗八寸博多帯・鶸とクリーム色 市松文様 にしむら)
もう一本、違う帯を合わせてみよう。こちらは、モダンで明るい印象となる。パステル系の鶸とクリーム色を、市松模様に組み合わせたもの。紗で織られているので、色の爽やかさがより浮き立つようだ。
模様が密になっているキモノに対しは、なるべくシンプルな帯を選ぶ方が、まとまりやすい。帯模様ではなく、帯の色だけで全体を印象付けることになる。
お話してきたように、紅梅というものは、生地そのものに特徴があり、この織り方だからこそ感じられる爽快さがある。夏の涼風のような着心地を、ぜひ一度試して頂きたい。
浴衣ということから考えれば、この品物は少し高価になるが、綿や麻の長襦袢を着て、名古屋帯をキリリと締めれば、あか抜けた夏のお洒落着となる。これも、長い間の伝統に培われた、竺仙ならではの「不易流行」を体現した品物と言えよう。
さて、簡単になるが、もう一つコーディネートをお目にかけよう。それは、竺仙の模様の中で、もっとも「江戸」を印象付ける「万寿菊」について。当店でも、10年以上にわたり、この図案の浴衣を扱い続けている。 竺仙のスタンダード模様がほどこされている品物を、見過ごすことはできない。
(万寿菊模様 白地・コーマと褐色地・綿絽)
同じ万寿菊の型を使っても、少し挿し色の入っている白地と、深い褐色に白抜きされただけのものでは、こうも印象が違うものか、と思う。万寿菊、あるいは傘菊とも言われる模様は、江戸の粋をもっとも感じさせてくれるもの。
いずれも博多半巾帯との組み合わせ。白地の方は、「清涼感」を求め、挿し色の藍系の色より深い濃紺地の帯で、全体を引き締めてみた。褐色地は、「粋姿」が前面に出るように、ベージュ地に独鈷模様の帯を使ってみる。
同じ型紙を使っていても、雰囲気が違うので、それに準じたコーディネートを考える。着姿にどのような印象を残すか、ということで、合わせ方は変わっていくだろう。
三回シリーズで、竺仙の品物をご紹介しながら、コーディネートを考えてきたが、如何だっただろうか。皆様のご参考に少しでもなっていれば、と思う。
「不易流行」ということであるならば、もう一つお目にかけなければならない品物がある。それは、「長板中形」という、江戸時代の染技法をそのまま受け継がれてきた浴衣。
これについては、カテゴリーを変えて、「にっぽんの色と模様」の中で、近いうちにご紹介することにしたい。
先日、雑草を取り終えてから、家内に「すべりひゆ」は食べられる草だと教えてあげました。実際に山形県では、この草を「ひょう」と呼び、干してから煮物や和えものに使っているようです。
うちの奥さんは、「あなたは、本当に食べるものが無くなれば、どんな雑草でも動物でも食べてしまうから。」などと言います。若い頃に、内モンゴルで犬のしゃぶしゃぶ鍋を喰った話を彼女にしたからなのでしょう。おそらく、庭でうろうろしている猫も危ないと思っているに違いありません。
猪・鹿・蝶(鳥)はもとより、12支を食べ尽くすような野蛮な人とは、本当は、関わりたくないのかも知れませんね。バイク呉服屋は、鼠・虎・龍・申(猿)以外は、賞味済みです。
皆様、幾つ召し上がったことがありますか。
今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。