バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

男子の第一礼装たる品物を準備する(前編) 黒紋付について

2015.01 27

結婚式は、人生最大の節目ともいうべき儀礼だ。式を執り行う意味は、敬虔な気持ちを持って誓いを立てることにより、改めて夫婦として生きる意味を確認するようなものであろう。

では、誰に向かって誓うのか、日本古来の神々ならば、神式であり、西洋の神ならばキリスト教式、宗教色を排したい場合は、人前式ということになろう。式場を使う結婚式が一般化したのは、戦後のことだ。それまではほとんど自宅(新郎側の家が多い)で披露宴を兼ねて行われていた。

1900(明治33)年、大正天皇と貞明皇后の結婚の儀が、皇居の中にある宮中三殿・賢所で挙行された。これが、「神」の前で誓う式の始まりとされている。この賢所には、天皇家の皇祖神である天照大神の御霊代(御神体が宿る鏡)が奉られていることから、結婚の儀を司る場所となったのである。以来、現在まで、皇族方の結婚式は、この場所と決められている。

 

高度経済成長が進むに従い、結婚式及び披露宴を、自分の家以外の式場で行うことが多くなり、それに伴い様々な形式が見られるようになった。例えば、ウエディングドレスへの憧れからキリスト教会式が増えたのも、昭和40年代からである。

それぞれの形式で進行役が変わる。神式なら神主、キリスト教式なら牧師、仏式なら僧侶、人前式なら式に参列している人の中から選ばれた人ということになる。

式では、進行役が新郎・新婦に向かい、誓いの言葉を話し、それを守ることを確認する。「良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、死が二人を分かつ時まで、愛を誓う・・・」。この一文、結婚式の常套句とも言うべきもので、おなじみの文言である。

こうして愛の誓いを立てた二人も、いとも簡単に別れてしまう。2009(平成21)年、厚生労働省の人口動態調査によれば、過去40年の婚姻者数3207万人に対して、離婚者数は748万人。離婚率を割り出せば23%という数字になる。つまり、およそ4組に1組は別れている。

しかも、離婚原因の第一位は「性格の不一致」。これでは、神主や神父の中には、結婚式の誓詞の中に、「性格や気質の違いが分かった時も」という文言を入れるべきだと考えている者も多いだろう。

 

さて、一時敬遠されていた神式結婚式が、最近見直されているようだ。それもホテルなどの式場で便宜的に行われるものより、神社で本格的に行うものである。東京の湯島天神や富岡八幡宮、京都では上賀茂神社や北野天満宮などの有名な社では、春や秋の結婚シーズンになると式の予約が次々に入る。週末が大安や友引に当たる日などは、かなり前から準備が必要だ。

本格的な神式結婚式となれば、衣装もそれに従うものとなる。花嫁は、白ひと色で全身を包み込む白無垢、花婿は、男子の和装第一礼装である黒紋付羽織袴。日本が誇る民族衣装の美しさに惹かれて、神式を選ぶ人も多い。

呉服屋の紹介するものは、どうしても女性の品物に偏るが、今月めずらしく、男性の婚礼衣装に関わる仕事を依頼された。そこで、男子の第一礼装で用意するものとはどのようなものなのか、ご覧に入れようと思う。今日はまず、黒紋付生地について。

 

(男物黒羽二重石持疋物 上・丹後 下・五泉白生地 共に藍下京都黒浸染)

まず、キモノと羽織に使う生地。黒羽二重の五つ紋付が男の第一礼装として決まっている。上の画像の品二点共に、長さは疋物(キモノ二反分=6丈)であり、これでキモノと羽織両方を作る。紋位置をあらかじめ白く抜いて置く=石持(こくもち)と呼ばれる形態をとっている。

同じように石持になっているものには、家紋を入れて着用しなければならない黒留袖があるが、一般に呉服屋が石持と呼んでいる生地は、黒紋付生地(喪服)である。

男紋付の紋の大きさは1寸(約3.75cm)。女性の紋は5分5厘(約2cm)なので、倍まではいかないが一回り大きい。家の中での男と女の地位の差を、家の象徴である家紋の大きさに見ることが出来る。家父長制の名残ともいうべきものだろう。

生地の羽二重は、経糸として二本の細糸を使い、それを筬(おさ)の羽(櫛状)に通して織られることからその名が付いたもので、シボがない平らな風合いに仕上がる。筬(リード)というのは、経糸を緯糸に打ち込む時に使う織機の一部分で、櫛のような形状をしている。

羽二重は、細い糸をつかった平織りなので、生地の目が密になっているため、大変光沢(ツヤ)があり、しっとりとしていて高級感がある。以前は、女性用の喪服もほとんど羽二重生地を使っていたのだが、最近は縮緬系の生地の方が多い。だが、男性の黒紋付生地はこの羽二重に限られている。

白生地は、京都の丹後、滋賀の長浜、新潟・五泉(ごせん)が代表的な生産地である。上の品物もそれぞれ丹後と五泉で織られた生地で、それを京都の黒染め屋が染めたものである。

 

反物に貼られた様々なラベルから、白生地産地や染めた場所、染め方、まだ同時に施されている化学的加工などを知ることが出来る。

「藍下黒染」のラベルが見えているが、これは藍色を下染めに使っているということ。黒紋付生地や喪服などの真っ黒に染まった反物は、何反かを並べて見てみると違いが分かる。黒ほど、微妙で難しい色はなく、赤み掛かった黒や、青み掛かった黒、茶色掛かった黒など、様々なものがある。これは下染めにどんな色を使っているかという所に起因することが多い。また、染める過程の仕事の丁寧さなどにも関わりがある。

黒の下染は、だいたいが藍下と紅下になっている。黒はいっぺんに染められる色ではなく、徐々に黒に近づけていく。また、染め方によっても発色の仕方が全く違う。黒染には、黒引染(ひきぞめ)と黒浸染(しんせん)があり、工程が異なり、手間のかかり方に大きな差が出る。

喪服などの無地物は、浸染という方法が取られることが多い。これは、桶の中に染料を溶き入れて、そこに生地を浸し、染めムラが出ないように手で繰り返し染める方法。これはもっとも手間が少ない染め方であり、現在、ほとんどがこの技法に依る。この浸染でも、丁寧に染められたものと、雑に染めたものでは、違いが出る。黒一色の無地物だからこそわかる差であり、仕上った品物をみれば歴然としている。

一方の引染には黒染料、三度黒と呼ばれる二つの方法がある。黒染料は、一度だけ黒の染料を刷毛引きして染め上げるもの。もっとも手間がかかり難しいのが三度黒で、高価な黒留袖などに用いられることが多い染め方。これは、ログウッド(豆科の常緑木の幹から取れる染料)を生地の表裏に刷毛で引き、その後媒染化学剤を二度引くことで、黒の色を出している。ログウッドは、媒染剤の種類を変えれば、様々な色を出すことが出来る便利な植物染料である。

黒という極めて単純なモノでも染め方が違えば、価格に差が出る。また、白生地そのものの質や重さによっても違う。もっと言えば生糸の繭質そのものでも違いがある。国産繭か外国産か、あるいは小石丸や松岡姫というようないわゆるブランド繭のようなものかということでもだ。

また時折、年配のお客様から生地の目方について聞かれることがあるが、これは反物の重さ=生糸の量目ということになり、重いものほど沢山の糸を打ち込んで織られているので良いと判断してのことだろうが、これも一概にそうは言えない。

白生地には、反物の重さや生産地などの表示があり、ある程度の情報が開示されているので、その質を類推することが出来るがなかなか難しい。近いうちに白生地に限定して話をしたいと考えているが、キモノは、どんな色に染めようとも、どんな柄行けをしようとも、質の良い白生地を使うことが、原点になる。

 

羽織の裏地として付けられる額裏(がくうら)。歌川広重の東海道五十三次・亀山を模写した墨描き。

男は裏地に凝ると昔から言われているが、羽織を脱いだ時にだけチラリと見える裏には、様々な模様がある。巾は広巾になっていて、まるで額の中に描かれている絵画のように見えるため、額裏という名が付いた。

上の品物のように、墨書きのものもあれば、色挿しされた鮮やかなものもある。黒紋付羽織に使うものとしては、なるべく控えめなものの方が無難だ。このように柄があっても白地に無彩のものとか、銀鼠色や薄い青などの地味な無地モノなどである。

黒紋付という第一礼装に使うものであれば、たとえ着姿からは見えない羽織の裏だとしても、品格は保たなければならず、奇抜な色や模様は避けるべきであろう。

今日は、袴・米沢平のことまでご紹介しようと思っていたが、すでにかなり長い稿になっているので、次回にしたい。角帯・長襦袢・羽織紐や草履についても、一緒にご覧に入れようと思う。

 

【訃報】

弊店・営業車 本田スーパーカブ(昭和63年・日本製)儀 平成27年1月25日 午前10時11分 走行距離118000キロを持って、老衰による多機能不全により逝去いたしました。ここに生前のご厚誼を深謝し、謹んでご通知申し上げます。

なお、廃車ならびに解体は、井上モータースにて、相済ませました。

 

ということで、とうとう昭和のバイクとお別れすることになりました。ショックで、ブログの更新が1日遅れました。別れは出会いの始まり、金曜日には26年ぶりに真新しい本田スーパーカブがやってきます。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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