「よりを戻す」という言葉の意味は、仲たがいしていた者が仲直りして、元に戻ること。一般的には、「夫婦のよりを戻す」などと使われる。では、「より」とは何のことかご存知だろうか。
「より」=「撚り」である。この「撚り」は糸を撚るという意味。絹でも麻でも綿でもそうだが、糸というものは、一本だけでは弱くて使えず、何本かを束にして、「撚る」(捻り上げる)ことで、織糸として使えるようになる。
この「撚り方」の違いで、織り出された製品の強度、体へのなじみ具合、風合いが変わる。それは、「撚る方向」や、「撚る数」を変えることで、「糸」を変えられるということだ。繊維というものが形作られる原点が、この「糸撚り=撚糸」なのである。
糸撚りの数は、糸1メートルに何回転撚りをかけたかで、分類されている。500回転以下は「甘撚糸」で、1000~2500回転は「強撚糸」、それ以上「捻られて」つくられた糸は「極強撚糸」。
強撚糸の特徴は、撚られた糸の気密性が高いことで硬くなり、それにより温かみがなく、さらりとした手触りとなる。また、強く何度も捻じ曲げられているため、元に戻ろうとする力が強く働くため、織られると縮みあがり、独特の「シボ」が生まれる。
この「強撚糸」の特徴を生かした織物は、「夏織物」に多く見られる。これは、肌触りが涼やかで、さらりとした、独特の風合いと着心地が生まれるからだ。以前ブログの中でお話した、「本塩沢」の撚りは1800回。あの独特の「シボ感」の元も、この「糸撚り」にある。
そして、この季節に、気軽に使うことが出来る「麻」素材のキモノの代表、「小千谷縮」は、この「強撚糸」の糸質が最大限に生かされている品物である。
今日は、この縮の特徴を考えた上で、注意しなければならない取り扱い方などをお話をしていく。
(みじん格子と縞 小千谷縮)
小千谷縮の糸の原料は、芋麻(ちょま)。国内では、福島県の昭和村が最大の産地である。先日、「からむし」をご紹介した時にも少し触れたが、現在、生産量に限りがあるため、海外(フィリピンなど)から輸入されたものも使われている。
苧麻は、ぬるま湯に付けて柔らかくされた後、茎と表皮の間から取った麻の繊維を細かく裂き、端と端を「撚り込み」、つなぎ合わせる。この時、緯糸は軽くひねって繋ぎ、経糸は強度を上げるために、糸と糸をしっかり結び合わせてつなげられる。そして、糸の太さを均一しておく。この作業のことは「芋績み(おうみ)」と呼ばれ、すべて人の手だけで行われるため、一反分の糸、約800gを作るために、3か月ほどかかる。
そして、取られた緯糸に、撚りをかける。この「撚り」が小千谷縮の風合を生み出す。従来この作業では、「紡錘」と呼ばれる道具が使われ、「紡錘摺」という台の上で、先端にからげた糸を回転させながら、撚りをかけ、巻きとられていた。この「撚り加減」により、独特の「シボ感」が生み出される。なお現在は、この「紡錘」に代わり、「撚り糸機」という機械により、「強撚糸」が作られている。
糸作りの後は、「墨付け」「絣くびり」「染色」という「絣つくり」の工程を経て、織りがなされ、最後に「湯もみ」がされる。
「湯もみ」は、「舟」と呼ばれる木製の水槽の中にぬるま湯を入れ、そこに縮を入れ、手で揉みこむ。これは、「糊」を落とすのと同時に、「シボ」を出すために行われる。「強撚糸」で織り上げられた縮の「シボ感」は、この「湯もみ」作業により出されることになる。そして、「雪さらし」。晴れた日に雪の上に晒された品物は、汚れが落とされるのと同時に、生地が白く漂白され、絣の模様がはっきり浮かび上がることになる。つまり、「天然の漂白作用」により、最後の仕上げが行われる。
縮の表面に表れた「自然なシワ」と「シボ感」がわかるだろうか。生地に触ると少し冷たく感じられる。これが、このまま着心地につながる。
さて、この小千谷縮、仕立てを行う前に忘れてはならない作業がある。今日のタイトルにもある、「水通し」と「地つめ」のことだ。
なぜ、この作業が大切なのか、それは縮に強撚糸が使われているため、元に戻ろうとする性質があることを考えて頂きたい。もし、予め水通しをせずに仕立てて着用し、汗をかいて水洗いした時どうなるだろう。
水を通して洗えば、縮はどうなるか。当然「元に戻ろう」とする性質が働く。つまり、生地が縮む。縮んだら、寸法は短くなる。短くなったら、着にくくなる(または着れなくなる)。縮は、縦にも横にも「縮む」。縦に縮めば、身丈が足りなくなったり、袖丈が短くなったりする。横に縮めば、裄丈や身巾の寸法が合わなくなる。
これを防ぐには、仕立てる前の作業として、縮に水をくぐらせて、「あらかじめ縮ませておく」(生地の地をつめる)ことが重要である。一度水を通って縮んだ縮は、次ぎに水を入れた時には、あまり縮まない(それでも、少しは縮む)。ということは、「水通し(地つめ)」をして仕立てたものは、汗洗いをするために水洗いをしてもあまり縮まず、寸法に影響が出ないということになる。
だから、「水通し(地つめ)」を怠ってはならないのだ。どのくらい「水通し」で、縮が縮むのか、下の画像でお目にかけよう。
下の藍無地の縮は水通ししていない反物、上の薄鼠地の縞模様の縮は水通しされた反物。
この二反は、元々は同じ反物巾だった。下の縮、水通ししてない反巾は1尺1寸。上の縮、水通し済みの反巾は1尺3分。「水通し」をほどこすことで、「7分」ほど生地の「地つめ」がなされたことがわかると思う。
水通しで、横の反巾もつまるが、縦の反物の長さもつまる。むしろ、「縦」の方が「よりつまる」かもしれない。この反物の要尺(元々の長さ)は3丈5尺ほどだったのが、1尺ほど詰まった。
この状態にしておいて、仕立てをする。「水通し」されたものでも、後に、若干まだ縮む可能性があることを考えれば、使う人のいつもの寸法より、5分程度長くしておく方が、より安心できるだろう。
うちの「水通し」は、洗い張り職人の加藤くんに回している。反物に蒸気を当てて両側から引っ張り、生地の目を揃える「湯のし」や、反物に熱い湯をくぐらせて、糊を落とす「本湯通し」も、彼に頼んでいる。「洗い張り職人」と「湯のし職人」の関係は密接なものなので、(洗い張りの最後の工程で、品物にふのりを付けられ、それを湯のしに回すことから)彼が信用している湯のし職人に、仕事を依頼することが一番だと考えているからだ。
「水通し」が必要なのは、「小千谷縮」ばかりではない。「綿反」にも縮みやすい性質のある品がある。実は以前、大きな失敗をしてしまったことがある。それは、竺仙の「さやま縮」の浴衣を「水通し」をせず、仕立ててしまい、それを着用後、お客様がクリーニングに出したところ、「大変な状態」に縮んでしまった。
「さやま縮」は、「強撚糸」を使って織られた綿浴衣。浴衣といえども「強撚糸」が使ってあれば、「水通し」は必須である。これをうっかりするとは、「呉服屋失格」と言われても仕方がない。もう直謝りで、解きすじ消しの上、仕立て直しをさせて頂いたのは言うまでもない。「水通し」には、こんな苦い経験もある。
「水通し」の上仕立てられた小千谷縮は、お話したように、水洗いしてもあまり縮むことがないと思えるので、ご自分で手入れすることも出来る。汗で汚れた場合などは、水で手押し洗いし、(洗剤を使う時は中性洗剤を用い、漂白剤入りは避ける)、軽く脱水した後、手で形を整えながら、「キモノハンガー」などにかけて「陰干し」する。
外に干す時は、色ヤケさせないように、直射日光が当たる所を避ける。やはり室内の「風通し」のよいところに干す方がよい。
仕上げの「アイロン掛け」は、例の小千谷縮の象徴である「シボ」が伸びてしまう原因にもなるので、避けた方が無難かも知れない。もし「着た時のシワ」が気になるようならば、ハンガーにかけて、「霧」を吹いてやると自然に伸びていく。
小千谷縮は、価格も手ごろで、手入れも自分で出来ることから、「浴衣」より一つ上の「薄物」としての利用価値は高い。皆様には、「強撚糸」を使った織物の特色である、「さらりとした麻の着心地」をぜひ一度お試し頂きたいと思う。
夫婦関係で、「撚りを戻す」ということは、もう一度最初から「やり直す」、つまり「再出発」ということで、「悪いこと」ではないでしょう。しかし、なるべくならば、「撚り」(ねじれ)のない「平穏」な関係でありたいものです。
私も、たまには自宅の風呂で、「自らの心と体」を「水通し」して、日常の反省をしておこうと思います。30年近く夫婦をやっていれば、かなり関係に「撚り(ねじれ)」が出ていますので。
今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。