バイク呉服屋の忙しい日々

職人の仕事場から

洗い張り職人 太田屋・加藤くん(4) 小千谷縮の水通し・地づめ

2014.08 08

「よりを戻す」という言葉の意味は、仲たがいしていた者が仲直りして、元に戻ること。一般的には、「夫婦のよりを戻す」などと使われる。では、「より」とは何のことかご存知だろうか。

「より」=「撚り」である。この「撚り」は糸を撚るという意味。絹でも麻でも綿でもそうだが、糸というものは、一本だけでは弱くて使えず、何本かを束にして、「撚る」(捻り上げる)ことで、織糸として使えるようになる。

 

この「撚り方」の違いで、織り出された製品の強度、体へのなじみ具合、風合いが変わる。それは、「撚る方向」や、「撚る数」を変えることで、「糸」を変えられるということだ。繊維というものが形作られる原点が、この「糸撚り=撚糸」なのである。

糸撚りの数は、糸1メートルに何回転撚りをかけたかで、分類されている。500回転以下は「甘撚糸」で、1000~2500回転は「強撚糸」、それ以上「捻られて」つくられた糸は「極強撚糸」。

強撚糸の特徴は、撚られた糸の気密性が高いことで硬くなり、それにより温かみがなく、さらりとした手触りとなる。また、強く何度も捻じ曲げられているため、元に戻ろうとする力が強く働くため、織られると縮みあがり、独特の「シボ」が生まれる。

 

この「強撚糸」の特徴を生かした織物は、「夏織物」に多く見られる。これは、肌触りが涼やかで、さらりとした、独特の風合いと着心地が生まれるからだ。以前ブログの中でお話した、「本塩沢」の撚りは1800回。あの独特の「シボ感」の元も、この「糸撚り」にある。

そして、この季節に、気軽に使うことが出来る「麻」素材のキモノの代表、「小千谷縮」は、この「強撚糸」の糸質が最大限に生かされている品物である。

今日は、この縮の特徴を考えた上で、注意しなければならない取り扱い方などをお話をしていく。

 

(みじん格子と縞 小千谷縮)

小千谷縮の糸の原料は、芋麻(ちょま)。国内では、福島県の昭和村が最大の産地である。先日、「からむし」をご紹介した時にも少し触れたが、現在、生産量に限りがあるため、海外(フィリピンなど)から輸入されたものも使われている。

苧麻は、ぬるま湯に付けて柔らかくされた後、茎と表皮の間から取った麻の繊維を細かく裂き、端と端を「撚り込み」、つなぎ合わせる。この時、緯糸は軽くひねって繋ぎ、経糸は強度を上げるために、糸と糸をしっかり結び合わせてつなげられる。そして、糸の太さを均一しておく。この作業のことは「芋績み(おうみ)」と呼ばれ、すべて人の手だけで行われるため、一反分の糸、約800gを作るために、3か月ほどかかる。

そして、取られた緯糸に、撚りをかける。この「撚り」が小千谷縮の風合を生み出す。従来この作業では、「紡錘」と呼ばれる道具が使われ、「紡錘摺」という台の上で、先端にからげた糸を回転させながら、撚りをかけ、巻きとられていた。この「撚り加減」により、独特の「シボ感」が生み出される。なお現在は、この「紡錘」に代わり、「撚り糸機」という機械により、「強撚糸」が作られている。

糸作りの後は、「墨付け」「絣くびり」「染色」という「絣つくり」の工程を経て、織りがなされ、最後に「湯もみ」がされる。

「湯もみ」は、「舟」と呼ばれる木製の水槽の中にぬるま湯を入れ、そこに縮を入れ、手で揉みこむ。これは、「糊」を落とすのと同時に、「シボ」を出すために行われる。「強撚糸」で織り上げられた縮の「シボ感」は、この「湯もみ」作業により出されることになる。そして、「雪さらし」。晴れた日に雪の上に晒された品物は、汚れが落とされるのと同時に、生地が白く漂白され、絣の模様がはっきり浮かび上がることになる。つまり、「天然の漂白作用」により、最後の仕上げが行われる。

縮の表面に表れた「自然なシワ」と「シボ感」がわかるだろうか。生地に触ると少し冷たく感じられる。これが、このまま着心地につながる。

 

さて、この小千谷縮、仕立てを行う前に忘れてはならない作業がある。今日のタイトルにもある、「水通し」と「地つめ」のことだ。

なぜ、この作業が大切なのか、それは縮に強撚糸が使われているため、元に戻ろうとする性質があることを考えて頂きたい。もし、予め水通しをせずに仕立てて着用し、汗をかいて水洗いした時どうなるだろう。

水を通して洗えば、縮はどうなるか。当然「元に戻ろう」とする性質が働く。つまり、生地が縮む。縮んだら、寸法は短くなる。短くなったら、着にくくなる(または着れなくなる)。縮は、縦にも横にも「縮む」。縦に縮めば、身丈が足りなくなったり、袖丈が短くなったりする。横に縮めば、裄丈や身巾の寸法が合わなくなる。

 

これを防ぐには、仕立てる前の作業として、縮に水をくぐらせて、「あらかじめ縮ませておく」(生地の地をつめる)ことが重要である。一度水を通って縮んだ縮は、次ぎに水を入れた時には、あまり縮まない(それでも、少しは縮む)。ということは、「水通し(地つめ)」をして仕立てたものは、汗洗いをするために水洗いをしてもあまり縮まず、寸法に影響が出ないということになる。

だから、「水通し(地つめ)」を怠ってはならないのだ。どのくらい「水通し」で、縮が縮むのか、下の画像でお目にかけよう。

下の藍無地の縮は水通ししていない反物、上の薄鼠地の縞模様の縮は水通しされた反物。

この二反は、元々は同じ反物巾だった。下の縮、水通ししてない反巾は1尺1寸。上の縮、水通し済みの反巾は1尺3分。「水通し」をほどこすことで、「7分」ほど生地の「地つめ」がなされたことがわかると思う。

水通しで、横の反巾もつまるが、縦の反物の長さもつまる。むしろ、「縦」の方が「よりつまる」かもしれない。この反物の要尺(元々の長さ)は3丈5尺ほどだったのが、1尺ほど詰まった。

この状態にしておいて、仕立てをする。「水通し」されたものでも、後に、若干まだ縮む可能性があることを考えれば、使う人のいつもの寸法より、5分程度長くしておく方が、より安心できるだろう。

 

うちの「水通し」は、洗い張り職人の加藤くんに回している。反物に蒸気を当てて両側から引っ張り、生地の目を揃える「湯のし」や、反物に熱い湯をくぐらせて、糊を落とす「本湯通し」も、彼に頼んでいる。「洗い張り職人」と「湯のし職人」の関係は密接なものなので、(洗い張りの最後の工程で、品物にふのりを付けられ、それを湯のしに回すことから)彼が信用している湯のし職人に、仕事を依頼することが一番だと考えているからだ。

「水通し」が必要なのは、「小千谷縮」ばかりではない。「綿反」にも縮みやすい性質のある品がある。実は以前、大きな失敗をしてしまったことがある。それは、竺仙の「さやま縮」の浴衣を「水通し」をせず、仕立ててしまい、それを着用後、お客様がクリーニングに出したところ、「大変な状態」に縮んでしまった。

「さやま縮」は、「強撚糸」を使って織られた綿浴衣。浴衣といえども「強撚糸」が使ってあれば、「水通し」は必須である。これをうっかりするとは、「呉服屋失格」と言われても仕方がない。もう直謝りで、解きすじ消しの上、仕立て直しをさせて頂いたのは言うまでもない。「水通し」には、こんな苦い経験もある。

 

「水通し」の上仕立てられた小千谷縮は、お話したように、水洗いしてもあまり縮むことがないと思えるので、ご自分で手入れすることも出来る。汗で汚れた場合などは、水で手押し洗いし、(洗剤を使う時は中性洗剤を用い、漂白剤入りは避ける)、軽く脱水した後、手で形を整えながら、「キモノハンガー」などにかけて「陰干し」する。

外に干す時は、色ヤケさせないように、直射日光が当たる所を避ける。やはり室内の「風通し」のよいところに干す方がよい。

仕上げの「アイロン掛け」は、例の小千谷縮の象徴である「シボ」が伸びてしまう原因にもなるので、避けた方が無難かも知れない。もし「着た時のシワ」が気になるようならば、ハンガーにかけて、「霧」を吹いてやると自然に伸びていく。

小千谷縮は、価格も手ごろで、手入れも自分で出来ることから、「浴衣」より一つ上の「薄物」としての利用価値は高い。皆様には、「強撚糸」を使った織物の特色である、「さらりとした麻の着心地」をぜひ一度お試し頂きたいと思う。

 

夫婦関係で、「撚りを戻す」ということは、もう一度最初から「やり直す」、つまり「再出発」ということで、「悪いこと」ではないでしょう。しかし、なるべくならば、「撚り」(ねじれ)のない「平穏」な関係でありたいものです。

私も、たまには自宅の風呂で、「自らの心と体」を「水通し」して、日常の反省をしておこうと思います。30年近く夫婦をやっていれば、かなり関係に「撚り(ねじれ)」が出ていますので。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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