夏の間、バイクに乗っているだけで、おおよそその日の気温がわかる。35℃以下なら、それほど暑さを感じない。30℃前後ならば、切る風の涼しさが心地よく思える。
問題は、信号で止まった時に汗がどっと吹き出すような時や、「モヤモヤした熱風」が体にまとわり付くような時である。こんな日は38℃近い気温になっている。また、「靴が溶ける」ような感覚の日は、「厳重注意」である。私の経験では、40℃近くなっていることが多い。
甲府は盆地なので、気温が上りやすい。熊谷や多治見などとならんで、全国最高気温を観測する場所の「常連」である。だが、長年皮膚を鍛えているバイク呉服屋には、刺すような紫外線も、焼けるような日差しも、「問題なく」、毎日ノーガードで元気に発車している。
梅雨明けから、来月7日の立秋の頃までが、一番「暑さ」を感じる季節。こんな夏にキモノを「涼やか」に着るためには、下にどのような素材の襦袢を付けるかが大切になる。絹・麻・綿・化繊とそれぞれ特徴があり、短所も長所もある。今日は、そんな話をしてみよう。
日傘をさしながら、涼しげな夏キモノを着て歩く姿を見かけると、思わず振り返って見ることがある。薄物には、「打ち水」のような効果があり、周りにいる人まで「涼やか」な気分にさせてくれる。お召しになっているご本人は、決して「暑そうな素振り」を見せず、微笑んでいられると、なお印象が良くなる。
あるとき、うちのお客様にこんな話をしたところ、「薄物を着ているときには、意地でも暑そうな顔は出来ない」そうである。本人は、「我慢ならない時」もあると言う。それでも、「薄物」にしかない「着姿」を堪能することはやめられないと仰る。
薄物は、冬物と違い、様々な素材が楽しめる。「絹」の「絽」や「紗」、麻の「縮」や「上布」、「綿」の「浴衣」など、使う場所により素材そのものを使い分ける。「表地」の素材が多様なのだから、下の襦袢も多様であり、夏ならではの「工夫」をすることもある。
まず、一番問題になるのが「汗」だ。いかに空調が完備された社会になったとはいえ、汗を一つもかかずに、一日キモノを着通す人は、なかなかいない。汗をかかずとも、「暑さ」を感じない人は誰もいないだろう。
つまり、どうしたら「風通し」をよくして、その上襦袢に汗を吸い取らせることが出来るか、ということで、薄物の着心地が変わっていく。「通気性」と「吸水性」が重要なのだ。
(絽長襦袢 加藤萬)
(麻長襦袢 小千谷)
(木綿 晒)
(木綿 新モス・Aモス)
(木綿 天山綿)
絹・麻・綿の三種類の襦袢素材を画像にしてみた。これに化繊を加えて、様々なところから比較し、表のキモノに応じた、「使い分け」を考えてみよう。
まず、「通気性」の観点で考えてみよう。通気ということは、「吸水性」と「吸湿性」がどのようにその素材に備わっているかということと関わりがある。「吸水」は液体になっている「汗」そのものや、汗に含まれる「塩気」を吸い取ること、「吸湿」とは、汗が蒸発して気体になったものを吸い取ることで、その性質は違っている。
吸水・吸湿性が優れているのは、麻・絹・レーヨン・綿の順である。麻の吸水性は、綿のおよそ4倍とされていて、その発散も早い。また、この四種類の水分率を測ったた実験からも、麻の吸湿力が一番大きく、続いて絹とレーヨン、そのあとが綿という結果が出ている。
「レーヨン」が、絹と同じくらいの吸湿・吸水力を持ち、綿よりも上ということが不思議に思えるが、レーヨンは、化学繊維ではなく、元々綿の実や木を原料にした天然素材の「再生繊維」なので、やはり吸湿力があるのだろう。付け加えれば、我々が常識として知っているように、「化学繊維」のナイロンやアクリルの吸湿性はやはり小さく、中でも一番小さいのがポリエステルである。
以上、吸水性、吸湿性から、通気ということを考えると、「麻」素材の襦袢が一番着心地がよく、「暑さ」を感じにくいだろう。
(拡大した「麻」生地)
「麻」の襦袢と、絹あるいは綿の襦袢の「手触り」を比べると、明らかに「麻」のものの方が冷たく感じる。肌に触れた時、心地よいだろう。この繊維は消防ホースや帆布として古くから使われてきたように、「強度」もあり、丈夫で長持ちする。また、自分で洗うことも出来て(中性洗剤で手洗いの後、かげ干しする)、利便性もある。ただ、玉に傷というべきか、「シワ」になりやすいことと、柔軟性に欠ける性質を持つ。また麻糸には、綿糸と同じように、「番手」というものがあり、繊維が長く、細いものほど「着心地」がよくなる。襦袢はもちろん、シャツなど衣料の素材として使われるのは、「番手」が大きい「細糸」のものである。
では、他の素材は、どうか。「絹」は、吸湿性をある程度持っているので、着心地はまずまずであろう。ただ、お客様の話では、時として「肌に張り付く」ような感じになる場合があるという。絹は麻と比較して、かなり「しなやか」な素材である。ただ暑い日、かなり汗をかいた時など、絹の吸水性が追いつかず、水分がしなやかな生地にしみこみ、肌にまとわり付くような、「不快さ」を生み出すものと思われる。絹は吸湿性は優れているが、吸水性になると値が下がる。上の画像のような、柔らかな「平絽」の襦袢ではこのようなことが起こりやすいので、むしろ「紋紗」のような、すこし「張り」のある織生地の絹の方が、使い勝手がよいのではないか。
(拡大した絹・絽生地)
また、絹が厄介なのは、汗をかいた時や、しみ汚れが付いた時に、「自分で始末出来ない」という点で、その都度「しみぬき」や「丸洗い」などに出さなくてはならない。最近では、「洗える絹素材の襦袢」なども出始めたようだが、まだまだ多く流通していない。
では、「綿」を考えてみよう。綿は、衣類一般にもっともよく使われる素材である。吸水、吸湿性は、麻や絹には劣るが、それなりにある。もちろん化学繊維とは比較にならない大きさだ。ただ、綿の着心地で問題になるのは、「どんな木綿なのか」ということである。それは使われている綿糸の太さ、細さや、どのように織り出されている生地なのか、その構造によってもかなり違ってくる。
上の画像で三種類の「綿生地」をお見せしたが、最初の「晒」は、他の綿と比べて、隙間のある「荒い織り」になっているのがわかる。晒には、「和晒」と「洋晒」の二つがあり、作られ方が異なる。古くから日本で生産されていたのは、「和晒」で、作り方は綿の織布を、「和晒釜」という釜に4日間入れて、熱を加え、「不純物」を落とし、そのあと「天日干し」されて仕上げられる。一方の「洋晒」は、「自動精錬」という形で行われ、柔軟材や化学物質を使い、生地に負担をかけながら熱処理されたもの。
今では、自然体で作られる「和晒」の生産量は、かなり少なくなっている。晒は、綿の中でも通気がよく、昔は「赤ちゃんのおむつ」の素材としてよく使われていた。もちろん自分で洗うことが簡単に出来、生地も丈夫で長く使うことが出来る。
(拡大した綿・晒生地)
「晒」を夏の襦袢として使う時は、「うそつき」襦袢の胴の素材にする時である。「うそつき」とは二部式襦袢の上のこと(半襦袢のこと)で、胴だけを晒で作り、袖にはまた別の素材が使われる。「うそつき」は通常、自分で洗うことができるので、大変便利である。最近は、袖付けのところに「マジックテープ」を取り付け、袖がとりはずし自由になっている、「大うそつき」も、よく使われている。
二つ目の綿素材の「新モス」の由来は、毛の「モスリン」に似せ、綿で作られたもの。かなり薄い生地で、晒に比べると目が細かい平織。表面が毛羽立っているのが一つの特徴である。通常は、長襦袢の衿裏や、キモノの「バチ衿」の「衿芯」として使ったりする。
(拡大した綿・新モス生地)
晒と比べ、少し通気性が劣るので、「うそつきの胴」としてはあまり向かない。まれに、「うそつきの袖」に使う人がいるが、「すべりが悪い」ので着にくいのではないだろうか。
最後の「天山錦」と名の付いた生地は、「ブランド綿」の一つである。綿の中には、「高級」な素材として扱われ、すべるような滑らかさで、抜群の着心地のものがある。有名なのは、英国領西インド諸島原産の「シーアイランド綿(別名海島綿)」や、中国新疆ウイグル自治区原産の「新疆長繊維綿」や「西域綿」などがあり、この「天山錦」もそういった中国産の長い繊維の綿が原料になっている。
通常の綿とはまるで違うような「柔らかさ」と「しなやかさ」を持ち、肌触りが心地よく感じられる。これなら、綿絽や綿紬の浴衣の下へ付ける「うそつきの胴」としても、気持ちよく使えると思う。うちでは扱っていないが、最近は、「海島綿の長襦袢」も売りに出されていて、気になる方は、一度試してみてもよいだろう。
最後に、化繊の襦袢について、少し触れておこう。ポリエステルに代表される「化学繊維」のものは、従来「通気性」が悪く、思い切り「暑さ」を感じるという声をよく聞いた。だが、「東レシルック」などを始めとして、大分品質の改良が進んだようである。「絹」に近い着心地で、自分で洗える便利なものとして、一定の評価を受けている。
「使いやすさ」や「始末しやすさ」を考えると、「化繊」が一番便利ということになり、この着心地で十分と着る方が考えるならば、それでも良しと思える。これは、使うお客様次第ということになろうか。
さて、一通り特徴や、長短所を述べてきたが、最後にそれぞれの素材の襦袢を、どんな表地に使うのがよいか、お話してみたい。このTPOは、使う人の考え方や、着た時の感触などで違ってくると思われるので、一応「ご参考までに」ということである。
まず「麻」襦袢は、一番着心地がよく、どんな「表地」に使っても良いとは思うが、やはり、夏の織物(小千谷縮、明石縮、夏塩沢・夏結城・夏大島など)の下がふさわしいのではないだろうか。生地に柔らかさがないので、夏の染物系に使うと、少し肌に「ゴワツク」ような感じになるのが気にかかる。
「絹」襦袢のうち、「紋紗」は、「紗」や「絽」の小紋や無地などに使い、「平絽」は、「絽」の付け下げ、訪問着、留袖などフォーマル系のものに使うのが良いような気がする。絽の襦袢が持つしなやかさと柔らかさは、「絽」の表地を着る時に、最大に生かされるのではないだろうか。但し、あまり「汗」をかきすぎるとすこし「襦袢」が張り付くような感覚になるので、そこは注意されたらよい。
「綿」襦袢を考えると、「胴が晒のうそつき、大うそつき」や「海島綿」に代表される「高級綿襦袢」などは、やはり綿絽や綿紅梅の浴衣を始めとする「綿」の表地の下が一番自然な着心地になりそうである。絽などと比較すると「風にそよぐような柔らかさ」とはいかないので、表は少し「固めの生地」の方が、馴染むと思える。
「化繊」襦袢は、使う方の「利便性」と「着た時の感覚」次第ということになり、特に「ふさわしい表地」というものがない。言い換えれば「どんなものにも使える」ことにもなる。
お話していくと、やはり「表地」と「襦袢地」が同じ素材のものが、一番良いのではないかという結論になる。「麻には麻」を、「絹の絽には絹の絽」を、「綿には綿」をである。それでも、着る方が、色々試された末に、自分が「着心地が良い」と思える襦袢をお使いになればそれでよいように思う。「襦袢の素材はこうあらねば」という決まったルールなどない。
薄物を着た時、「涼やかな笑顔」でいられるならば、それで良いのだ。
たかが「襦袢」、されど「襦袢」。この素材をどのように考えるかで、「心地よく」もなり「暑苦しく」もなります。浴衣を含め、夏キモノ、薄物をお召しになる方は、ご自分が一番「涼やか」でいられる襦袢を見つけて、大いに夏を楽しんでいただきたいと思います。
我々は、そんな着姿を拝見するだけで、「にっぽんの夏」を感じることが出来ますから。
今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。