バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

キモノ生地の「裁ち方」と「柄合わせ」はどうなっているのか

2014.06 24

人は、「文系人間」と「理系人間」に仕分けられる。また「器用な人」と「不器用な人」にも仕分けられる。自分の仕事を考える時には、誰もが、自分の「得手」を生かし、「生業」としたいと考えるのが普通だ。

「呉服屋」の仕事は、どちらかといえば「文系」に向くように、一見思われる。このブログでも、様々な文様が伝わったり、生まれたりした「歴史的な背景」のことなど書き連ねてきた。

だが、「コーディネート」や「色の感覚を持つ」ことは、「文系」でも「理系」でもなく、「芸術系」の素養、センス、そして、美的なモノの見方が求められ、何よりも「場数を踏む」経験が必要になる。

さらに、基礎的な仕事(キモノを美しくたたんだり、裏地を切ったり、品物を丁寧に保管したりなど)は、「手先の器用さ」も求められる。つまり、「家庭科」が苦手な者には、かなりの努力を要す。

 

翻って、自分自身のことを考えてみよう。私は、完全な「文系」人間である。家内によれば、文系といっても、「歴史」のことだけが突出している、かなり「片寄った」人間だという。「大山倍達」風に言えば、「空手バカ一代」ならぬ、「歴史バカ一代」ということになる。

「理系」に関しては、小学校5年の時に、算数の「面積」と「体積」のテストで「零点」を取った。「白紙」で答案を出しての「零点」ではなく、「全部答えを埋めて」の「零点」だったので、子ども心にも、「衝撃」はひとしおであった。これは、田宮二郎の「タイムショック」で、正解が三問以下なら椅子がぐるぐる回ってしまうような、あの「衝撃」と同じような感覚であろう。(昭和のネタなので、何のことかわからない方も多いだろう)

さらに、「手先」のことを言えば、これも小学校の時、家庭科の授業で、「雑巾を縫う」という課題が出された時、縫うどころか、糸の「玉結び」が出来ず、「不器用にもほどがある」と呆れられた。もちろん「縫い目」など、曲がり放題で、仕上がりは「悲惨な雑巾」であった。

そんな私が、「生業」として呉服屋に付いている。人生とはわからないものだとつくづく思う。今日は、案外知られていない、キモノのしくみについてお話してみよう。生地の裁ち方を理解することは、仕立て方や手直しの方法を考える基本になる。以前このブログで、「付下げ」の「柄積り」と「柄合わせ」についてお話したが、今日はキモノ全体部分について見て頂こう。これを知っておかれると、色々な面でキモノに対する理解がより深まるように思う。「図形」が苦手なバイク呉服屋でも覚えられたことなので、難しいことではないだろう。

 

先日、おかあさんの振袖を娘さんに仕立て直す仕事を請け負ったので、その品物を使って、どのように生地が裁たれ、縫い合わされているのか、を見て頂こう。

上の品は、昭和40~50年代に当店の売れ筋だった、藤娘きぬたやの「小紋バック総絞り振袖」。これは、白生地に小紋と同じように「型」で柄を付け、色挿しした後、その生地全体に「疋田絞り」を施す「総疋田」にしたもの。絞りのキモノでも、「一目絞り」や「縫い締め」、「小帽子」といった、「絞りの技法」そのものを使って柄を表現しているものより、かなり略された作り方がなされている。

略されているとは言っても、「疋田」絞りそのものは、技法に忠実に手で成されている仕事なので、それなりに手が掛かっているものであり、今でも十分使える品物である。ご覧のように白地に大振りな牡丹をあしらった、若々しい印象を持てる振袖だ。

「おかあさん」が使ってから、20年以上「箪笥」に寝ていた品物なので、お預かりした時には「しみ、汚れ、変色」を確認する。また、母と娘で寸法が大きく異なる時には、生地が寸法通り出るかどうか、確認しなければならない。それは、生地を解いてみて、長さを見ておく必要があるということだ。(この品物を使う娘さんは、おかあさんと寸法の差があまりなかったので、心配なく使えるが)

丁度、この品物の洗い張りが仕上がって、太田屋さんから送られてきたところ。普段は「ハヌイ」されていて、生地が全部繋がっているのだが、「洗い張り」で落ちない汚れがあり、太田屋さんから補正のぬりやさんに回されて仕事がほどこされたため、「ハヌイ」が解いてある。

 

さて、「分解」されたキモノは、どのようになっているのだろうか。

解いたキモノを部分別にまとめて写したところ。左の一番長い二枚の生地が「身頃」。右上の少し長めの二枚の生地が「袖」。真ん中下の長さが違う二枚の巾の狭い生地が「衿」。右下の同じ長さで巾の狭い二枚の生地が「おくみ」。

これを見れば、キモノというものが、どれだけ単純に形作られているのかがわかる。わずか8ピースの布で構成され、それが、全て「直線裁ち」されている。

 

では、部分別に見ていこう。

まず、一番長い「身頃」部分。「上前」、「下前」それぞれ一枚ずつで、「前身頃」と「後身頃」を取る。実際の長さは、この倍ということになる。この解きをした身頃の長さを測れば、寸法の限界がどのくらいかということを知ることが出来る。

この品物の、一枚の布の総尺(長さ)が9尺3寸、これを半分にすると4尺6寸5分。とすると縫い込みなど考えても、4尺4寸程度の長さに仕上げることが出来る。ということは、165cmくらいまでの身長の人には、十分寸法通り仕立られるということになる。この身頃の寸法の確認は、身長差のある人に仕立て直しをする場合、必ずして置かなければならない。

 

次ぎに、「袖」を見てみよう。これも「左」「右」それぞれ一枚ずつで、「前」と「後」が繋がったまま取られている。この部分も実際に見える画像の倍の長さがあるということになる。

測ってみると、一枚の総尺(長さ)は6尺3寸、半分にすると3尺1寸5分。このことから、袖を布いっぱいに使って取れる寸法は3尺くらいということがわかる。袖丈が3尺あれば、「大振袖」としては、問題ない寸法である。30年くらい前の振袖の丈は、今より5寸~7寸短い「中振袖(ちゅうふりそで)」が多かった。だからお母さんの使った品の中には、「袖丈」が今のように出来ない、短い丈のモノもたまに見受けられるので、仕立て直しの時は、長さの確認が必要になる。

 

二枚の異なる柄が付けられている「おくみ」。当然、柄が多い方が「上前」に付き、少ない方は「下前」に付く。後でどのように「柄」が合わさるのか、お目にかけるが、付下げや、絵羽モノ(振袖や留袖、訪問着)などの「柄を合わせる」品物は、このように異なる柄の二枚の「おくみ」になっている。これが、無地や小紋など「柄合わせ」の必要がないものは、「同じ柄(無地なら全く同じもの」が二枚ということになる。この巾の標準は「4寸」と決まっている。

 

最後の二枚が「衿」。画像のとり方が悪く、「長さ」が同じに見えるが、「牡丹」の柄がある方が「掛衿」で2尺7寸5分。何もない方が「本衿」で5尺5寸。衿の長さというものはほぼ決まっており、「掛衿」は「本衿」の半分になっている。「掛衿」の中の「牡丹」の柄が、「中途半端」な形で付けられているのがわかると思うが、ここは、「柄合わせ」により、「胸」の部分の柄と上手く合わせられるようになってくる。これも、後で「柄合わせ」をしてお目にかけてみよう。

 

このような、「身頃」、「袖」、「おくみ」、「衿」の4ヵ所、8枚の布が、どのように縫い合わされて、一枚のキモノに仕上げてあるのか。特に、「柄合わせ」が必要な品物は、どのようにそれぞれの布が組み合わされているのかを、これから画像を使って見て頂こう。

 

まず、柄の中心、「上前」の「おくみ」と「身頃」を合わせてみよう。ここの「合わせ方」が、もっともキモノを印象付ける柄となる。画像の中の下の布が「おくみ」、上が「身頃」。「おくみ」部分は、当然「柄が多く付いている方」の布になる。

合わせてみたところ。上前身頃とおくみ部分。先の、二枚の布を比べて見て頂くとわかるが、離れ離れになっていた中心の「青い牡丹」と、その下の「赤い牡丹」の花弁がピタリと合わさり、一枚の花になっている。花だけではなく、「葉や枝」の合わさりにも注意を払う。

 

次ぎは、「上前」の「身頃」と「袖」と「衿」の三枚を組み合わせる。上の画像の「半分になっている赤い牡丹」と下の「掛衿」に付けられた「紫の牡丹の花」がどのように合わさるのか。

合わせられた、「袖」、「上前身頃」、「衿」。掛衿の花が、身頃の胸部分の花と繋がり、一つの柄が構成されているのがわかる。

これまで合わせてきたところの全体像が、上の画像。これで、「上前」が完成。

 

同様に「下前」も合わせてみよう。下前は、表には出ず、キモノの中に入ってしまう部分なので、柄の嵩がない。上の画像は下前の「身頃」と「おくみ」。上前の同じ部分と比べ、柄付けの違いが見てとれる。

離れている青い牡丹の花が、一つにまとまる。

 

下前の「袖」と「身頃」はご覧の通り、「柄合わせ」の必要がない。下前の身頃の上部には、何も柄がないのがわかる。これは、「見えない部分」に柄を付ける手間を排したということだ。もし、この部分にも柄が施されているような品であれば、それはかなり「丁寧」で、「余計に手間をかけた」ものと言える。

 

「合わせ終えた」キモノの前。右側が「上前」、左側が「下前」。

 

さて、「前」が決まれば、後ろはその布を引っくり返してやると、自然に「合わせ」が出てくる。

「身頃」をひっくり返すとこうなる。真ん中は「背」の中心線になる。

柄合わせをすると、こうなる。背縫いを中心として、柄が合うようになっている。後ろからキモノを見ると、この部分が出て来る。

 

後ろの「袖」と「身頃」の合わせ。上は「左後ろ袖」、下は「右後ろ袖」。袖の柄の嵩は、前は左袖に、後は右袖に多く付けられている。

両袖を身頃に付けてみた「後身頃」。「前身頃」の合わせよりも、どんなキモノの柄付けになっているのか、こちらの方がよくわかる。

 

「合わせ終えた」キモノの後ろ。白地に映える牡丹の花と、上に伸び上がる枝にあしらわれた小花により、優しさと豪華を兼ね備えた振袖模様と言えよう。

 

長々と説明しすぎた感はあるが、これでおおよその「裁ち方」と「柄合わせ」がどのように成されているか、わかって頂けたのではないだろうか。なかなかこのような、「キモノの基本」となることを書く機会は少ないが、呉服屋の出発点は、やはり「キモノ」の形を知るところから始まるように思う。

お客様が、この知識を持っていれば、モノの見方や、多様な工夫を考えることに繋がり、有意義なことになろう。本当は、一度ご自分で「キモノを解いて」確認されると、一層理解が深まるはずである。

 

この「絞り振袖」は、洗い張りをする時に、他の品物と違い注意しなければならない点があると太田屋さんからお聞きしました。その事も含め、「絞り製品」の扱いについて、近いうちに「職人の仕事場」の稿でご紹介したいと思っています。

キモノの構造を知ることは、やはり、この仕事における「イロハのイ」に当たるものでしょう。自分が「不器用」だとわかっていても、やはり「生業」とするならば、覚えなければなりません。ただ、不得手と自覚することは、そんなに悪いことではなく、仕事を間違わず、丁寧にしようとすることに繋がるからです。

 

余談ですが、うちの三人の娘のうち、どういう訳か一人だけ、「リケジョ(理系女子)」がいますが、彼女だけは、小学校の頃から私に勉強を教わりに来ませんでした。幼少にして、この父親の算数能力は「ヤバイもの」と見抜いていたのでしょう。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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