以前、「黒留袖」が現代において、「消え行く式服」になりつつあることを、お話したことがあった。
人生の節目である「式」というものが、形式にとらわれないものになり、昔から続く風習や習慣を守る意識が薄れた。「結婚式」のあり方など、その最たるもので、今は、「若い二人」の自由な発想で、式が計画されることがほとんどである。
たまに、「昔ながら」の式を見ると、「ノスタルジー」を感じる。さすがに「仲人」が存在する式はほとんど見られないが、両家の親族が揃って「黒留袖」を着ている姿などは、懐かしい「にっぽんの結婚式」を思い起こさせ、式服としてのキモノの重みと美しさを感じる。
世代が移る度に、「黒留袖」の必要性は、薄くなるだろうが、何とか残しておきたい。今日のコーディネートでは、そんな「式服」としての黒留袖と帯の合わせを、「文様」という観点から考えたものをご紹介しよう。
「黒留袖」に合わせる帯、といえば、「金」か「銀」、もしくは「白っぽい」地色で、柄は、「おめでたい」柄のもの、と単純に考えられてきた。もちろん、間違いではなく、それが「基本」なのだろう。
ただ、それだけでは、つまらない。「黒に金」、柄は「吉祥文様」ならば、「公式」の通りの「合わせ」だが、キモノと帯の間に、ちょっとした工夫を持たせる「合わせ」もしてみたい。そこで、考えて見たのが、「文様」という観点で、共通性を持たせることである。
「上代(正倉院)裂・唐花文様」の組み合わせ 「黒留袖」と「袋帯」
「上代裂(じょうだいぎれ)」というものには、「東大寺・正倉院」に伝わる「正倉院裂」と法隆寺に伝わる「法隆寺裂」がある。共に、唐やシルクロードの先のペルシャなどから、奈良期にもたらされた美しい文様の「裂」である。
このブログでも、度々「龍村美術織物」の手による復元された「上代裂」の文様について、ご紹介してきた。今日の「合わせ」で考えた、「唐花(からはな)文様」も、「正倉院裂」の代表的な文様の一つ。
「裂」に見られる「唐花文」は、画一なものではない。文様の形態はほぼ同じだが、中にあしらわれている花のデザインや、種類は多様であり、その組み合わせによる変化は、どのくらいあるのかわからないほどだ。
ポピュラーなキモノや帯の文様として、使われている「唐花文」は、この「正倉院裂」に伝えられているデザインが基本となっていて、それを様々に「アレンジ」したものである。今日は、どちらも「唐花文」を使った「黒留袖」と「袋帯」を組み合わせることで、コントラストがどうなるか、見ていただきたい。
(熨斗に唐花文様 型友禅黒留袖 菱一)
吉祥文の一つである「熨斗(のし)」文様と、「唐花」文様を組み合わせた黒留袖。「型友禅」ではあるが、丁寧に色挿しされ、模様の所々には箔と刺繍が施された品である。上前から裾にかけて、流れるような「熨斗」と「宝飾」のような「唐花」が描かれている。
留袖に表現された二つの「唐花」。この「唐花」には特徴がある。画像をよく見ていただくとわかるのだが、両方とも花弁の数が同じである。花は何層もの花弁で構成されている複合的なものだが、形作られている花弁は「8つ、或いは4つ」である。
龍村が復元した「天平八稜華文錦(てんぴょうはちりょうかもんにしき)」は、正倉院の御物の中に表されている「赤地蓮唐花文錦」をモチーフにしたものだが、このことから、「唐花」というものの原型は「蓮」の花ということがわかる。
「熨斗」文様の中にも、様々な文様のあしらいが見られるが、やはり、「唐花」や「葡萄唐草」、「鳥襷文」など正倉院裂に伝わる模様で散りばめられている。ということで、この黒留袖の柄は「正倉院文様」と呼ぶこともできる。
(白地 ペルシャ花文様袋帯 紫紘)
どちらかといえば、日本的な「国風」文様を得意とする「紫紘」の手による品である。正倉院文様の帯といえば「龍村」を連想するが、「ペルシャ花文」と名付けられている通り、これも「唐花」をモチーフにしているもの。「ペルシャ=シルクロード伝来」という意味で名付けられている。
ご覧の通り、こちらも忠実に「8つ」の花弁が複合的に重なる、典型的な「唐花文様」である。しかも中心は「八角形」の一つの花になっていて、一層「8」を強調するような図案構成である。
この「唐花」同士による、同じ文様のキモノと帯の組み合わせで気がかりなのは、すこし「くどく」なりはしないか、つまり「取って付けた」ような感じにならないか、ということである。
合わせてみたところ。キモノと帯のバランスとして、「唐花」が重なることの違和感はないと思う。キモノの方の「唐花」が「熨斗」文様に添えるように付けられており、花の大きさも一回り小さい。また、「唐花」という文様がもつ「華麗さ」が、「重なり」の「くどさ」を消しているようだ。
前の合わせから見たところ。帯の「唐花」が半分に折られることで、後姿のイメージとは違う雰囲気になる。帯は少し抽象化された文様に映る。
帯〆、帯揚げを合わせてみる。白を基調とし、控えめに金糸が組み込まれている帯〆と、金の入らないシンプルな白い帯揚の組み合わせ。帯の文様が少し大胆なので、小物はあっさりしたものの方が邪魔にならないようだ。
(白金平組帯〆 道長取り模様白紋織帯揚げ 両方とも加藤萬)
ついでに草履とバッグも合わせてみよう。
(葡萄唐草文様 草履・バッグ 龍村美術織物)
どうせなら、これも「正倉院」伝来の文様で。合わせてみたのは、龍村の白い「葡萄唐草文様」の草履とバッグ。この「葡萄唐草文」は、東大寺大仏開眼の時に使われた舞装束の模様の一部に見られる。「正倉院裂」の中でも代表的な「唐草」文様の一つと言っていいだろう。
改めて、今日ご紹介した品物を見て頂こう。
「唐花文様」というものが持つ、「精緻」で「優美」な文様は、「晴れの日」に使われる黒留袖や帯にふさわしい模様であり、「天平」より伝わる華麗で、宝飾的なデザインは飽きることのない、ある種の「モダニズム」をも感じさせてくれるものである。
今日の「コーディネート」はいかがだったでしょうか。「黒留袖」を誂る方も少なくなり、実際にお客様の前で、こうした「合わせ」をする場面はあまり多くありません。
単調になりがちな、第一礼装の「留袖と帯」の合わせを、「文様」という視点で考えると、違った観点から品物を提案することも出来ます。
我々がお客様にモノを勧める時は、多面的な物の見方や、様々なコーディネートをするための「引き出し」を、「知識」として持つことが必要です。特に「晴れの日」にお召しになられる品物は、長い間使われるものです。だからこそ、「不易流行」である、「文様」や「柄行き」を考えなければなりません。
「いつ着ても、飽きが来ない」という品物を選ぶことこそ、フォーマルに使うモノ選びの基本ということをわきまえつつ、自分らしい工夫を試みたいと思っています。
今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。