呉服屋には、その商売にあたり、先人から伝えられてきた格言のようなものがある。例えば「一枚のキモノに三本の帯」。これは、「キモノ一枚に付き、三本の帯を合わせて使いまわせ」ということだ。持っているキモノは一枚でも、帯を変えることにより、印象を変えることが出来るということを言っている。
この考え方でいけば、「キモノの枚数より帯の本数を多く持つこと」がキモノのバリエーションを広げる近道ということになる。
もう一つ「帯は妹の帯を借りて締めろ」。これは、少し派手に思えてもその方がキモノを引き立たせることになる。あまり「地味」にしない方が「着映え」がするということだ。「派手さ」も限度があるが、フォーマルな席では、すこし「明るめ」の帯のほうがよく映るのは確かな気がする。
ここ何年かで感じていることは、年配の方々が好まれる「地色」が変わってきたことだ。以前では選らばなかったような「明るい」色をお召しになろうとする方が増えている。
特にフォーマルの席で使う「付下げ・訪問着」や「無地モノ」ほど、「優しく、明るい地色」になる傾向がある。少しピンクを含んだグレー色、いわゆる「灰桜色」や「胡桃色」、また絹の「生成り」のような明るい「黄土色や丁子色」などが「売れ筋」の色だ。
街を歩くと、真っ赤なセーターや濃ピンクのカーディガンなどを、「颯爽」と着ておられる60代以上の方をよく見かけるが、その姿には何の「違和感」もない。むしろ若々しく好ましい印象になることが多い。
さすがにキモノで「赤やピンク地色」をお勧めする訳にはいかないが、明るい色が好まれる理由は、「洋服」における「色感覚」が変化した影響を受けているのも一因だろう。
今日は、前回のコーディネートの続き、「帯」を変えることで変化するキモノの印象について書いてみよう。使う振袖は前回と同じ品。「一枚のキモノに帯三本」という意味を少し実践したところを見て頂こう。
(群青色 日光菱彩錦袋帯 龍村美術織物)
今回合わせる品は、帯の地色としてはめずらしい「群青(ぐんじょう)色」を使ったもの。前回では「ガチガチな古典」をイメージして「梅垣の帯」を合わせ、「正統派」コーディネートを意識した。さて、どのように印象が変わるのであろうか。
多色使いの振袖に対して、帯がキモノに埋没することなく、ある程度「主張」できるような存在感を持たせなければばらない。そのため帯地色で、「ある程度のインパクト」を出す必要がある。前回の黒地の帯ほどはっきり主張されていないが、この「群青色」でもその目的は達成できるように思う。
前回の帯文様が「松竹梅」であるのに対し、こちらは抽象的な「菱文様」を重ねている図案である。柄の中に使われている色も、「鶸、橙、浅紫色」などが控えめにほどこされ、地色の群青色を引き立たせているように感じられる。その上、「龍村独特」の光を放つ「金、銀糸使い」がモダンな印象を与える。
後ろから見た、帯合わせ。
前回は、「古典+古典=これぞ伝統的キモノ合わせ」という、「堅苦しさ」が感じられたが、今回、帯を変えて見ると、その印象は薄れている。「重厚」さが無くなった代わりに、柔らかさがある。野球で言えば、前回の合わせが「ストレート」ならば、今回は「変化球」の投球だろうか。言葉でうまく言い表せないが、「古典」の中に覗く現代感覚が、かい間見えるという感じだ。
ただし「現代的」といっても、帯に使われている文様は、「古典」であり、その範囲の中での工夫である。特にフォーマルで使われる品物ならば、キモノにせよ帯にせよ、「伝統的な文様」というものを意識せず、「モノ作り」をすることはない。そして、「文様」という基礎があって品物が出来ていると売り手が意識しなければ、「モノを見る目」が狂ってしまう。
前から見た、帯合わせ。
キモノの上前地色は「朱」色が基調となるため、帯の群青色とのコントラストがはっきり出てくる。連続した大小の菱文様も「前」から見た感じと、後ろのお太鼓からみた姿では、大分印象が違う。
(菜の花色疋田絞り帯揚げ 菜の花色梅花模様平打ち帯〆 両方とも加藤萬)
小物合わせをしたところ。「朱」と「群青」の間にどんな色を持ってくるのか、少し悩むところだが、どちらの色にも「邪魔」にならないような明るい「菜の花色」のような黄色でまとめてみた。青の補色は黄色であり、朱との相性もよい。難を言えば、帯〆の存在が少し薄いような気がするが、あえて、強調しないという合わせもある。
「鶸色」で合わせると、帯揚げはキモノ地色の朱とは合うが、帯〆が帯の群青に対していまひとつしっくり行かない。「朱系」の色だと、帯揚げはキモノ地色の朱と重なってしまい存在感がなくなるが、帯〆は、帯とマッチして、「締まる」感じになる。どちらの色も「小物使いの色」として、一長一短である。そこで、無難に「黄色系」の「菜の花色」という結論になった。
(白地花の丸文様 刺繍半衿 加藤萬)
前回使った刺繍半衿と模様は同じだが、中に使っている糸の色が異なる。こちらは、極力色を押さえたおとなしい印象の衿。帯揚げや帯〆同様に、小物を強調せず、静かにまとめた感じになっている。
小物を組み合わせると、上のようになる。
もう一度、今日ご紹介した、振袖コーディネートの品々をどうぞ。
帯を変えることで、変化するキモノの印象は如何だったでしょうか。一枚のキモノに多様な帯を使うとしても、それが、もちろん何でもよいということではなく、あくまで「キモノ・帯双方を生かす」ものでなければなりません。色のコントラストばかりでなく、「キモノの柄のほどこし」との関わりにも大いに注意する必要があります。
その上で、帯揚げや帯〆を変えながら、考えていく。難しいことですが、ここが「キモノ選び」の楽しさもなっています。様々なコーディネートを提案していきながら、それぞれのお客様にとって最良な形での仕上がりを考えることが、小売をする者に課せられた重要な仕事と言えましょう。
特に、「キモノのことはよくわからない」というお客様が増えた現在では、このコーディネートをいかにわかりやすく伝えるか、ということも大切であり、「品物を選んでいただく」ための道筋として、我々もセンスを磨き続けることと、文様や色に関して知識を深めて行かなければならないことは、言うまでもありません。
今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。