果汁100%オレンジジュースの味は濃厚である。人によっては、その味よりも果汁5,6%のものの方が飲みやすいし、美味しいと感じられる場合がある。価格は、当然100%果汁の方が高い。
加工食品の場合、ジュースに限らず原材料が明記されている。着色料や保存料の有無、また果汁のパーセンテージも何%と記してある。人の健康に関る食品であるから、「どのように作られたか」という情報を公開することは、法律で義務付けられている。
では、これを呉服に当てはめて考えてみよう。「どのようにつくられたか」ということが商品に明示されているか否かという問題だ。これは、何に影響するかといえば、もちろん「価格」である。
今までも、このブログでモノの「見分け方」の話を何回か書いた。加賀友禅や江戸小紋の稿では、ホンモノとニセモノを並べた上でその違いと判別方法を出来るだけわかりやすい形で説明した。それは、一般の消費者でも、それが見分けるようになるのは可能である。これがわかれば、モノの価値が理解できて、「価格の比較」が可能になる。「賢い消費者」になるための「第一歩」であろう。
前置きが長くなったが、今日のテーマは「草木染」を見分けることについてである。紬類は、織り方や絣柄の細かさなどで価格が上下するが、もっとも大きく変わる原因は、「織り糸の染め方」にある。この判別は、前述の加賀や江戸小紋を見分けるよりも相当困難が伴う。(困難というより無理かもしれない)
この染めに使う染料が「100%草木染」によるものか、「化学染料」によるものか、または、両方を併用して使われているものなのか、これにより「価格」は大きく変わる。それは、「仕事の手間に対して値段が比例する」というのが呉服価格の定義だからである。
「草木染」ならば、その草や花を収穫し(枝や幹、樹皮からの場合もある)、色を染め出し、媒染液につけ、思う色に抽出し、糸に染める。この間に何工程もの手順を踏み、手間と時間をかけて仕上げる。「化学染料」を使えば、この工程は一挙に端折られる。
では、反物にどの程度「草木染」の表示がしてあるか、という問題になる。100%ならば、価格は高くなるだろうし、0%ならば、染料に関する手間はない。(つまり安価である)。厄介なのは「併用」している場合で、何がどのくらいどのような割合で使われているのかわからなければ、「価格」の類推はし難くなる。つまり価値判断ができないということになる。
今日と次回は、染料の割合がどのように表示されているか、また否かということ、そして、判別できるかどうかについてお話させていただきたい。今回はまず、三点の米沢紬(置賜紬)を画像で紹介し、「紅花」の歴史と染料の抽出方法を述べることから始めたい。
(米沢紅花紬 紅色・橙色横段縞 米沢・新田)
山形・米沢紬の歴史は、江戸初期の米沢藩主・上杉景勝にさかのぼる。これ以前からすでに、桑やからむし(麻の材料である芋麻)、紅花は栽培されていたが、これを特産品として奨励し、越後縮や奈良さらしの原料として織物産地に売ったのである。
江戸中期の安永期に入ると、当主の上杉鷹山により、藩内で採れた原料を使い織物生産が始まった。原料地から生産地への転換である。からむし原料の麻織物に始まり、真綿を原料とする紬生産が本格的に行われるようになったのもこれ以後である。
米沢地方(置賜地方)のそれぞれの地域では、特徴的な紬が作られ始める。「米沢琉球絣(通称米琉)」、「長井紬」、「白鷹紬」などである。これと同時に糸を植物染料でそめる「草木染」の技術が京都の職人からもたらされる。この地域特産の「紅花」や「藍」そして「紫根(しこん)」などを使った「染め」である。これ以前「紅花」は「原料」として京都へ運ばれて、そこで「染め」に使われていたが、ようやく、この頃になって、現地「米沢」での「染め」が始まった。
しかし、明治期に入り、「化学染料」が出回ったことや、安価な紅花が輸入されたことから、この米沢における「紅花染め」は壊滅的状況に置かれ、この後80年ほど全く生産されず、それどころか「紅花」そのものの栽培もなくなってしまった。
1963(昭和38)年になり、それまでまったく廃れていた紅花染めを、その栽培から復活させたのが、新田秀次である。上の画像の紅花紬は、その「新田」で作られた品物。現在は子息の新田英行氏によりその工房が引き継がれている。
紅花の染料作りは、まず栽培から始まる。4月に蒔いた種が花を付けるのが7月。アザミのようなあざやかな濃い黄色の花が咲く。それを摘んで水に浸すと橙色に変わる。これは紅花の特質である「水に溶けやすい黄色の色素」が分離し、「紅の色素」が残るためだ。
これを発酵させて「紅の色素」を増やし、さらに「臼」に入れ「杵」でつく。こうして丸く出来上がったものを「紅餅」と呼ぶ。そして、媒染液の炭酸カリウムにこの「餅」を浸すと、あざやかな「紅色」の発色になる。
(置賜・長井紬 青磁色井桁絣 長井・渡源織物)
置賜(おいたま)紬は、1976(昭和51)年、国の伝統工芸品に指定されている。置賜地方は山形県の南部、米沢市を中心とする地域のことで、指定品は三種類の紬である。
それは、先に挙げた「米沢草木染」、そして上の画像の品「長井紬・緯総絣と併用絣」、さらに「白鷹紬・米琉板締小絣と白鷹板締小絣」である。それぞれ、置賜地方の違う地域で作られている、「特徴的」な紬である。
この「伝統工芸品」に指定されること、(品物に付けられた独特な「伝」マークをご存知の方も多いと思う)は様々な技法の「縛り」が国によって決められているということである。これを「告示」と呼ぶが、例えば「草木染紬」の定義が4項目にわたり記されている。
先染め平織りであること。経、緯糸に使用する糸は紅花、刈安、ログウッド等を原料にする植物性染料であること。絣の場合、その糸の染色法は「手くくりか手摺り込み」であること。緯糸の打ち込みは「手投げ杼か引き杼」を使うこと。そして、使用する糸は生糸、玉糸、真綿紬糸とすることが明記されている。
この「伝」マーク商品には、その製造工程に関して、このような厳格な「縛りと決め」が存在する。つまり、国による「お墨付き」の品といえるだろう。
(米沢紅花紬 薄紅色・藍鼠色縦縞 米沢・織元は不詳)
紅の色は様々な色を組み合わせることにより変化する。また「紅」そのものの濃淡も発色の仕方が均一ではなく、その工程の微妙な違い(媒染液のさじ加減一つなど)で異なってくる。
思い通りの色に発色させることは、そう簡単なことではない。植物染料だけを使うとすれば、例えば「藍」と「紅花」を組み合わせて「紫系」の色にするとか、「藍」と「刈安か黄はだ」を混ぜて「緑系」の色にするとかになる。様々な「濃淡」まで考えれば、その調合の組み合わせは無限といってもよい。
もちろん植物染料の「紅花」と化学染料の「何か」を調合することで、「生まれやすくなる色」の存在も多々ある。また、掛け合わせのどちらかを「手間のかからないもの」にすることで、「価格」を抑えられるという考えも起こってこよう。
その調合の割合で植物染料が多ければ、価格は高くなり、化学染料が多くなれば安くなるのは当然のことである。このことをどれほど「商品に明示」してあるかが、その品物がどのような工程を経て、「染められた」ものなのか知る一つのヒントになる。
続きはこのあたりのことから書こうと思う。、今日ご紹介した三点、価格が違うのだが、どの品が高く、どの品が廉価なのか、品定めされたい。答えは次回ということで。
今回の「見分け」は以前二回の「見分け」より、難しいことは言うまでもありません。「草木染」か「化学染料」かの判別が、品物を見ただけで即座に出来ることはないと言えます。ただ、ヒントになる材料はありますが、それが、品物そのものから読み取れるということではなく、作り手の「情報公開」ということに委ねられているのです。
一番初めに書いた「オレンジジュース」の原料表示と同じことで、どこまで品物に「原材料」を記してあるかということがポイントになるのです。これを正しく表記することが、品物への理解を深めることになり、作り手への信頼を増すことに繋がるのだと思います。
今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。