秋分を過ぎたというのに、日中の気温はまだ30℃近い。年々「秋」を感じる時期が先送りされていくように思える。
今夏の甲府盆地の暑さは、例年にも増して過酷なものだっただけに、このところの朝夕の涼しさを、なにより待ち遠しく思っていた。まだ、「空の高さ」を感じるところまではいかないが、季節は確実に「秋」に向かっている。
北海道の山々では、今が紅葉の盛りであろう。今頃「大雪山の麓、十勝三股」では、見渡す限りの山々が「絵の具を散りばめた」ように映っているはずだ。気温が8℃になると葉が色づき始め、5℃以下になると本格的な紅葉の見頃を迎えるようだ。
今日はそんな訳で、まだ少し早いが、秋の文様として代表的な「楓文様」を取り上げて話を進めたい。
(茄子紺色 楓柄江戸友禅付下げ 菱一)
「楓文様」だけで描かれた付下げ。地色は一応「茄子紺」としてみたが、もう少し「紫系統の色」がかかっているような感じ。「楓」に使われている色は「山吹色」や「梔子色」そして「朽葉色」といった「黄色系」の色だけを使って挿してある。
この品のように、「季節が特定できるモノ」というのは、「敬遠」されがちだ。あまりにも「旬」を意識させる図案と色目だからである。つまりは、このキモノが「使える時期」が決まっているからだ。お召しになるのに「ふさわしい」季節は、「秋」それも10~11月にほぼ限定されよう。
「楓」の色づき方はその種類にもより異なるだろうが、おそらく青楓(緑)→黄→赤→朽葉→落葉と言う順で色が変化してゆくように思う。この品のように「黄色系」だけで色が挿してあるものはめずらしく、斬新な色の使い方である。
近接して写した「楓」。よく見ると一枚一枚に違う「細工」が施されているのがわかると思う。糊を置いた友禅であり、挿し色も「黄色系」の色で「ぼかし」が使われ、「型疋田」を用いたり、左上の葉のように、わざと葉の一部に「穴」をあけたように描き、そこは「胡粉」が置かれている。葉の一部に「駒縫い」が入れられているものも見える。
一番上の画像ではわかりにくいが、遠めに見てもある程度の立体感が出るのは、このような細やかな仕事がなされているからだ。同じ系統の色で柄行きに変化を持たせるには、どうしても「表し方=施しの工夫」が必要であり、「色」の変化がない分、むしろ「手がかかる」。
「楓」の葉は、「蛙の手」に似ていることから、「カエデ」と名づけられたと言われているが、これほど日本人が「秋」を感じる植物はないだろう。週末になれば、「紅葉前線」がどこまで来たと伝えられ、「季節感の道標」にもなっている。「楓」図案のキモノは「秋を装う」もっとも代表的な品と言うことが出来、上の品のように「旬」が明らかな品こそが、贅沢でお洒落なモノになるのだ。
(菜の花色 桜楓文様 四つ身友禅小紋 千切屋治兵衛)
このように、「桜」と「楓」が並べて描かれている文様を「桜楓(おうふう)文様」という。「桜」が春の代表的な花として、古来から愛でられてきたのはご承知の通りで、「楓」と組み合わせることで「春秋(しゅんじゅう)模様」となる。
「桜楓文様」を使った上の品は「子どもの祝着」として使われる「小紋」である。これは「型紙」を使った「型小紋」で、女の子の産着である八千代掛け、三歳、七歳の祝着、そして十三参りのキモノとして使われている。千切屋治兵衛の「定番」とも言える品であり、うちでも、もう40年以上この小紋を「子どもキモノ」として使っている。
余談になるが、呉服業界でこの「千切屋(ちぎりや)」を名乗る会社が三社ある。いずれも元は京都の「西村家」から出発している問屋である。歴史を辿れば、16世紀半ばにまで遡り、京都室町で法衣屋を営んでいた「西村与三右衛門貞喜」が「千切屋一門、中興の祖」とされる。ここが、江戸時代になって分家され、千切屋治兵衛(千治)、千切屋總左衛門(千總)、千切屋吉右衛門(千吉)の三家に分かれた。
この三家は、今に続く呉服問屋であり、それぞれ友禅のメーカー問屋として独自の位置を築いている。中でも千總はデパートなどを通して沢山の品物を供給しており、ご存知の方も多いと思う。
千切屋治兵衛(「ちじ」と業界では呼ばれている)の作るこの小紋は、子どもキモノにふさわしい、華やかな「赤」「黄色」「水色」などの明るい地色を使い、柄行きもこの品のような「桜楓文様」や「揚羽蝶、蝶文様」「手毬文様」などが使われている。
最初の品と違い、「春秋文様」であることから、当然「旬」を選ぶ柄行きではない。図案を見れば「流水」の中に花があしらわれているが、「楓と流水」という組み合わせはよく見られるものである。
例えば、「色づいた楓が川を流れ行く様」を描いた文様は、「龍田川(たつたがわ)文様」と呼ばれている。「龍田川」は奈良県の斑鳩地方を流れる川で、「古今和歌集」にも「紅葉の名所」として詠まれていることで知られており、その事がこの文様の名前の由来となっている。
(紋綸子黒地 立て枠に楓・撫子・笹文様 型友禅振袖 菱一)
最後に、「振袖」の中に描かれた「楓」文様を紹介しよう。一緒にあしらわれているのは「笹」と「撫子」である。桜との組み合わせは割りとよく見られるのだが、上の品のような図案はめずらしい。「立て枠」の中に花が「散らされている」のは、「流水の中の桜楓」と同じような意図の模様の付け方である。よく見ると「楓」の中にだけ柄の施しが見えるようだ。そのあたりを下の画像で見てみる。
「楓」の葉の中のあしらい。一枚一枚異なる施しが見える。「菊と亀甲紋」「橘と花菱紋」「カタバミの花紋」「型疋田を使った葉」など。上前おくみと身頃に、この施した「楓」の葉の模様が付けられていることから、この振袖の柄のポイントはやはり、「楓」ということになるだろう。
模様全体を写したもの。柄の配置が裾の方でかなり多くなっているのがわかる。これもある意味で、「楓散し文様」と呼べるような柄行きだ。
今日は「楓」をテーマに、「付下げ」「小紋」「振袖」においてどんな「文様」の工夫や配置、色の挿し方になっているかを見てきた。「楓」というものは「挿す色」により「変化する季節感」を出せる図案であり、キモノに使われるモチーフとしても、様々な表情を出しやすい、使い勝手のよい文様といえるのではないだろうか。
それは、「旬」の柄行きとして贅沢に使うのも良し、「春秋模様」として、使いやすく使うのもまた良しということになるのである。
山梨県内の紅葉は、富士五湖地方と八ヶ岳周辺が早く、今月中旬から色づき初め、下旬には見頃を迎えるようです。甲府では、例年11月に入らなければ「楓」を愛でるまでには至らない気がします。暦の上では、8日は「寒露」に当たりますが、今だに「夏」と「秋」の境のような気候が続いているため、本格的な季節の移ろいを感じるのは、もう少し先になりそうです。
今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。