バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

呉服屋の道具・5 八掛色見本帳

2013.10 04

この時期になると、「七五三」に関る仕事が多くなる。うちのようなやり方だと、「新しい品物を納める」ことよりも、ほとんどが「手直し」と「足りないモノの補充」だ。

三歳ならば、「産着」を直して使い、新しく用意するものは「被布」と「小物」。五歳も「掛けキモノ」を直して使い、「袴」と「小物」を準備する。七歳は「産着の時」に鋏を入れない「八千代掛け」を使用した場合、「トキ、すじ消し」をし、「八掛」を用意して仕立て直す。新しく準備するものは「祝帯」と「小物」である。

10月に入ると、それぞれの預かり品を順次納品してゆくのだが、やはり「縁起物」なので「日のよい日」を選ぶ。「大安」「友引」の日ということになるのだ。今の時代でも、この七五三に限らず、「節目の祝い事」に使われる品は納品日に気を使う必要がある。先日お話した「母の江戸小紋から作った祝着」も来週の月曜、「大安」をお届け日に予定している。

今日は、前回予定してお話できなかった「八掛」の「色見本帳」について。

 

(キモノと八掛合わせ 「生成色」の手挿し小紋と優しい「黄土色」の組み合わせ)

 

ご存知の通り、「八掛」は「袷のキモノ」には不可欠なものである。この色をどうするかによって、そのキモノの印象が変わる。その中で、フォーマルモノの「訪問着」や「色留袖」の場合、ほとんど「共色八掛」がすでに付けられている。「共色」とは、そのキモノの「地色」と同じ色目という意味だ。だから、新たに「八掛」を選ぶことはない。

「色無地」にも四丈物といい、すでに「八掛の分」まで染められているモノや、一部の付下げにもすでに付いている品がある。このような場合も「共色八掛」であり、地色と「同じ色」になっている。

おおよそ、「フォーマルモノ」に付けられる「八掛」は「共色」であり、そこで「八掛の色」を思案するということはほとんどない。八掛の付いていない一部の付下げや三丈物と呼ばれる丈の短い色無地(八掛分の生地がないもの)でも、ほぼ「地色の共色」か「やや濃淡を付けた色」が選択される。

「八掛の色」を思案するのは、趣味のキモノである「紬」や「小紋」の場合だ。このような品は、付ける色により「キモノの雰囲気」が変わる。もちろん「着る方の好みや年齢」、「品物の地色や柄行き」で付ける色目が違ってくる。だから、「八掛の色」を決める時はお客様と共に考えなければならない。「おまかせ」ということもあるが、そうなると結構「迷って」しまい、苦慮することにもなる。

上の画像のように、求められたキモノと八掛を「裾の部分」に見立てて合わせて見る。現物の「八掛」が手元にある時は、このようにしてお客様に「提示」して見せる。そうすれば、仕立て上がった時にどのようになるか「想起」し易くなるからだ。

だが、現物の八掛では対応できない「色」の場合、「八掛色見本帳」の中から付ける色を選んで貰わなければならない。

(「菱一」の見本帳 「芳美」)

(旧「北秀」の見本帳 「秀美」)

八掛の見本帳というものは、大概「取引問屋」から送られてくるものだ。特に「染モノ」を扱うところからのことが多い。今、うちが使っているのは上の二つの見本帳である。「菱一」は「仕入れた染モノ」の中で、扱いが一番多い「取引先」である。「菱一」は「メーカー問屋」なので、自社でもの作りをしており、「色の染め出し」もしている。だから、「菱一」から仕入れた品は、この「芳美」の中で探せば、思うような色が見つかる。

下の「北秀」は、何度かこのブログでもお話したように、すでに存在していない。だが、この「北秀」の八掛を染め出ししていた「染め元」は、今でもまだ仕事を続けている。江東区の清澄にある「近藤染工」というところである。旧北秀は作っていた品も素晴らしいものが多かったが、裏地も実に「質のよい」ものを使っていた。八掛に使われる生地はしっかりと表地になじむもので、「色出し」も申し分ないものである。「芳美」より少し値段が高くなるが、こだわるお客様には、この「秀美」の見本帳から選んで頂き、「近藤染工」さんに「別染め品」として仕事をお願いすることにしている。

 

「八掛」を付けるときには、「色」にだけ注意をすればよいというものではない。付ける品の色目や材質により異なった「種類」のものを選ばなければならない。

例えば、「薄い地色」の品に付ける八掛は「ぼかし」という種類のものを使う。「ぼかし」というものは、裾の部分には色が染められているが、上の方は白いままである。これは、「薄地色の品」に、全体が色で均一に染められている八掛を使って仕立てをしてしまうと、お召しになった際に、「表から裏地の八掛が透けて見えてしまう」からで、このことを防ぐためである。「途中からぼかしをして色をつけてあれば」八掛が透けることはない。そういう工夫を施すためだ。

また、「紬」などに付ける八掛は「紬生地」のものを使う。一越や綸子の生地に付ける八掛は「チェニー」と呼ばれる生地なのだが、表が紬地のものにこれを付けると「表地と裏地が馴染まない」ことになる。ひどい場合は、仕立職人の腕を持っても「裾の部分」がうまく仕上がらなくなってしまう。この「表と裏の不一致」という問題は「紬生地」ばかりでなく、「鬼シボちりめんを使った表地」に付ける八掛の種類を間違えると起こってくることがある。

「鬼シボ生地」は「生地自体が重い」ために、そぐわない裏地を付けると「表がかぶる」という現象がおこる。「かぶる」とは表地の重さで、裾部分が垂れて来てしまい、裾で表と裏がフラットに合わさっていないことを言う。また、「裏地の八掛」だけが何らかの理由で「縮んで」しまい、表地が「かぶる」ケースも見られる。

袷のキモノには、何気なく「八掛という裏地」が付いているが、仕立てる前にそれを選ぶ時は様々なことを考えなければならないのである。

(キモノと八掛合わせ 「山桜草木染縞紬」と「紅色」の組み合わせ 若い方用)

上の柔らかい桜色や紅梅色を基調とした紬の場合、八掛の色は多様に考えられる。先にお話したように使う方の「年合い」により、微妙に変わってくる。

「紬」の色目に合わせて、考えられる様々な「紬八掛」。上の画像の紬に使うものとして、「選ばれた色」。この中のどれを使ってもキモノの印象がそれぞれ変わってくると思われる。だからこそ、難しい。人によれば、この中の色ではなくもっと「違う色」を求める方もおられることであろう。「八掛」をどんな色にするかというのは、「センスが問われる」ことであり、「お召しになる方の着姿」を想像しながら、上手く選択していかなければならない。

 

「例」としてお目に掛けた「二つの八掛合わせ」。上の画像は「裾から近接したもの」でしたが、全体を写したものを下にお見せします。色の雰囲気がどのようになるかが、おわかりになると思います。

このように「試行錯誤」を繰り返して、「一枚のキモノ」として仕上がっていきます。「裏地」といえども、それを選ぶ「楽しさ」もあるのです。古いキモノを「洗い張りして仕立て直す」時に、八掛だけを取り替えてみると、また今までと違った品としてお使い頂けることがよくあります。

「八掛」という裏地一つ考えてみても、呉服屋の仕事として「色を選ぶ」ということが「難しいこと」と言えるのではないでしょうか。もちろん選択に「正解」がある訳もなく、あるとすれば、「お召しになる方に満足して頂けるものに近づける」ということが、目標になると思います。経験を何年積んでも、難しいことに変わりはありません。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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