毎週木曜日は定休日なのだが、昨日は東京出張。全ての仕事をほぼ一人でしているため、メーカーや問屋、それに直しをお願いしている職人さんのところへいくのは、どうしても「休み」の日になってしまう。
呉服関係の会社は、日本橋の狭い地域に集まっている。「富沢町」「久松町」「浜町」「人形町」「大伝馬町」「東日本橋」等々。
街を歩いていると、昔取引のあった問屋を思い出す。この20年ほどで多くの会社が倒産また廃業していった。跡地の大半は「マンション」に変わっている。業界の栄枯盛衰(私が見たのは衰えるところだけだが)、をこの街は見てきた。果たして10年先どうなっているのだろうか。
今日は久しぶりに職人の話。「和裁士」の仕事の一端をご紹介しよう。
仕立て屋さんの仕事の最初はまず「裁ち」をするところから始まる。この「裁ち」方はキモノの「種類」により手間のかかり方が違い、中には「頭を悩ませる」類の品物がある。
予め「裁ち位置」が決められているものは仕事が楽だ。誰が「裁っても」同じだからである。そこには「工夫」が入る余地はない。フォーマルモノである「振袖、黒・色留袖、訪問着、付下げ」などは、みな「裁ち位置」がある。
「衿」「袖」「身頃(上前、下前)」「おくみ」「剣先」等、反物であれ仮絵羽(キモノの形に仮縫いされているもの」であれ、それぞれの部分がどこに当たるか「印」が付いている。だから「裁つ」時はその「印」に沿って「鋏」を入れていけばよいため、「頭を悩ます」必要はない。
「色無地」や「江戸小紋」など、「紋を付ける」場合は、仕立ての前に紋入れをするため、先に「紋積り」をする。この「積り」はまだ単純だ。お召しになる方の「身丈」から割り出せば、「紋位置」が簡単にわかるからだ。「紋入れ」の後、和裁士が寸法を見て「裁ち」を入れる。「裁ち位置」は印されていないが、「無地」あるいは「総柄」ならば「お客様の寸法」だけを考えればよいので難しいことはない。
「裁ち」仕事の中で一番厄介なのは「飛び柄の小紋」である。また、柄が「七対三」に分かれたような「紬」も工夫が必要である。今日はこの「厄介な飛び柄小紋」をどのようにして「裁つ」か、またその際求められている「センス」は何かをということを、例をあげてお話していこう。
飛び柄の小紋の柄の付き方は、その品物によりそれぞれ異なる。柄をどこにどのように出していくかは、「決まり」がない。だから「仕立て方次第」で柄行きが変化する。
この柄の位置決め=柄積りを上手くするかどうか、このセンスが問われるのである。お客様は「店側」に「柄の出し方」は任せられる。そのキモノを着たとき、バランスよく柄が出ていなければ「台無し」だ。このような品を仕立てに廻す際、和裁士を呼んで、相談しながら「柄位置」を決めてゆくのだ。
画像の撮り方が悪いため「地色」が違って見えるが、上の二つは同じ品である。柄位置を決めるとき、「飛び柄」が均等にバランスよく配置されているか、そこを考える。
まず「後身頃」を決める。上の画像の方が柄がバランスよく配されている。下は、裾の方の柄が両脇に流れ、中心部に無地場が広がりすぎている。このように、何回か反物をずらしながら、位置取りを考える。基本は柄が「偏らない」ことだ。そして、柄のない「無地」のところと柄の間の比率がほぼ一定になるようにしてゆく。
柄位置がほぼ決まったら、背のほうの裁ち切る位置と裾のほうの位置を測り、決めていく。
「前身頃」と「後身頃」は二枚ずつ四枚が必要である。この小紋の依頼人の寸法は4尺3寸。これに「くりこし」と「中揚げ」を2寸ずつ足した4尺7寸が一枚分の寸法となる。「身頃」に必要な要尺は1丈8尺8寸ということになる。(4尺7寸×4)
「身頃」の四枚は続けて取るので、「後身頃」の柄位置が決まっても、残った部分の生地の中の柄がバランスよく「前身頃」に出るとは限らない。この辺が積りの難しい所である。上手くいかなかったら、最初から考え直すこともある。
身頃の裁ち位置が決まったら、背になるところを針で止めて、「前身頃」と「後身頃」の柄の付き方を確認する。上の画像は和裁士が私の方に品物を向けて「このような柄行きになりますが、いいですね」と「念を押して」言っているところ。
針で印しを付けながら、「身頃」の四枚分を測り、取っていく。そして、一枚分が4尺7寸になったものを四枚重ねておき、「裁ち」の作業に向かう。
身頃の一番上、肩ヤマの部分、この後「地の目」を確認してそれを合わせ、「衿肩開き」を切る作業に移る。
地の目を揃えるために、生地を見ている。
衿肩開きの位置を確認し、裁つ場所は「電気コテ」で印しを付ける。
身丈部分は「二尺ごと」に針で印しが付けられる。寸法間違いは許されないため、「裁つ」までは慎重には慎重を重ねてゆく。ここで最後にもう一度一枚分の要尺(このキモノは4尺7寸)を確認する。
一枚ずつ身頃を裁ってゆく。この瞬間はいつも緊張するそうだ。「裁ち」を入れたら最後、後戻りが出来ない。経験を何年積んでも、慎重に、あわてずに、落ち着いて仕事にかかる事が大事だという。
身頃を裁ち終えたら、残った生地で「おくみ」と「袖」を取る作業に移る。もちろんここでも、「柄の配置」をまず考えなければならない。すでに裁ち終わった「上前身頃」になる部分の生地を置き、「おくみ」部分にどう柄を配するか決める。
おくみの柄配置。お召しになる方の身丈を考慮して、柄位置を決める。裾からどのくらい上がったところに「主な柄」を付けるか考える。そのために、「尺差し」を置きながら「柄積り」をする。「上前」と「おくみ」の柄のバランスは積りの中でももっとも気を使う所だ。ここの柄置きのセンスが、このキモノの印象を左右すると言ってもよい。この小紋の場合、柄全体が一つの「だ円」を描くような付け方をしてみた。
「おくみ」の巾は通常4寸である。反物は、「おくみ」と「衿」をま半分に「たて」に取る。だから、「おくみ」位置が決まれば、残りの部分は「衿」として使われるのだ。おくみを取るときは、この残った生地に配されている柄が、「衿」としてふさわしい配置になっているかどうかも考慮する必要がある。どちらか一方がよくても、片方が駄目なら、また最初から考え直すことになる。
「袖」の配置。袖は柄のポイントが「左前袖」と「右後袖」に付くようにする。画像は「肩ヤマ」から柄行きを見たもの。この時、裁ち終えた身頃の胸や肩付近の柄がどのようになっているか、それと照らし合わせながら、「袖」の柄位置を決めてゆく。この柄が偏って付いていないか、また無地部分とのバランスは違和感なく取れているかを確認しながらの作業だ。
右が「身頃」。左が「袖」と「衿・おくみ」。それぞれ「裁ち終えて」並べたところ。
ご覧頂いたように、「飛び柄小紋」の「柄積り」という作業は、手間もかかり、「試行錯誤」しながら進めていかなければならないものである。そして「正しい答え」がない仕事といってもよいだろう。どのようなキモノになるかということは、すべてがこの作業の優劣にかかっている。それは、お客様から「信頼されて」柄行きを任された「呉服屋」と、それを実際に仕立てる「和裁士」の共同作業が、どれくらい上手く、またセンスよいものに仕上がるかが試されることである。
このような仕事は、「呉服屋」と職人である「和裁士」が、協力して「よりよい品」に仕上げていこうとする「意思」がなければ上手くいかない。それには、両者の信頼関係を普段から作っていくことが、何より大切なのだ。
この「飛び柄小紋」の積りなどを考える時、「海外仕立て」や「国内の一括仕立て」などでは到底不可能な仕事と思われ、出来たところで「よい仕上がり」にはなりません。これが、信頼できる「和裁士」でなければ任せられないことは言うまでもありません。
うちの仕事に携わっている職人さんは、三人。いずれも私より5,6歳若く、しかも師匠の所に「内弟子」として入り「修行」の上、「のれんわけ」して仕事をするようになった方たちです。
今の時代、中々「和裁の修行」に入るような方も少なく、また「内弟子」を取るような「師匠」もいなくなりました。だからこそ、彼女等は「貴重な存在」ということが言えましょう。難しい仕事の時も、「遠慮なく相談できる相手」がそばにいることは、仕事をする上で、何よりも心強いことであり、本当に頼りになる存在になっているのです。
このキモノが「どのように仕上がったか」、またお目に掛けたいと思います。
今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。