バイク呉服屋の忙しい日々

職人の仕事場から

紋章職人 西紋店 西さん夫妻(1) 「切り付け紋」

2013.08 19

17日の土曜日まで「夏休み」を頂いた関係で、ブログの更新は一週間ぶり。

通常ならば、盆明けには秋物を出し始めるのだが、この暑さである。しばらくは店内の模様替えは出来ないだろう。「甲府盆地」の暑さには慣れているつもりだが、それでも今年は「異常」だと思う。まるで「亜熱帯」に住んでいるようだ。

今日は、久しぶりに「職人さん」の話。

 

西さんとのお付き合いはかなり古い。私の祖父の時代から「紋」に関する仕事を請け負ってもらっている。西さんが三代目、そして、後継者としての四代目の息子さんがいる。今の時代、職人さんに「跡継ぎ」がいるのは大変珍しいことだ。

上の画像、西さんの仕事場の入り口に掛かる「麻ののれん」。これは、跡継ぎの息子さんが染めたものだ。彼は、若い頃から父親の仕事を見て育ち、「職人」の道を志したのだ。高校を卒業すると京都の「染職人」の下に修行に入り、30を過ぎてから甲府に戻ってきた。お父さんの「紋」の仕事を受け継ぐことはもちろんだが、それに留まることなく、「染め」に関することを覚え、さらに受ける仕事の幅を広げようとしている。「職人」の仕事が減りつつある今でも、こんな「心意気」のある若者もいる。

「のれん」の紋は、西さんの家の紋「丸に三階松」と奥さんの実家の紋「丸なし下がり藤」を「煤竹色(すすたけいろ)」と言われる「濃い茶褐色」で染め抜いたもの。シンプルだが、センスのよい仕上がりである。彼は、オリジナルのバックや、ハンカチ作りもしており、各地の「クラフト展」などに出品したり、カルチャー教室などで「染物」を教える講師としても活躍中である。

「紋」の仕事はまだ、三代目のお父さんが現役として頑張っている。私より、6歳ほど年長なだけで、まだまだ若い。西さんは若い頃「絵の道」を志していた。出身高校が私と同じで「先輩」なのだが、「芸大志望」の青年は、「紋職人の後を継ぐ」というより「芸術家」になりたかったらしい。そのせいだろうか、西さんの描く「紋」にはどことなく「絵心」につながるものがあるような気がする。

「紋」というものは、「誰が入れても全く同じ」ではない。微妙な差がある。「型」を起こす時の「下絵」や、模様の描き方一つとってみても、「入れる人」により「個性」が生まれる。西さんの「紋」の特徴は、「はっきり浮かび上がる」感じである。それはおそらく、描く線一本一本に強弱があり、「アクセント」が付いていることだと思う。

そんな西さんの仕事を具体的に見て頂こう。最初は、「切り付け紋」から。

(飛び鶴模様 白生地紋織男児産着 丸に鷹の羽違い 切り付け紋)

「切り付け紋」を使う時はどのような場合か。上の例のように、「男児の産着」の紋入れの際、使われるのが最も一般的であろう。今は「男の子の初宮参り」の時に使う産着は、黒紋付で、「鷹や兜」が描かれたものを使うことが多い(すでに出来上がっているもの)。だが、昔は紋綸子の白生地に紋を入れて、裁ちを入れない「八千代掛け」と呼ばれるものに仕立てて、使うことも多かった。

この白生地は「産着」として使い終えた後、裁ちをしていないため一反の反物に戻すことができる。そして、色を染めて「無地」の着物として使うことができるのだ。だから、「息子の産着」が「お母さんの紋付無地」に変身することもよく見掛けられたものだった。このように、「リニューアル」する際、「切り付け紋」であれば、「外す」ことが容易に出来、「違う紋」を入れることもできるのである。

一枚の生地を違う用途で使うことを「予測」して、仕事をすること、またそれが可能だということが、キモノというものの一つの「特徴」だった。だが、残念ながら今は、「使いまわせる」ものとして、使われなくなってしまっている。

「切り付け紋」はこの他に、「紋直し」をする際(例えば付いている紋を消して新しい紋に入れ直す場合)、生地が弱くなっていて、今付いている紋が抜けないような時に使われる。たとえば「紋付」を「譲られた」ような場合、どうしても「紋」をかえる必要に迫られる。「紋」は、着ている人を表す「象徴」であるため、着る人が変われば、変えなくてはならないものなのだ。(母から娘へ、のような時でも、すでに嫁いでいるような場合は紋を変えなければならないこともある)。そんな時、この切り付け紋は「最終手段」として使われる技法なのだ。これを使えば、生地の状態に関係なく「紋直し」ができるようになる。

 

では、紋入れの手順を追って見ていこう。

(上 紋型 鷹の羽違い 下 紋型 丸の部分)

紋を入れるには、まず「型」を起さなければならない。型は型紙(この場合、ポリプロピレンという樹脂のもの)に下絵を書き、型を彫って仕上げるものだ。昔はこの型紙に「和紙」を使用していたが、西さんは、このポロプロピレンが強度が高く、また吸湿性がないことや、酸やアルカリなどへの耐性がすぐれている点を考慮し、使っているという。「型」の出来、不出来が「紋の仕上がり」に大きく影響することは当然であり、それは、何より「下絵」をどう書くかで決まる。最初にお話した、「西さんの絵心」が生かされるのはこの点である。

下の「丸」の型紙は、「丸が付いている紋(例えば、丸に鷹の羽違い、丸に蔦、丸に五三の桐といった具合)」に使うための「型」である。紋の大きさは、「石持(すでに紋を入れるところが丸く、白く抜けている場合・黒留袖や喪服など)」はその大きさに合わせ型紙を作ってゆく。

紋を入れるのに使われる生地は「一越ちりめん」。もちろん正絹の白生地である。切り付け紋入れに適した生地は、すこし「しっかり」としたものがよく、「羽二重」ではなく、「一越」が使われている。この生地の上に「型」を貼り、顔料を「刷り込む」。この時使う顔料の色は様々なのだが、「男児の産着」につかう「切り付け紋」の場合、この「納戸色」のような、「しっかりした青系」の色を使うことが多い。「青」でも、どんな色を使うかは、「紋章職人」のセンスでもある。上の画像は使われた「顔料」。

上の型紙では、「鷹の羽違い」が「型紙の上」で完成しているが、紋によっては「紋の輪郭」だけを型で起し、そのあと手で細部を書いてゆく「上絵」の技法(線描き)がとられる場合もある。

紋を書き終えたところで、生地を「紋の輪郭」に沿って「切り落とす」。そして、切った紋(上の場合、紋本体と丸の部分)の周辺だけ「糊」をつける。この糊は、「フォルマリン」を含んでないものを使う。フォルマリン含有のものは、時間が経つに連れて、「糊が変色」し、結果「紋が変色」しやすくなるからだ。

「糊」の付いた「紋」を付ける位置に貼り付ける。この紋は「丸」があるため、「丸」の中に本体の「鷹の羽」をズレなく収めなくてはならない。これも技術である。そして、貼り付けたあと、縫いつけの作業に入る。

(切りつけ紋を縫い付ける作業)

西さんのところは、「縫う」工程は奥さんの仕事だ。奥さんは「縫い紋」の仕事も請け負うが、この「切りつけ紋」は夫婦二人三脚で完成させる。最後の仕上げは「奥さん」なのだ。奥さんは西さんに「見初められて」職人の家へと嫁いできた人だ。「縫う仕事」は西さんの先代の奥さん、つまりお義母さんから教わった。覚えることは大変だったそうだが、「嫁いできた限り」やらないとか、出来ないでは済まされないことだった。いつも「夫婦」で仕事をしている西さん夫妻は、微笑ましいと思えるが、かなりの苦労もあったことだろう。

(ものすごく細い切りつけ用の針 0.03mmほど)

(切りつけ用の糸 こちらも当然細い 髪の毛の半分以下か)

「切りつけ紋」を縫い付ける糸は、ご覧の通りかなり「細い」ものである。表面からは、「糸で縫ってある」ことが全くわからない。この「わからない」ことがとても大切で、この「切りつけ紋」の真骨頂でもある。隠れた技術によって「美しく」見える紋になるのだ。実際針と糸を見せてもらったが、相当小さいものだ。奥さんがこの「針」を落としたりして見失うと大変だと言っていたが、「探す」こともままならないほどの小ささである。そんな針の小さな穴に極細糸を通すのである。とても私には通らないし「針穴」を確認することも出来なかった。奥さんによれば、「穴」がはっきり見えているわけではなく、長年の「勘」で通すそうだ。見ていると、「苦もなく」糸が通った。

(まもなく完成)

(縫い終わり、仕上がった状態)

画像でもお分かりかと思うが、「糸」は見えない。この「切りつけ紋」に使う「針」も「糸」も大変貴重なものだそうだ。特に「切りつけ用針」を製造しているところは、京都の一社だけだそうである。西さんが話すには、折角技術を持っていても「道具」が無くなればおしまいとのこと。だから、向こう何十年も困らないように「道具」だけは揃えてあるという。西さんのところのように、「後継者」が育っているところは、当然そういう「備え」がなされている。

 

「紋入れ」には、この「切りつけ紋」の他に、「抜き紋」「石持紋入れ(上絵)」「摺り込み紋」などの「染付け紋」の技法があり、また「縫い紋」や「加賀紋」など「刺繍紋」の技法があります。それぞれ、異なった方法で「紋入れ」がされており、その付け方次第で「キモノの格」が変わってくることにもなります。従って、「紋を入れる」ということは、単純な「作業」ではなく、キモノの本質と大いに関るものだと言えましょう。

この後何回かに分けて、西さんの仕事場にお邪魔して、「紋」についてのお話をしてみたいと思います。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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