キモノを世代を越えて使えるようにするには、「寸法を直す」という仕事は避けられない。
これをいかに「効率よく、美しく」直すか、ということを考えなければならない。
品物を受け継ぐ方にとって、なるべく「安く」、「手間のかからない方法」で直すことができれば、それに越したことはない。我々呉服屋は、知恵やそれまでの経験を生かして、最善の手直しの方法を探る必要がある。
今日は、「寸法を直す」際に、どこを見て色々な判断をするか、ということのお話。
その1 裄を直す
「寸法直し」の仕事で一番多いのが、この「裄直し」である。キモノを受け継ぐほとんどのケースが、「母から娘へ」や「姑から嫁へ」ということになる。この場合、最も「寸法が合わない」のが「裄」だ。身長の違いもあるが(後日お話する身丈の問題)、昔と今の日本人の体型の中で、一番変わったのが「手の長さ」であろう。
そして、「手の長さ」の差とともに、「キモノの着方」の意識の違いというものの影響も考えられる。どういうことか、といえば、今の方は昔より「裄」を長くしてお召しになる傾向があるということだ。昔は「くるぶし」が見えるか見えないかの位置で「裄」の寸法を割り出していた。しかし、今はそんな「短い裄」では、お召しになる方が「変だ」と意識される。これは、おそらく「洋装に慣れた」今の方々が、「無意識」のうちに、「裄丈」は「手首ぎりぎりくらい」、あるいは手を下げた時、「若干手首が隠れるくらい」が適正だと思っているからであろう。
このように、「裄を直す」仕事の大半は、「現状より長く」するのがほとんどである。裄を「短く」することにはほとんど「問題や制約」がない。仕事としても「単純」である。これからお話するのは、「長く」直す場合である。
今、請け負っている品物があるので、それを例にとりながら、話を進めていこう。
預かった品物は今では珍しくなった「絽の黒留袖」。波頭に白鷺模様のしっかりした友禅の仕事がしてある品だ。「絽の黒留袖」を、これから新たに「買おう」とすれば、それは躊躇することになるであろう。しかし、これだけの品物を持っていれば、この先「着る機会(盛夏の結婚式)」がある時に、使わない手はない。これを持参されたお客様もそう判断され、「寸法直し」を依頼してきたのだ。
このキモノは、「お義母さん」の品だったそうだ。亡くなって箪笥を整理した際、見つけ「直す」ことを決めた。この品は、持参されたお嫁さんの結婚式にお義母さんがお召しになったもので、「思い入れ」もあるのだろう。この品を「全部ほどいて仕立直し」するのではなく、部分直しで仕上げるのだ。
では、寸法を見てゆくことにしよう。まず始めは、現状の寸法がどうなっているかを測ってみることからはじめる。それを依頼人のお客様の寸法と比較し、どの部分にどれくらい寸法差があり、どこを直せばいいか判断することである。
「裄」をみると、予想通り現状寸法が短い。依頼人の寸法は1尺6寸8分であるのに対して、現状は1尺6寸2分である。昔の方は、「短い裄」でお召しになっていたのだが、それにしてもこの寸法は「短い」ものだ。「昔の並み寸法」でも、1尺6寸5分はあるのに、それよりも3分短い。
キモノの裄丈を測る。裄は袖巾+肩巾である。
これで、「裄」を6分出さなければならないということがわかったが、問題はそれだけ「裄」が出るかどうかだ。それは、「袖付け」のところに「縫込み」があるかどうかにかかってくる。どこに「縫いこんで」あるのか、画像で説明しよう。
肩と袖の境の部分である袖付。この部分の両側、右の肩側、左の袖側に縫込みが入っている。どのくらい入れられているか見て、測ってみよう。
これは「絽」であるため、画像でも「縫込み」を類推し易いと思うが、見ていただくと、「袖付け」を挟んだ両側の「黒」の色が微妙に濃くなっているのがわかるであろう。もちろん、「触ってみれば」、縫込みの有無は明らかで、どのくらい入っているのかもわかる。
尺ざしを当ててみる。そうすると、袖付けの右側(肩)と左側(袖)に5分ずつ縫込みがあることがわかった。合計で1寸である。依頼人の寸法との差は6分であることから、この縫込みで、依頼人の寸法通り直すことができることがわかった。この時注意しなければならないのは、「縫いしろ」として最低でも2分ほどが必要になるということだ。だからこのケース、「縫込み1寸」に対して、「6分+縫いしろ2分で合計8分」ということになり、「ギリギリ足りる」という判断になるのだ。
問題になるのは、「縫込み」と「依頼人」の寸法の「差」である。この品物のように、「縫込み」のほうが多い場合は、「寸法通り直せる」のだが、そうでないケースもよくある。その時は、お客様に「縫込み不足」であることを告げ、「寸法通り裄が出ないのですが、どうしましょう」とお話させていただく。「裄直し」の場合、表の見える所に生地を足す(接ぎを入れる)ということができない。こうなると、「縫込みがあるだけ、出来る限りの寸法で直す」ということで、仕事をする以外にない。それをお客様が納得されるかどうか、である。
また、この品のように、「単衣」で「裏がない」場合は、問題にならないのだが、「袷」の場合は、「裏地」の縫込みの有無も確認しなければならない。「表地」の縫込みがあっても「裏地」が足りない場合、その対処も考える必要があるのだ。裏が足りない時は、「表には見えない」ので、中で「裏を足す(接ぎを入れる)」こともあるし、袖部分の胴裏のみ替えてしまうということもある。それでも、「表地の縫込み」がない時に比べれば、「対処」の仕様があると言える。
ではなぜ、「縫込み」が足りないケースが出てきてしまうのか。それは、「反物の巾」と大きく関係しているのだ。もともと、この袖や肩に使う部分は、「反物の巾」をそのまま生かして形作られる。だから、いくら短い裄の寸法でも、「横の巾」部分を切り落とすようなことはせず、「縫い込んでおく」のだ。
だから、「反物の巾」が広いものは、「縫込み」が多くなることになる。しかし、この「反物の巾」は作られた時代によって、また男物、女物によっても「巾の広さ」が違う。
昔の反物の巾は9寸~9寸5分程度のものが多かった。例えば反巾9寸のものがあるとしよう。この反物の裄丈の限界は1尺7寸5分程度である。それは、先ほど話をしたように、袖巾、肩巾が反巾をそのまま使って作られていることを考えてみればわかる。つまり、袖巾の限界は反巾いっぱいに使えば9寸、肩巾も同様に9寸である。裄の寸法が袖巾+肩巾なので1尺8寸である。けれども「縫いしろ」を2分ずつ考えればここから4分差し引かなければならない。ということで、前述したように、裄丈の限界は1尺8寸引く4分ということで1尺7寸5,6分になるのだ。
このように反巾によって、使える裄丈の長さが違ってくる。1尺7寸5分程度の裄丈は今の若い方の寸法ではめずらしいことではない。1尺8寸やそれ以上のこともよくある。だから、昔の短い反巾のものは、いまの若い人の裄丈に見合うだけの「縫込み」がなく、「寸法通り直せない」ということが起こるのである。
今は「裄が長くなった現代女性」に合わせて、反物の巾も広くなった。どんな反物でもほぼ9寸5分はあり、広いものだと1尺以上あるものもめずらしくない。9寸5分反巾があれば、裄丈は最大1尺8寸5分程度まで対応できるので、今購入する新しい品で仕立てる時に、「裄丈」が足りなくなるということはないのだ。
長々とした説明で、わかりにくい点もあろうかと思う。「直し」のことを、このように文章だけでお話することは難しい。実際お客様の目の前で、依頼品を実測しながら説明させて頂ければ、理解してもらい易いと思う。寸法直しの中でも、この「裄直し」の仕事は、預かる品の状態により、それが寸法通り直るかどうかも含め、様々な対応を迫られることだと言えよう。
その2 袖丈を直す。
「袖丈直し」もよく受ける仕事である。これは「裄直し」と違い、ある意味「単純」と言える。それは、「裄」が反物の「巾」にリンクするものであるのに対し、「丈直し」の場合「巾」は関係なく、どのくらい中に「縫込みがあるか」ということだけの問題だからだ。特に「袖丈」の場合は、それを「出す」にしても、「縫込み」があれば出るし、なければ出ないだけである。
依頼品の袖丈を測る。1尺3寸と確認する。
依頼人のお客様の袖丈は1尺3寸。現状寸法も同寸の1尺3寸である。これで、この品の「袖丈直し」の必要はなくなった。このように、そのままの寸法で使える部分があることも多い。だから、「寸法を直す」時にすべてトキをして、「仕立て直す」ことをしなくて、各々の部分を見て確かめ、それぞれ違うところのみ対処してゆけばよい。そのほうが、負担する「直しの代金」も少なくて済むからだ。ただし、しみ汚れやカビや黄変色がひどい場合、また胡粉直しや刺繍直しなどをする場合は、寸法直しだけにはいかず、トキの後「洗い張り、補正直し」をして「仕立て直し」をしなければならない。
どれくらい袖に縫込みがあるか、確認しておく。
今回の直しでは必要ないが、この袖に、どのくらい「縫込み」があるか見ておこう。これも「裄直し」の「袖付け部分」と同様、手で触れば「縫込み部分」がわかる。尺ざしで測ると画像でわかるように1寸1分ほど縫いこまれている。これは袖丈が、1尺4寸までの長さにすることができる「縫込み」だとわかるのだ。
袖の縫込みは、仕立てる際に通常1寸~1寸5分程度入れておくものだ。仕立職人は、「次に誰か品物を受け継いで使う」ことを予め「予測」しながら仕立てをする。キモノの袖丈の寸法というものは、「使う人の年齢、体格」や「キモノの種類」によって違ってくるからだ。。
おおよそ「袖丈」の標準寸法は「1尺3寸」と考えておけばよいと思う。しかし、背の高い方などは、1寸ほど長くするほうが格好がよい。また、付下げ、訪問着などフォーマルのものだと、すこし袖丈を長く(1尺5寸ほど)付ける人もいる。また、逆に背の小さい方は、標準より5分~1寸程度短い袖にされる方もいる。そして、年齢とともに、袖丈を短くしてゆくという傾向もある。(振袖の袖丈は例外で今は2尺8寸~3尺になっている)。
だから、仕立職人は、誰が受け継いでも「困らない」ように、最低でも、1尺4寸程度の袖丈には直せるよう「縫込み」を入れておく。この品物が、先ほど画像を確認して「1尺4寸」の袖になるように「1寸の縫込み」があったのは、このような理由からである。
だが、稀に「袖の縫込み」がまったくない品にぶつかることがある。こういう時はやはりお客様に「寸法通り出来ない」というお話をさせて頂き、「袖が短いまま我慢して」使っていただくかどうか、相談して判断するしかない。この袖丈部分も表に接ぎを出す訳にはいかず、「残り布」を足せば何とかなるという部分ではないからだ。また、「裄直し」の時と同じように、袷の場合「裏地」が縫いこまれていないことがあるが、これも同様に、中で裏地接ぎをするか、袖丈分そっくり胴裏を変えるかで対処することになる。
「寸法直し」の仕事を受ける、ということの基本は、それが、どのくらいの大きさまで直せるかということを確認することから始まる。新しくお召しになる方の「寸法通り」直れば問題はないが、「直らない」時は、丁寧に現状を説明し、どのようにお客様が品物を考え(これを使うか使わないかという判断を含め)、最善でどうゆうやり方があるのか、一緒になって考えることが大切である。寸法通り直らないのに、勝手に仕事に手を付けてしまうことは、してはならない。
「ここまでは直る」が「これ以上は無理」というような、その品物の現状を正しく「情報」として提供した上で判断して頂く。だから「出来る限り大きくなれば、それでよいので」とお客様に言って頂いて、受ける仕事も多い。このような仕事も「お客様に納得して頂く」ということを念頭において、話を進めていかなければならない。
一枚一枚のキモノはそれぞれ寸法も異なり、縫込みの有無も異なり、裏地の使い方も異なります。
「臨機応変」の対応を否応なく迫られ、それぞれ「一番いい形」で直せるよう、考えなければならないのです。それは、この仕事が「何年経験があるから大丈夫」ということではなく、その都度、大切な品物を預かる者として、「今までの経験を生かしながら」も常に新たな気持ちで仕事に臨むことが必要だと思うのです。
「経験」に胡坐をかいていると、思わぬ単純なミスを起し兼ねません。こういう仕事こそ慎重には慎重を重ね、仕上げてゆくことが大切といえましょう。
私の言葉不足で、大変わかりにくい話と思いますが、次回のこのカテゴリーで、もう一度「寸法直し」の話を致します。次は「身巾直し」と「身丈直し」、それに直しの際の「部分トキとすじ消し」の稿を予定しています。
今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。