世間一般では、「キモノ」は「高いモノ」と認識されているようである。
だが、何故「高い」のかということになると、はっきりわからない方がほとんどではないだろうか。実は、キモノの中には「高くない」ものがたくさんある。
もっと言えば、「高くしてはいけないモノ」があるということだ。例えば、「振袖」を例に取ってみよう。うちにも年頃の娘がいるため、あちこちの「呉服屋」さんから、たくさんの「振袖」が掲載されたカタログ(振袖ブックと呼ぶそうである)が送られて来る。
私も呉服屋の端くれなので、ここに載せられている「振袖」がどのようにして作られたものなのかは、その画像を見ればわかる。掲載されている品物はほとんどが「インクジェット」により染められた(印刷された)ものだ。これには、伝統的な「手仕事による工程」というものが、まずほとんど使われていない。つまり、「手間をかけてないモノ」の代表だ。原価的にはせいぜい「1,2万円するかどうか?」といったところで、「高くしてはいけないモノ」なのである。
「インクジェット」は「ほとんど仕事をしていない」モノの代表だが、このほか、様々な作り方によって、「手間を省いている」モノがあふれている。この「手間の省き方」でキモノの値段が上下しているということを、説明出来なければ、正しい「価格」でお客様に品物を提供できない。「賢い消費者」になっていただくには、「品物の価値を正しく見極める知識」を持っていただくことが必要である。
キモノの値段の基本は当然「手間のかかり方」で決まる。それも「作り手の手間」だ。下絵から糸目、彩色、蒸し、地染めなどの工程を経て作られるのが、元来基本である。ここには、すべて「人の手」が入っている。以前もお話したように、「加賀友禅」は一人の作者がほとんどの工程を行うから、「作家」と呼ばれる人が生まれる。「京友禅」や「江戸友禅」はその工程が「分業化」されているが、それぞれ「人の手」による仕事である。
「友禅」の工程中で、「糸目を引く」作業は、そのキモノの質を左右する(価値を決める)重要な工程である。その出来の良し悪しが、あとの「彩色」の作業にも影響するのだ。品物の中には、その「糸目引き」を省略するために使われる「型糸目」というものがある。
「糸目引き」の難しい技術と費やされる時間が、この「型糸目」を使うことにより、「略される」のだ。当然「人の手による糸目」を使った品と「型糸目」では、「モノの値段」が違ってくる。
今日はこれから「加賀友禅」を使い、「糸目」というものの違いを見て頂こうと思う。これは、「インクジェット」か「手描き」かという大雑把な見分けと異なり、少し難しい見分けが必要になる。
上の二点 どちらも色留袖。
一点は作家による「加賀友禅」 もう一点は「型糸目」を使用した「型友禅」
この二点、値段は三倍以上の開きがある。一見したところ、一般の方にはどこがそんなに違うのかわからないと思う。「加賀友禅」の特徴は基本的には「染」の技法のみで作られている。わかりやすくいえば、「縫い取り(刺繍)や箔や絞りといった技法を取り入れていない」ものということになるだろう。
ただ、京友禅や江戸友禅の中にも、「染」のみを用いられたものがあり、「全て」にこの解釈が当てはまるものではない。
改めて、二点の柄の全体像を見て頂こう。地色は異なるが、どちらも上品で、柔らかい色を「地色」に使っている。また、「刺繍、箔」などの技法は取り入れられておらず、「染」のみで柄を表現している。
柄のモチーフは四季の花々で、上のキモノのほうが「図案化」されており花の種類が特定しにくい。下のほうは「菊、松、梅」など何の花なのかわかりやすい。
また使われている色は、どちらとも「柔らかい色目」がベースになっていて、全体的に「はんなり」とした仕上がりだが、上のキモノのほうが、若干濃淡のアクセントがついていて、インパクトが感じられる。下は全体が「ふわっと」した感じでまとまっている様に見受けられる。
では、柄の糸目と染の「技法」がどのように施されているか、それぞれ見ていこう。
二枚ともほぼ同じ位置から撮ったもの。上前のおくみと身頃。
こうして見ると、はっきり色のアクセントの付き方に違いがあることがわかる。上の品物は、一つ一つの柄にそれぞれ「違う表情」が見える。それはおそらく、濃淡やぼかしの技術の精緻さに拠るものであろう。下の品は一言でいえば「平板」な感じで「主張」が見えてこない。
柄の中の「花」と「葉」を表した部分を比較してみる。ここで見て頂きたいのは「糸目」の違いである。上の品の花はおそらく「椿」を図案化したものと思われるが、「花弁」一枚一枚の輪郭(つまり糸目)が微妙に不揃いである。また、葉の葉脈部分の糸目には、少し「ゆらいだ」ように見え、その先端は「かすれ」て細くなっている葉もあり、「不均一」な印象を受ける。
一方下の品は、「菊の花」がほぼ「同じような大きさ」と「輪郭」に「揃っている」印象を受ける。もちろん葉の描き方もどれも「似たような」感じで、こちらは、「均一」な印象を受けるのだ。
上の比較は、「加賀友禅」の彩色の技法の一つである「虫喰い」の表現についてである。「虫喰い」とは、「葉の一部分」が「虫が食ったように黒くなっている」ように見せる加賀独特のものである。二点とも「筆先」で、黒く点々と表されている葉が見える。
「虫喰い」の部分をよく見てみよう。上の品にははっきりと「虫喰い」を印象づける施しが見える。その「付け方」に工夫があるのがわかる。下の品は、「同じように点々と」付けられているため、せっかく「虫喰い」の技法を使っているのに、少し「おざなり」になっているような気がする。
ちょっと見ると、「同じように見える」二枚の色留袖。ここまで話してきてその違いが少しおわかりになったのではないか。大概に言ってしまうと、「不規則と規則」、「不均一と均一」の違いであろう。それは、「糸目」、「色のぼかし」、「虫喰い」と「加賀友禅」の特徴を表現しているそれぞれの部分を見ていけば、明らかに「対照的」なものになっているのだ。
「似て非なるもの」とはまさにこのことだ。仕事の最初から最後までを、一人が自分の主張を持って仕上げたものと、途中で「型」というすでに「出来上がったもの」を代用するやり方では、その結果、品物として完成された時に大きな差になって表れてくる。
ここまで、読んでくださった方はもうどちらが「本物」かお解りかと思う。あとの解説は次回にお話することにしたい。
「価格」の話をするのは、あまり好きではありませんが、例えば「加賀友禅」の値段が50とすると、「型友禅」は15、「インクジェット」に至っては1か2なのではないかと思います。
ただ「型友禅」に使われている「型糸目」は、「型職人」という人たちによって作られており、その「型糸目の細かさ、柄の配置により使う型の多少、そして色挿しの出来映えやその他の技法を使うか否か」など様々な条件により、「型友禅」の仕上がり方が異なり、当然その値段にも差が出来ます。
「キモノの値段」の基本は「手間のかかり方」と最初にお話しましたが、その考え方が当てはまる「呉服屋」が実は少数であるという現実があります。それは、多くの呉服屋が「インクジェット振袖」を使い、すべて揃って一式30~50万などと高額で売っている現状を見れば、明らかですが、その「からくり」はまた別の稿でお話したいと思います。
今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。