バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

8月のコーディネート  秋草文様の絹紅梅で、夏を送る

2021.08 26

日本人の細やかな感性は、春夏秋冬にうつろう豊かな風土が背景にあるからこそ、育まれてきたと言われている。変わりゆく自然の姿は、人々の日々の暮らしの中に溶け込み、豊かな彩りを映す。そして、月ごと季節ごとには、伝統に育まれた「年中行事」があり、時代こそ変われど、一定の様式が守られていて、生活の中に息づく。だから人々は、少しの気候の変化も敏感に気づく。この繊細さが、日本人の大きな特徴である。

日本にある四つの季節、これをさらに細分化して仕訳けた「暦」がある。これが、いわゆる二十四節気。そしてこの節目には、春夏秋冬に区切りをつける、いわば分水嶺に当たる日があり、それが立春・立夏・立秋・立冬である。

 

今年の立秋は、8月7日。暦の上では、すでに秋になって半月が過ぎた。季節の挨拶も、とっくに暑中見舞いから残暑見舞いになっている。ただそうは言っても、まだ秋の気配はほとんど感じられない。もちろん和装においても、今月いっぱいは薄モノで、来月に入っても、すぐに単衣には移行し難い。カジュアルの装いでは、まだしばらくは、麻を着用する方もおられるだろう。

だがキモノや帯の意匠では、薄物と言えども、一足先に秋のあしらいになっている。その代表的なモチーフが、秋の七草を多彩に組合せて文様化した「秋草文」である。まだ暑い夏を、秋の気配を感じさせる図案で、涼やかに見せる。これも季節を先取りした「日本人ならでは」の心情の表れだ。

そこで今月のコーディネートは、秋草文を図案とした絹紅梅を使って、今年最後の夏姿を考えてみたい。もう今年は夏キモノを着用しないと言う方も、来年の着姿の参考としてご覧頂ければ、有難い。

 

(小菊連ね模様 絹紅梅)

(撫子に露芝模様 絹紅梅)

秋の野に 咲きたる花を 指折り かき数ふれば 七種の花(万葉集巻8・ 1537)  萩の花 尾花葛花 撫子の花 女郎花 または藤袴 朝顔の花    (同・1538)

秋の七草の発祥とされる、山上憶良の有名な歌。連作になっている二首は、最初に「秋の野に咲く花は、七つあり」と詠み、次に具体的に「萩、尾花(ススキのこと)、葛、撫子、女郎花、藤袴、朝顔(桔梗のこと)」と花の名前を挙げている。歌は、最初が五七五七七の短歌形式、次が五七七五七七の旋頭歌(せどうか)形式と異なった形式を採っている。

蛇足になるが、旋頭歌は五七七を二度繰り返し、通常上三句と下三句では詠手の立場が異なり、片歌を二人の問答形式にする。この憶良の連作のような形式は、万葉集の中では他に見られず、大変珍しいものだ。なおこの二つの歌は、奈良・春日大社の参道に歌碑として、設えられている。

 

七草に選ばれた花は、古くから秋を代表する花として認識されていたものの、文様化されたのは平安以降のこと。自然の風景を意匠化することが盛んになるにつれて、秋草もモチーフとして注目され、この万葉の七草に菊を加えたものが、文様を構成する花の題材となった。

和歌山・新宮の熊野速玉(はやたま)神社は、祭神用具として製作・奉納された古神宝類が千点以上あり、南北朝時代の工芸品を理解する上で、貴重な資料にもなっている。その中には、蒔絵をあしらった手箱が数多く残されているが、この意匠として使われていたのが、秋草文様である。

この蒔絵の様式は次の桃山時代にも受け継がれ、それは高台寺蒔絵文様として、数多くの逸品が製作された。高台寺(こうだいじ)は、豊臣秀吉の夫人・北政所(きたのまんどころ)高台院が、太閤秀吉の冥福を祈るために建立したもので、ここには数多くの蒔絵装飾や蒔絵所蔵品がある。夫人がことのほか好んだ秋草は、品物の意匠として様々にあしらわれ、今に至る「秋草の文様スタイル」は、この時代に完成されたとされる。

 

この時代秋草文様は、女性の生活用具の中に多く見受けられていたが、それは秋の野の楚々とした佇まいが、繊細な女心を捉えたからこそ、ではないだろうか。そして現代でも、夏から秋へ渡る代表的な文様として、和の装いにその姿を見せている。きっと昔も今も、文様をあしらう人の感性は同じなのだろう。また前置きが長くなってしまったが、今日はこれから、二点の秋草文・絹紅梅をご覧頂くことにしよう。

 

(縹色地 小菊連ね 絹紅梅・新粋染 白地 沖縄絣 紗八寸帯・帯屋捨松)

今日ご紹介する絹紅梅は、それぞれ作り手が違う。最初にご覧頂く小菊連ねは、新粋染。小さなメーカーだが、江戸小紋縞彫の人間国宝・児玉博の縁続きにあたる会社だけに、型紙にはこだわりがある。得意としているのは、江戸小紋のように細かい模様を連続させた図案。この小菊連ねは、いかにも新粋染らしい意匠。ここの品物は、どちらかと言えば、「玄人受け」するものが多い。

地色は、縹(はなだ)。青系の色の気配としては、濃すぎず薄過ぎずの中間色。縹色は、別名「花田色」とも称されるが、この花の色は、露草の色に由来するらしい。そう言われれば、確かにこの色は、友禅の下絵に使う「青花」の色だ。

菊は秋を代表する花だが、秋草文としては万葉七草の後で入ったモチーフ。ひっそりとした秋の野辺の風情が、この文様の特徴なので、菊と言えども大輪の花は使えず、あしらいは小菊となる。

反物巾いっぱいに小さな菊が並ぶ姿は、それこそ江戸小紋的。そして縹色と白抜きの菊が、およそ6:4の割合で付いている。このバランスが丁度良く、白い菊が程よいアクセントになっている。

絹52%・綿48%の混紡。生地面に、ワッフル状の畝が表れている。細糸の絹に太糸の綿を打ち込むことで生まれる凹凸が、さらりと心地よい肌触りとなる。綿糸番手の太細で生地を形成するのが綿紅梅だが、風になびくような軽やかさやしなやかさは、絹紅梅でしか感じられない着心地。

実はこの絹紅梅は、先ごろ見初められた方があって、すでに店の棚には無い。参考までに、誂え終わった姿も見て頂こう。こうしてキモノの形にしてみると、散りばめた白い小菊の花が印象に残る。では、型紙にこだわりのある大人の小菊絹紅梅には、どんな帯を合せると良いのか。考えてみよう。

 

(白地 亀甲に釜敷、碁盤琉球模様・紗八寸帯)

帯に付いているタグには、「沖縄絣模様」とある。製作した捨松が、琉球の絣模様を参考にしたものだが、全体の枠組みは亀甲模様を使い、模様の接点には四角の小格子と、四角の真ん中に穴を開けた図案が見えている。

これらのモチーフは、いずれも琉球絣の模様としてポピュラーなもの。沖縄語で亀甲はピッグー、小格子はグバン(碁盤)、穴あき四角はカマシキー(釜敷)。不思議な幾何学模様だが、配色が黒と緑だけのシンプルな姿なので、すっきりとした姿に映る。透けた捩り目のある紗の特徴を生かした、涼しげな名古屋帯。

 

模様が密な江戸小紋的絹紅梅なので、帯は地に空間のあるシンプルな図案の方が、キモノの良さを引き出せる。このような植物文と幾何学文の組み合わせは、やはり一番バランスが良いように思える。どちらも通好みの品物で、キモノを良く知る大人の夏姿と言えるだろう。

前の帯合わせを見ると、琉球絣の図案の面白さが判る。配色の少ないキモノと帯の組み合わせだが、きちんと色の差はついている。そして各々の個性を壊すことなく、夏らしい装いを作りだす。こんな一組が似合うのは、やはり夏キモノを着慣れた方と思う。

小物には、あまり目立たない色を使い、キモノと帯が持つ雰囲気を壊さないようにしてみた。特に帯〆の色を強調しすぎると、しっとりした姿が崩れてしまう気がする。帯揚げは判り難いが、白地に青と緑の小さな輪のあしらいがある。帯〆は色を抑えた鶸色。(帯揚げ・加藤萬 帯〆・龍工房)

 

(紅藤色 撫子に露芝 絹紅梅・竺仙 白地 市松割付に蝶 紗八寸帯・帯屋捨松)

先ほどの小菊連ねが、小粋で渋い江戸姿とするならば、こちらは万人向きでオーソドックス。そこで都会的なモダンな帯を合せて、若い方にも向きそうな組み合わせを考えてみた。絹紅梅を製作した竺仙は、浴衣メーカーとして最右翼。生地素材、型紙図案、染技法のどれをとっても多彩で、品物を数多く作る。秋草文のようなポピュラーな図案は、植物モチーフの構成を替えつつ、工夫を凝らしながら幾通りにも作る。

こちらの地色は、柔らかみのある優しい藤色。紫に紅を含ませたような色の気配だが、植物染ではこうした色を、藍と紅花を掛け合わせて作る。互いの染料濃度により様々な色の気配が生まれるが、こうして染められる色のことを「二藍(ふたあい)」と呼ぶ。藍が多く入れば青みが増し、紅花に偏れば赤みが強くなる。紫系の色は中間にあたり、僅かな調合の差によって、実に様々な色が生まれる。

露芝の中に散りばめられた撫子。実際には、自然の中でこんな姿は無いのだが、露芝というモチーフは植物文を取り込んで、実に様々な図案を作る。朝日が昇り、気温が上昇すると消えてしまう露。この姿を美しいと感じたからこそ、文様化されたもので、そこにはいかにも、豊かな感受性を持つ日本人らしさが伺える。

露芝は、様々な秋草との組み合わせに使われる、実に便利なバイプレイヤーの役割を果たしている。細い三日月型の芝図案は、このように連続してあしらうことがほとんどで、ほぼ定型化している。

色の気配は地色の紅藤色だけで、模様は白抜き。絹紅梅や綿紅梅のほとんどは、模様に色の気配が無い。夏姿には見た目の涼やかさが求められるので、どうしてもシンプルになる。後は帯で、各々がどのように工夫して個性を出すか。この選択が、難しくも楽しくもある。では、バイク呉服屋のコーディネートはどうか。ご覧頂こう。

 

(白地 市松割付に蝶模様・紗八寸帯)

同じ捨松の紗八寸だが、琉球絣とはかなり雰囲気が違う。模様の位置取りも表し方もモダンで、立体的。面白く図案化した蝶には、いかにもクセのある捨松らしい個性が見える。堅苦しさを感じさせず、カジュアルな着姿を上手に演出させる。そんな作り手のコンセプトが伺える帯。

帯面を四角に区分け、蝶模様と無地場を交互に配置する、いわば「市松取り」の形式。判り難いが、模様の抜けているところは全くの無地ではなく、水色と黄色で小さな三連菱文が付いている。

 

この絹紅梅も連続性の強い「密な模様」なので、帯はすっきりとまとめたい。お太鼓を作ってみると、市松の模様配置が効いている。そしてこちらも、植物文の秋草と蝶を組み合わせ、モチーフの種類を変えて着姿を映す。

前に出る蝶は、真ん中に一つだけ。それだけに、見た目にもインパクトが出てくる。キモノ地の薄紅色が、帯の蝶の配色にもある。こうしてどこかにリンクする色があると、着姿に自然さが生まれる。

小物合わせは、撫子の色を使う。柔らかなピンク色は、紅紫と同じ「二藍」から生まれる色。こちらも帯〆を強調せずに、全体を優しいイメージでまとめてみた。         (帯揚げ・井登美 帯〆・龍工房)

 

今日は、薄物納めのコーディネートとして、秋草文をあしらった絹紅梅と捨松帯の組み合わせをご覧頂いた。模様で秋を感じさせつつ、夏の終わりを装う。着る人はもちろん、着姿を見る人にも、うつろう季節を感じさせる。きっと来年こそは、そんな夏のキモノ姿を多くの方に楽しんで頂けると思う。また、そうなっていると信じたい。   最後に、今日ご紹介した品物を、もう一度どうぞ。

 

銀も、金も玉も、何せむに 勝れる宝 子に如かめやも (万葉集・巻5 803)

秋の七草を特定した山上憶良の、もう一つの代表作。「子どもの尊さに比べたら、金銀財宝など取るに足らない」。この短い三十一文字の中には、子を想う愛情が全て詰まっています。

憶良の本業は役人でしたが、詠む歌の題材は重税に苦しむ農民や、防人の夫を送り出した妻や家族の姿が多く、それは死・病・貧・老などをテーマとした、いわば市井の弱者に降りかかる社会の矛盾を描く「貧窮問答歌」でした。

 

先日、千葉県柏市で、コロナ感染した妊婦さんが、予定日より早く産気付いたものの、受け入れてくれる病院が無く、自宅で出産した末に赤ちゃんが亡くなってしまうという、本当に痛ましい出来事がありました。逼迫した医療現場の現状は理解出来るものの、それでも何とか出来なかったのかと、思ってしまいます。

律令制度下の奈良時代も、多くの公民(国民)は重税と兵役に苦しみ、厳しい生活を強いられました。そして1500年を経た令和の時代も、理不尽な疫病に対して、あまりにも政府の施策が脆弱なために、人々は不安な毎日を送っています。先の大戦もそうですが、結局いつの時代も政治の貧困の矛先は、普通の人の当たり前の暮らしに向かい、次第に人々は追い詰められる。これは、決してあってはならないことだと、思います。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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