バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

1月のコーディネート  吉祥な四君子文様で、初春らしい装いを

2021.01 31

今から1700年前の中国・魏の国には、社会から隔絶した場所に実を置きながら、哲学的思想・清談に明け暮れる知識人の存在があった。これが「竹林の七賢人」と呼ばれた人たちで、清談とは、現実から逃避して自由に物事を論じることであった。

この頃の中国は群雄割拠の時代であり、社会的にも政治的にも常に不安定で、人心は乱れていた。賢人たちは、そんな世の中に対して厭世的な感情を持ち、深山に身を置く。それまで中国における道徳的観念は、家族や臣下の間で秩序を重視する儒教思想に基づくものだったが、清談は老荘思想に端を発し、突き詰めれば、無為自然の境地を理想とする考え方が根底にある。

人為的なことを廃し、あるがままに自然に生きてみる。下手に知恵を回したり、考えを凝らすことをしない。何故ならば人間は、天地の一員に過ぎず、自然の恵みに授かって生きている存在だから、作為的なことは全く意味を為さない。自然に生きることこそ、万物の本質・「道」になる。清談は、こんな思想の下で行われた。

 

経験したことのない疫病下にあって、毎日をどのように生きていくのか。世界中の人々が、右往左往している。危機に直面している各々の国の為政者も、有効な対策を立てられず、国民は日々変わりゆく状況に対応出来ていない。そして現代の魔法の杖・ITを駆使したところで、解決できることはほんの一部に過ぎない。人為的なことがほとんど通用しないのが、今の世界の姿であろう。

ならばこんな時こそ、そもそもの考え方を変えてみる。この感染症が、天地の為す禍だとすれば、甘んじて受け入れる他はあるまい。その上で、出来る限り「無為自然」に生きる。今は終わりは見えないが、いつか必ず終わりが来る。そう考えれば、諦めがつくと同時に気分も少し楽になる。今必要なことは、ある程度諦観することだと思う。

 

古来中国では、賢人と称されるような優れた見識、徳のある人物を「君子」と位置付け敬ってきたが、実は文様の世界でも、この名前を「気高き吉祥文」として使っている。そこで今日は、君子に喩えられた四つの花をあしらった品物を使い、新春に相応しいコーディネートを考えてみたい。文様がどのような雰囲気を醸し出すか、ご覧頂こう。

 

(勿忘草色地 松模様・飛柄小紋  黒地 四君子文様・織名古屋帯)

そもそも吉祥(きっしょう)とは、めでたい印とか良い印という意味を持つことから、その名前がついた文様は、祝いに相応しく縁起の良い図案と意識されてきた。だが各々の図案には、吉祥文様となった理由があり、それは一様ではない。

例えば、鳳凰文や龍文はそれぞれ、中国の古代伝説に基づく瑞鳥(縁起の良い鳥)・神獣(神に仕えるけもの)とされてきたことから吉祥文となり、宝尽し文は、数に縁起を求めた中国の七宝(金銀を始めとする七つの玉)・暗八仙(八仙人の持物)・八宝(仏教で縁起が良いとされる八つの道具)に由来する。

このように、古くからの思想や伝説、あるいは宗教上の信仰に関わるものの他に、特定の動物や植物を組み合わせた「複合的な吉祥文」も見受けられる。今日取り上げる四君子(しくんし)文様も、その一つだ。ではまず、この図案を使った帯から見て頂こう。

 

(黒地 横段四君子 梅・菊・蘭・竹文様 織名古屋帯・川島織物)

吉祥文様として、幾つかの植物を組合せてあしらわれた図案と言えば、松竹梅文とこの四君子文が双璧であろう。松竹梅は、以前取り上げたように、「歳寒の三友」として、人々の心を捉える雅やかな図案と認識されてきた。この文様は元々中国由来なのだが、室町あたりから組み合わせて使うようになり、それからはどちらかと言えば、日本の風土に根付いた「いかにも日本的な吉祥文様」と意識され、今に至っているように思う。

一方の四君子文は、構成する梅・菊・蘭・竹の四つが、古来中国で「徳のある木」と認識され、書画や詩の題材として長く取り上げられてきた経緯がある。これが江戸期になって日本に伝わり、多くの文人墨客が好んでモチーフとして使うようになったことから、文様化した。なので日本的な松竹梅文に対し、四君子文はどことなく中国の香りが漂うような気がする。

上から竹・梅・菊・蘭。図案は、枝を横に伸ばしたところに、それぞれの花を付ける。

梅は、厳寒に花開き、清らかな香りを漂わす春告げの木。菊は、中国古来から延命長寿薬の原料として使い、身を軽くして精気を養う木。蘭は、「善人蘭の如し」と例えられ、王者の香りを持つ木。そして竹は、真っすぐで堅く、冬でも緑を絶やさぬ強さを持つ木。縁起の良い特性を持つこの四つの植物を重ねると、それは当然吉祥文様となる。

代表的な吉祥文だけに、様々な場面であしらわれている。特にフォーマル系の品物に多く、四つの花を揃えることで若々しく可愛い意匠になることから、振袖や子どもの祝着の図案として、よく使われている。

これは名古屋帯だが、四君子はフォーマルっぽさをも醸し出すことから、無地や軽い付下げ、また江戸小紋や飛柄小紋などの茶席用の品物に合わせることが出来よう。いわゆる、カジュアルとフォーマルの中間に位置する帯になろうか。

画像から判るように、この帯はお太鼓と前模様が同じ柄になっている。こうした帯の図案構成を「送り」と呼ぶ。模様を見ると、四君子各々の花が横枝の上に載っているが、これだとお太鼓は横枝で、前部分は縦枝になる。段で区切る模様は、同じでも前と後の帯姿に変化が付く。

名古屋帯、袋帯に関わらず、お太鼓と前だけに模様のある「お太鼓柄」は、各々に図案を変えるより、この帯のような同柄・送り柄の方が、価格が安くなる。それは、お太鼓と前で模様を変えるとなれば、それだけ紋図(設計図)を製作する手間が掛かるため。

さて、名古屋帯にしては重みのある黒地・四君子文の帯に、どのようなキモノを合せて、初春らしい装いとするか。試すことにしよう。

 

(勿忘草色 縦筋地紋織 松葉模様 飛柄加工小紋・一文)

帯地が黒なので、合わせるキモノの色はほとんど限定されないが、図案は初春ということもあり、松をモチーフにしたものを選んでみた。品物は小紋で、模様は大きめ。少し茶席を意識した組み合わせになるだろうか。四君子に入らない松を使うと、キモノと帯とで縁起の良い草木が総出演となる。

キモノ地色は、水色に薄グレーをくぐらせたような、微妙な青色。ムラサキ科の多年草・勿忘草の花色に近いが、澄み切った色ではなく、少し曇りのある落ち着いた色目になっている。また画像で判るように、地紋に「立絽」のような細かい筋が見えるが、この織柄があることで模様の見え方が違ってくる。

左側の花弁のように見える図案は、松葉が放射状に開いたところを上から覗き、円形に表現した松文様で、別名は「車軸松(しゃじくまつ)」。この図案は、江戸期の意匠の中によくみられる。これと写実的な松葉を重ねて、一つの図案としている。

古典的な松も、こうして見るとモダンな模様に仕上がる。車軸松の中心の芥子と松葉先端の深緑は、どちらの色も手で挿しているが、こうした色挿しを施した小紋を、加工小紋あるいは加工着尺と呼ぶ。これは、手間をかけている小紋の証でもある。

飛柄にしては、一つ一つの構成図案が大きく、丸文のような姿をしている。地空きの小紋なので、地色の印象がそのまま着姿のイメージに繋がる。さて、モダンな松葉と吉祥四君子の取り合わせは、果たしてどうなるだろうか。

 

お太鼓の合わせ。やはり帯の黒地が、キモノの柔らかい雰囲気を引き締めている。また、松葉が丸文で四君子が横段と、構成する図案の形式が対照的なので、合わせた時のバランスが良いように思う。どちらも草木をモチーフにしているが、模様の採り方が全く違うために、くどさが出てこない。

前の合わせ。横枝が縦になっただけだが、随分すっきりと映る。黒場が多いことが原因だが、不均一に感覚が空いた四つの花のどこをメインに出すかで、印象は変わるだろう。装う人の工夫次第で少しずつ模様を変え、楽しむことが出来る帯になっている。

小物の色は松葉の色を考えて、少し渋めにまとめてみた。帯〆はまさに松の葉のような濃い黄緑色。帯揚げは、少し薄めの萌黄色段ぼかし。梅の赤やピンク、また蘭のブルーを使っても良い。小物の色が変われば、雰囲気も変わる。(冠帯〆・龍工房 暈し帯揚げ・加藤萬)

 

今日は年初のコーディネートなので、吉祥な装いを意識しながら、組み合わせを考えてみた。相変わらず自粛生活が続き、いつ大手を振ってキモノを楽しむことが出来るか、先はなかなか見えてこない。けれども、いつかは必ず装いの出番がくるはず。そんな日を待ちながら、今年も様々なコーディネートをご覧頂こうと思っている。少しでも見て頂いた皆様の参考に、そして気分転換になれば、幸いである。

最後に今日ご紹介した品物を、もう一度どうぞ。

 

A wise man keeps away from danger を和訳すると、「賢い人は危険から離れている」という意味になり、これは「君子危きに近寄らず」となります。人と会うこと、外へ出掛けること、一緒に飲み食いすること。今はこれすべて「危うき事」となり、君子であれば、何の迷いもなく避けるはずです。

けれども、「避けては通れぬこと」もあります。そして、「虎穴に入らずんば、虎児を得ず」とばかりに、リスクを冒して生きる術を見つける人たちも大勢います。感染症の抑圧と経済活動維持の両立は、何と難しいことでしょう。双方を満たす解を探すことは、もう無理なのかもしれませんね。

こうなったら私も、七賢人に習って、社会から隔絶した場所に身を置くことを考えます。実はもう、その当ては付けてあります。携帯も繋がらない、エゾシカとヒグマが出没する自炊の秘湯ならば、ウイルスもやって来ないでしょう。もしこのブログの更新が途絶えたら、バイク呉服屋は、遠い北の地で隠遁生活に入ったとお考え下さい。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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