バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

6月のコーディネート(後編) 祭り止むとも、浴衣掛・江戸モダン編

2020.06 16

一昨年、OECDが世界各国の睡眠時間を調査したところ、日本人は6時間27分。世界平均の7時間22分より55分も少なく、加盟国の中では最下位だった。だが一口に日本人と言っても、世代間や居住している場所でかなり違いがあり、都会に住んでいる働き盛り世代が、最も寝ていないらしい。

なぜ日本人は眠らないのか。理由は幾つかある。一つは欧米諸国に比べて、労働時間が長いこと。そして、働く場と住まいが離れているため、通勤時間が長いこと。この二つが人々の日常において時間を固定し、睡眠時間を削る元凶になっている。さらにここ数年は、眠る直前まで手放せないスマホやIT機器にも、原因があると言われている。SNSやメールなどネットコミュニケーションの発達で、いつでもどこでも人や情報と繋がる現代。今や人は、この便利過ぎる道具に、己の時間を完全に支配されている。これでは、眠る時間が少なくなるのも無理なかろう。

 

人は生きる上で、三分の一は眠っていると言われる。人生90年とすると、30年は寝ていることになる。こう聞くと、何だか無駄をしている気がするが、睡眠は人が健全に日常を過ごす上で、欠かすことは出来ない。では、心地よく眠るために何が必要か。その大切な条件の一つが、何を着て眠るかであろう。体を締め付けず、動きやすい恰好。それは、心身ともにリラックスできるものでなければならない。

以前下着メーカーのワコールが、20~40代の男女に「何を着て眠るか」調査したところ、夏はTシャツに短パンなど部屋着のまま眠る人が6割で、パジャマ派は2割ほど。冬はTシャツがスエットに変わるが、やはり部屋着派が主流である。わざわざ着替えず、そのまま眠る方が楽ということか。

ワコールが新しい時代のナイトウエアや寝間着として、ワンピース型のネグリジェを開発したのは、1957(昭和32)年のこと。フリルやレースをあしらい、女性らしい優美さを寝間着で表現した。その姿は時に艶めかしく映り、当時の男性の心は、大いにくすぐられたものである。だが、そんなネグリジェが夜着の主役だった期間は短く、すぐにパジャマにその座を奪われた。そして90年代以降は、現在のように、部屋着のままで眠る人が多くなったのである。

 

さて、昭和30年以前の日本で、何を着て眠っていたか。それは浴衣である。この時代を設定したTVドラマでは、浴衣を寝間着として着用する姿をしばしば見かけるが、きちんと当時の日常を考証すれば、こうなる。

そして、そもそも1960年代以前は、「寝間着には着古したものを使う」ことが、習慣になっていた。当時の浴衣は、毎日着て毎日洗うのが当たり前。だから糊気など完全に抜け、柔らかくて着やすくなっていた。繰り返し洗うことで、生地が自然に縮んでしまうが、少しくらい寸法が小さくなっても、寝間着なので全く構わなかった。今は、旅館に泊まる時くらいしか、浴衣を着て眠ることはない。だが用意されている浴衣は、パリパリに糊付けされていて、体に馴染むまでに時間が掛かり、一晩くらいでは、とても着心地が良いとまでには至らない。

 

浴衣の語源は、「湯帷子(ゆかたびら)」。帷子は、裏の付いていないキモノの総称だったが、江戸の末頃になり、絹や木綿の裏無しを単衣、麻の裏無しを帷子と呼ぶようになる。その意味で、湯帷子は湯上りに使う麻モノだったが、後に木綿を多く使用する。そして湯上り着は夏用の長着となり、拠ってそれが、浴衣の名前に結び付いた。

江戸の浴衣は、絞りや中型染を駆使し、個性的な意匠を生み出した。その文様は400年の時を越え、今にまで繋がっている。今日は、そんな伝統的な江戸デザインに現代感覚を加えた、古くて新しい江戸模様の浴衣をご紹介していこう。

 

多色使いのコーマと綿絽の白地浴衣 葵模様・桔梗に撫子模様

前回は、模様に挿し色が入らない、すっきりとした江戸浴衣をご紹介した。白地に紺、紺に白抜き、藍に白抜きなど、模様を一色で染め抜いたシルエットは、いかにも浴衣らしい姿として映る。

今回は、模様の挿し色に工夫を凝らし、その色によって夏らしさや爽やかさが感じられる浴衣をご覧頂こう。まずは、すっきりした白地に個性的な配色の二点から。

 

(コーマ白地 ライム色葵模様・竺仙  青りんご色 首里道屯綿半巾帯)

やはり柑橘系の色は、爽やかな夏を連想させる。上の組み合わせは、ライム色で夏姿を演出したもの。画像を見ているだけで、自然に酸っぱさが感じられてくる。このような、蛍光的で鮮やかな浅緑色を使った品物は、浴衣としても、また半巾帯としても珍しく、それだけに目を惹く姿となる。

この葵模様の浴衣は、配色がライム色だから仕入れた。そして、この青りんご色の首里帯があったことも、店で扱う決め手となる。双方ともに、他の組み合わせは考えられない。まさに「相思相愛的」な品物同士と言えようか。

前々回、にっぽんの色と文様の稿でご紹介した葵文様。鉄線と同じく、蔓を持った植物で、自然な流れが演出出来る図案。古くは京都・賀茂神社の社紋だが、三つ葵が徳川家紋だったために、江戸時代にはご禁制模様であった。葵は初夏を彩る植物なので、浴衣図案としても相応しい。

柔らかな緑色のハート葉は、白地の上ではなお清々しく見える。元々リアルな植物の葉色はほとんど緑だが、こうして緑系色だけを配したものは、意外に見つからない。洋っぽい青りんご色の首里帯を合わせると、全体に自然な緑色が強調され、かなり目立つ着姿となる。

 

(綿絽白地 桔梗に撫子模様・竺仙  ミモザ色横段縞 首里道屯綿半巾帯)

薄物に使う秋の七草の中でも、桔梗と撫子は色の優しさから、最もよく使われる植物文様。竺仙では、この二つのモチーフを使い、毎年新しい図案を作る。この浴衣は、枝が縦に伸びるすっきりとした図案。

桔梗は本来の紫色だが、撫子はピンクではなく黄色を使っている。少し濃い黄色で暈したこの花の色が、この浴衣のポイントで一番目立つ色。そこで帯にも、同系のミモザ色を使ってみた。

枝と茎の緑色は、少し抑え気味の落ち着いた色になっている。これが、撫子の黄色と桔梗の紫を浮き立たせる役割を果たす。図案の配色は微妙なもので、ちょっとした色の変化で品物全体の印象が変わる。

最初の葵はコーマ地だが、こちらは透ける絽目。画像からは、絽の透け感が見て取れるが、生地の質が変わると、色の見え方も変わってくる。そのため配色は、図案だけでなく生地を考えた上で決められる。

夏色に彩られた二点の白地浴衣。花火大会や夜の縁日で着用すると、この明るい着姿が目立つことは間違いない。では、爽やかな夏色を使った浴衣を、もう一点ご紹介してみよう。

 

(綿紅梅白地 大花菱文様・井登美  レモン色暈し 麻半巾帯・竺仙)

うちで扱う浴衣の9割以上は竺仙の品物だが、数点だけ別の染屋のものを混ぜることがある。これもその一点で、小物メーカーの井登美が製作した。伝統を重んじる竺仙では、こうした洋服感覚に近いモダンな図案と配色の品物は、なかなか見られない。

図案の基本は花菱なのだが、爽やかなレモン色と水色に目が奪われた。少し朧げに映る二つの色がまた良く、涼風が吹き抜けるような印象を持つ。帯はレモン色を暈した麻無地で、「酸っぱく」まとめてみた。

大胆な菱模様は確かに目立つが、色が柔らかいので品よく着こなせる。夏色のインパクトがこれほど前に出る浴衣も珍しい。古典的な浴衣には無い爽やかさを持つ。私は、この浴衣に「かき氷」のイメージがある。

紅梅生地の小さな格子目が、生地からも判る。メーカーによって、図案や配色の発想が違い、それが品物の姿となって表れる。仕入れるメーカーが限られると、店に置く品物はどうしても偏りが出てくる。時には目先を変えた「変化球」も必要だ。

 

大小のリボンを型付けした面白い図案の浴衣と、ビビッドな黄色に桜と蝶をあしらった可愛い浴衣。小さいが個性的な品物を創る染屋・新粋染(しんすいぞめ)の手による。以前ブログで、このメーカーが製作した精緻な型紙を使った絹紅梅や中型小紋をご紹介したことがあるので、この名前を覚えている方もおられよう。

 

(コーマ藍色地 リボン型染・新粋染  ローズピンク 琉球絣綿半巾帯)

最初にこの図案を布見本で見た時、蝶に見えた。そしてどことなく、昆布巻きにも見える。面白いのは、大きなリボンと小さなリボンがそれぞれ密集して、交互に付いているところ。よく小紋では、このように同じモチーフを使い、大きさを変えながら、模様付けすることがある。新粋染は、個性的な図案の型を上手く起こすメーカーなので、こうした連続模様の小紋柄は得意だ。

浴衣の色が淡彩なので、ローズピンクの帯で明るくアクセントを付けてみた。細かく密集した図案なので、帯は無地系が良いだろう。

大きなリボン図案の周囲に、小さなリボンを散りばめている。渦を巻く流れのようにも見える。小紋の発想から、図案を起こしていることがよく判る。

大きなリボンの中心は、少しだけ濃く暈されている。この小さな施しが大切で、連続模様にメリハリが付く。挿し色が入らない白抜きの単色浴衣では、小さな図案だけだと、どうしても単調になる。

 

(コーマカナリア色 蝶に小桜模様・新粋染  緋色無地 博多半巾帯)

最近、誂えで子ども浴衣を作ることは少なくなったが、この図案は、まさに子ども向き。小学生から中学生あたりまでに向くか。ただ反物の巾は、大人サイズがあるので、子どもに限ることはないのだが。

帯は、子どもの浴衣合わせでは定番の、真っ赤な無地半巾帯で可愛くしてみた。最近こそ、こんな派手な色の無地博多帯を使うことが少なくなったが、こうして改めて合わせてみると、ピタリと収まる。赤や黄色の無地半巾帯は、以前若い人の浴衣合わせでは定番。その訳が、判るような気がした。

地色は黄色の中でも特に明るい、カナリアの羽のような色。赤い蝶と型抜きの蝶、そして三種類の桜図案を組み合わせている。カナリア地色に、蝶の赤と桜のピンクが可愛く映る。派手な色同士は、色のバランスが難しい。

私は、浴衣で使うモチーフには、相応しい季節感・夏らしさが必要と考えるが、この浴衣は、そんなことには捉われない可愛さがある。

母と娘が、並んで着用して欲しい二組の浴衣。どちらも、どこか懐かしいモダンな雰囲気。個性的な染屋・新粋染らしい浴衣と言えよう。

 

最後は、二点の蜻蛉浴衣をご覧頂こう。同じモチーフを使っても、全く違う図案となる。その面白さを改めて見て頂きたい。

文様になることが少ない虫の中で、蜻蛉は蝶と並んで最もポピュラーなもの。夏から秋に見られる蜻蛉は、やはり夏薄物や秋の単衣モノの意匠として使われることが多い。だから、浴衣図案としてもお馴染みである。

 

(白コーマ地 ピンク松葉蜻蛉模様・新粋染 ピンク無地暈し 麻半巾帯・竺仙)

上に向かって立ち上がるピンクの蜻蛉。松の葉にも見えることから、私は自分でこの図案を、松葉蜻蛉と名付けている。先ほどのカナリア色の浴衣ほどではないが、これも若い人向きか。

単純な図案ながら、大きさを変えることで、変化のある意匠に見せる。これは、先のリボン模様と同じ発想。帯は蜻蛉色と同じピンクで合わせるのが、最も順当だろう。

すっと立ち上がる模様なので、着用すると背が高く見える。可愛さと大人っぽさを兼ね備える図案。こちらは、小学生から大学生辺りまで、幅広く使えそうだ。

長く伸びた松葉蜻蛉の尻尾は、どれも真っ直ぐながら、かすかに揺らいでいる。人の手で起こす型紙の味わいが、ここに表れている。

 

(黒地綿紬 よろけ蜻蛉模様・竺仙 ベージュ横段縞 紗博多半巾帯・西村織物)

(浴衣同柄  帯 首里ミンサー・木綿角帯)

前回のコーディネートでご紹介した、赤い組菱松の浴衣と同様、男女どちらでも着用できる意匠。黒地の綿紬で、ほとんどの蜻蛉が白抜きだが、ほんの所々に赤蜻蛉が混じる。この赤が、かなり効いている。

女性用として、赤が入った横段縞の紗半巾帯を合わせ、男性用として、白地に黒で模様を織り出したミンサー角帯を使う。どちらも色の少ない幾何学模様で、蜻蛉柄を引き立たせたい。

左右に僅かによろけながら、四匹ずつ配列された蜻蛉。この模様の揺らぎが面白い。また、赤とんぼの数が絶妙で、これ以上多くなるとくどくなる。赤とんぼは、羽の先端だけを赤く暈している。その配色のセンスが、この浴衣をあか抜けた姿に変えている。

武士たちは、後ろに下がらない蜻蛉を「勝虫」と呼び、縁起モノにした。戦国期には、甲冑や刀の鍔の文様にも使われたが、江戸に入ると、庶民の間でも大いにもてはやされ、キモノの図案として一般化した。男モノの図案としても、この蜻蛉模様は面白い。

男女兼用の勝虫浴衣。夫婦やカップルが、揃いで誂えてもお洒落な気がする。少し大人の「和装ペアルック」になるだろうか。

前回同様、7点の浴衣コーディネートを試してみた。今日は、伝統的な模様を使いながらも、配色や図案のアレンジに、少し現代的な感覚を取り入れた品物をご覧頂いたが、如何だっただろうか。画像を見るだけでも、楽しんで頂けたら幸いである。

 

今年は、祭りや花火大会の中止により、着用の予定が消えてしまった方も多いでしょう。けれども、浴衣は元をただせば湯帷子であり、生活に根付いた日常のキモノ。イベントに行かずとも、浴衣で近くの川べりを歩けば、ささやかな夏の思い出になります。

「祭り止むとも、浴衣掛け」。ぜひ、どなたかと、夕涼みへお出かけ下さい。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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