バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

紋を押し引きする  無地キモノの格に見合う、それぞれの紋姿とは

2020.02 17

東野英治郎・西村晃・佐野浅夫・石坂浩二・里見浩太郎。5人の役者に共通する役どころと言えば、もちろん水戸黄門である。TBS系列で放映された「勧善懲悪時代劇」は、1969(昭和44)年8月から2011(平成23)年12月まで、実に42年も続いた人気番組だった。

越後のちりめん問屋主人に扮しつつ、役人の悪を暴き、最後に「先の副将軍」である正体を明かす。助さん格さんのどちらかが、「このお方をどなたと心得るか」と語りながら、「丸に三つ葉葵」の紋所が入った印籠をかざすのが、定番。テレビで印籠を見せつけた回数は、実に1227回にも上る。

バイク呉服屋世代の黄門さまは、やはり東野英治郎。あの独特の高笑いは、今も耳に残る。他の4人にイメージが湧かないのは、小学生の頃しかこのドラマを見ていなかったことにあるのだろう。東野黄門は、昭和44年から57年までである。黄門さまがはまり役だった東野栄治郎は、昭和6年に明治大学を卒業後、築地小劇場に入り、プロレタリア演劇を志す。戦前には、治安維持法で検挙された経歴も持つ「骨っぽい役者」。好々爺然とした中に毅然とした姿が伺えるのは、そんなせいかもしれない。

 

印籠に表されている「三つ葉葵」は、もちろん植物の葵をモチーフにしたもの。この花は、地を這った茎に髭のような根が生え、それが長い柄となって、ハート型の二枚の葉を出す。また花の色は薄紫で、鐘のような形状を持つ。通常は二枚葉だが、文様化されて三つ葉葵の紋が生まれた。

元々この紋所は、京都・賀茂神社の神紋だが、徳川家を始めとする三河の武士たちがこの社を信仰していたことから、これを家紋としたのである。という訳で、三つ葉葵紋は将軍家の象徴であり、その使用は厳しく禁じられた。そのため、江戸期には葵をモチーフにした意匠は全く見られず、キモノや帯の図案として使用され始めたのは、明治になってからである。

 

徳川将軍家の三つ葉葵ほどではないが、どこの家でも「家紋」はその家の象徴である。そしてキモノに関して言えば、紋の付いた品物は公的、あるいは儀礼的な意味を持つ。そして、儀礼の格によって着用するキモノが変わるように、紋のあしらい方も変わる。

第一フォーマルの黒留袖と喪服は、現在でも従来通りの日向紋・五つ紋付だが、その他の紋付キモノについては、儀礼や家族制度の変化に伴って、少し考え方が変わってきているようにも思える。そこで今日は、紋の付け方による格の上下・押し引きをどのように考えるか、例を挙げながら話を進めることにしよう。

 

(染抜き男紋 丸なし下がり藤紋・一越地 藤袴色 無地紋付)

紋の始まりは、平安中期の貴族が、自分の家に所有している物に好みの図案を付け、目印としたことに始まる。それは調度品や装束、牛車に至るまで「自分だけの文様」を印して区別したが、この図案がその家に受け継がれて、家を代表する図案、すなわち家紋とする流れが出来た。

初期の公家紋には、まだ明確に一族と他者を識別する役割は無かったが、鎌倉期に入り武家の時代になると、戦場で敵味方を見分けるために、目印が必要になった。最初は、遠方からも見分けがつきやすい単純な図形が多かったが、後に集団としての目印=紋を作るようになった。これが時代が進んで、集団が細分化されるにつれ紋も多様化し、そこで数多くの「紋章」が生まれた。現代に繋がる「家紋」は、この武家社会から始まったとも言えるだろう。

江戸期になると、敵味方の識別という旧来の紋の目的は消え、代わりに家の格式を示したり、行列時の装飾に使うことが主な役割になった。また家紋は、主君から下賜されたり譲与されたりと、名誉の象徴でもあった。そして、家紋が格式化したことによって、紋の付いた衣服が儀礼的な意味を持つようになる。それこそが、今日の「フォーマルモノに紋をあしらう習わし」へと繋がってきたのである。

 

こうして紋付のキモノは、どの家でも、儀礼には欠かせないものとなったが、現代では、儀式に対する人々の考え方が大きく変容し、それに伴って「紋」へのこだわり、意識も変わりつつあるように思われる。

もちろん、第一礼装として役割を果たしている黒留袖や喪服の紋姿は変わりようがないが、それ以外の紋付では、着用の格や場を考えながら、柔軟に紋をあしらうこともあり得る。つまりそれは、着用する方の意識次第で、紋姿が変わることになる。

では、どのような時にどのような紋姿になるのか。最も需要の多い無地モノ、すなわち色紋付無地キモノを例にとって、考えてみよう。

 

(染抜き女紋 丸に木瓜紋・揚羽蝶地紋 薄藤色 無地紋付)

無地に紋を施す場合、一般的にはこの染抜き一ツ紋にすることが多い。型を起こして地の色を抜き、中の模様を墨で描く。紋姿は、上絵技法を用いて描く黒留袖や喪服の紋と同様、日向紋になる。この形状は、紋の中でも最も格の高い姿で、礼装を強く意識したものとなる。

(染抜き女紋 丸に剣方喰紋・七宝花菱地紋 レモンイエロー色 無地紋付)

無地キモノを、フォーマル全般で無難に使いこなすことを考えれば、やはり格の高い日向染抜き紋が、良いだろう。この形式の紋が入っていれば、色無地といえども、格の高いキモノとなる。キモノの着用を、フォーマルの席だけと限っている方なら、染抜き紋をお勧めする。

 

(地共糸陰すが縫紋 丸に片喰・斑地紋 刈安色地 無地紋付)

染め抜いた日向紋に対し、輪郭だけを線で表す紋のことを陰紋と呼ぶ。そして名前で判るように、こちらは略礼装の紋姿。もちろん、染でも陰紋は作ることが出来るが、ほとんどが刺繍を用いる「繍紋」であしらわれる。

縫紋を依頼される方には、ことさらに紋を目立たせない意識があり、そこには、仰々しさを消す意図が含まれる。無論、陰紋と言えども「紋付キモノ」であることには変わりはないので、日向紋を付けた無地と同じに使える。ただこの紋姿には、「紋の格を下げることで、気軽に着用したい」という心持が表れる。「家の象徴」とする紋が、着用する場によっては、少しうっとうしくなるとの考えからである。

(すが縫いつめ縫紋 丸に梶の葉紋・葉地紋 空色地 無地紋付)

ただ縫紋と言えども、様々な方法があり、それによっても紋姿が変わる。最初のレモンイエロー無地・丸に片喰紋は、地の色とほぼ同じ黄色の糸を使ってあしらわれているが、地色と同じ糸(共糸)を使うと、紋がキモノの中に埋没し、より目立たなくなる効果がある。また、地色に関わらず白糸を使うこともあるが、このほうがまだ紋が浮き上がる。

さらに上の画像の無地紋は、縫糸は白を使わず、また地の色とも関係のない桜色の糸を使っている。しかもこの梶の葉紋は、縫い詰めて図案を表現してある。つまりこれは、輪郭を線で表す陰紋ではなく、「刺繍日向紋」になっている。

こうした紋の工夫で、単純な無地紋付キモノは、個性的でおしゃれな無地モノへと変身する。キモノ地色が柔らかい空色なので、その雰囲気を壊さぬよう、紋糸も優しい桜色にする。そして、陰紋ではなく日向紋にすることで、さりげなく紋を目立たせる。紋を「個性を発揮する道具」と捉えれば、こんなおしゃれな無地キモノに仕上がる。

(すが縫いつめ縫紋 丸なし稲垣茗荷紋・麻の葉向い鶴文様 紫苑色地 江戸小紋)

縫いつめ日向紋をもっと進化させたのが、この江戸小紋にあしらわれた稲垣茗荷の紋姿。上の梶の葉紋では、桜色一色だけを使っていたが、こちらは多色で、しかも撚りをかけた糸を使っているために、立体的でボリュームのある紋として仕上がっている。

江戸小紋は、無地に準じた品物として位置づけられているので、紋を付ける時には、陰紋をあしらうことが多い。つまりほとんどが縫紋になるが、この品物のような手を凝らした日向紋にすることは、稀である。

フォーマルとカジュアルの中間に位置する江戸小紋。このあいまいな品物の特異性を逆手にとり、使うお客様が自分の個性を紋で表す。豊かなデザインを持つ紋が、「家の象徴」となるだけでは、いかにも勿体ない。そんな考え方が、見て取れる。こうした紋に凝らした贅沢なあしらいは、その人の着姿を強く印象付けることになるだろう。

 

無地についている紋所は、新しく入れるばかりでなく、入れ替えることも消すことも可能だ。最後に、そんな例をご紹介しよう。

変更前:(染抜き紋 丸に鷹の羽違い・木の葉地紋 胡桃色地 無地紋付)

変更後:(地共糸陰すが縫紋 丸に三つ柏紋・木の葉地紋 胡桃色地 無地紋付)

画像でも判るように、この無地紋付は、紋を鷹の羽違いから三つ柏へと変えたもの。その際、紋姿も染抜きの日向紋から、縫いの陰紋へと変えている。これは依頼された方が、紋を入れ替えると同時に、紋格を下げることにしたということ。

紋を入れ替える際には、まず墨書きした図案を溶剤で消し、その後地のスレを直したり、地色と紋場の色に相違がある時には、色ハキをして整え、フラットな状態に戻す。上の無地の場合は、紋を変えると同時に紋姿も変えるので、特に注意を払う。

 

うちで仕事を依頼している紋章上絵師の西さんによれば、印刷等で便宜的に入れてある紋の中には、通常使う溶剤や中性石鹸では、うまく落とせないものがあるらしい。「職人がきちんと手で墨書きした紋なら、簡単に消えるのですがね。いい加減な仕事は、直すときにどうしてもボロが出てしまう。困ったものだ」と嘆く。

「紋など、入っていればそれで十分」と、従来の職人仕事を軽んじる弊害が、こんなところにも表れる。困ったことに、それはお客様が紋を見たところではわからない。品物を扱う呉服屋の質が、こんなところにも表れるが、きちんと職人の仕事を理解していない店が増えてくると、直す仕事にも影響が広がる。恐ろしいことである。

 

ともあれ、このように紋というものは、使う方の意識次第で、姿も技法も変わり、着用する場面も変わっていく。

「家を象徴するもの」として、フォーマル性を重視するか、また「キモノを彩るデザイン」として、個性を表現する道具と見るか。いずれにせよ、紋には多様なあしらい方がある。長い伝統に育まれた、数々の日本の紋章。皆様には、そんな紋にこだわりつつ、自分らしい無地モノを誂えて頂きたいと思う。

 

盛んに水戸黄門を見ていたのは、小学校の5、6年頃だったと記憶していますが、同じ時期によく見ていた番組が、「特別機動捜査隊」と「非情のライセンス」。どちらも、今で言うところの「刑事モノ」のはしりですね。

特に「非情のライセンス」で主役の会田刑事を演じた、天知茂の「ニヒルで渋い格好良さ」には、憧れたものです。ドラマの中では、常に眉間にシワを寄せ、絶対に笑わない。「この人は、一体いつ笑うのだろうか」と、子ども心にも思っていました。

そんな天知茂にひどく感化されていたために、小学生のある一時期に撮った写真の私は、笑顔はなく、常に「眉間にシワを寄せた顔」になっていました。本当に阿呆な子どもです。けれども今、形骸化が進む呉服の加工現場の現状を考えると、やはり思わず眉間にシワが寄ってしまいます。これは「ニヒル」ではなく、「困る」からですね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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