バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

帯地色を見本にして、無地染めを試みる  色見本帳に頼らない誂染め

2020.02 04

大概、人は自分の眼に映るものを、ひと色で表現する。太陽は赤、海や空は青、松は緑で、桜はピンク。もちろん間違いではないが、これは極めて雑駁な色の切り取り方であろう。

毎日、山の端や海の彼方から昇り、沈んでゆく太陽。その時、空を染める色は赤ではなく、やや黄色味を帯びた橙系の色。これを、黄櫨(こうろ)色と呼ぶ。世を光り照らす太陽は、君主の象徴。だからこの色は、皇帝だけが着用できる高貴な色として、古くから認識されてきた。黄櫨とは、色を染める時に使うハゼ(ウルシ科の高木)の木に由来する。この木の幹を切ると、鮮やかな黄色が現れるが、ここに黄色の色素が含まれ、それを蘇芳(すおう)と掛け合わせることにより、太陽の色が生まれる。

 

また、それぞれの植物も、大枠なひと色で済ます訳にはいかない。例えば、確かに松は緑だが、単に緑と言っても、見方や季節によっても、色調が違ってくる。冬の松並木の緑は、僅かに茶を含むくすんだ深い色合い。また夏の葉を見ると、ピンと張りつめたように勢いよく上を向き、その色は明度の高い鮮やかな緑色になっている。

くすみのある松は、常緑=不老長寿の象徴として、千歳緑(ちとせみどり)あるいは常盤(ときわ)色と呼ばれ、鮮やかな松の葉は、そのまま松葉色と名前が付いている。このように日本には、四季の彩の中で人々が色を繊細に見極め、付けた名前がある。これが「日本の伝統色」として、今も息づいているのだ。

 

呉服屋の仕事では、この伝統色に倣って、繊細に色を見極めることが何より大切になる。どんな品物でも、僅かな濃淡や明度の違いで、印象が変わる。だから仕入れの際には、色を探りながら慎重に品物を選ぶことが大切で、当然お客様へは、その人に見合う色の映りを考えながら、お勧めしなければならない。

その中で、誂えで無地染を依頼された時には、特に「色へのこだわり」が求められる。無地のキモノは、ただひと色だけをまとう品物。だからこそ、求める人に相応しいひと色を探さなければならず、また失敗は許されない。

ブログでは何度か、色無地誂えをテーマにお話させて頂いたが、今日は、これまでと違い、色決めの基本となる「見本帳」を使わない誂染を、ご紹介することにしよう。

 

色見本として使ったちりめん染帯と、染め上がった紋織の無地。

通常、オリジナルな色無地を誂える場合、まずお客様の好む色をお伺いする。この場合、青とか緑、グレーなど漠然とした色の系統で良く、何も最初から細密な色を決める訳ではない。

特に、初めて無地を誂える方には、いきなり「どんな色がよろしいか」と問われても、戸惑われるばかりだろう。だからまずは単純に「好む色」をお聞きする。人は誰もが、好きな色や似合うと考えている色を、一つ二つは持っているので、この色をまず基本と考えると、色決めがスムーズに運ぶ。

また、すでに無地をお持ちの方は、手持ちの色をお聞きした上で、同じ傾向の色にするのか、まったく別の色をイメージするのかを伺う。こちらは、最初から少し具体的な色に絞ることが出来る。

 

それぞれの色名が、「日本の伝統色」になっている色見本帳。

おおまかに色を想定したところで、初めて色見本帳を取り出す。店には、7冊ほど見本帳が置いてあるが、一冊に入っている色数は、200~300程度。同じ系統の色でも、見本帳によつて色合いが異なり、全く同じ色はほとんどない。

見本帳の色は、それぞれに番号を付けて識別しているものと、上の画像のように「伝統色の名前」を付けて明記してあるものがある。但し、この伝統色見本帳を見ると、例えば「萌黄色」と付いている色も、見本帳ごとに微妙に色が違っている。つまりは、「伝統色は、絶対にこの色」という厳密な基準は無く、ある程度の誤差が生じることになる。この辺りからも、色染めの難しさが判る。

色を番号で表記している菱一の見本帳・芳美。会社は無くなってしまったが、見本帳としては十分に使うことが出来る。

染める色の系統が固まったら、見本帳で同系統の色を見比べながら、徐々に選ぶ色の範囲を狭めていく。上の画像でも判るように、藤色系、水色系とすみ分けても、それぞれに20色近い数がある。明度、濃淡、色相などを見ながらお客様と相談し、最終的には2~3色までに絞る。

こうして具体的に染める色が決まっていくが、悩ましいのは、色見本のキレが小さいので、実際にキモノとして形になった時に、はたして見本色の通りになるのかということ。確かに、小さな見本から、キモノ全体の色姿は類推し難い。お客様にとって、不安になることは当然である。

見本布のサイズは、菱一の見本帳で4×7cm。最初の伝統色が付いた見本帳では、もっと小さい。沢山の色を一冊にまとめようとするので、自ずと布サイズには限界がある。これが、見本帳から色を選ぶ難しさの、一つの大きな要因となっている。

私は、依頼している染職人の技術が判っているので、小さな見本布でも、イメージ通りの色に染め上がることを、お客様に説明して納得して頂くが、もっと大きな生地で色を見た方が、それはより判りやすいと思う。今回は、こうした見本帳以外の色を見本として使った誂えである。さて、どのような方法を採ったのか、話を進めてみよう。

 

地色を色見本として使った染帯。図案は、花をアールヌーボー調であしらったもので、製作は菱一。

今回、まずお客様からは、黄色系と色を指定された。そして、黄色の明るさを残しつつも、落ち着きのある色で、かといって地味になりすぎないこと。黄色で、「優しく柔らかみのある着姿にしたい」とのご希望である。かなり抽象的ではあるが、色を探すときには、これでも十分参考になる。

どんな色であっても、その範囲は広いが、希望する条件を考えながら一つずつ見ていくと、案外限定されるように思える。今回の黄色は、卵色や菜の花色のような「鮮烈な黄」ではなく、かといって朽葉色や橡(つるばみ)色のように「くすみのある色」でもない。また、山吹色では濃すぎ、クリームでは薄すぎ、黄土では黄色よりも茶の色が前に出てしまう。

 

こう考えると、何か含みを持たせた黄色になるのだろう。お客様と相談をするうちに、僅かに緑を含ませた「レモンの皮」のような色が良いのでは、という結論に行き着いた。そこで、早速見本帳を手繰り、「レモンイエロー」を探してみたが、似たような色はあっても、微妙な色だけに「この色にする」という踏ん切りが付き難い。

そこでお客様からは、「見本帳以外で参考になるような、黄色地の品物はないでしょうか」と尋ねられる。在庫に黄地の品物はあるが、小紋にせよ帯にせよ付下げにせよ、レモンイエローとは少し違う。店にある黄色地を全部お目に掛けた後、最後に思い出したのが、この「アールヌーボー的な花」の染帯だった。すでに、売れて誂えてあったが、まだ納品する前だったので店に残っていたのだ。

この帯を見たお客様は、すぐに地色が気に入り、これと同じ色に染めて欲しいと依頼される。そして、もう少しだけ緑を感じさせてもらえば、なお理想的と話される。やはり、小さな見本布で見るより、染上がった生地の方が、イメージが膨らみやすかったのだろう。

 

こうして色は決まった。私は白生地と一緒に、帯を染職人のもとへ送る。色染をする場合、見本となるのは色見本帳だけではなく、このようにすでに出来上がっているリアルな品物でも良い。それは帯に限らず、小紋でも付下げでも何でも良い。職人としても、小さい見本布で色を見るよりも、判りやすいかも知れない。

 

今回、誂無地に使った白生地。小さな七宝花菱が連続する紋綸子。

少し気になったのは、見本の帯がシボの大きなちりめん地であること。染める白生地は、模様が浮き出た紋綸子。このように、明確に生地に違いがあると、同じ色で染めても色調に違いが出ることがある。綸子はフラットなちりめんや一越とは違い、生地面に模様の凹凸が付く。これが色の印象を変えてしまう。

「色は、どんなことをしても、見本と100%同じにはならない。」と染職人は言う。ただ大切なことは、「色のニュアンス、色の持つイメージ」が同じであること。これが依頼された色と違えていなければ、「見本と同じ」と認められるそうだ。こうした色に対する独特な感覚は、長い経験に裏打ちされたものであろう。

 

染上がってきた白生地と、見本の帯地色を並べてみた。生地に違いはあるものの、ほぼ同じ色に染め上がっている。上の画像は、フラッシュを使っているために、かなり濃く見えているが、本来の色はもう少し軟らかくて控えめ。

この画像の方が、実際の色に近い。色は全く同じではないが、確かにニュアンスは変わらない。そして、無地の方が帯よりも多く緑を含ませている気がする。これは、「レモンイエロー」を一回り落ち着かせた色とでも言うべきか。

緑を含ませた黄色・レモンイエローの無地。この色ならば、お客様が求める「優しく、柔らかみのある着姿」が演出できるように思う。

紋入れをして仕立をする前に、お客様に染め上がった反物を見て頂く。加工する前に色を確認して、納得して頂くことが大事。確認しないまま仕上げてしまうのは、やはり心配になるからだ。誂の染仕事は、この慎重さを必要とする。毎回、お客様から「上手くいきましたね」の声を聞いて、ようやく私もホッと出来る。

 

八掛は、同じ職人の手で、地色と同系色でぼかし染めをする。生地はチェニー。

紋は、「丸に剣方喰」の染抜き一つ紋。仕立をする前に、紋章士の手で施される。

 

お客様との構想から、約二か月を経て仕上がった別誂・色紋付の無地キモノ。

こちらは、前姿。

ひと色に染める無地モノは、単純だけに難しい。どんな色を選択するか、ただ一つを決めることがまず悩ましい。そしてこの色を、求める方のイメージ通りに染めることが出来るか。これも心配になる。

だが、信頼できる染職人の方がいてくれるお蔭で、こうした仕事を受けることが出来る。そしてそれは、お客様に「自分だけのひと色をまとう喜び」を、感じて頂くことに繋がっている。これからも、私と職人、それにお客様が一体となって、一つの品物を作り上げる機会を数多く持ちたいものだ。

見本とする色は、見本帳だけとは限らない。皆様も、自分だけの色を見つけて、ぜひ誂えを試みて頂きたいと思う。

 

例えば、紫という色を考えた時、藤色と杜若色と菖蒲色では、その色合いに違いがあります。藤はやや青みががった紫、杜若は僅かに赤みのあるしっかりとした紫、そして菖蒲は杜若より柔らかみのある紫で、やはりどこかに赤みを感じます。

このように、どの色も単一ではなく、どこかに他の色を潜ませた「複合的な色合い」になっているように思われます。かように色を見極めることは、繊細な感性を必要とし、ガサツな私にはとても難しいことですが、色を見る目を養いつつ、これからの仕事に生かしたいと思います。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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