バイク呉服屋の忙しい日々

職人の仕事場から

今、そこにある危機  厳しさを増す加工職人の仕事(前編)

2020.01 21

先週末、大学入試センター試験が実施された。1979(昭和54)年から始まった共通一次試験のあとを受け、1990(平成2)年から始まったこの方式も、今年が最後となる。来年からは、新しく大学入学共通テストが始まるが、改革の目玉と位置付けていた英語民間試験の成績導入や、記述式問題の採用が中止され、どのような内容となるのか見通しが全くつかない。

新テストは、従来のような知識偏重から離れ、思考力や判断力を問う問題を出題するとしているが、この目的をマークシート方式でどこまで達成できるか、疑問視される。

制度の変わり目で、最も影響を受けるのは、当然受験する生徒。来年の受験生は、新制度に向けて様々な対策をとって準備してきたはずだが、この度の中止決定で、梯子を外された形になってしまった。周到な準備を重ねて制度変更をするのが、国として当然為すべきことだが、この問題について政治家や官僚達は誰一人責任を取っていない。「教育は国家百年の計」とのたまう彼らの言葉が、実に空虚に聞こえる。

 

政府が試みようとしている教育改革は、受験制度だけではない。3年前に告示された国の新指導要領に基づき、今年から小学校で、英語が教科化されると同時に、プログラミングの授業が始まる。「ゆとり教育」から舵を切ったことで、すでにかなりの量の授業内容が積み込まれているが、こうした新たな取り組みは、教師にも子供にもさらなる負担をかける。

英語力を養う理由は、グローバル化に伴い、外国人とのコミュニケーションが不可欠になったこと。またプログラミングを学ぶ理由は、生きるために必要となったコンピューターを把握する力を早く付け、同時に物事を解決する力を養う機会とすること。

これでは、「英語とITが駆使出来ないと、将来生きていけませんよ。」と国が脅しているようにも思うのだが、小学生に学ばせる理由は、「鉄は熱いうちに打て」ということなのだろう。だが、一方で、「こうしたものに頼らなくても生きる道がある」と教えることも、教育かと思う。何を糧として生きるかは、人それぞれであり、決して一本道ではないからだ。

 

だが残念ながら、時代の波には抗えず、消えつつある仕事も多い。伝統産業として位置づけられる呉服屋の仕事。そこに関わる職人仕事の多くは、おそらく姿を消すだろう。なぜならばこの仕事が、この先「生きるに十分な糧」とはならないからだ。

先週、毎年恒例になっている職人さんたちへの年始回りをしたが、年々厳しさを増している仕事の状況について、話を伺うことが出来た。そこで、加工に関わる職人の仕事は、これからどのようになっていくのか、現状を含めて少し考えてみたい。存亡の淵に立つ職人の仕事が、このまま消えても良いのか否か。読者の方々にも、ぜひお考え頂きたい。

 

自分のビルの屋上で、洗った生地を張る。洗張り職人の太田屋・加藤くん。

職人さんへ渡す仕事が目立って減ってきたのは、いつ頃からだろうか。昭和の時代には、キモノは必要なものと認識されていたので需要も多く、従って加工職人にも十分に仕事があり、暇を持て余すことなど無かったはずだ。それが平成に入ってバブル経済がはじけ、人々の和装への意識が低下し始めると品物は動かなくなり、同時に職人への仕事も激減した。

呉服業界のピークは、昭和40~50年代にかけてだが、この時代と比較すると今の需要は1割にも満たない。この間、加工職人はどんどん辞めていき、また新たにこの仕事に就く若者もほとんどいなかったので、従事する人の数は、本当に少なくなっている。加藤君の話だと、50歳前後が組合の中で一番若手らしい。しかし、それでも仕事が少ない。これほど職人が少なくなったというのに、仕事が少ないというのは、まだ縮小均衡が取れていないことになる。

 

「はりて」という木製ハンガーに生地を挟み、針の付いた竹ひご=伸子(しんし)を使って張る。こうすると、生地の左右がピンと伸びて、きれいに乾かすことが出来る。

洗張りは、生地を完全にリニューアルする時に使う。この仕事は最初に、形になっている品物を全部解き、パーツごとに分ける。キモノならば、上前と下前の身頃、上前と下前の衽、両袖、掛衿と本衿、全部で8枚。これを「ハヌイ」して繋ぎ、仕事の途中で生地を見失うことのないようにしておく。その上で生地を丹念に洗ってから、上の画像のように天日干しする。

お客様が洗張りを依頼する時は、かなり着込んで全体が汚れた時や、古い品物を受け継ぎ、汚れを落とすと同時に寸法直しが必要になった時。つまり、しみぬきや前の縫い目を消すスジ消しだけでは、きちんとした品物に仕上がらない場合に施される。

 

解いた生地は、特殊な「ハヌイ専用ミシン」を使って繋ぎ合わす。

洗張りの需要が少なくなった理由は、同じ品物を長く使い続ける人が少なくなったのと同時に、譲られたキモノに手を掛ける人がいなくなったということになろう。多くの家庭では、祖母や母の品物が箪笥に残されているはずだが、受け継ぐ人がいない。それだけ一般の人から、和装が遠い存在になったのである。

だが、昨今ではカジュアルモノを中心に、和装に関心のある方もわずかながら増えており、リサイクルショップやネットを通じて、品物を安く手に入れる人も多い。この方々が、自分の寸法に合わせて着用するために、洗張りをしてリニューアルすることがあっても良いはずだが、どうもそんな気配はあまり感じられない。せっかく安く買ったのに、手入れをして費用がかさむことを嫌うのか、多少の寸法の違いには目を瞑るのか、理由は様々なのだろう。

しかし消費者が、自分の寸法通りに誂えるという意識を持った時には、やはり直したくなる。その時、洗張りは、どうしても欠かせない手段だ。キモノは構造的に、寸法を変えて使えるように出来ている。そして、洗って良い状態に戻すことも出来る。さらに洗張りするごとに、着心地が良くなる結城紬のような品物もある。

長く品物を使い続けるためには、絶対に必要な洗張りの仕事。もし職人がいなくなれば、完全にリニューアルすることは不可能だ。昭和40年代では、家に張板を置き、自分で洗張りをして仕立直す方もおられたが、今こんな芸当は到底無理だ。だから、洗張り職人の欠如は、和装が持つ本来の品物の使い方を、根底から揺るがせてしまう。

 

張板で乾かした品物は、ノリをつけて、湯のし職人に送る。これは、洗って縮んだ生地を伸ばし、生地目を揃えることが目的。湯のしを終えたあと、ハヌイを解き、生地一枚一枚に丁寧にアイロンをかけて仕上げをする。

加藤君の話だと、この湯のし職人の仕事も少なくなっていると言う。生地を伸ばしたり反物の耳を揃える湯のしや、紬の糊落としをする湯通しは、仕立をする前に欠かせない工程だが、需要の減退から職人に持ち込まれる数が減っている。以前ならば、夕方依頼すれば次の日には出来ていたが、最近では毎日仕事をしないらしい。湯のしや湯通しをするためには、燃料が必要で、機械を動かす手間もある。

湯のしや湯通し代は、一反仕上げて数百円から、せいぜい2千円ほど。経費を抑え、効率よく仕事をしなければ利益など出ない。だから職人は、仕事がまとまらなければ、手を動かさないのだ。洗張りには、どうしても湯のしは欠かせないが、職人が必要とする職人まで消えてしまえば、もうどうにもならない。

 

人形町・甘酒横丁の路地を入ったところにある太田屋さんのビル。

太田屋さんの創業は、1892(明治25)年。当主の加藤君は、4代目にあたる。バイク呉服屋との関りもかなり長くなったが、今のように直接仕事を依頼するようになったのは、約25年前からである。それ以前は、北秀、秀雅(北秀倒産後に、旧北秀の社員が始めた問屋)という問屋を通して、品物を出していた。

現在も仕事の主力は、問屋経由の依頼で、うちのような小売屋との直接取引は少なく、まして消費者が品物を持ち込むようなことは、稀である。だが、これまで当てにしてきた問屋や小売屋からの依頼は、もう多くは望めまい。だから、情報発信をして、消費者から直に仕事を受ける機会を増やせば良いと思う。もし、個人として難しいなら、同業者の集まり・組合でHPなどを作ったらどうだろうか。

需要は少なくなったとは言え、洗張りをして仕立替えを望むお客様は、まだおられるし、それは和装がある限り、無くなることはあるまい。さらに、太田屋さんでは、洗張りの他にスジ消しもしているが、裄や袖丈を直す際には、袖付や肩付、袖下など部分解きをして縫いスジを消さなければ、きれいな仕上がりにはならない。だから、ちょっとした寸法直しでも、欠かせない仕事になる。こう考えると、潜在需要はまだかなり見込めるはずだ。

 

加工の仕事は何でもそうだが、職人によって出来が違う。洗張りは、生地を傷めないように丁寧に解き、一枚一枚丹念に洗っていく。そして、そこで落とせない汚れやヤケは、補正職人に廻して手直しする。腕の良い職人は、品物ごとに違う生地の質を勘案し、汚れを見落とさないように、仕事を進める。

委ねられた品物が、「新しく生まれ変わった」と認めてもらえるように、最善の努力を惜しまない。仕事に向き合う真面目な姿を知っているからこそ、安心して仕事を任すことが出来る。現在、国内には加工の仕事を一括して行う「悉皆工場」があるようだが、そこにどれほどの技術があり、誰の手でなされているのか、その姿は見え難い。信頼に足りうる職人に仕事を出すことは、お客様の信頼に真摯に答えることに繋がっている。

 

加藤くんは私より一回りほど若いが、次の代に仕事を繋げることは、難しいと話す。十年、二十年先、和装を取り巻く環境がどのようになっているかは、わからない。けれども、完全に廃れてしまうことはあるまい。「直したくても、直せない」時代が来ることは、誰も望まないだろう。そうなったら、本当に和装の危機である。

次回は、別の加工職人の観点から、現状と問題について、話を続けることにする。

 

一連の教育改革の一端として、高校の教科書内容も変わるようです。特に国語では、小説や随筆、詩歌など文学的作品が姿を消す一方、代わりに法律や契約を巡る実用的な文章を数多く取り上げるとか。

まあこれは、現代社会の有り様や仕事に即応する、いわば現実的な改革なのでしょうが、何とも味気ないですね。優れた小説や詩に触れることは、豊かな想像力を育み、高校生のみずみずしい感性を養うことに繋がるように思いますが、それが、実生活の上では役に立たないとして、切り捨ててしまって良いのでしょうか。

これは、小学生に英語やプログラミングを学ばせることと、根底では繋がっているのでしょう。おそらく、大企業の経営者辺りの要請を受け入れて、こんな改革になったのでしょうが、国が教育という場を借りて、人の生き方を特定の方向に誘導するというのは、あまり感心しませんね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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