バイク呉服屋の忙しい日々

職人の仕事場から

双子の女の子のために、桜と桃のオリジナル小紋を創る  製作編・2

2019.11 29

呉服屋が扱った品物は、たとえその店が閉じてしまったとしても、お客様の箪笥の中では生き続けている。そして、キモノや帯を取り出さなくても、店名入りのたとう紙を見るだけで、その店のことを思い出すこともあるだろう。

フォーマルな装いとして使うことが多い和服は、節目ごとの思い出と共に生きている。品物の中には、世代を越えて長く使い続けるものもあり、多くの家では、とても大切に保管されている。着用機会は少なくなったが、その価値はまだ認められていると思う。

 

最近バイク呉服屋は、お客様に求めて頂いた品物の行く末と、自分の年齢を重ねることがよくある。そしてそれは、子どもの品物を誂えた時に、特に強く感じる。

例えば、初宮参りに使う産着・八千代掛けを求めて頂いた時は、着用されるお子さんが三歳の時は、自分は63歳になり、七歳では67歳、十三参りでは73歳になるということ。うちでお求め頂く子どもモノは、一枚のキモノを、節目ごとに手を入れて長く使うことが前提なので、特定の年齢に達すれば、そこで必ず祝着としての仕事を請け負うことになる。

こうした条件の下で、お客様に品物を求めて頂いている限り、その責任において、その都度きちんとした形にしなければならず、だからこそ、この先の自分の年齢を考えてしまう。一点の品物に寄り添うというのは、裏を返せば、何があってもその間は、仕事を続けなければならないということになる。

 

御紹介しているオリジナルデザインの桜と桃の小紋とは、今回八千代掛けとして着用した後、13年先までは、どうしても関わらなくてはならない。

品物は生地は切り落とすことなく、中に縫い込みを入れて、次の着用機会に備える。三歳、七歳、十三歳と、これから少なくとも三回は仕立直しをする。そして最後は、肩上げと腰上げを外し、大人モノとしても使うかもしれない。そもそもこの小紋生地は、大人モノと同じ長さがある白生地を使っているので、ある程度の身長までは使うことが出来る。こうなれば、この小紋に関わる時間は、13年では済まされない。

多くの人の思いがこめられた、桜と桃の小紋。私も、二人の女の子の成長を見つめながら、これから長くこの品物に携ることが出来るように、頑張らなければならない。今日は、前回の桜小紋に引き続き、桃小紋の製作編をお話することにしよう。

 

完成した桃の小紋

桜図案の原型は、すでにある染帯の模様を参考にしているので、品物としてどのような姿になるのか、ある程度は想像が付く。しかし桃図案の方は、リアルな品物は全く無く、あるのはバイク呉服屋が描いた下手くそな下絵のみ。もちろん、そのまま使う訳にはいかない。

これを、どのようにアレンジして本格的な図案とするのか。そこはやはり桜と同様に、職人にきちんとした草考を考えて頂かなくてはならない。

 

桜の場合、花と花びらを組み合わせたもので、それぞれの模様の大きさには、それなりに変化が付いている。しかし、桃は実だけをモチーフにしているので、桜よりも単調になりやすい。実の形をどのように工夫するかが、図案創りの重要なポイントになる。

図案は、桜と同様に三種類。丸ごとの実、半分に割った実、そして食べやすいように8分割した実。全体を見渡した時に、図案が一本調子にならないよう、バランス良く配置を考えなければならない。草考では、実の向きを変えることで、図案に変化を持たせる工夫がなされている。

八分割した実は、上下に重ねることで立体的になった。私の原図では、横に二つ並べた形になっていたが、これでは全く面白みに欠ける。同じモチーフを使っても、視点の置き方次第で形が変わる。送って頂いたこの下絵草考を見た時、「あの酷い絵だけで、よくぞこれだけきちんとした図案が描けるものだ」と思わず感心してしまった。という訳で、この草考にそって、品物を製作してもらうこととなった。

 

桃の実を一つずつ、丁寧に糊で伏せていく。生地の長さは、3丈4尺(約13m)ほどあるが、小紋なので当然、反物の端から端まで模様が付いている。普通の小紋ならば型を使うところを、一つずつ手で施す。模様の数が多いだけに手間も掛かり、根気のいる仕事になる。

模様を糊で伏せ、その後に地染めをした姿。この画像が送られて来た時、地色が少し薄すぎたのではないかと、心配になった。もちろんこの色は、バイク呉服屋が決めたもので、職人は私が指定した色見本帳のひと色を、忠実に染めている。微妙な薄さの桜色で、確かに難しい色だが、ここに模様の挿し色を載せると果たしてどうなるのか。

桜小紋も、この桃小紋も、地色を起点として模様の挿し色を考えている。ただ、色を決める時は、見本帳の上だけで色の映り具合を見ているので、実際に生地上で染めてみると、予想と違うことも考えられる。失敗が許されない仕事だけに、極めて慎重に色を選択したつもりだったが、やはり不安がつきまとう。出来上がった姿を見るまでは、とても安心出来ない。上手くいかなければ、全ての責任は私にある。

 

あくまでも優しい桜色に、桃の形をアレンジした図案が反物一杯に広がる、ユニークで可愛い小紋。キモノ図案のモチーフとして、これまでほとんど使われていない桃だが、こうして創ってみると、十分絵になる。出来上がって見ると、花に捉われずに実を使ったことが、何より正解だった。

気になっていた地色の薄さは、こうして模様に挿し色を付けてみると、決して薄くなりすぎることなく、模様を引き立てる品の良い色に染め上がっている。図案それぞれの挿し色と地色とに、微妙な差があり、しっかりと色のコントラストを出している。おそらく、この地色より薄すぎても濃すぎても駄目で、自分ではベストの選択をしたと思う。

大きな実は、サーモンピンク色。これは、桜小紋の地色と同色。そして、葉の若草色も、桜の蕾の茎と蘂の中心に挿した色と同色。二点の小紋に同じ挿し色を使うことで、並んで着用した時に、このキモノ同士の色の相関性が、より双子の姿を印象付ける。

桃の実は、割れ目が付いたお尻は濃く、先端に向かって薄く暈しを施す。先端の色は地色とほぼ同じ。暈しを入れることで、桃特有の柔らか味のある自然な色が映し出される。これも、手挿しならではの模様姿。

半分に割った実。この図案のポイントは、種の赤。この色も、葉の若草色同様に、桜の蕾と花びらに挿した色と同じ赤を使っている。また僅かだが、輪郭に金を引いて、赤い種を強調している。地色と皮、果肉は同系色の濃淡で、色に少しずつ差をつけて表現しているが、この色の差をどの程度とするかが、難しい。同系の色と言っても、見本帳には沢山あるので、その中から何を選択すれば良いのか、とても悩ましかった。

二つの8分割桃は、向きや重ね方を変えただけで、模様のバリエーションが広がる。下の画像では、二切れとも種の赤が見えているが、こうして色の気配も変えることが出来る。作り手がモチーフを多面的に捉えることで、図案は個性的になる。

地色が淡い分、桜小紋よりもおとなしく見えるが、大きな桃の実のサーモンピンク、種の赤、葉の緑と、それぞれが図案の色として、しっかり役割を果たしているように思う。丸みを帯びた桃小紋は、桜よりも幼く仕上がった気がするが、桃子ちゃんは妹なので、これで良かったのかも知れない。

 

八千代掛けとして仕上がった、桃のオリジナル小紋。

優しい色で、ふんわりと赤ちゃんを包みこむ桃の産着。桃子ちゃんが大きくなって、物心がついたとき、この小紋をどのように感じてくれるだろうか。このキモノは、節目ごとにその形を変えて、成長を見守っていくことになる。

八千代掛けを象徴する帽子のところにも、桃が入る。

桜八千代掛けと同様、袖と身頃は、ほぼ同じ位置に模様が入るように、工夫されている。偏りなくバランスを取りながら、模様を合わせていくことは、なかなか難しい。ここでは、和裁士のセンスと技量が試される。

 

こうしてようやく、桜と桃をモチーフにしたオリジナル小紋・八千代掛けが完成した。出来上がった二点の品物をご覧になったご両親は、心から満足されていた。私も、ご両親の傍らにいる桜子ちゃんと桃子ちゃんの姿を見ながら、この仕事を全うすることが出来て、本当に良かったと思う。

依頼されたお客様を始め、この小紋に関わった全ての人に、一つの品物を創りあげた喜びがある。またいつか、こんなオリジナル品を手掛けてみたい。最後に、双子の女の子の八千代掛けをもう一度ご覧頂き、4回にわたって書いてきた今回の稿を終えよう。

 

今回、双子の女の子のオリジナル小紋を創るにあたり、一番頭を悩ませたのは、着姿になった時に、どのように同一性を持たせるかということでした。

双子なので、当然、三歳、七歳、十三参りと一緒に着用することになります。ですので、桜、桃とモチーフは違っていても、二枚のキモノから同じ雰囲気が感じられなければ、並んだ時に、ちぐはぐな印象を残してしまいます。

そこで考えたのが、「挿し色の共通性」でした。桜の蕾と桃の種の赤、桜の茎と桃の葉の緑。全体から見れば、僅かな挿し色ですが、ここを同じにすることで、キモノ同士の距離はかなり縮まると考えたのです。こうして改めて、仕上がった姿を見ると、やはりそれは間違っていなかったと感じました。

 

今、インクジェット等の技術を駆使すれば、簡単にオリジナル品を創ることは出来るでしょう。けれども、一見同じように見えても、人の手による仕事は、作り手の気持ちが、一つ一つの模様と色の中に込められています。

質を尊重すること、それはすなわち、人の技や心を尊重することに繋がります。その意味でも、今回の依頼を頂いたお客様には、心から感謝したいと思っています。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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