バイク呉服屋の忙しい日々

ノスタルジア

手描き京友禅  葡萄・芥子色染分け 秋草に吹寄せ模様 訪問着

2019.09 16

野分のまたの日こそ、いみじうあはれにをかしけれ。立蔀・透垣などの乱れたるに、前栽どもいと心苦しげなり。(枕草子・第200段)

この「野分のまたの日こそ」は、枕草子の中でも有名な段の一つであり、中学・高校の古典教科書の中でもよく取り上げられている。試験になると、「野分」とは何を指すのかと出題されるが、もちろん台風のことだ。

 

著者の清少納言は、台風が過ぎ去った翌日の様子を、「いみじうあはれにをかしけれ」と書いているが、これは「大変趣深く、味わいがある」という意味である。そして野分の残した爪あとを、次のように続けて記している。

大きなる木どもも倒れ、枝など吹き折られたるが、萩・女郎花などのうへによころばひ伏せたる、いと思はずなり。格子の壺などに、木の葉をことさらにしたらむやうに、こまごまと吹き入れたるこそ、荒かりつる風のしはざとは覚えね。

大まかに訳すと、設えた垣根は乱れ、庭の植え込みも痛々しい姿になっている。大きい木が倒れて、枝も風に吹き折られているが、それが萩や女郎花などの上に横たわっているさまは、思いもかけないことである。そして格子の目に、木の葉がわざとらしく細かく吹き入れられているのは、荒い風の仕業とは思えない。

 

確かにこの、秋草の上に散らばっている枝や、風に吹き飛ばされた葉が格子に挟まっている姿などは、台風の翌日でしか見ることは無い。こんな非日常の様子を、清少納言は「をかし=趣深い」と捉えたのであるが、現代に生きる我々からすれば、こんな悠長な平安びとの心持を、到底理解することはできない。

先日首都圏に襲来した15号台風は、千葉県を中心に甚大な被害をもたらした。特に、台風の進行方向の右側に当たった地域では、風速50m以上の猛烈な風が吹き、送電線を敷設した鉄塔や電柱をなぎ倒してしまった。その結果、広範囲に停電や断水が発生し、今も復旧していない地域が数多くある。

台風がどこを通過するか、ほんの僅かなズレで、被害を受ける地域が大きく変わる。今回災害を受けた方々は、本当にお気の毒で、不運としか言いようが無い。一日も早く元の生活に戻れるようにと、ただ祈るばかりだが、ここ数年続いている激しい気象変動は、一過性のものではないだろう。こうしたライフラインが止まる災害は、日本中どこでも起こり得ることであり、平時の備えを決して怠ってはならないと思う。

 

立春から210日、あるいは220日が経った今頃は、最も台風が襲来する時期に当たる。そして、台風が去るたびに空気が入れ替わり、次第に秋に近づいていく。

今は、そんな季節の狭間にあたるが、先日あるお客様から、秋をモチーフにした上質な訪問着をお預かりした。色・図案ともに見事に季節を表現し、それを精緻な技で描ききっている。今日は、この素晴しい友禅の仕事を、ご覧頂くことにしよう。

 

葡萄・芥子染分け 秋草に吹寄せ文様・手描き京友禅訪問着 甲斐市 A様所有

訪問着と付下げは、どちらもフォーマルモノとして使う品物であり、着装の場面はほぼ同じであるが、一般的に、訪問着は模様に嵩があり、キモノ全体を一つの図案として描くことが多い。一方付下げは、図案に繋がりがなく、あっさりとしている。

以前にもお話したが、訪問着と付下げの違いは、そもそも製作する過程が異なるからである。訪問着は、まず白生地を裁断して、キモノの形に仮縫いした上で、下絵を描き始める。このようにキモノの形にすることを、「絵羽付け(えばづけ)」と言うが、予めキモノの形にしてあるからこそ、全体を一枚のキャンバスに見立てて、図案を考えることが出来る。だから、模様に広がりと繋がりが生まれ、華やかな意匠が生まれる。

一方付下げは、絵羽付けにせず、反物のまま仕事が進められる。もちろん図案は、予め身頃や衽、袖、衿にどのように模様を配置するか、設計した上で仕事に掛かる。だが訪問着とは異なり、反物の状態で製作するために、模様の嵩は少なく、あっさりとした意匠になりやすい。付下げには、衿から胸、袖へと模様が繋がる品物が少なく、中には衿に模様の無いものもある。おとなしい意匠が多いのは、そんな理由からだ。

 

自由な発想でデザインすることが出来る訪問着だが、その模様配置はほぼ決まっていて、凡そ定型化していると言っても良いだろう。そして地の色は一色だけか、せいぜい裾にぼかしや同色の濃淡を使うくらいで、色の配置や模様を切り取ったり、染め分けて組み合わせるような品物は少ない。

だが、鎌倉期の直垂や桃山期の衣装には、キモノを左右を半身ずつに分けて、異なった模様の生地を使って誂えた品物が見られる。これを「片身替り(かたみがわり)」と呼ぶが、江戸期の小袖には、この片身替りを思わせる意匠が少なくない。

特に新たな技法・友禅染が始まった元禄期以降は、模様のあしらいに自由度が増したことから、地色を染め分けたり、切り取ったりする斬新な意匠が数多く考案された。上前と下前とですみ分けて、全く違う色と図案をあしらう「片身替り」はもちろん、中には、キモノ全体を真半分にすみ分け、上半身と下半身とで、全く違う図案を表現することもあった。

 

今日御紹介する訪問着は、キモノを鋭角な三角形で切り分け、それぞれに異なる地色と文様を施している。見る者には、強烈な印象を残す大胆で斬新な品物であるが、そのあしらいを見ると、手を尽くした友禅の真髄とも言うべき、精緻な仕事がなされている。では、どのような品物なのか、じっくり見ていくことにしよう。

 

このキモノの大きな特徴は、何と言っても、全体を不規則に四分割して切り取った姿にある。切り取り方は鋭角な二等辺三角形だが、均等ではなく、片身替りや、上下で分けるような、すっきりとした形にはなっていない。

そして切り分けた四つを、二つの色に分けた上、その図案のモチーフもすみ分けている。地色として使っている色は、葡萄色と芥子色。葡萄色は、その名前の通りに「秋」を想起させる色だが、平安王朝の時代から、高貴な人達に愛された色でもある。

枕草子の83段・「めでたきもの(素晴しいもの)」の中には、「葡萄染の織物。すべてなにもなにも、紫なるものはめでたしこそあれ。花も糸も紙も。」という記述があるが、古来より高貴な色とされていた紫が、いかに尊ばれていたのかが判る。蛇足だが、この葡萄を思わせる紫染めを、葡萄染(えびぞめ)と呼ぶが、この色の材料は葡萄ではなく、紫草に酢と灰を使って色を出したもの。もう一方の芥子色も、色づく葉を思い起こすことから、やはり秋のイメージカラーと言えよう。

 

着姿から目立つ上前の衽と身頃の一部は、芥子色。上前身頃から後身頃には、逆三角形に葡萄色が入り、続いてまた芥子色となる。目立たない下前身頃と衽は、葡萄色。

このキモノの前姿を作ってみた。剣先のやや上から衽と前身頃の裾に向かって、三角形に芥子色・秋草模様が付いている。面白いのは両袖で、長方形の左右の袖はほぼ真半分に分割され、二つの色を対比させた三角形になっている。また胸と衿は、葡萄色。

この図案構成を見る限りでは、芥子色が主役で、葡萄色が脇役になっている。従って、芥子色にあしらわれた図案・秋草模様が、このキモノのモチーフと考えられよう。

 

後身頃の芥子色・秋草模様。萩・桔梗・撫子・女郎花・葛・尾花(薄)・藤袴の秋の七草が、オールスターキャストで描かれている。また、菊と芙蓉も賛助出演している。

秋草は、万葉集に収められた山上憶良の歌・「萩の花、尾花葛花なでしこの花、をみなへしまた、あさがおの花 (巻8・1537)」を発祥としていることはよく知られているが、キモノや帯の意匠の中で使う場合は、この花の中からいくつかをピックアップして、寄り添うようにあしらわれることが多い。もちろん、本来は秋を表現するものだが、秋草を構成する花々は、季節を先取りして、夏薄モノや浴衣の図案にも良く使う。

 

上前から後身頃にかけて付いている秋草模様。撫子・藤袴・萩・桔梗の姿が見える。では、どのようなあしらいを施しているか、花ごとに見てみよう。

 

遠目から見ればさりげない撫子の小花でも、近接してみると、そこには手を尽くした刺繍のあしらいが見える。白と紅藤色の花弁は、双方共に模様を立体的に表現する技法・刺し繍を使っている。しかも、一色だけではなく、金糸を併用することで、模様に陰影が付いている。全体から見れば、ほとんど気に留めることもない小さな花にも、これだけ丁寧な仕事を施している。

上が女郎花で、下が藤袴。女郎花の中に付いている金の点は、判り難いが繍である。この技法は、点を表すときに使う・変わり格子繍で、このように図案そのものを表すというよりも、模様を表現する中で補助的に使うことが多い。

藤袴を見ると、こちらも、水色や藤紫、臙脂色の刺繍でハート型の小花を表現している。そして花の先には、二本のヒゲのようなものが見える。これがこの花の特徴でもあるが、そんなごく小さなところにさえ、銀糸で繍を入れている。これは、線を表す時に使うまつい繍だが、よくぞここまで丁寧な施しをしたと、ついぞ感心してしまう。

品物を見る時、模様の細部にどれだけ手を掛けているかで、その質が理解出来る。この訪問着のように、微に入り細にわたってこれだけ技を駆使したものは、なかなかお目にかからない。

芙蓉と菊の花。秋の七草には入っていないが、どちらも秋に咲く。ここにも、細やかな刺繍の表現が見える。ベージュ色の芙蓉は、輪郭が駒繍で花芯はまつい繍。紫色の菊は、花弁と花芯に縫い切りを使っている。また、刺繍を使わない花にも、部分的に繍を入れているので平板にはなっていない。

そして、図案の基礎となる輪郭・糸目は、葉の形や葉脈を見ると、どれ一つとして同じではないばかりか、自然な揺らぎやブレも見て取れ、これが人の手による仕事だとはっきり理解出来る。

 

上前身頃から後にかけて、葡萄色・逆三角形の切り込みがあるが、模様は吹寄せ。これは、様々な落ち葉が地面に吹き集められた姿を、文様化したもの。吹寄せを構成するものは、楓・銀杏・松葉などが一般的。風に飛ばされた葉は、否応なく秋の深まりを演出してくれる。

丁寧に色挿しされた楓と落葉。模様の中にある葉の色目は、やはりすべて違っている。一枚ごとに挿し色を工夫し、深みのある模様姿とする。ここに手描き・手挿し友禅の美しさがある。

松葉には、糸目だけで模様を表現した「白上げ」を使う。散り落ちた松葉が一本ずつ解けた姿を図案化しているが、吹寄せ文の中で使う松葉は、ほぼこのように彩色の無い白上げになっている。

 

色は、芥子と葡萄。模様は、秋草と吹寄せ。どれも、秋を演出するに相応しいものだが、キモノ全体を、こんな構図で表現しているものは、稀であろう。そして、この訪問着の本当の価値は、モチーフや図案の斬新さもさることながら、これを手を尽くした仕事で表現していることに尽きる。

画像と共に御紹介した技は、全体から見ればごく一部であり、実際には、これが全ての図案に手を抜くことなく施されている。まさに気の遠くなるような仕事と言えよう。

お客様の話では、この品物を求めたのは30年以上前というから、これは昭和の友禅になる。上質な仕事を施したものは、何年経とうが色褪せることはなく、それどころか輝きは増すばかりだ。この先、こうした手描き友禅をどれだけ作ることが出来るだろう。稿を書き上げて、そんな懐疑的な思いになった。最後に、もう一度品物を見て頂こう。

 

野分のまたの日こそ、いみじうあはれにあやしけり。JR・地下鉄などの乱れたるに、通勤者どもいと苦しげなり。大きなる木どもも倒れ、枝なども吹き折られたるが、線路などのうへによころばひ伏せたる、いと思はずなり。

及びもせぬ風のしはざにとまどい、そのつくろひにわずらふ、鉄道会社のものども。然りては、そのつくろひの遅さに、まどはされるものども。さらには、業を休めとは決して言はない、会社をいとなむものども。どれも、すさまじきものばかりなり。

けふも、終いまで読んで頂き、かたじけなし。

 

 

 

 

 

日付から

  • 総訪問者数:1068101
  • 本日の訪問者数:92
  • 昨日の訪問者数:677

このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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