バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

1月のコーディネート  モダンな松の緑で、新しい春を迎える

2019.01 27

名前は、一生その人について廻るものだけに、命名する時には、あれやこれやと悩む。昨今は、出生前に性別を知ることが出来るので、男女どちらかに絞って名前を考えれば良いのだが、それでも難しい。役所へ出生届を出す期限は、二週間と決まっており、どうしてもその間に決める必要がある。

名前には流行があり、それとともにその人の生まれた時代背景を、知ることが出来る。明治安田生命が調査している「子どもの名前ランキング」よれば、昭和が始まった1926、7年、男の子の名前の第一位は昭・昭一で、女の子は和子。これはすぐに、昭和という年号から取ったものと、判る。1937(昭和12)年以降になると、男子は勝や勇、進などが上位に入り、明らかに戦争を意識した名前が増えてくる。だが、戦後の1946(昭和21)年になると、これらの名前は一挙に姿を消す。

 

私の名前・茂は、呉服店を創業した祖父が付けた。姓が松木なので、松の木がすくすくと茂って大きくなるように育て、という思いがあったそうだ。跡を継いだ私は、体はそれなりに大きくなったものの、経営者として、店を大店に成長させたとは、とても言い難い。だが、木は何とか枯らすことなく、暖簾を守っているのだから、どうにかそれで許してもらいたいと思う。

茂は、私が生まれた昭和34年当時、ありきたりな名前の一つだった。1951~54(昭和26~29)年には、男の子の名前ランキング・第一位に輝いているほどで、つまり、この時代に最も流行っていた名前ということになる。

では、なぜ茂がもてはやされたか。これは、やはり「吉田茂」にあやかってのことと、考えられる。吉田は、昭和20年代に五度にわたって総理大臣を務め、その間には、新憲法の制定や、日米安全保障条約の締結など、戦後の日本を復興させ、新しい国としての礎を築いた。吉田の葬儀は、国葬として執り行われたが、これが戦後唯一の国としての葬儀であった。このことからも、この人物の存在がいかに大きいものだったかが、判る。その後、子どもの名前ランキングには、首相の名前にあやかったものは、全く出て来ない。

 

さて、私の苗字でもある松の木は、四季を通して緑を絶やさず、新年の門松にも代表されるように、古来から神聖視されていた特別な樹木である。そしてもっとも日本的な植物図案として、これまで多彩な姿でキモノや帯に表現されてきた。

そこで今年最初のコーディネートとして、吉祥植物の代表格・松をモチーフにしたキモノと帯を使って考えることにしたい。古めかしいイメージのある松という図案を、どのように工夫して個性的な着姿に仕上げたのか、ご覧頂くことにしよう。

 

(浅緑色 市松松葉ぼかし模様・小紋  白茶色 松竹梅蔓文様・九寸織名古屋帯)

松は、古来中国においても、酷寒に耐え、常に緑を保ち続ける気高い植物として、尊重されてきた。その姿から長寿の印として神聖視され、象徴的な吉祥植物と位置付けられたのである。文様が伝来してきたのは飛鳥・天平期だが、その頃は隋や唐の影響を受けて、単独で描かれることより、山水文様の中に描かれることが多かった。

平安中期になると、松は日本独自の和文様として様々に意匠化され始める。年月を経た大木に苔がむした姿を表した「老松(おいまつ)文」や、枝葉を三層に重ねて、左右にずらした「三階松文」、生え始めたばかりの若い枝葉を描いた「若松文」など、樹木全体がイメージされるもの、枝葉を切り取って図案化したものなど、その形状は多岐にわたった。

また、単独で図案となるばかりでなく、他のモチーフを組み合わせて、一つの文様となった。縁起の良い松は、その意味するところからも、吉祥文様を構成する代表的な要素となる。竹と梅を合わせた松竹梅文や、若い松枝を咥えた鶴を描いた松喰い鶴文は、今もおめでたい文様として、多くのキモノや帯図案に使われている。

そんな松文だが、文様の歴史的な経緯から見れば、どうしても「堅苦しいイメージ」がつきまとう。無論、気高く格調のあるモチーフなので、格の高いフォーマルモノの黒留袖や色留袖、袋帯に使われることが多い。けれども、そんなありきたりな姿では、品物として面白みが出ない。特に小紋のようなカジュアルモノでは、堅苦しさを感じさせないデザインの工夫が欠かせないだろう。

今日ご紹介するキモノは、松らしからぬ意匠で、モダンな姿を演出出来る品物である。

 

(浅緑色 市松松葉ぼかしと松葉菱融合文 小紋・松寿苑)

松寿苑が作る小紋には、幾つかの文様を融合させ、仕立て上げた時には、全体を統一した一つの図案として見せるような、デザイン力に優れた品物が良く見られるが、この小紋もそんな中の一つ。

図案を構成している主模様は、対角線上に並んだ井桁菱だが、その菱の中身は松葉、いわゆる松葉菱である。この一つ一つの菱形の向きは正方形になっており、これが無地場と互い違い並び、市松文にもなっている。文章で説明しても判り難いので、後で文様を拡大した画像と、キモノとしてどのような姿になるのか、柄合わせをした画像をご紹介しよう。

地色は、淡く白みのある緑色。青磁色より少し深いが、霞が掛かったようにおぼろげに優しいこの色を、浅緑色と呼ぶ。柔らかみのあるこんなパステルカラーは、優しい着姿をイメージさせる。もちろんこの地色は、モチーフである松の緑を意識している。

四つの松葉菱が、井桁状に連続して並んでいる。木組みの井戸の縁を上から見た形を図案化したものが、井筒文と井桁文だが、形が「井の字」のように正方形のものが井筒文で、この図案のように斜方形になっているものが、井桁文。この二つの文様は、混同されることが多い。

松葉菱を拡大してみた。淡い黄色でぼかされた図案の真ん中には、青緑のターコイズグリーンで色挿しした松の実を配している。この小さな点が、松であることを印象付けている。全体が淡い色で支配されている中で、この松の実は目立つ。

この反物を横から見ると、図案と空白になっている地の部分が、互い違いになっていることが判る。これは、市松文の体裁である。では仕立の際の模様合わせがどうなるのか、試してみよう。

図案を繋いで、模様を合わせてみた。上前のおくみ・身頃や背の中心はもちろんのこと、脇や衿から肩、袖と続くところなど、キモノ全体がこの姿で統一されなければならない。どこか一ヶ所でも模様がズレてしまうと、着姿のバランスが崩れる。

真ん中の筋が、模様の繋ぎ目。市松を揃えるだけでなく、井桁の斜のラインもきちんと合わせなければならない。こんな図案では、和裁士のきめ細かい仕事が必要となる。

昨年の秋には、菊をテーマにして、菊にして菊ならざる模様の訪問着と帯をご紹介したが、今回の松は、カジュアルな小紋だけに、より遊び心を感じるモダンなデザインになっている。では、この「松ならぬ松文のキモノ」には、どのような帯合わせをするべきか。古典的な図案で引き締めるか、あるいは、思い切り楽しめる模様で個性的な姿にするか。二通りの帯を考えてみよう。

 

(白茶色 松竹梅蔓模様 九寸織名古屋帯・川島織物)

松を意識させないキモノ図案とは異なり、いかにも古典的な松竹梅模様の帯意匠。蔓の中に松竹梅をあしらっているので、模様全体が流れのある図案になっている。地色はおとなしい白茶色で、蔓が金、松葉の一部が薄茶、梅花と松の実が白。

また、松葉は松葉色で、笹は若竹色でと、それぞれリアルな色を使っているため、織帯ながらも、写実的なイメージが残る配色になっている。この緑系二色が、この帯のポイント。

この名古屋帯は太鼓柄だが、お太鼓と前が同じ図案。染帯の場合は、お太鼓と前それぞれに別の図案を付けるのがほとんどだが、織帯の場合、前と太鼓で図案を変えるとなると、新たに紋図を起こす手間が掛かるので、この帯のように、同じ図案を重複させることもある。

では、この手堅い松竹梅の織名古屋帯と小紋を合わせてみよう。

これはやはり、松の緑を意識した「色合わせ」のコーディネートかと思う。モダンな幾何学図案の小紋に対して、帯はオーソドックスな伝統模様。松という同じモチーフを使いながらも、実に対照的な図案である。ただ、双方に共通するのが緑の色。色を合わせることにより、馴染む組み合わせとなりうる。

帯〆・帯揚げの色は、キモノ地色の浅緑色を使ってみた。色を視点にして合わせを考えると、緑系色以外の小物は使い難いかもしれない。

帯〆の色を、緑系でもやや黄味掛かった鶸色に変えてみた。キモノの松葉菱にあしらわれている黄色ぼかしを意識して合わせてみたが、こちらの方が着姿に柔らかい印象を与えるだろう。(帯揚げ・加藤萬 帯〆・二本とも龍工房)

 

(白鼠色 ウィリアムモリスシリーズ オレンジの木 袋帯・紫紘 売約品)

もう一つ、最初の松竹梅とは全く異なる雰囲気の帯合わせを、考えてみた。19世紀末、生活と芸術の一致を目指し、美術工芸運動(アーツ アンド クラフツ運動)を起こしたウィリアムモリス。紫紘では、彼が描いた壁紙やステンドグラスの図案を帯のモチーフにしている。このオレンジの木も、その中の一つ。

帯幅いっぱいに埋め尽くされる枝と葉。その中に、僅かに白い小花とオレンジの実があしらわれている。この帯を特徴付けているのは、たった一つだけあるオレンジの実。一つだけというのが、帯姿にインパクトを与える。この帯は、太鼓柄の袋帯だが、お太鼓と前とでは図案が違う。こちらは、紋図を変えて織り出した品物になる。

密生した葉の中に、ポツンと一つあるオレンジ。これをパステル色のキモノに合わせると、より印象深くなる。キモノ、帯双方の色調は緑系だが、はっきりとコントラストを付けることが出来る。帯の密集した図案も、くどさを感じさせない。モダンな小紋を、モダンな帯で装う。先ほどの古典的な松竹梅帯とは対照的な合わせ。

小物は、オレンジの色に合わせてみる。帯揚げは、柔らかい橙色と淡い浅緑色の二色ぼかし。帯〆は、帯のオレンジ色より濃い朱。同系で小物をまとめる場合、帯〆の色をもっとも濃くすると、全体が引き締まる。(帯揚げ・木屋太 今河織物 帯〆・龍工房)

 

今日は、初春の植物模様として最もポピュラーな松文と、その緑色に注目して、コーディネートを考えてみた。松が持つ堅苦しいイメージを、少しは払拭出来たように思うのだが、如何だっただろうか。今年も、季節に応じた品物を使い、出来る限り斬新なコーディネートを試みたいと思う。皆様には、ぜひ楽しんで頂きたい。

最後に、今日ご紹介した古典・モダンの二通りの帯合わせを、もう一度どうぞ。

 

昭和30年代には、女の子の名前のほとんどに「子」が付いていました。恵子・陽子・幸子・由美子などが、名前ランキングの上位を占め、子以外では直美があるくらいです。特に私が生まれた昭和34年には、美智子がランクイン。これは、この年にご成婚された皇太子妃・正田美智子さま(現在の皇后陛下)の名前を頂いたということになるのでしょう。

それが、平成になると「子」はすっかり影をひそめ、今やクラスの中に一人もいないことも、珍しくありません。

バイク呉服屋はへそ曲がりなので、女の子が生まれたら絶対に子を付けると決めていましたが、まさか立て続けに三人出来るとは、思っていませんでした。ですので、長女の名前こそ熟慮したものの、後の二人は「流れ」で決めてしまいました。数年前に流行った相撲の八百長メールの会話風に言えば、「最初の子はしっかりと考えて、後は流れでお願いします」ということになります。

その結果、次女や三女に関しては、一生ついて廻る名前をその意味もほとんど考えずに決めてしまいましたが、案外上手くいったのではないかと自負しております。やはり私は、基本的に「いい加減な性格」ですね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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