バイク呉服屋の忙しい日々

職人の仕事場から

誰が、技を繋いでいくのか(後編) 賃機制度をどのように見直すか

2017.10 29

新聞記者にとって、記事を書く上で最も重要なのが、「裏を取る」ことだ。これは、報道する内容が真実か否か、証言者から確固とした言質を取ったり、証拠となるものを確認することを意味する。裏付けが無ければ、安易に情報を流さない。これは、読者はもちろん、社会全体が持つマスコミへの信用を汚さないためのルール。真実だけを伝えることが、報道する側の最大の責務なのである。

しかし、インターネットで飛び交う情報には、何が真実で何が嘘なのか、よくわからないものがある。これは発信者が、裏取りを疎かにしていることはもちろん、その匿名性にも、大きな原因があるだろう。

 

誰でも発信者になり得るツイッターなどは、手軽にリアルな情報を発信できる便利なツールだが、発信できる文字数はわずか140文字。短文の中に情報を詰め込もうとすれば、どうしても内容を省略しなければならず、いわゆる「ワンフレーズ」に集約されかねない。これでは、どこまで正確に情報を伝えることができるのか、疑問が残る。

そして、言葉の使い方を誤ると、発信した内容が自分が意図したこととは違う方向に誤解され、批判を受けたりする。そして恐ろしいことに、その批判は連鎖し、あっと言う間に「炎上」する。

たった一言の呟きが、その人の人間性までも破壊してしまうこともある。ネット社会は、そんな恐ろしさを秘めていると、自覚するべきであろう。不特定多数の人に、簡単に情報を流せるという便利な道具は、それ相当のリスクが潜んでいるのだ。

 

さて、この「誰が技を繋いでいくのか」の稿を書き始めたのは、一人の西陣織職人がツイッターで発信した内容が多くの人に批判され、炎上したことが契機となっている。

「脈々と続いてきた織技術を誰かに残したい」、彼はその一心で職人を募集したのだが、半年は無給で、その先の仕事の有無は保証できないなどと書いてしまったので、世間から「ブラック」と烙印を押され、批判を受けた。

けれども、このツイッターの短文の中には、西陣だけではなく、業界全体が抱える問題を多く含んでいる。それは、世間からは全く判り難いことであり、業界では「見て見ぬ振りをしていること」だ。そこには、作り手の後継者不足や低賃金労働、さらにその背景にある歪んだ流通体系などが透けて見える。これらは、伝統産業を自負する呉服業界で生きる者なら、誰もが問題意識を持つべきことと思う。

 

前回の稿からは、かなり時間が経過してしまったが、今日はこのテーマの最後として、織職人たちが置かれている厳しい現状を、今後どのように改善したら良いのか、小さな小売屋の立場から考えてみたい。もちろん現状を考えれば、実現することは難しく、空論であろう。だが、私が理想とするところをお話してみよう。

 

西陣手織協会で発行している手織り帯であることの証明書・手織の証。

先日、京都のある染メーカーの社長と、職人の分業制度について話をしてみた。このメーカーは、数はそれほど多くはないが、絵羽モノや付下げ、小紋、長襦袢などを自社製作している。

無論この会社も、自分のところで社員として職人を抱えている訳ではなく、プロデューサーの役割を果たしているだけ。実際の仕事は、ディレクターである悉皆屋(染匠)の親方の所へ持ち込んでおり、そこから、各々の職人へ分散されていく。いわば、伝統的な「分業システム」に則って、モノ作りが進められている。

この社長も、職人の高齢化と後継者不足という厳しい現状は、重々承知をしている。この問題が近い将来、モノ作りに大きな影響を及ぼすことも、容易に予測出来ると話す。けれども、具体的にどのような解決策があるかということになると、答えは出てこない。これは、このメーカーに限らず、モノを作っている会社なら、どこでも同じらしい。

話の中で、一番問題になる点は、従来の分業システムにあるという。これは、西陣の帯も京友禅も同じである。染、織ともに、一つの品物が完成するまでに、多くの工程を経る。そこには、その仕事のスペシャリストと言うべき職人が存在し、品物は職人の間をぐるぐる巡っていく。

 

さて、その分業で成り立つ西陣織や京友禅ではあるが、職人それぞれには、所属している組合がある。西陣織を統括しているのは、メーカー各社が会員として加盟する西陣織工業組合であることは、ご承知の通りだ。では、帯の製造に関わる職人達の組合は、どのような組織になっているのか。

帯を織るにあたって、まず考えなければならないのは、どのような図案にして、どんな色、また性質の糸を使って織り上げたらよいのかということだ。この、帯の設計図=紋意匠図を描く職人が所属する会社・個人が加盟しているのが、西陣意匠紋紙工業組合である。半世紀ほど前までは、膨大な紙媒体を使って紋図を起こしていたが、現在はデジタル化され、一枚のフロッピーデイスクで完結するようになった。

また、帯の原料である糸をコーティングする職人の組合もある。京都金銀糸工業組合は、金銀糸を加工する会社が所属する団体で、現在33社が加盟している。金銀糸には、和紙に箔を押して製造する本金糸と、ポリフィルムに色を蒸して吸着させて作る糸とがあるが、いずれにせよ金銀糸の生産に携っている。

この金銀糸を生み出すためには、箔押、蒸し、裁断、着色、撚りと様々な工程があるが、そこにも専門の職人を有する会社・個人の存在がある。金銀糸全ての工程を含めた、いわゆる一貫生産をする会社もあるが、多くは工程ごとに存在する専業の会社へ仕事を出す。原料の金銀糸一つを作ることもまた、分業なのだ。この工程ごとの仕事を請け負う会社・個人が所属しているのが、京都金銀糸振興組合。現在の加盟社は35。組合のHPを見ると、加盟している会社は、箔押部・着色部・スリッター(裁断)部・丸撚部など、工程別の部会に分けられている。

 

紫紘の織場にある巨大なジャガード機。糸が出来上がり、織り作業に入る前の準備工程として、整経と綜絖がある。

整経(せいけい)とは、精練された糸を、帯に必要な長さと巾に均一に揃えて、ドラムに巻き取った後、千切(ちぎり)と呼ぶ円柱状のものに巻き取る作業。ほとんどの場合、この仕事も専業とする職人に委託される。この職人は多くが個人経営で、西陣整経組合という同業者団体に所属している。

また、綜絖(そうこう)は、「西陣織工程の肝」とも言うべき大切な作業。上のジャガード機でも判るように、何千本もの経糸があるが、織作業の前には、帯の模様に合わせて経糸を引き上げ、緯糸の通る杼の通り道を作らなくてはならない。そのため、数千本もの経糸の長さを揃え、一本一本結んでいく。その後経糸は、決まった巾の筬(おさ)に引き通される。筬は、薄い竹の間に糸を通すことで、糸の並び方を一定に整える「櫛」のような役割を果たしている。これにより、緯糸を手前に打ち込んで、織り上げることが出来る。もちろん、この重要な綜絖工程にも、専門とする職人があり、仕事が発注される。この職人達の組織が、西陣織綜絖組合である。

 

これまで、一本の帯を製作する分業の工程を辿り、そこに存在する職人集団と組合の存在があることを記してきた。では、最終段階として肝心な帯を織る工程は、どうなっているのか。

メーカーでは製織を、自分の会社内で織職人を社員として雇い、織作業を行う・内機(うちばた)と、外注に任せる出機=賃機に分けている。これまで話してきたそれぞれの工程も、外注に出すことがほとんどであり、帯を織る作業も同様に、内機は少なく、出機に任せることの方が多い。

ツイッターで物議をかもした織職人も、メーカーから委託を受け、出来高払いで仕事を請け負う出機(賃機)職人の一人だ。この賃機職人達には、他の工程の職人と、決定的に環境が違うことがある。それは、組合が無いこと。つまり、賃機職人同士の横の繋がりが無く、それぞれ孤立した存在になっているのだ。

 

もし、賃機職人にせめて組合があれば、団結して低賃金の仕事に異議ををとなえることも出来よう。そして、条件闘争に持ち込むことも出来るかもしれない。だが現在のように、同業組織を持たない個人経営では、メーカーの無理な要求に抗うことは、非常に困難である。それだけ、弱い立場に追いやられている。

織仕事だけでは、生活が苦しく、他にアルバイトをしなければ生きてはいけない。最盛期に比べれば、帯そのものの生産本数は激減しており、それだけでも苦しいのに、その上織工賃まで不当な低価格に抑えられてしまっては、どうにもならない。最初のこの稿でもお話したように、今の工賃は、現在仕事をしている職人の平均年齢が75歳であり、すでに年金が支給されているからという、きわめて身勝手なメーカー側の考えで設定されていることが多く見受けられる。

これでは、何のために織り仕事をしているのか、わからなくもなろう。そこから、生活の糧を見い出すことは、非常に困難である。こんな状況では、自分に子どもがいたとしても、後を継がせようなどとは、考えもしないだろう。

 

では、この苦しい環境を少しでも変えるには、どうすれば良いのか。それは、何はともあれ、職人同士が結束することだと思う。組合を作り、団体で価格交渉をする。賃機といっても、力織機を使うところ、手機のところ、つづれ機のところ、と織工程に違いはある。だが、メーカーから仕事を請け負っていることに変わりはない。

もっと劇的に変えるのなら、組合ではなく、会社組織としてまとまってしまうほうが、早いかもしれない。例えば社名を、「西陣請負機工業」などとして、今存在している個々の賃機職人は、そこの社員となる。そうなるとメーカーは、現在のように、個別に仕事を発注することが出来ず、必ず、この会社を通さなければならなくなる。

織工賃は、この織職人集団の会社と、メーカーという、いわば会社同士の交渉となる。個々の賃機職人は、自分の立場を強くすること以外に、今の状況を抜け出すことは無理である。それぞれの個人の事情はあるだろうが、まず何より「大同団結」する必要があろう。

 

職人会社の設立は、織工賃の改善以外にも、メリットは沢山ある。それは、社員となった働き盛りの職人に、より多く仕事を回して、沢山給料を取ってもらうことも出来るということだ。

現在の職人平均年齢が75歳で、そもそも若い世代の職人は少ない。ベテラン職人にも、仕事が出来るうちは、社員としてこの会社に入っていてもらうが、実際に機を動かすことよりも、技術指導という立場で、会社に貢献してもらう。そして、働き盛りで生活のかかる若い世代には、手厚い給料を、ベテラン達には、少し抑え目に給料を払う。

ベテランと若手が一体となって会社で仕事をすれば、そこは、高い技術を継承する場ともなり得る。生活の安定と技術の継承という今の課題を、一挙に解決出来る可能性を秘めているのではないだろうか。

 

この「会社化」は、賃機職人ばかりではなく、数が少なくなっている整経や綜絖職人でも、同様に考えられよう。双方ともすでに組合があるのだから、これを会社化してしまうことは、賃機よりも実現性はあるだろう。(それでもハードルはかなり高いが)。

個々の職人が、メーカーから直接仕事を請け負うという、これまでの分業の慣習に任せたままでは、いずれどうにもならないところに追い込まれる。個人では、将来が見通せない現状だと、いつ仕事を辞めてしまうかわからない。分業という形態は変わらずとも、職人が一つの塊となって、仕事を請け負うならば、それは職人個々の立場を強くし、仕事の継続にも繋がるように思う。

 

本来は、メーカーが全ての工程の職人を社員として雇い、一貫生産出来たならば、こんな問題は生まれてこない。だが、職人達が独立したそれぞれの持ち場で技術を磨き、仕事を請け負ってきた分業制度は、効率的にモノ作りをするために考え出された、西陣の智恵であった。

すでにメーカーの力は衰え、社員を抱える余裕は、ほぼ無い。とすれば、分業制度を残しつつ、職人を維持する道を考える以外に、方策は無いだろう。現状のまま朽ちていくことを、「時代の流れで仕方が無い」と為すがままにしていれば、何も解決しないことだけは間違いない。

 

現在、どの工程に置いても、西陣の職人が請け負う仕事は減っている。メーカーは、より安い工賃で仕事を請け負う、丹後地域への仕事を増やしている。特に賃機には、その傾向が強い。帯一本を織り上げて、工賃が千円にも満たないといった耳を疑うような話も、漏れ聞こえてくる。

こんな現状を考えると、賃機職人をこぞって集め、会社組織にするなど、夢のまた夢であろう。何とか業界の中から、危機意識を持って、現状を打破しようとする人物は出てこないものか。我々のような立場では、そんな淡い期待を持つより、方策は見つからない。

 

かつて西陣は、賃機職人の家の隣に、図案師の仕事場があり、その隣には、綜絖職人の家が軒を並べるというように、様々な職人が混在して町が出来ていました。それは、西陣全体が、一つの工場となっていた証とも言えましょう。

分業は、個人単位で仕事を請け負うという、小規模で零細な形態を継続させてきました。メーカーが仕事を出していた所は、ほとんどが代を繋いで人間関係を維持してきた、職人個々です。まさに仕事のやり取りは、長年培われてきた信頼を土台にしてきたのです。

この人間くさいやり取りこそが、西陣織を今に残す原動力でした。そして、西陣の町姿は、この分業の形態を如実に示していました。今、職人の仕事場だった西陣の町屋は、一軒また一軒と姿を消しています。中には、観光客向けのお洒落なカフェや雑貨店に、姿を変えている家もあります。

 

こんな現状は、消費者の方々からは、ほとんど見えてこないでしょう。煌びやかな帯だけを見ていれば、西陣の生産現場のことを伺い知ることなど、到底不可能です。ですが私は、こんな「陰」の部分があることを、ぜひ皆様に知って欲しかった。

僅か数文字でつぶやかれた賃機職人の言葉には、彼の仕事を取り巻く厳しい環境が、隠されています。それを知らずに、言葉尻を捉えてただ批判をするだけでは、本質が見えてきません。

簡単に情報発信できる今の社会ですが、どんなことでも、一度立ち止まって熟考すること、そして自分で裏を取り、何が真実なのか深く知ることが必要ではないでしょうか。日常の中で、「情報を鵜呑みにしない」ことは、私自身も自戒したいと思います。

今日も、長い話にお付き合い頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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