バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

オリジナルな江戸小紋を誂える(後編) バイク呉服屋で、仕立る

2017.10 13

朝、自宅の玄関を開けると、芳しい薫りが鼻をくすぐる。庭の金木犀の花が咲き始めたと、すぐわかる。年によって多少差はあるが、10月の第一週には、小さな橙色の花を付け始める。風に乗って漂う甘い香りは、毎年秋の深まりを感じさせてくれる。

この時期、暦の上では「寒露(かんろ)」にあたる。霜が寒さで凍りつく頃とされているが、先週の連休の頃は30℃を越える暑さで、とても霜など降りそうに無かった。最近は温暖化の影響からか、暦にふさわしい気候にはなってくれない。過ごしやすいはずの秋と春が、以前よりかなり短くなったように思える。

 

10月・神無月(かんなづき)は、名前の通り、神がいない月。どうして神様がいなくなるかと言えば、出雲の国で年に一度だけ開かれる「全国神々の集い」に参加しているからである。

集会を催す出雲大社の祭神は、大国主大神。この神様は、以前から土着していた国津神で、天から降臨した天津神・天照大御神に、この国を禅譲した国譲りの神である。この大国主神は、自分の子どもにあたる神を、全国各地に派遣して、その地を守らせている。その神々を自分の所に集わせ、「人々の縁を結ぶこと」を主題にして会議を行う。これが10月の「神議(かみはかり)」である。

この集会は毎年、旧暦の10月11日~17日(今年は、11月28日~12月4日)に開かれる。この期間中、到着した神々を迎える「神迎祭」や、神議をする「神在祭」、さらに神を送り出す「神等去出祭」など、様々な祭事が挙行される。

 

この集会のために、多くの神々は、自分の守る土地を留守にするが、その間に何か不測の事態が起こっては大変である。そこで、留守番が必要となる。この重要な任務を預る神が、恵比寿サマ。右手に釣竿、左手に鯛を抱えた福々しいお顔のあの方だ。その姿からも判るように、元々は漁の神であり、五穀豊穣を司る神でもある。

なぜ、この神様が留守番役に選ばれたのか、諸説あるようだが、本当ところはよくわからない。バイク呉服屋には、収穫の神・恵比寿サマが、秋の収穫最盛期に、土地を空ける訳にはいかなかったからと思える。

 

そんな留守番神・恵比寿サマのお祭りが、この10月に各地で開かれている。いわゆる「恵比寿祭り・恵比寿講」だ。収穫の感謝はもちろん、商売繁盛を祈願する祭りとしても知られている。

私が仕入れに歩く、東京・日本橋の呉服問屋界隈にも、恵比寿サマをまつる神社がある。小伝馬町の交差点から、少し西へ入ったところにある「寶田(たからだ)恵比寿神社」。毎年10月19日・20日に開く祭礼は、「ベッタラ市」の名前で、多くの人に馴染まれている。この祭りの露店で、ベッタラ漬け(飴と麹で漬け込んだ大根。やたらとベタベタする漬物)を買えば、福がベッタリと張り付くらしい。

普段は参拝する人も少なく目立たない社だが、この祭りの時は、大勢の人で賑わう。近隣の呉服問屋の人々も、商いの成功を祈願して、大勢参拝に訪れ、問屋街の秋の風物詩となっている。

 

さて、今日は前回の続きとして、依頼を受けた誂えの江戸小紋が、どのような形で仕上がったのか、ご覧頂こう。製作したのは、寶田恵比寿神社が建つ日本橋本町の隣町・小舟町の老舗、竺仙である。

 

染め上がった紫苑色・麻の葉向かい鶴模様 江戸小紋

8月上旬、予定より一週間ほど遅れて、店に品物が届いた。竺仙の担当者・近藤くんによると、染の最終段階「地直し」が少し手間取ったとのこと。この地直しというのは、型を継いだ時にどうしても出来る「継ぎ目の跡」を修正する仕事で、これを上手に直せるか否かで、品物の出来が決まる重要な役割。おそらく、オリジナルな誂え注文品ということで、気を遣って、特に慎重な計らいをしてくれたのだろう。

反物に染め上がり、改めて全体を見渡すと、この麻の葉向かい鶴は、模様一つ一つが、ポピュラーな江戸小紋より大きい。江戸小紋の図案は、鮫や霰、菊菱、お召十などに代表されるように、極々小さな模様を羅列して、型を起こしている。この微細さが、小紋のいわれでもあるのだが、この麻の葉向かい鶴は、少し雰囲気が違っている。

図案化した鶴の頭を対角に三つ置いて、六角形を構成する。平安期に始まる有職文様の中には、モチーフとする鳥を丸く図案化して、対角に置く文様が多く見受けられる。鶴の丸や鸚鵡の丸、蝶の丸などだ。この江戸小紋の鶴のデザインも、丸みを帯びていることから、どこかに有職文の意識があるのだろう。

そして、六方向の放射状に鶴を並べたことは、明らかに麻の葉文様が念頭にある。麻の葉は、きっちりとした直線が向き合う正六角形の図案で、どちらかと言えばカクカクした印象を残す。この模様を見ると、線と線の間に鶴の頭が入っている。この大きく丸みを帯びた姿により、模様の表情が柔らかくなっている。

面白いことに、角度を変えてこの模様を見ると、鶴が向き合う姿を表面に描いた立方体の箱を、積み重ねたようにも見える。これだとこの江戸小紋は、「鶴箱重ね模様」だ。

反物として仕上げてみると、遠めで見る模様の色は、地色の紫苑色より白っぽく映る。「竺仙鑑製」と染め抜かれた反物の端の色が、本来の地色。

別染め江戸小紋の難しさは、決めた地色がそのまま品物の色となる無地モノと異なり、型を置いて染めた後の仕上がりの色を、予め想像して、色を決めなければならないことにある。地色が薄すぎると、型を置いた模様の色の表情が、ほとんど出なくなる怖れがある。前回の話の中で、色を選択するときに、私が濃い方を選んだというのは、こんな理由からだ。

反物の先には、竺仙の別織生地を使い、根橋秀治氏の手で型付けされた証を残す。

根橋秀治さんは、昭和25年生まれで、現在67歳。江戸小紋染職人である父の跡を継いだ二代目。元々根橋氏の家は、代々信州で紺屋を営んでいたが、秀治さんの父・千尋氏が東京に出て来て染職人の下で修行をし、独立したのだった。秀治氏は、現代の名工に認定され、一昨年には黄綬褒章も受けた。現在、江戸小紋染を代表する職人の一人である。

根橋さんの技法は、引き染め。この染め方は、まず板に貼った生地の上に型紙をのせて、刷毛で糊を置く。その後で生地に色を引いていくという方法。

小紋染めには、型紙を置いた上から、染料を混ぜた地色糊をヘラで塗りつけるという、「しごき染」技法を使うのが一般的。だが、糊を引く作業と色を染める作業を分ける「引き染め」では、手間も掛かるが、その分独特な深みと柔らかみのある色を、演出することが出来る。この誂え品のような優しい地色の品物では、この技法の良さが、なお発揮される。

 

さて、品物として染め上がった江戸小紋が、どのように一枚のキモノに仕上がったか。今度は、加工に話を移そう。

反物の裏にも、色を引く。これを「裏しごき」と呼ぶ。

江戸小紋の場合、型付けして色を染めるのは、片面だけである。けれども、今回は単衣として着用するので、裏に色を施す。袷であれば、裾がひるがえった時に覗くのは、八掛けの色だが、裏の無い単衣だと生地の裏が目に入る。この時、色を掛けていなければ、白い生地裏がそのまま見えてしまう。これでは何とも格好が悪い。そのため、生地の裏に色を掛ける。その色は、表の地色と共色にすることが多い。

「しごき」という名前は、先にお話した染技法・しごき染から来ている。この裏は、糊に染料を混ぜた色糊を、しごきヘラで塗りつけて染めているということになる。

画像で判るように、この反物の裏の色は紫苑色に染まっている。こうしておけば、着用時に偶然裏が見えても、違和感が無くなる。

 

背に、加賀紋を施す。紋デザインの基礎になっているのは、ご自分の紋。

このお客様には、あまり畏まらずに、お洒落に江戸小紋を着こなすというコンセプトがあった。そこで、希望されたのが、「加賀紋」である。

紫苑色といい、麻の葉向かい鶴模様といい、十分にお洒落なオーダー江戸小紋であるが、加工にも「自分らしいひと工夫を試みたい」とのお話だった。そこで、目立つことなく、さりげなく個性が発揮出来るお洒落は何かを、ご自分で考えられ、洒落紋・加賀紋を施すことに決められた。

加賀紋は、図案も配色も自由に決めることが出来るが、実際にデザインするとなると、なかなか難しい。そこで私は、一つの提案をした。それはモチーフの基礎に、ご自分の紋の図案を取り入れることである。こうすると、図案に動機付けが生まれ、模様も考えやすい。そして、この方の紋図案が、デザインしやすいものだったこともある。

お客様の紋図案・丸に稲垣茗荷(いながきみょうが)。本当の紋は、紋帳画像のものより丸が細い、「細輪に稲垣茗荷」。この紋を基礎にして、どのようにデザインするか。そして配色も考えなければならない。そこで、うちの仕事を依頼している紋章師の西さんと相談することにした。

そこで考えたのが、まず周りの輪を外してしまい、内側の茗荷だけを図案とすること。このほうが、デザイン上であまり紋を意識させなくなるからだ。そして、色はあまりきつい色は使わず、出来るだけ淡い色を使い、上品にまとめること。

茗荷の花は、白いものが多いが、このキモノの地色に近い、淡い紫色もある。花の姿は小さく控えめ。また、加賀紋だけが目立ってしまうようでは、このキモノが持つさりげない姿からは、かけ離れてしまう。

お客様の身丈寸法を考えながら、反物の中で紋を入れる位置を決める「紋積り」をする。三角の糸印は、背の端を示している。

茗荷の花の色を、下から上へ向かって、徐々に淡くしていく。最下部は山吹色で、薄藤色、薄ピンク、薄鶸色を使い、最上部の花びらは白になっている。また、蘂に少しだけ金糸を使う。短いがちょっとだけ光る蘂は、この図案にアクセントを付けるさりげない工夫。

 

こうして、こだわりを持つ単衣・江戸小紋のキモノが完成した。構想から一年、何人もの職人の手を経て仕上がったものだ。時間をかけた分だけ、私も感慨深い。

お客様からは、大変満足された旨の言葉を頂戴したが、バイク呉服屋は、何の施しもしておらず、単なる仲介者に過ぎない。お客様の希望に違わぬ仕事をした、職人さん達の技術こそが、賞賛されるべきものであろう。

また、今回仕事を依頼した染メーカーの竺仙は、やはり「鑑製」の名前に恥じぬモノ作りをしていることが、よく理解出来た。鑑製とは、鑑みること。すなわち、染モノの鑑=お手本、規範になるという意識が込められている。

二回にわたって、誂え江戸小紋の話をしてきた。皆様も、ぜひ一度モノ作りに参加して、自分らしい一枚を染め出して頂きたい。

 

江戸時代、現在の新宿区早稲田から文京区竹早あたりまでは、茗荷栽培が盛んな土地でした。東京メトロ・丸の内線の駅名・茗荷谷は、その名残りなのです。そして、この江戸小紋を染めた根橋秀治さんの仕事場は、高田馬場にあります。しかも、このお客様が今回着用された場所は、四谷でした。全て、新宿区に所縁がありますね。

江戸の職人が染め、江戸に縁のある花を使った加賀紋を付けて、江戸で着用する。まさにこの小紋は、江戸を極めた品物と言えそうですね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。なお、私用により、16日~19日まで店舗を休業致します。メールのお返事も少し遅れますので、ご了承下さい。次回のブログ更新は、23日頃を予定しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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