バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

12月のコーディネート 黄櫨色訪問着と聖獣文様帯で、高貴な装いを

2015.12 23

密教の教えによると、人は生まれながらにして、自分の運命を司る「本命星(ほんみょうじょう)」という星と、一年ごとに自分の運命を左右する「当年星(とうねんじょう)」という星を持っているらしい。

平安時代初頭、最澄や空海によりもたらされた占星術・宿曜道(すくようどう)では、天体の動きにより吉凶を判断していた。中でも、地上に影響が大きいとされる日は「直日(ちにち)」と呼ばれ、特に凶と判断された日には、星々を祀る儀礼が執り行われてきた。

一年中で、一番日が短くなる冬至は、太陽が隠れる時間がもっとも長くなり、陰の日=凶の直日。このため、天台宗(台密)や真言宗(東密)の寺院では、星祭りを行う。

 

冬至に食べるものと言えば、南瓜(かぼちゃ)であるが、この他に「冬至の七種」と呼ばれる食べ物がある。蓮根(れんこん)・人参(にんじん)・銀杏(ぎんなん)・金柑(きんかん)・寒天(かんてん)・饂飩(うどん)。

お気づきの方もいると思うが、いずれの食べ物にも「ん」が二つ付いている。かぼちゃは南瓜(なんきん)であり、うどんは饂飩(うんどん)とも読める。この「ん」が付く食べ物は、「運が付く」「運を呼び込む」という意味がある。

だからこれを、凶の日である冬至に食べるのは、邪気を祓う意味が込められている。そして、冬至を境に、日は一日ずつ長くなる。つまりは、陰を抜け陽へ変わる節目でもあり、これからの運を呼び込み、無病息災を祈るために食べられるものなのである。

 

今月のコーディネートでは、太陽の存在がもっとも薄れる季節なので、せめて品物で陽の色を感じ取って頂こうと思う。その太陽の色は、もっとも高貴な色とされる黄櫨色(こうろいろ)。ついでに合わせる帯も聖獣文様で、厳かにまとめてみたい。

 

(黄櫨色おみなへし文様・加賀友禅訪問着  本金箔四神聖獣文様・袋帯)

今年は暖冬らしいが、街路樹はすっかり葉を落として裸木となり、やはり寒々しく見える。誰もが陽の温もりを求める季節になると、温かみのある色が欲しくなる。

夏は涼やかな色が求められ、冬になれば暖色を求める。人には、季節ごとにふさわしい色を仕分ける感覚が、ごく自然に備わっている。これは、キモノの地色でも同様である。だが、暖色であっても強烈な色合いだと、印象が変わってしまう。

自然の温もりというのは、柔らかで優しい陽の光をイメージしたもの。そんな色を表現するとしたら、あくまで控えめで、それでいて十分に暖かさ感じさせるもの。

今日のキモノと帯は色の温かみにこだわり、その上で文様の高貴さをも表現されている品物である。なお、今回コーディネートした品物は、この秋、東京のお客様にお求め頂いたものを、使わせて頂いた。

 

(黄櫨色 おみなへし模様 加賀友禅訪問着・宮野勇造)

黄櫨と名前が付いているのは、この色が、櫨(はぜ)の木の芯に含まれる黄色い色素を抽出して染めるためである。ここに、蘇芳から取り出された赤を掛け合わせると、この黄赤色の黄櫨色となる。

まだ唐の影響下にあった平安時代初期、桓武天皇の後を継いだ子・嵯峨天皇が、唐の皇帝の象徴になっていたこの色を、この国にも取り入れた。中国では、太陽の色・黄櫨色は、国の統治者の色として意識されており、嵯峨天皇もこれに習い、天皇以外にこの色の使用を禁じる。いわゆる「禁色(きんじき)」である。しかも、もともと日本では、皇祖・天照大神が太陽神と位置づけられており、太陽の色が天皇の色となることは、ごく自然なことだろう。

 

この訪問着の地色を見てみると、黄櫨色をもう少し柔らかくしたような色にも見える。薄い柿色、あるいは杏の実の色という印象だろうか。

作者の宮野勇造は、1953(昭和28)年生まれ62歳。もちろん現在も活躍中である。作風は、和花の草花模様が中心で、時には、木蓮や杏・菊など図案を一つの植物に絞って描いた作品も多い。この品物も、「女郎花(おみなえし)」だけをモチーフにしたもの。

葉の輪郭を見ると、なるほど「おみなえし」かと思うが、全体を見ると、秋草の小花・女郎花には思えないような伸びやかさと大胆さがある。宮野氏の作品には、一つの花にこだわり、それを連ねて図案化することによって、より以上に華やかさを表現したものが多い。

中に小花を散らした女郎花。挿し色は、水色と鼠色、薄桜色の三色が基調。一つ一つの女郎花の中には、ぼかしの技法を使い濃淡が付けられている。これだけ多くの女郎花の花がありながら、一つとして同じ挿し色・同じ小花模様にはなっていない。この枝ぶりの伸びやかさは、手描きでなくては表現出来ないだろう。

女郎花は、桔梗や菊、萩、薄などと一緒に、秋草模様の一つとして表現されることがほとんどである。しかも、秋草の中でも、どちらかと言えば脇役のような存在だろう。そんな花が、この品物のように単独で、大胆に意匠化されるようなことは、あまりない。

ふだんは控えめな草花でも、描き方により、華やかな図案となる。女郎花の中に小花を入れて表現することで、写実的なものから、図案へと変化する。これにより、女郎花=秋草という意識が消えて、秋だけではなく、春に使っても差し支えない模様となる。

下前おくみに付けてある、宮野勇造の落款。作品名「おみなえし」も記されている。

 

さて、高貴な色の黄櫨色を生かした、上品なおみなへしの訪問着に合わせる帯は、どんなものが良いか。キモノの雰囲気を壊すことなく、しかも格調高い着姿にしてみたい。

(本金引き箔 四神聖獣文様 袋帯・西陣 泰生織物)

中国の天文学では、天を四つの方向に区分し、その中には神として天を司る獣が存在していると考えられてきた。東・東龍、南・朱雀、西・白虎、北・玄武。方向分けだけではなく、季節も区分される。東は春、南が夏、西は秋、北は冬。

当然、この獣達は、神、すなわち霊獣として、崇められている。特に龍文様は、色の黄櫨色と同様、支配者のシンボルとも呼べる模様であり、歴代の皇帝や皇族の衣装にも多く描かれている。また、朱雀=鳳凰は、古代から瑞鳥として認識されており、日本でも、鳳凰と桐を組み合わせた「桐竹鳳凰文様」は、平安時代から御袍(天皇が特別な行事に使う束衣)の文様として、使われてきた。(2013.12.21 「桐文様・黄櫨染御袍に見る由来」の稿を参考にされたい)

鳳凰文様。顔は鳥、羽は鶴、尾は孔雀。三種類の鳥獣を合体させた、聖獣。

龍文様。中国では最も高貴な文様として、長い間使い続けられてきた。100年ほど前の「清朝」時代までは、皇帝の服の模様として使われており、描かれる龍の姿も、厳しく限定され決められていた。

 

この帯の特徴は、文様が高貴なだけではなく、帯そのものも、大変上質な仕事がなされている。少しそのことを、説明しよう。

帯に付けられている品質表示。以前この表示の見方について、説明したことが(2015.8.21と9.16の稿 西陣織工業組合のこと)あったが、この記載されている内容から、帯の質を読み取ることが出来る。

この帯を織った秦生織物(たいせいおりもの)の、証紙番号は8番。一ケタ番号なので、組合証紙登録がかなり早い織屋である。その上にあるのは、品質表示の裏に記載されている具体的な糸質。ここに、この帯が上質である理由が、具体的に判りやすく示されている。補足的に説明しておこう。

この帯が、「和紙に本金箔で作った引き箔と、アクリル芯糸に純銀を付着して着色した和紙を巻いた金糸を使用」していると記されている。伝統的な引き箔糸というものは、和紙の上に金・銀箔を貼りつけて作られている。その時、芯糸になっているのが、アクリルである。

つまり、品質表示において、指定外繊維である和紙の比率が高いものほど、伝統的な技法に基づいて作った、良質な引き箔糸を使用していることになる。龍村や紫紘の高価な帯でも、和紙は5~8%程度であることが多いのに、この帯では実に20%にもなっている。

だから、この帯の糸質というものが、どれだけ上質なものなのかが、わかるのだ。実際に帯の色をみれば、金の色が柔らかく、自然な光沢が見て取れる。しかも手織で丁寧に織られているため、上質な糸質と相まって、実にしなやかで、軽い。帯の質を判断する時、品質表示の内容は、それを裏付るものとなっている。

 

では、高貴な地色で上品な加賀友禅と、上質な糸で織られた高貴な聖獣模様の帯を、コーディネートしてみよう。

 

キモノ地色の黄櫨色と、本引き箔金糸を使った帯の金地色、双方共に温もりを感じさせてくれる、柔らかい暖色。どちらの色も、自然で穏やかな色である。上質な糸を使って織りだされた帯の優しい色には、染だけであしらわれている、上品な加賀友禅が良く似合う。

帯を必要以上に主張させない、しかしながら、しっかりと存在感を持たせる。このあたりの、印象の付け具合が難しい。

前の合わせ。横に並んだ「聖獣の丸」文様は、かなり立体感が出てくる。脇に付けられた唐花の丸と、模様を繋ぐ唐草は、正倉院模様を想起させる。こうしてみると、予想以上に、重厚な文様であり、シンプルなキモノの図案とは実に対照的。

 

(帯〆 緋色金通し平組・龍工房  帯揚げ 橙色ぼかし・加藤萬)

合わせる小物は、キモノ地色と同じ系統の色を選んでみた。帯〆は、全体を引き締める意味で、少し強い緋色を使う。もう少し抑えた色にすれば、かなり着姿がおとなしくなるだろう。

最後に、今日御紹介した品物を、もう一度どうぞ。

 

上質な仕事がほどこされた品物は、見る者を圧倒するようなものではない。さりげなく、控えめに質の良さを主張する。だからこそ、使う人に飽きが来ない。

決して豪華絢爛で煌びやかなものではなく、品物の中から自然とかもし出される力によって、印象付けられる。もちろん、人が素材を吟味し、手をかけて作った品物だからこそ、である。

 

今日は、高貴な色と模様などという、大それたテーマでお話してきましたが、いずれにせよ、きちんと作られた品物は「貴いモノ」に違いありません。来年も、作り手の気持ちが伝わるような品々を御紹介しながら、その時々のコーディネートを考えていきたいと思っています。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

日付から

  • 総訪問者数:440492
  • 本日の訪問者数:580
  • 昨日の訪問者数:667

このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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