バイク呉服屋の忙しい日々

職人の仕事場から

寸法を変えて、品物を受け継ぐこと(前編) 加賀友禅・黒留袖の再生

2015.12 15

悉皆・誂・衽・乳・躾糸・緯糸・撚糸・綴・杼・綸子・緞子 この語句は、いずれも呉服屋の仕事に関わるものばかりだが、皆様は幾つ読むことが出来るだろうか。

一般の方にとって呉服は、ただでさえ馴染みの無いモノなのに、呉服屋が使うこれらの用語は、なお難解なものだろう。バイク呉服屋だって、この仕事に就いていなければ、上の語句は読めないばかりか、意味不明なものでしかない。

「呉服というものを、読者の方々にわかりやすく説明をする」ということは、大変難しい。私の能力では、到底無理であり、このブログの稿を読んでいても、何のことやらサッパリ理解出来ないという方も多いと思われる。

訳のわからないモノを読まされる、というのは迷惑なことで、皆様にはかなりご迷惑をお掛けしている。記事を書くたびに、かなり努力はしているが、どうにも上手くはいかない。この歳になって文章力を上げるのは、至難なことである。

 

最初に挙げた「悉皆」は「しっかい」と読む。呉服屋にとって、この語句は二つの意味がある。

一つは、「直す」こと。手直しの仕事一般を指す。しみぬき、丸洗い、洗張り、寸法直しなどは、全て「悉皆仕事」ということになる。そして、直しを請け負う職人のことを、「悉皆屋」と呼ぶ。だから、しみぬき職人も、洗張り職人も、紋職人も、広い意味では悉皆屋である。

もう一つの意味は、友禅の仕事を請け負う「親方」のことで、「悉皆屋」と呼ぶ。京友禅や江戸友禅などは、分業で製作される。下絵・糊置き・地染め・繍・箔置きなど、それぞれ工程ごとに違う職人が仕事を請け負う。

友禅は、メーカー問屋が仕事を発注する。この仕事を受ける人が悉皆屋なのである。悉皆屋は、職人を取りまとめる親方であり、メーカーが発注する仕事を職人達に振り分けるのが、仕事だ。一枚のキモノを作るにあたり、メーカー問屋の社員はプロデューサーで、悉皆屋はディレクターということになろうか。

 

今日は、「直す」意味での悉皆について、話を進めてみたい。これまでも、何度かブログの中で取り上げてきたが、単発的な部分直しの話だと、仕事の流れが判り難い。

そこで、古いキモノが、新しい寸法で仕上がるまでの過程を、順を追いながら見て頂こうと思う。こうすれば、少しは理解し易くなるかも知れない。

 

悉皆を受ける時に大切なことは、新しい品物を売るよりも、もっとお客様との繋がりが必要になること。とてもではないが、メールや電話のやり取りだけでは仕事は請け負うことは難しい。どのように直すのか、品物の状態を見ながら、向き合ってお話出来なければ、お客様の希望に適うような品物の再生にはならないだろう。

今回、仕立て直しの依頼を受けた品物。古い加賀友禅の黒留袖である。

 

どんな直しの時でも、まず品物の状態がどのようになっているか、これを確認するところから始まる。状態というのは、しみ汚れの有無と、現段階の寸法のこと。

衿に付いた化粧を放置したことにより、ひどく汚れてしまった。しみや汚れを確認するのは、洗張り職人に、洗張りだけでは落とせない汚れがあることを知らせるため。

衿汚れを拡大したところ。このように黒の色そのものが変色してしまい、生地が擦れたようになってしまえば、洗張りをしただけでは、きれいにならない。こういう汚れがある品物は、洗張りを済ませた後、補正職人の手で、部分修復をする必要がある。

直し方は、まず汚れを浮かせて出来るだけ落とし、その上で生地を修復して、黒の色を引きなおす。いわゆる、地直し・色ハキと呼ばれる補正になる。

衿の下部に、化粧汚れとは違うしみを見つけた。この品物は、長い間使われることなくしまわれていたので、汚れを付けてからは、かなりの時間が経過している。古いしみというものは、職人が試して見なければ、修復出来るかどうかわからない。もちろん、洗張りをしただけでは、取れない汚れである。

袖先の汚れ。キモノには、しみが付きやすい部分がある。化粧汚れが付く「衿」、食べ物などを落としやすい「上前の身頃と胸」、そして動いている中で、何かに触れて汚れが付くことが多い「袖」。特に袖先には、着ている本人が気が付かないうちに、汚れが付いていることが多い。

上前身頃の、模様の上に点々と付く小さな汚れ。少しカビの匂いがするので、カビ汚れが浮き上がったものと思われる。カビによる変色は、ひどくなると手の施しようもないほど、広範囲に広がるが、この程度ならば、洗張りをすれば落とせる。

 

しみや汚れを確認するのは、表生地ばかりではない。このキモノは黒留袖なので、胴裏と比翼地がある。洗張りだけできれいになれば良いが、ひどい汚れや、変色があれば裏そのものを取り替える必要が出てくる。古い品物では、胴裏が完全に黄色くなってしまったものを見ることがあるが、これは、生地に付いている「糊」が原因である。風を通すことなく、長い間箪笥の中に置くと、湿気のせいで糊が変色してくる。

かなりひどい汚れが付いている比翼地。黄色く点々とついたしみは、何が原因なのか、今となってはわからない。洗張りしただけでは、完全にきれいにはならないと思える。もしかすれば、しみぬきでも手に負えないかもしれない。

このような汚れを見つけた時には、お客様にこの旨を伝える。もし汚れが落ちなければ、どのように対処するか、お客様の希望を聞くためである。

新しい裏地にそっくり変えて欲しい、という方もいれば、裏地だから少々汚れていても構わない、という方もおられる。いずれにせよ、裏を替えるか否かは、直し代金に関わることなので、確認しておかなければならない。

胴裏にも付いているしみ。口紅を落としたような色だが、原因はわからない。古い品物に付いているしみの色は、多様であり、長い時間の間に、しみの色そのものが、原因となった色から変色していることが多い。

 

しみ汚れの有無を確認し終わると、次は現状の寸法がどのようになっているか、調べる。同時に、生地の中にどの程度の縫込みがなされているか、それも見ておく。今、依頼されるほとんどの直し仕事は、元の状態よりも、寸法を大きくするもの。一世代、二世代前の方と、現代の人では、かなりの体格差が出ているので、やむを得ない。

身丈の寸法を測ると4尺。昔の女性の並寸法なので、この黒留袖を使っていた方の身長は、150~153cmくらいと推測できる。依頼されたお客様の寸法は4尺2寸なので、内揚げに2寸程度の縫込みが必要となる。

内揚げの縫込みを測る。2寸まではないが、1寸7分ほど入っている。これで身丈は、4尺1寸5分くらいには、長くすることが出来る。依頼された方の寸法には5分ほど足りないが、この程度の短さなら、すこしおはしょりが短くなるくらいで、着ることにあまり支障は出て来ない。

身丈が足りるか否かというのは、そのキモノが使えるかどうかに直結する。ここがクリアされないと、話は難しくなる。生地が足りなければ、ハギを入れる他なく、仕事も厄介になる。

 

次に測るのが裄。1尺7寸なので、昔の標準寸法より5分長くなっている。これを1尺8寸3分に直す。ということは、肩付と袖付の縫込みが、両方合わせて1寸5分以上必要になってくる。

縫込みを測ってみる。肩付側に1寸、袖付側に7分程度入っている。これで、依頼された方の寸法通りの裄になることが確認できた。この黒留袖の元々の生地巾が、9寸7分ほどと判ったが、古い品物としては、かなり広いものと言えよう。

留袖や訪問着などのフォーマル絵羽モノは、無地・小紋・紬などの反物類と比べ、比較的生地巾が広くなっているものが多い。そのため裄が出しやすい。昔の人の裄は、せいぜい1尺7寸5分程度だったので、反巾は9寸くらいのモノが多い。そのことが、現代女性の長い裄に順応して直すことを、難しくさせている。

 

袖丈は1尺2寸。150cmほどの方なので、標準より1寸短くなっている。新たな袖丈は1尺3寸なので、1寸5分程度の縫込みがあれば十分だ。測ると、それ以上あるので、問題ない。

 

しみ汚れ、寸法と、キモノの状態を把握した上で、お客様と話をする。この黒留袖は、ほぼ希望される寸法通りに仕立て直せること。そしてしみ汚れの程度や、裏地の状態などを伝える。

洗張りだけでは直せない汚れは、補正職人に廻されて手を入れることになる。ということは、洗張り代の他に、代金が発生することになる。それを知っておいて頂かないと、会計に納得頂けない。

また、裏地に落とすことが難しいと思われる汚れがあることを、見ておいて頂く。先ほど画像でお見せした、衿の比翼地に就いていた、かなり黄色く変色したしみである。比翼地を全部替えるとなると、費用が掛かる。そのため、裏を替えるか否かは、相談しておかなければならない。

 

結局、汚れ落としは出来る限りで十分、裏地はそのまま使うことになった。着姿からは見えないので、ある程度の汚れに目をつぶるというのは、私も賛成出来る。直す費用は、なるべく抑えたいと思う。

また、表地の縫込みは確認したが、胴裏の縫込みを見ていないので、もしかすると裏地が足りないこともあると、伝えておく。実際に身丈や裄を直す場合、表生地は出せても、裏地が縫いこまれていないケースが多くある。

もし、余計な裏地が入っていない場合は、どうするか。それは裏を全部替えるのではなく、ハギを入れて足すことを選択する。裏なので、当然表からハギは見えず、着姿に影響は出ない。先ほどの比翼地同様、そっくり新しくしていたらその分費用がかかる。これも工賃を安く上げる、一つの方策である。

 

こうして、様々なことをお話した上で、初めて仕事を請け負うことになる。

今日の稿を読まれた方は、「何と面倒で手の掛かること」と思われるかもしれない。しかし、悉皆の仕事というのは、品物の状態を見て、お客様の希望を聞きながら、進めていかなければ、きちんとしたものにはならない。

だからこそ、より以上にお客様とコミニケーションを取ることが不可欠であり、向き合ってお話を伺い、納得して頂くことが大切になる。新しい品物をお求め頂く時とまた違った意味で、丁寧さと慎重さが必要なのだ。

次回は、この品物が洗張り職人と補正職人に運ばれ、どのような仕事がなされたのか。そして、戻ってきた後に、仕立職人の手でどのように仕立て直されたのか、その出来上がりまでを見て頂こう。

 

難しい語句を読みこなせることで、人となりが判ることがあります。

平和(ピンフ)・立直(リーチ)・緑一色(リューイーソー)。これらを正しく読むことが出来る方は麻雀が判る方。

夜露死苦(よろしく)・車高低(しゃこたん)・走死走愛(そうしそうあい)。正解者は、暴走族関係の方々でしょう。それにしても、凄い当て字なので、彼等は「文字化けの元祖」かも知れませんね。

 

最初に掲げた呉服屋語の正解は、しっかい・あつらえ・おくみ・ち・しつけいと・よこいと・よりいと・つづれ・ひ・りんず・どんす。意味を書いていると長くなるので、ぜひお調べになってみて下さい。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。次回も、夜露死苦。

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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