バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

10月のコーディネート 小花と小宝尽しの楚々とした訪問着

2015.10 21

「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」とは、美しい女性の立ち居振る舞いを表現した諺。芍薬や牡丹は、美しさを周りに振りまくような、大輪で目立つ花。百合は多種あって花姿も様々だが、ここで使われている百合のイメージは、清楚な白百合であろう。

一方で、日本女性の慎ましやかな姿を表す花、撫子がある。「大和撫子」とは、控えめで奥ゆかしく、楚々としたイメージの女性が思い浮かぶ。撫子の花は、芍薬や牡丹と比べれば、かなり小さく目立つことはない。けれども、ひっそりと咲き誇る花は、密やかな中にも、優しく純粋で、凛とした姿に見える。

 

古くから日本人が理想としてきた、「良妻賢母」といわれる女性は、やはり撫子のような人なのであろう。戦前の男尊女卑社会では、男は外で仕事、女は内で家庭を守るという役割分担があり、その上女性は男性をたてる存在という位置付けが出来ていた。

けれども、前に出過ぎず、おとなしく、優しいというだけでは、男女共同参画社会となった現代では、通用しないだろう。仕事において男女の区別はなく、家庭でも男性、女性という性別で役割を分担することはない。

戦前までは、「男子厨房に入るべからず」などと言われてきたが、今や、「男子厨房に入るべし」である。共稼ぎ夫婦が当たり前となっている今は、協力し合うことが、夫婦円満の秘訣になっている。

 

とは言うものの、まだまだ男性優位社会であることが、あちらこちらに散見できる。特に企業においてである。結婚や出産を機に、職を離れざるを得ない女性の多さや、子育て休暇を申請する男性の少なさを見ても、それがわかる。

出産は、女性にしか出来ないこと。家庭(育児)と仕事が両立出来るように、順応した働き方を制度化するのが国や会社の責任である。これを切り捨てたり、見てみぬ振りをしたりすることは、人を道具にしか見ていないと言われても、やむを得まい。非正規社員を平気で増やすような連中だからこそ、平気でいられるのだろう。

男女同権ということは別にして、女性が持つ特有の機能は尊重されるべきだと思う。生殖的なことはもちろんだが、体力的なものも男性とは違う。どこかで「守ってあげなければならない」のだろう。守るという言葉が、男性目線とすれば失礼になるので、「慮る」あるいは「気遣う」と言い換えても良い。

優しい社会とは、お互いを思いあう気持ちからでしか、生まれない。国の形を左右する憲法論議も結構だが、人間の基本である「性」というものを、どのように社会の中で考えるか、ということの方が先決だろう。これは、一人一人の人間の生き方に関わる問題である。国も国民がいなくては成り立たない。

 

また能書きが長くなってしまった。今日のコーディネートでは、女性の優しさをイメージして、品物をご用意してみた。いつの時代になっても、優しく、楚々とした着姿は美しい。これは、男女同権とは全く関わりない、「バイク呉服屋の好み」の話である。

 

勿忘草色 小花小宝尽し蔓の丸・友禅訪問着と黒地 変わり菱文様・袋帯

 

お客様に、フォーマル系の訪問着や付下げなどをおすすめする時、もっとも大切なのは、お客様自身が自分の着姿をどのような雰囲気にしたいか、ということだ。もちろん着ていく場がどのようなところなのか、そしてどのような立場で列席するのか、というのが品物選びの重要な要素になる。

自分をどのように見せるか考えるということは、キモノばかりではなく洋服を選ぶ時も同じであろう。誰にも、好む色があり、相応しいと信じているスタイルがある。これは、その人の性格などと大きな関わりがあり、ある人は華々しい色や模様を好み、ある人は、控えめで目立たないモノを望む。

モノを勧める側の我々は、それぞれのお客様が持つ雰囲気を感じながら、ふさわしい品物をお選びする。この個性を見極めるということが、難しい。

 

今日御紹介する品物は、訪問着でありながら、模様は小さく控え目に付けられているもの。どちらかと言えば、無地感覚に近い。華々しさはないが、上品ですっきりとした着姿が表現出来るように思える。

 

(勿忘草色 一越ちりめん 小花と小宝尽し蔓の丸模様・友禅訪問着  菱一)

遠目から品物を見ると、どんな模様が描かれているのか、判り難い。ぜんまいの蔓のような模様が、裾に広がっているだけで、極めて単純に見える。また、模様の嵩がなく、勿忘草色の無地場が、品物全体に広がっていて、訪問着としては、かなり控えめな柄付けである。付下げでも、もっと華々しい模様の品物は、いくらでもある。

 

模様の中心、上前おくみと身頃部分。拡大してみると、渦巻き状に付けられた模様は、その一つ一つが、等間隔でほぼ同じ大きさになっていることがわかる。模様は、四季の小花と宝尽し文様である。

蔓の先端に付けられた模様。小花は桜・萩・梅鉢・笹・橘など。お宝は、七宝・隠れ笠・丁子・打出の小槌。模様は型が使われているようだが、色は手挿し。所々に繍のほどこしも見える。

こちらの蔓は、違う模様の配列。同じように見えても、中に使われている一つ一つの模様の組み合わせを変えている。この部分の小花には、小菊や楓が使われ、蝶や鳥の姿もある。お宝も、宝珠や珊瑚、分銅や隠れ蓑などの姿が見える。

 

さりげない模様のようでも、よくよく見れば凝っている。そんな品物の典型であろう。中に挿されている色も、このキモノの雰囲気を壊さないように、あくまで上品なもので、地色の柔らかい勿忘草色を生かすことが出来るように、付けられている。

さて、このおとなしい楚々とした訪問着に、合わせる帯をどうするか。今日は、少しインパクトのある品を考えてみたい。

 

(黒地 大内菱文様・唐織袋帯  京都南丹 錦工芸)

大内菱とは、周防の国(今の山口県)の守護領主だった大内氏の家紋。菱の中に配された花はモダンである。他の菱文様よりも図案化されているのは、大内氏の先祖が朝鮮・百済聖明王の子孫だからであろうか。

唐織は、平安期の有職文様の浮き織りに端を発した技法で、能装束に使われていることは、ご承知の通りである。模様を表面に浮かせて織り出しているため、一見繍のようにも見えるほど立体感がある。

見た目には、重そうにみえる帯だが、実際はしなやかな上にかなり軽い。唐織は、二本の緯糸の間に、一本の絵緯糸(えぬきいと)を通すことにより、模様を表現している。この絵緯糸には太い糸が使われているが、手で織られている場合には、柄の部分だけに糸が通されて括られている。糸が余計に織り込まれていない分、当然軽くなる。

但し、同じ唐織でも機械織の場合は、かなり風合いが違う。これは機械で自動的に織り出すために、絵緯糸が柄の部分に止まらず、帯の端にまで渡ってしまうからだ。唐織帯は、裏から覗いて糸の渡り方をみれば、手織りか機械織かは、一目瞭然である。

この帯を製作した錦工芸は、西陣ではなく、京都北部の南丹市にある小さな織屋。袋帯と名古屋帯を生産しているが、ほとんどが唐織。限られた本数しか織られていないために、市場にそれほど多くは出回っていない。機械で織られる唐織が多くなった今でも、手織にこだわる数少ない織屋である。

 

では、この二つの品をコーディネートさせてみよう。

このところ、帯をあまり主張させない同系色の濃淡合わせが多かったが、今日のキモノがあまりにもおとなしいので、思い切って黒地の帯でアクセントを付けてみた。

帯図案が、菱文様を幾何学的にデザインしたようなものだけに、このふわっとしたキモノの地色を、よりきっちりと押さえ込めるように思う。勿忘草色に限らず、パステル系の淡色と黒の相性は良い。

前の合わせ。帯の菱文から蔓が伸びている。キモノの図案も蔓で表現されているために、蔓繋がりと言えるかも知れない。また、模様の挿し色の中で、朱色が目立つが、これも帯の中に配されている朱色と連動している。キモノと帯の間に、色や文様の共通項があると、より合わせやすくなる。

 

(朱とクリームぼかし帯揚げ・加藤萬  朱金平組み帯〆・龍工房)

小物は、やはり朱色に注目して、合わせてみた。帯〆の色を濃くしたのは、帯の黒地に埋没しないように心がけたため。

 

キモノだけを見ると、優しい印象が残るが、個性的な帯を合わせることにより、着姿が変わる。もちろん上品さを保つことは第一条件だが、その中で様々な工夫をしてみる。特に、無地場の多いおとなしいキモノでは、考える余地が大きい。

このキモノには、白地系のおとなしい帯を合わせる場合がある。こうすると全体の着姿を、より柔らかくはんなりさせることが出来る。春先に使うのであれば、これも良いだろう。雰囲気で季節感をかもし出すというのも、一つの方法であろう。

最後にもう一度、今日の組み合わせをどうぞ。

 

これは、バイク呉服屋の個人的な趣向ですが、あまりに主張の激しい色や模様というのは、どうも苦手です。フォーマルモノには、特にその傾向が強く、このブログで御紹介する品物やコーディネートにも、偏りが見られます。

自分の好みを押し付けるのは良くないですが、「上品さ」はやはり着姿の基本になると思うのです。日常とは違う、しとやかさを女性に求めることは、どこかに「大和撫子」へのあこがれが残っているからかも知れませんね。

 

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

      

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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