バイク呉服屋の忙しい日々

職人の仕事場から

洗い張り職人 太田屋・加藤くん(5) 仕事場へ品物を出す前にすべきこと

2014.09 09

「老眼鏡」を使うようになってもう5,6年になる。50歳になる少し前から、新聞や本の文字が見えにくくなり、事務処理はもちろんのこと、呉服屋には欠かすことの出来ない「針に糸を通す」ということが、裸眼では難しくなった。

若い頃から、メガネをかけていたが、それは「遠視」と「乱視」のためであり、もともと自分の「目の性質」は悪くないと思う。「遠視」というのは、遠くにあるものが、「見えすぎちゃって困るの」という、「マスプロアンテナ状態」になっていることである。

またまた昭和のネタなので、何のことやらわからない方も多いだろう。これは、「マスプロ電工」という「アンテナ会社」が、1970年代(昭和45,6年)から、TVコマーシャルで流していたもので、ミニスカート姿のお姉さんが登場して、「あ~ん、見えすぎちゃって困るの」と悩ましく唄っていたのだ。

「マスプロのアンテナ」を使えば、「テレビの画像が、見えすぎちゃって困る」という意味での設定だろうが、まだ、中学生くらいだったバイク呉服屋にとって、「アンテナ云々」よりも、「ミニスカートから出た足が見えすぎちゃって困る」ため、その印象は強烈。この当時、「お色気CM」としてかなり話題になっていたようである。余計なことだが、お姉さんの姿には、「ミニスカート」ばかりか、「ネグリジェ」や「ビキニ」のバージョンもあったような気がするが、よく覚えていない。

このブログの「悪い癖」は、「昭和の雰囲気を出す」という口実のもとで、すぐあらぬ方向に話が逸れてしまうことだろう。どうかお許し頂きたい。

という訳で、呉服屋にとって、「目」は大切な道具と言える。それは、預かった品物の汚れをくまなく探したり、寸法直しや、半衿替えのために、「解き」をしなければならないためである。視力が落ちると、「しみ」を見落としたり、あらぬところへ鋏を入れて生地を傷つけたりしかねない。今日の話は、そんな大切な「目という道具」を「皿のように見開いて」しなければならない、「直しの預かりモノ」を職人へ出す前にする仕事をご紹介してみよう。

 

(職人ごとに伝票が付けられた品物 「行き先」を間違えないように確認する)

日曜日の午前中というのは、大概その週に預かってきた品物を、それぞれの職人さんの所へ送る「準備」をする時間に当てられる。うちが仕事を依頼している職人さんは、「紋章職人の西さん」と「和裁職人さん達」を除けば、みんな県外の方である。

日曜に発送しておけば、週明けから仕事に掛かることが出来るので、受ける方としても都合が良い。「直しの預かりモノ」というのは、一週間の間に何点か溜まる。場合によると、20点近くなることもある。預かってきた都度、仕事をすれば楽なのだが、なかなか時間が取れないために、品物が滞ってくる。

キモノや帯は「古いタトウ紙」に入れておき、その上にお客様の名前と預かり品、また直す内容を書いておく。品物は、自分で預かってきたものなので、依頼人がどのような「直し」を必要としているか、そして納期はいつまでなのか、などということも承知している。ただ、お客様の所で、品物の状態を全て確認することは少ないので、改めて一つ一つを丁寧に見ていかなければならない。この作業が、「職人へ送る前」には、どうしても必要になるのだ。

 

では、具体的に私がどんな仕事をしているのか、それぞれの「直し」の品で見て頂こう。今日は、「太田屋・加藤くん」のところへ送る品物。

(袖付のところを解いて、身頃と袖を離した状態の紋付羽織)

まず、最初の品、「男モノのお召、無地の紋付羽織」。依頼されたのは、「裄の寸法出し」と「カビとしみ」を確認して直すこと。父親から息子へ譲るために、長い間箪笥に仕舞われていたものが、約20年ぶりに出されたのである。

このように、預かる品により、「複合した直し」が必要になることも多い。この仕事では、「寸法直し」と「カビ落し」、「しみぬき」、場合によれば「丸洗い」ということになる。まず、品物の状態がどうなっているか、全体を確認することから始める。「汚れ」や「カビ」の有無(ひどさ)で、仕事の内容や手順が変わる。また、「裄直し」という「寸法直し」もしなければならないため、現状寸法も測らなければならない。

 

まず、「裄直し」のためには、「袖付」の部分を解かなければならない。「トキ」の仕事は、自分でするか、時間がない時は、和裁職人に依頼する。この「裄直し」は、「裄の寸法を出して長くしなければならない」ために、解きをして、生地の中にどのくらい縫込みがあるのか確認することが重要である。

この縫込み巾の寸法により、依頼された寸法通りの「裄」に、仕上げることが出来るかどうかが決まる。同時に「裏地(この場合は羽裏)」の縫込みがあるかどうかも見ておく。

解いて見ると、「袖側」と「肩側」にそれぞれ7分程度の縫込みがあった(上の画像)。これを両方から出すことにより、1寸程度裄は長くすることが出来る。しかし、このまま縫ってしまうと、元の縫いあとがそのまま表に出てしまうので、上の画像の「スジ」が付いている部分を「消す」必要が出てくる。これが、「裄直しのためのスジ消し」である。

洗い張り職人の加藤くんは、「スジ消し」も上手にできる。だが、職人さんがする仕事は、「スジを消す」ということだけである。だから、この仕事を出す前には、現状の確認(寸法と縫込みの有無)をして、「直すことが出来る」ことを確認した上で、「解き」をするという作業がどうしても必要になる。

 

(「カビ」のような白いものが、点々と生地の表面に付いている)

この品物に関するもう一つの依頼、「汚れを落とす」ということで、しておかなければならないこと。それは、どこに、どの程度の汚れ、あるいはカビがあるか確認することである。「カビ」があれば、「しみぬき」だけでは対応出来ず、「丸洗い」の必要が出てくる。また、古いしみや変色があれば、「丸洗い」だけではきれいに落ちず、この場合は「黄変色直し」や「色ハキ」といった「補正」の仕事を施さなければならない。こうなっていたら、「丸洗い」の後、「補正職人のぬりやさん」に品物を回す他はない。

このように、品物の現状を見ることで、「直し」の手順が変わる。「汚れの状態」というものを、自分で判断して「どこの職人へ持っていくか」を考える。それは、どのような方法を取ることが、「品物」をもっとも上手く、そして効率的で安く直せるか、を考えることと同等なのだ。ここが、職人へ出す前の私の仕事として、一番難しく、悩ましいところである。

羽織の裏側にも点々と「カビ」が付いている。こうなれば、「丸洗い」はどうしても必要になる。カビ落しに「完璧」を期すならば、「洗い張り」を選択した方が良いような状態。

 

(男物の薄紫無地長襦袢。濃緑色の半衿がかなり汚れている)

上の羽織と同じ方の長襦袢。「羽織」と「襦袢」が同じ箪笥で保管されていたことを考えると、「カビ」の心配をしなくてはならない。襦袢全体を見たところ、目立った「カビ」は見当たらなかったのだが、こんな場合やはり念を入れて「丸洗い」をしておいた方が安心できる。

箪笥の中にタトウ紙を重ねて品物を置いておくと、一ヶ所で発生した「カビ」は、他の品物へも移ってしまうことがよくある。だから、表面的には見えなくても、「カビ菌」の存在が疑われるのだ。

「丸洗い」の時には、襦袢の衿をはずす。

この衿そのものも、全体が変色して「色ヤケ」しているので、とりあえずはずして洗いにかける。女性の襦袢衿やキモノの衿は、ファンデーションが付きやすく、汚れの原因になっているケースが多いが、これを長い間放置すると、「変色」してくる。「汚れ」に気づいた時に、「こまめ」に手入れをすることで、長くきれいに使えるものになる。

「汗」などをかいて、長襦袢を丸洗いする場合、やはり、「衿をはずして」本体と分けて手入れをする方が丁寧だ。半衿は二つに折られて付けられているため、その「折り目」部分に「スジ」が付いて、汚れが溜まりやすい。襦袢本体に問題がない時には、「衿だけをはずして」手入れをするとよいだろう。

長襦袢の丸洗いを依頼されると、必ずしなければならない「衿はずし」。衿に化粧汚れがある場合は、そこだけ「しみぬき」。本体は「丸洗い」。洗いが終わった後、和裁職人の手で「衿付け」をする。バイク呉服屋に「衿はずし」は出来ても、「衿取り付け」は出来ない。

 

お話してきたように、「職人さん」に送る前段階として、「しておかなければならないこと」というものが沢山あります。それは、どのような「直し」をするのかや、「汚れの状態」、また品物の種類にもより、異なってきます。

大手の百貨店などでは、「直しモノ専用の窓口」や「係り」を設けているところも多く、それぞれ「直すことに関して、その知識のある者」が配置されていると思われます。依頼する側のお客様は、依頼する店がどのくらいの「智恵と知識」を持っているか、ということを見極めることが大切になるでしょう。

今は、「直し」の職人さんたちもHPを作り、直接お客様からの依頼に答えているようなところも増え、これからは「呉服屋」を通さず、直接品物をやり取りすることが多くなると思われます

 

「直しの仕事を受ける」ということと、新しい良品を提供するということ、その両方が揃って、初めて「呉服屋」の仕事になると言えましょう。品物を間にして、お客様と向き合い、これを長く使って頂くことを考えれば、どうしても「直す」という仕事はついて回ります。「直すこと」にどのように対処するかということは、「呉服屋の良心」が試されていることと同義なのではないでしょうか。

そんな訳で、正確に「直しの仕事」を進めていくためにも、「自分の目」を大切にして行かなければなりません。「見えすぎちゃって困るの」ではなくて、「見えなくなっちゃ困るの」ということになりますかね。

次回は、「補正職人のぬりやさん」の仕事場へ品物を出す前に準備することをご紹介します。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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