バイク呉服屋の忙しい日々

現代呉服屋事情

呉服業界の後継者問題(7) 小売を継ぐ者、継がぬ者(後編)

2014.08 03

私は、物事を「順序立てて」考えることが苦手だ。未来がどうなるか「予想」して事を運ぶより、「出たとこ勝負」で、その時々に応じて考えを変えて行けばよい、と思っている。

よい意味で言えば「柔軟」、悪く言えば「いい加減」ということになろうか。経営者としては、「先を見越して」様々なことに臨まなければいけないだろうが、性格的に、まず無理である。

 

50歳を過ぎて、そろそろこの仕事の行く末を見つめなければいけないのだが、何も見えて来ない。現状では、「後を継ぐ者がいない」ということだけがわかっている。だから、自分がこの店の「幕引き役」を務めなければならない漠然とした「覚悟」はある。

お客様とは有難いもので、「跡継ぎ」のことを心配してくださる方も多い。こんな小さな店でも、「残したい」と思われている証であり、「信頼」されていることを実感する。「三人も娘さんがいるのだから、誰か一人は受け継いで」とか、中には「呉服屋に向いた婿さんを探してあげるから」などと言って下さる方もいる。

呉服屋の仕事は、お客様一人一人の「節目」と関る仕事が多いことは、これまでも折に触れ述べてきた。三代続く店ならば、一軒の顧客でも、三代にわたり御用を承ってきたはずで、まさに「家族の歴史」そのものと向き合ってきた。だから古いお得意様とは、自然と「濃密」なお付き合いになる。

「跡継ぎ」を持たないことは、そんなお客様の期待を裏切ることになり、家業の継続を断念することだ。「経営者」としての最大の責任が、「のれんを守る」ということならば、「後継者を決めて、育成すること」が何より重要な責務になる。ここを放棄することで、「経営者失格」と言われても、仕方ないだろう。

 

これまでの6回で、呉服業界の川上から、川下まで、つまり「モノ作り」、「加工」、「流通」、そして「小売」と、それぞれの現場における「後継者難」の話をしてきたが、どこも「苦境」にあることに違いはないのだが、「呉服」そのものの需要が、この先すべて消えて無くなることはない。量的にはかなり少なくなっても、無くなっては困る人が必ずいるということだ。

これは何を意味しているかといえば、どこの現場でも、「最後まで残った者」であれば、仕事は安定したものになると予想がつくことである。一言で「呉服屋」と言っても「業態」はかなり違う。「振袖」に特化した販売を主とする店、「グレードの高い品」にこだわった専門店、「リサイクルキモノ」に活路を見出すところや、「男物」や「紬」といった「アイテム」を絞って商いをする店など、扱う品や顧客の層にも明らかな違いが見られる。

自分の店の商品、あるいは顧客の層をどこに定めるかにより、「呉服屋としての生き方」が変わる。だから、それぞれの店は、「行く末」を見定めて、経営に臨まなければならない。それは、それぞれの「業態」に合わせて、後継者を育成していくことが、何よりも「必須条件」になる。

 

では、うちの店で、後継者となる要件を考えてみよう。品物は、ほぼ「買取」をしなければならないので、「仕入れをする力」が必要になる。それは、品物の仕事の良し悪しを見極めて、出来るだけ自分の考える価格に近づけた値段で品物は仕入れなければならないということだ。そして、自分の店に向く「適品」を「適価」で買い取るには、顧客や客層を理解し、「これから、どんな方がどんな品物を求めてくるかという」商売の「予測」をしなければならない。

過剰な仕入れは、即座に経営を圧迫し、逆に店頭商品が品薄ならば、実際の商いの成否に影響が出る。大切なのは、「適度な在庫」がどのくらいかということを、常に頭の中に置くことだ。

そして、「直す力」も求められる。よい施しの品であれば、30年や40年使い続けることは可能である。特にフォーマル品ならば、親、子、孫と三代にわたり譲られていき、そのたびに手を入れながら大事に使い続けられる。

お客様が、品物を良い状態で長い間手元に置くためには、しみぬきや洗い、時にはカビ落とし、ヤケ直しなどの「補正」が必要になり、また品物を使う人が変われば、丈や裄、巾などの寸法直しも必要だ。その際には、「すじ消し」「洗い張り」といった仕事をすることもあるだろう。

つまり品物を受け継ぐための、その時々で求められる「品物を直す力」が重要なのだ。どこの職人にどんな仕事をさせたら、品物を上手く使って頂くことができるか、的確に判断しなければならない。そのために必要な、優れた腕を持つ「加工職人たち(和裁士、補正職人、洗い張り職人、紋章職人など)を確保することが、どうしても求められる。

また、「小売店」としてもっとも大切な、お客様が納得されるような品物を、「売る力」を身につけることは、言うまでもない。コーディネートはもちろん、使う方の好みを理解し、「着る場所にふさわしい品物」をおすすめできる力をつけられるかどうかは、店の浮沈に関ることだ。このスキルを自分のものにするには、「経験」の積み重ねが必要で、時間がかかる。

 

そして、何より大切なのは、うちがどんな呉服屋として「存在するべきか」という、大げさに言えば「理念」、「目標」を持つことであろう。ブログの「プロフィール」にも書いたように、「良い施しの品を長く使って頂く」ことや、目先の利を追わず、ゆっくり仕事をする「スローワーク」がそれに当たる。

この「どんな呉服屋になるか」、ということで、呉服屋としての業態や、仕事の進め方が大きく変わる。もし、私に跡継ぎがいたとしたら、受け継いで欲しいのは、今までの「仕事に対する考え方」である。この基本さえ、守ってくれたなら何も言うことはない。

 

このように、「もし後継者がいたら、こうして欲しい」という希望がありながら、現実には「継ぐ者がいない」。そのことを甘んじて受け入れることができるのか、と思われるだろう。このことについて、少し話しを進めてみたい。

うちの店は、三代にわたってのれんを下げさせて頂いて来たので、長い間積み重ねてきた信頼という、お金では買えないような大事なものもある。もちろん、先代から受け継いだ私も、ここで幕を引くことに対しては、少しは「忸怩たる」思いもある。

 

しかしながら、「父親」として、あるいは私の持つ「人の生き方」がどうあるべきか、というところに考えを及ぼす時、娘達にこの仕事の継続を、あらかじめ義務付けることは全く考えられない。もし、それぞれの娘が、自分で目指す仕事や、目指す生き方を見つけたならば、当然それを尊重すべきと思う。

我が家の、小さい頃からの教育方針は、「自分らしく生きる」、「自分でモノを考えられる人」に育てること。どんな職業に就こうが、どこで暮そうが、結婚しようがしまいが、「自分で納得して」歩いていくのなら、それで十分である。

子どもは親の「持ち物」ではなく、一人の人として尊重すべきだろう。だから、「干渉」せず、「自由」にすることで、「自分で考える力」あるいは、「自分の価値観」を身に付けさせたいと思った。それは、裏返せば、「自己責任」で事に当たれということになる。

 

最近の世の中を見れば、「進学」や「就職」、あるいは「結婚」にまで、「親」が「子」に関与することをよく見かける。「子どもの幸せのため」と思えばこそ、親が口を出したり、手を貸してあげたりするのだろうが、「何が子どもにとって幸せなのか」ということを、「親の価値観」で判断することが、私には理解できない。

「そんなの、自分で考えろ」と思う。そうしなければ、この難しい社会で「生き抜く力」が生まれない。人間にとって、何も「安定した生活」だけが「幸せ」に繋がるという、単純な図式でないことくらい、わかるではないか。

「何が大切か」ということは、人それぞれ違うだろう。それは、親子でも夫婦でも違う。違う中で、それぞれの価値観を認めつつ、どこかで協調するのが家族だと私は考える。「人の道」に外れることは許さないが、それ以外は、自由に勝手にやってくれと思う。もちろん私も、「勝手にさせてもらう」。まとまってないようでまとまっているのがうちの家族の姿と言えようか。

 

そんな訳で、娘達はそれぞれ、自分がどうすべきなのか、自分で考えている。その結果として、「家業」は継がないという現状がある。しかしながら、「現状」はあくまで「現状」であり、「将来」はわからない。10年経って、誰かが「後を継ぐ」などと「戯けた(たわけた)こと」を言い出すとも限らない。

ここに、その「戯けた」例がある。私である。

(ヒグマを扱う、若き日の「バイク呉服屋」)

このヒグマは、「ヌイグルミ」ではない。「ホンモノ」である。これが、30年前の「バイク呉服屋」本人。このブログで、私の「素顔」を晒すのは初めてであり、大変恥ずかしい。しかも、上の画像を見るとおり、どちらが「熊」かわからないような「姿」だ。(今の姿も晒して、比較してもらいたいとも思うが、やめておく)

世の中に、「呉服屋」が何軒あるのかわからないが、「ヒグマ」を扱ったことがある「呉服屋の主人」が他にいるとは思えない。

だから、「未来」はわからないのだ。この頃の私は、「呉服屋」の後を継ぐなどとは「夢にも」思わなかった。それどころか、自分の生まれた町に帰って仕事をすることすら考えもしなかった。しかし、人生では「予想も付かない」ことが起きる。「呉服屋」を継いだ経緯は、色々ありすぎてお話出来ない。内緒ということでお許しいただきたいが、「ヒグマ」と「呉服屋」が結びつくには「紆余曲折」があったのだ。

だから、最初にお話したように、私は、未来を予想して事に当たることが出来ない。何年か先に、呉服屋になりたいなどという「戯けた」者が出現するとも限らない。もしそうなった時は、そうなったで方向を変えればよい。誰にも未来はわからないので、それこそ「出たとこ勝負」で、「臨機応変」に対応すればよいだろう。もちろん、このまま、跡継ぎはなく、幕を引くという確率のほうがかなり高いことは、言うまでもない。

 

もし、娘達(婿さん?)の中の誰かが、「自分で決めて、後を継ぐ」のなら、喜んで仕事を教えようと思います。ただし、自分の方から、店の将来を相談することはあり得ません。あくまでも、継ぐ者の自己判断に任せるだけです。

継ぐ者がいないならいないで、「気は楽」とも言えます。この店の最後を自分の判断だけで決められるからです。そうなったら、「呉服屋」からはまったく離れた、第二の人生を生きることも、選択肢の一つになるでしょう。

いつの日か、「ヒグマを扱ってた、若き日のバイク呉服屋の生き方」に、戻るかもしれませんね。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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