バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

7月のコーディネート 『涼を呼ぶ盛夏の晴れの日』 虫籠模様・絽黒留袖

2014.07 30

呉服屋になって約30年になるが、今までに一度も「売ったことのないアイテム」がある。それは、「絽の振袖」と「絽の色留袖」だ。どちらも7,8月に限定される、「夏の第一礼装」として使われる品物。

「売る機会がない」ということは、それを必要とするお客様に巡り合わなかったということになる。同時に、そもそも「仕入れることすら」なく、「扱っていなかった」ということにもなる。

一般的には、ほとんど「需要」の見込めないアイテムなのだが、今でも細々とではあるが作られている。専門店向けの染めメーカー(うちの取引先だと、「菱一」あたり)などでは、「売れるかどうかわからないが、作らなくてはいけないもの」という「義務感」で、「モノ作り」をしているように思われる。

 

例えば、「絽の振袖」を必要とするような方は、どんな方なのか考えてみよう。今、「振袖」と言えば、「成人式」に使うキモノと一般的には思われているが、キモノの「格」から見れば、未婚女性の「第一礼装」として扱われる品である。単に「成人式用のキモノ」ではないことは言うまでもない。

「未婚女性」の第一礼装として、「夏限定」で使われるものが「絽の振袖」に当たる。おそらく、昔は「夏のお見合いの席」や、自分の兄弟や親族の「夏の結婚式」に列席するような場合、使われたと想像がつく。

もちろん、こんな「季節限定の贅沢な品」を用意された方は、「良家の子女、あるいは深窓の令嬢」と言えるだろう。「絽の振袖」を持っている娘=正真正銘の「お嬢様」という公式は、ほぼ100%成立する。

 

「振袖」ほどではないが、「黒留袖」に関しても、「絽」を用意する方は「それなり」の方だと言える。キモノの常識から考えれば、7、8月の盛夏に「絽」を使うのは「当たり前」で、むしろ「袷」を着ることのほうが、厳密に言えば「ルール」から外れている。

夏の結婚式は、他の季節と比べて数は少ないが、様々な事情でこの暑い時期を選ぶカップルがある。シーズン・オフのため、「格安料金」で式を請け負うホテルや式場もあり、それを勘案してという場合や、結婚する二人の仕事の都合で、「夏」になったという場合もあるだろう。

では、自分の息子、娘が、「夏の結婚式」を選んだ時、「母親」は何を着るのか。今のことだから、そもそも「キモノ」なんて着ないという人もいるだろうが、もし、昔ながら「キモノ=黒留袖」を使うことを考えた時に、「絽」を使わなければと思う人はわずかであろう。

「貸衣装」では、まだ「絽の黒留袖」を扱うところが、ある程度残っている。だから、「絽を借りなければ」と考える人はいる。しかし、わざわざ「新しく買い入れて」まで、用意する方は「よほどの方」であろう。それは、本来のキモノのルール(季節に応じた品物を使うこと)を「厳密」に守り、「用意するからには、晴れの場に相応しい、自分に似合う柄にこだわり、季節感溢れるものを」という意識がある方に限られるからだ。

「買い入れた」としても、その後使えるのは、身内のものが「夏」に婚礼を挙げる場合だけなので、もしかすると「二度と」手を通すことのない品にもなりかねない。だからこそ、盛夏の「第一礼装」の品を求めることは、何より贅沢であり、かつ伝統を忠実に守るということに繋がる。

今月のコーディネートでは、ほとんど使われなくなった「絽の黒留袖」を考えてみた。一般の方には、あまり「縁のない」品物かと思うが、こんなものもあるのか、と参考にしていただければ十分である。「夏には夏にふさわしいもの」をお目にかけたいという、私の勝手な希望で選んだものなので、お許し頂きたい。

なお付け加えれば、この30年で、「絽の黒留袖」のご用意を承ったのはわずか2回。前回依頼を受けたのは、平成4年なので、もう22年も前である。

 

(虫籠に秋草模様 絽江戸友禅黒留袖 北秀)

以前、「消える黒留袖」の稿の中で、チラっとだけ載せた品物。このブログに登場するのは二度目ということになるが、そもそもうちで持っている「絽留袖」は、これ一枚だけだ。

夏限定で使われる「意匠」には、「袷」用のものと違い、「季節感」がより強く表現されている。この品に使われている「虫籠」も、「夏」の文様として使われることが多い。特に、「秋草」と並べて使われているものは、明治から昭和初期における「薄物」の文様としては、めずらしいものではなく、むしろ「代表的な夏文様」である。

 

上前のおくみと身頃、後身頃に付けられている、二つの「虫籠」。

横に丸い太めのものと、楕円のような形のもの、それぞれに「秋草」が添えられている。「紐」で結わえられている虫籠は、何とも「雅やかな」雰囲気を持っている。周りには、浴衣にも使われている夏の草花としてお馴染みの、「撫子」「萩」「鉄線」「桔梗」「菊」の姿が見える。

この品物は、相当以前に、北秀から仕入れたものだが、中の仕事は手描きの江戸友禅であり、丁寧なほどこしを見ることが出来る。刺繍も「鉄線の花芯」や、「菊の花弁と花芯」、「撫子の花の淵」にそれぞれ違う技法の施しがされている。

きちんと「糊を置き」、「色挿し」がされている「本格的な友禅」といってよいのだが、この品物をいくらで買い取ったのか調べてみたら、とても今では「買えないような安さ」で仕入れられている。おそらく「売りにくい絽の留袖」ということで、「北秀」が安く手放したのかもしれない。

この「虫籠」のような、いわゆる「器物」として使われている物を、文様として取り入れられることがある。これに似た形の「夏の器物」として、「提灯」があり、「蛍」と一緒に描かれているものを見かけた。ただ、如何せん「提灯」なので、「虫籠」のように「優雅」な図案にはならず、「格調高い夏の器物」とは言えないだろう。

 

(桧垣に萩模様 絽綴れ帯 帯の三京)

さて、このいかにも「夏模様」の絽の留袖に使う「夏帯」を考えてみた。一般的には、夏のフォーマル帯として使われるのが、上の品のような絽の綴れ帯や紗の袋帯である。「帯の三京」というのは、織屋ではなく、「買い継ぎ問屋」なので、織られた先は不明である。

金、銀、白だけで、色を付けないシンプルで、あっさりとした、「涼やかな」印象の綴れ帯。「絽」といえども留袖なので、格調は高く、その上なお清涼感あふれる着姿を作ることが大切になる。

前と後ろの帯合わせを写してみた。帯揚げは絽の白、帯〆は夏用で白に金糸使いのものを使えばよいだろう。(お恥ずかしいことに、夏の留袖用の小物が手元にないので、具体的にお目にかけられない)

この帯に付けられた「桧垣文様」は、草花に添えられる文様としてポピュラーなものの一つ。檜の皮で作った「垣根」として、図案に取り入れたものだが、元々は、昔「笠」に組まれて使われていた、「網代」文様と同類の幾何学文様である。これを「木」に見立てたところから、この文様が生まれた。少し大きめの「萩」だけを付けた桧垣は、単純な図案だが、「涼感」を出すには、余計な色や模様が入らない方がよいだろう。

いかにも夏を感じさせてくれる模様同士の組み合わせなので、着姿を見た人にも「爽やか」な印象を与えることが出来るように思う。もちろん「第一礼装」の品物として、それなりの「品格」を出さなければならないが、あまり重厚になり過ぎずに、「軽やかなフォーマル感」になっていればよいのではないだろうか。

 

この虫籠模様の絽の留袖は、もう「商品」ではなく、夏の店先を飾る「風物品」のような役割を果たしています。お客様の中には、「絽の留袖」の実物を見たことがないという方も多く、そんな方々に「参考」になる珍しい品物と言えましょう。

もちろん品物の質は、丁寧な仕事がされており、「夏」という季節にふさわしい図案でもあります。いつの日か、どなたかにお召しになって頂ければよいのですが、果たしてそんな日がくるのかどうか、全くわかりません。何せ、すでに20年以上、「絽の留袖」のご用命を頂いていないことを考えれば、このまま「お蔵入り」になる可能性も十分あります。

私には跡継ぎがいないので、この品が最後まで残った時には、その行き先を考えることになるかも知れませんね。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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