バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

「衿を抜く」難しさ 粋と無粋は紙一重

2014.03 23

キモノの着姿で、「粋(いき)な装い」というのは、洗練されたとか、あか抜けたという意味で使われているが、それと共に、少し「艶やか」な雰囲気をかもし出している時にもよく使われる。

「粋」という言葉は、江戸時代の芸者衆の、「着姿」や客のあしらい方、その日常のしぐさや行動が、傍目に見ても「格好よい」ことを指して、始まった。

我々が傍で着姿を拝見させていただき、「粋」と感じられる方は、キモノが「板に付いている」と感じさせてくれる人だと思う。職業に依る「艶やかさ」はなくとも、「さりげなく、ひょいっと」キモノを着ている方だ。キモノを着ることが「日常」であり、「改まったこと」ではない姿である。

この「粋」をかもし出す時のキモノは、さりげない紬(結城や大島などの高価な絣ではなくとも)やお召し、小紋など「カジュアル」のモノである。フォーマルキモノの着姿が「粋」に見えることはなく(見えたら変である)、「晴れの日の畏まった場」にはそぐわない。

 

キモノの着方に「衿を抜く」というものがある。襟の後ろを引いて、「うなじ、襟足」を見せることである。これは、少し「ゆったりと、楽に」映る着姿を考えてのことだ。もちろん体型的に(首廻りの大きい方やふくよかな方など)、すこし「抜いた」方がきれいに映る人もいる。

また、「衿を抜く」ということが、「粋」に見えるということもある。昔の粋筋の姐さんたちが、かなり「衿を抜いて」着ていたからだ。当然、「うなじを多く見せる=色っぽさや艶やっぽさ」に繋がっていたからである。

だから、一般の方があまりに「衿を抜きすぎる」と、一つ間違えば「粋筋の方」にもなりかねず、その「抜き具合」が難しい。

今日は、この「衿を抜く」難しさについて考えてみたい。もちろん、着る方それぞれの「着方」なので、そのこと自体の「良し悪し」を判断することは適切ではないが、「キモノ姿」を傍から見ている立場の印象(あくまで私見)として、お話してみよう。

 

関口宏氏が司会をしている、日曜朝8時の「SUNDAY モーニング」という番組はご存知であろう。毎週5,6人のコメンテーターを揃え、番組が進んでいくが、その中に、出演するたびに必ず「キモノ姿」で登場する方がいる。(亡くなった、元日本ハムの大沢親分(監督)も必ずキモノだったが)。

法政大学の教授、田中優子さんのことだ。この方、専攻は近世文化研究で、特に江戸の文学や生活文化とアジア文化の関わりについて比較研究されている。また、今年4月からは、法政大の総長に就任が予定されている。

コメントは、「優しくも辛辣な」内容のことが多いが、それはさておき、私が目を引いたのは、そのキモノの「着姿」だ。最初に受けた印象は、「なんて衿を抜いた着方をする人だろう」である。テレビには、「上半身」しか映らないので、ことさら「首まわり」が気になって仕方ない。

ヘアスタイルは、かなりのショートで、体型が細い方である。前からの姿しか見えないが、相当「襟足」が出ている想像が付く。首も細い方なので、前の襟元がかなり広く開いている。確かに「ゆったり感」はあるのだが、必要以上のような気がした。

もちろん最初に「大学教授」であることがわかっているし、「知的」なお顔立ちからも、この「衿を抜いた着姿」から、「艶やか」というような印象は受けない。「楽に着たい」という意識ははっきりしているが、「体型」や「首まわり」、そして「髪型」を考えれば、もう少し「抜き加減」をセーブした方がよいように思えた。

この方は、いつも「織り」のキモノをお召しになっている。それも、無地っぽいものや縞などがほとんどである。「抜きすぎたような襟元」だが、全体には、「凛」とした印象もある。「きもの草子」という著書もあり、キモノには造詣も深い。また、母や祖母から譲られたキモノを大切に扱い、短い丈のものは「胴ハギ」を施して使いまわされている。

もちろん「キモノが日常生活の一部」になっている方だからこそ、「板に付いた」着姿なのだが、こういう「通」の方でも、「衿の抜き方」で受ける印象が違ってきてしまう。その程度は「紙一重」というべきもので、これを考えると、「衿をうまく抜く」ということは実に難しいことだと思う。

 

だが、「衿を抜く」着こなしがややこしいからといって、「避けるべき」ことではないだろう。少し「抜いた」方が、見た目にもゆったりと楽に着ている印象を受けることは間違いない。ことに紬やお召しなど「織り」のキモノでは、その工夫があってよいと思う。特に、「縞」のキモノなどを、「小粋」に着るときなどは、効果的である。そんなキモノの例が下の画像のような品である。

 (蓼染料糸使用 緯総縞模様本場大島紬・鹿児島組合証紙)

 

キモノにより、「衿を抜く」ことを加減したほうがよいモノもある。フォーマル使いのものだ。正式な場では、やはり襟元はきちんと締めたほうがふさわしいように思える。前から見て、「衿」が「開いている」のと「締まっている」のではかなり印象が違う。「きちん」とされていることが大切なのは言うまでもない。

そして、この「衿を締める」ことと同時に、「半衿」の見せ方も考えなければならないだろう。最近の「振袖」などの着方を見ていると、必要以上に半衿(刺繍衿)を多く見せている例をよく見かけるが、これも一つ間違えば、昔の「遊女」のようになってしまう。伊達衿と半衿を使う振袖は、他のキモノの時よりも、多めに「半衿」は出すが、それも「限度問題」である。この衿を出すバランスは、「着付け」をする方の考え方次第で変わるから、すこし気をつけておいたほうがよいだろう。

このように、「きちんと」しなければならないキモノと、「遊び心」を持てるキモノでは、「衿を抜く」ということに関しても、「抜き方」を変えていかなければならない。この辺のTPOは、ご自分でキモノを着ることが出来る人ならば、理解されているように思う。そして、難しい「抜き加減」の調節に、お気遣いされていただきたい。

 

最後に、「衿を抜く」ことを前提にする時の、仕立てに関して書いておこう。

首まわりをすっきり見せ、キモノをゆったりと着るために「衿を抜く」には、仕立てをする段階で工夫することがある。それは、「くりこし」という部分の寸法を通常よりすこし広くしておくことである。キモノに通じている方なら、このことを理解されていて、仕立てを呉服屋に依頼する際に申しつけておかれる。

では、「くりこし」とは、どこの部分のことなのか、画像で説明してみよう。

 

上の二つの画像で、尺差しが「縦」に置かれているところが、「くりこし」。「肩ヤマ」から、「衿肩あき」までの寸法のことで、このキモノに関しては1寸になっている。通常の寸法は5分なので、これは倍の寸法。「衿を抜けやすくする」ために多くとられている。

また衿の中には、「付け込み」という衿を付ける時の「縫いしろ」があるが、くりこしという寸法の実際は、この「付け込み」寸法を含めたものである。つまり付け込み+くりこし=くりこし寸法ということになる。

上の測り方でも、「くりこし」寸法は割り出せるが、もう一つ簡単な方法も記しておきたい。

画像の中で、二本の差しを使っているが、上の差しは、「背から」身丈を測ったもので、下は「肩から」身丈を測ったもの。下のほうの画像は裾部分を写したものだが、それを見ていただくとわかるように、「背から」測った身丈が4尺ちょうどで、「肩から」測った身丈が4尺1寸であることが確認できる。

くりこしは、「肩からの身丈」から「背からの身丈」を引くことによって割り出すことができる。つまり、4尺1寸-4尺=1寸である。

このくりこしを通常より多く付けることにより、「衿を抜きやすく」出来る。また、衿回りが大きい方や、体格の良い方などは、標準の5分よりすこし多めにくりこしを付けておかないと「着やすく」はならないので、注意が必要である。

画像の見本にある、粋な縞大島を依頼された方は、普段キモノを着ることに慣れている和楽器の演奏家であり、少し首回りも大きいこともあって、「ゆったり、衿を抜きやすく」するため、くりこしを通常寸法の倍の1寸にされている。これは、キモノの種類と体型的なことの両方を考慮されて、考えられた「くりこし」の寸法ということになる。

 

このように「衿のぬき加減」により、「くりこし」の寸法も変わるが、画一なものではなく、着る方それぞれが、自分がどのような「着方」をしたいか、により変わってくるものである。キモノに慣れてくると、自分に合った寸法というものも、理解できるようになってきて、自然と仕立てにも注意を払うようになる。

キモノの着姿を見るとき、前から見た襟元と、後ろから見た首回り・うなじなどは、重要なポイントであり、ここが着ている方に「似合っている」かどうかで、「美しさ」や「粋」というものが測れると思う。

自分にふさわしい「着姿」を見つけることは、大変難しいことではあるが、やはり、着る時間を増やすことで、それが見つかっていくのだろう。キモノ姿が「日常」になっている方は、やはりご自身の「着姿」が固まっている訳であり、それが、見るものに「キモノ姿が板に付いている」と感じさせ、「粋」の着こなしというものにも繋がっていくように思える。

 

「田中優子さん」の着こなしですが、「慣れ」というものは不思議なもので、テレビで何回か拝見しているうちに、最初のような「違和感」を持たなくなってきました。

「かなり衿を抜いた着方」でも、その人の着姿に慣れてくると、それが「その人らしさ」なのであり、「個性」として尊重されるものなのでしょう。

キモノというものは、「衿の抜き方」一つでも着姿が変わり、見る者の印象を変えることが出来ます。「板に付いた、小粋」な着姿を街で見かけると、少し嬉しくなるのは、「商売柄」なのでしょうか。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
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