バイク呉服屋の忙しい日々

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「豊かさ」とは何か 震災の日に考えること

2014.03 11

東日本大震災から今日で3年。今だ20万人以上の方々が故郷に戻れない現状を考えると、改めてその災害の大きさと復興への道程の厳しさを感じざるを得ない。

「昨日と同じ今日がある」ということが、どれほど幸せなことか。「当たり前の日常」を思い返して、わが身を正す。3.11はそんな一日である。

 

19年前の阪神・淡路大震災の時は、都市の狭い範囲で災害が集中したのだが、今回は「津波」によるもので、福島・浜通りから宮城、岩手のリアス式海岸に沿った長大な地域に被害が及んでいる。災害を被った地域の基幹産業は農業、漁業の第一次産業が中心である。つまり、「家」を失うと同時に「仕事」の基盤も失っていることになる。このあたりに、復興が遅々として進まない理由があると思える。

その上に原発の問題が圧し掛かる。3年たっても制御しきれず、汚染水の処理に限界も見える。「廃炉」にするには数十年単位の時間が必要で、そのメドすら立っていない。居住区の放射能除洗の終わりは見えず、将来の「安全」の見通しすら立てられない。このままでは、周辺地域への帰還はかなり難しく、「放棄」せざるを得ない土地は広域に及ぶだろう。

原発を誘致した自治体は、押しなべて「財政事情」の厳しい町村である。そこに暮らす人々は農林水産業に従事していて、その暮らし向きも楽ではない。おそらく「背に腹は変えられない」思いで、発電所を誘致したのだろう。それにより、国や電力会社からの補助金が受けられ、地域住民には「雇用の場」が確保される。その上、人口も増えることで、経済活動が活性化され、税収も増える。

原発のリスクと豊かさは「諸刃の刃」になる。そのことは当然わかっていたが、原発には「安全神話」があった。「放射能が漏れることは、万に一つもあるまい」と。

 

日本のエネルギー問題は、永遠の課題である。資源を持たない国が生きていくためには、どうしても避けて通れない「死活問題」だ。戦前、アメリカと決定的に対峙した一つの要因が「対日石油禁輸」であった。そして「資源」を求め、「大東亜共栄圏」を旗印に東南アジア諸国に侵攻する。ここにも、国として「背に腹は変えられない、已むにやまれぬ」事情があったのだ。

戦後は、石炭から石油、原子力へと移行する。生産効率の悪い石炭は昭和30年代までにその役目を終え、その後は石油が中心になる。しかし、中東からの輸入に依存しているため、「安定的」な供給が図れる保証がない。昭和40年代半ばの「オイルショック」に例をとるように、産油国の事情で事態が変わることが避けられない。

その後、可燃エネルギーが及ぼす環境問題が叫ばれ出すと、「原子力」に依存する国の姿勢は鮮明になる。原子力をエネルギーに運用することを目指したのは、昭和30年頃からである。世界で唯一の被爆国である日本が、「核の平和利用」の名の下、原子力発電所の建設を目論んだのだ。「エネルギー問題」の解決と、「兵器以外の核利用」は、「平和国家、日本」として、「一石二鳥」の国策であり、「大義名分」の付く考え方だったのである。

 

戦後の日本は、経済の成長を旗頭にして、生きてきた。「昨日よりも今日、今日よりも明日」が豊かに、便利になるように生きてきた。資源を持たない国が、「技術」で世界に勝ち続けてきた。GDP世界第二位となり、先進国のトップグループの一員にもなった。

国民の暮らしは豊かになり、国民の8割が「中流意識」を持つ。平成の初め、「バブル崩壊」までは、「振り返りもせず」走り続けてきた。

 

そして、現代。生活の利便性は行き着くところまで進み、パソコンや携帯電話の登場により、暮らしぶりはもとより、人と人とのあり方まで変えてしまった。「スマホ」に向かい、一言話せば、ほとんどの問題や疑問が解決する。まさに現代の「魔法の杖」である。生活の場において、人々は「待つ」ことも、「我慢する」ことも、忘れた。

便利さを享受することが「当たり前」になる。電気もガスも水も自動車もあるのが「当たり前」。電車もバスも時刻どおり動くのが「当たり前」。店も24時間開いているのが「当たり前」。パソコンを開けば24時間いつでもモノが買える、それも「当たり前」。そして、いつでも誰とでも「連絡がとりあえる」、当然出来て当たり前なのだ。

「当たり前」の生活が維持できるのが「当たり前」。もう便利になる必要もないのに、まだ「より以上便利」なものを求めて、探しては作ろうとしている。「人の手」でなされてきたことを、減らすことしか考えていない。それが社会にとって、もっとも「有益」なことであり、国や企業が目指す「大命題」になっている。

そして、世界にない「利便」なものを作り、それを海外に売り利益を得る。そのことが、「日本」と言う国が「生き残る」唯一の術と考える。国民全体をその一本道に向かわせ、そのことこそが、「豊かさという幸せ」へ繋がる道であると説く。

だから、「世界との競争」に勝てる人材が求められる。営業力も技術力もふくめた人間力で負けない人になれと。

 

自然の力は、そんな人間社会のことなどおかまいなしに、牙をむく。「当たり前」を「当たり前」でなくしてしまうことなど、簡単だというように。

そして、むごいことに、「弱い立場の人」ほど、困難がふりかかる。都会で「当たり前」に使う電気を作っていた原発。「放射能が漏れることは万に一つもない」という神話は、跡形もなく消えた。

あの日、「当たり前」に使えるはずの「携帯電話」は繋がらず、「当たり前」に動いていた「電車やバス」は動かず、「当たり前」に買えるはずの食べ物は、「コンビニの棚」から姿を消した。

東京の人々は、家族の安否を確かめるため、もっとも原始的な「歩く」と言う手段で家路をたどることになる。最後に求められる人間力は、「何もなくても、何とか出来る力」なのだと、誰もが認識したはずだ。そして、同じ立場の人間が助け合い、分かち合うことで、乗り越える「共助」が何より大切だと。

「豊か」になることは、この「人間力」を衰えさせる最大の武器なのではないか。どこかで、「不便さ」を覚悟していないと、「生きる力」が生まれないのではないか。3.11の震災は、こんな豊かな現代社会に向かい警鐘を鳴らしていると思える。

「人の手」でしか生まれないこと、それは、人と人が向き合い、理解しあえる社会を作ること。同じ時を同じ国で「共に生きる」ということに、貧富や立場や地位は関係ない。自然の暴威に立ち向かう人間の力は、「世界との競争に勝てる人間力」などとは、まったく関わりのない力だということを知るべきだと、私は思う。そう、「豊かなこと」は、決してそれだけで「幸せ」なことにならないということを。

 

どのような社会をつくるのか、という視点で国の将来を考えるということが、あまりに成されていないと私は思います。「自然を畏怖する気持ちを持つ」ことが、人が生きる上では「大前提」になる。震災の教訓を明日へ繋げる第一歩は、ここから始まるのではないでしょうか。

このことを考えれば、どのような社会にするのか、おのずと方向が見えてくるような気がします。「豊かさ」を追求する前に、もっと大切なことがあることを、今を生きる一人の人間として、考え続けていきたいと思います。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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