バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

黒紋付羽織を再生する(女物編)

2013.11 12

年に何度か、箪笥整理を頼まれることがある。それも、亡くなった方の品物であることが多い。その家のおばあちゃんが大切に使い、保管しておいたモノである。

依頼する人は、ほとんどの場合「お嫁さん」か「娘さん」。一昔前であれば、故人ゆかりの人たちが集まり、その遺品を分け合った。キモノや帯などは、そうして次の代に受け継がれていったものだが、現代では「引き取り手」がなく、扱いに困ることがあるようだ。

「キモノを処分する」といっても、袋に詰めて「有価物」として捨てるのには忍びない。それはおそらく、「故人が身に付けた思い出の品」であることや、他の衣類と異なり「呉服」というものが「特別なモノ」と意識されているからだ。

そうかといって、「古着屋」に持っていくのも面倒だし、それが「高額で売れる」ことはない。どちらにしても残された人達には「使うあて」のないものであり、「残されても困る」品になりつつあるのだろう。

依頼先へ伺い、整理を始める。まず最初に、フォーマルとカジュアル類に「仕分け」をする。黒留袖や訪問着、無地、喪服などは、もしかしたら「着る機会」が訪れるかもしれないからだ。「お嫁さん」や「娘さん」には「使うことを勧めてみる」のだが、「式服としてキモノは着ない」と決めている人を説得するのは難しい。

紬や小紋、それにウール類などカジュアル類は、まったく「説得の余地」がない。それぞれの品物の価値は作り方を見ればわかるため、細かい絣の結城紬や、センスのよい柄の手差し小紋など、具体的に「今ならこのくらいの値段がしますよ」とお話するのだが、「いくら高いものでも着ないものに価値はない」という考え方が変わることはない。

 

日本女性の人口は約6千万人。そのうち必ず箪笥の中にキモノを持っていると思われる60歳以上の女性は2千万人である。単純に一人3枚(かなり少なく見積もって)あるとすれば、6千万枚が箪笥に眠っている。果たして、この品物達の「行く末」はどうなるのだろうか。

今日は、前回の「男物黒紋付羽織」の再生の続き、「女物」編。これは、箪笥に残された「思い出」の品を別の形で生かそうとして作ったものである。

 

(喪用名古屋帯・垂れ縫い家紋入り 女物黒紋付羽織の再生)

女物の黒紋付羽織が残されているのは、今の70歳以上の方たちだと思う。それ以後の世代では、「喪服の上に羽織るもの」が、「喪用の黒道行コート」に変わったからである。それとて、ある一部の人たちだけが持っているだけのものである。

「羽織」は「コート」と違い、「家の中でも脱がなくてよい」ものだ。だから、昔の年配の方々は羽織を重宝した。日常生活を「キモノ」で過ごす方にとっては、羽織を着ていれば、後ろの帯が隠れる。だから、帯に気を使わなくても済むため、簡単に結べる「半巾帯」を普段着(ウールや紬)によく使っていた。

もちろん「羽織」を着ていれば暖かい。今と違い「暖房設備」が乏しかった時代、家の中でも着たままでいられる「羽織」は必需品であった。

 

ただ、今からの時代を考えれば、「羽織」の出番は少ない。特に、この品のような「黒紋付羽織」は、「葬祭関係(葬式や法事)」に限定される。とすれば、「羽織のまま」では使い道がなくなるので、「別なもの」に「再生」して生かすことを考えなければならない。

直しの知識が少しでもある呉服屋ならば、「羽織」を「帯」に再生することは、「めずらしいこと」ではなく、当たり前に考えられていることだ。「コート」に直すこともあるが、これは、元の羽織の「縦衿の縫込み如何」で、直せるものと直せないものがあったり、「丈」の関係で思うような「コートの丈」にならない場合があったりと、「全て」が「コート」に変えられるとは言えない。

「帯」ならば、「羽織」の寸法に関らず「再生」が可能である。名古屋帯の「帯丈」は、通常9尺2寸~5寸ほどである(かなり体格のよい方でも1尺もある人はいないであろう)。羽織(羽尺生地)はどんなに短いものでも2尺はある。昔は「半反羽織=一反(4尺)の半分の2尺」といわれる生地が普及した時代があった(昭和40年代)が、一般に羽織やコート用の生地(羽尺地)は2尺5寸~7寸程度の長さがあるのが普通だ。

ただ問題になるのは仕立て済みの羽織なので、帯にする「長さ」は十分あっても、「裁ち」が入っている点である。帯は生地が一本に繋がっているものなので、「一本丸々」の寸法(9尺2~5寸)をそのまま取れる箇所が「仕立てた羽織」にはない。とすれば、どうしてもどこかに「ハギ」を入れて、生地と生地を繋ぎ合わさなければならない。

「ハギ」をして繋いだ部分。このハギの箇所は外から「見えないところ」しなければならない。帯の場合「手先」に近い位置にする。ここにすれば、確実に帯の中へ入り表には出てこない。また、とれないしみや汚れがある品を手直しする時も、その部分をうまく「隠す」ように仕立てをすれば再生可能になる。

 

この羽織の帯再生を依頼された方は、亡くなった「義母さん」の品を受け継いだことで、相談に来た。遺品はそれぞれその方の「娘達」が分けて持っていったが、「黒紋付羽織」を引き受ける人がなく、残ってしまったという。

それでも、その「残った品」を「思い出の品」として再生しようという気持ちがあるのは、僭越ながら、仲がよかった「嫁・舅」の関係が想像される。そうでなければ、こうして「手を入れてまで」使おうとしないであろう。

そんな気持ちをお聞きして、一つの提案をさせてもらった。ただ、「羽織」を「帯」にするのではなく、少し「個性的」にしたいと思ったからだ。それが、「帯の垂れ」に「紋を施す」ということである。

手直しする品を見れば、「霞のような柄」の紋織り生地で、柄が目立たずほとんどフラットな黒である。元々が「黒紋付羽織」であり、「紋」が付いていた品の証をどこかに残したいと考え、「垂れ(たれ)」の部分に入れるのなら、「個性」も出るだろうし、「ありきたりな喪用帯」ではなくなる。

紋職人の西さんと相談して、「抜き紋」にするのではなく、縫い紋の「菅縫い」技法で施すことにする。縫い糸も「白」ではなく、「銀鼠色」を使った方が、さりげなさと控えめな感じが出る。紋の大きさは通常の「女紋」より一回り大きく、「男紋」に近い。このような仕事をする時は、職人さんの経験や提案を聞きながらすすめて行く。それが、我々が考えるよりも、的確でセンスのよいものに仕上がる最大の方策である。

 

出来上がった帯を改めてみると、「工夫次第」で再生できる「呉服」というものの「便利」さ、「素晴らしさ」を感じる。「使わなくなったから処分する」のではあまりにも寂しい。「手をかけて直そうとする人」と「捨ててしまう人」の落差はあまりにも大きい。

「生地を生かす」ことは、その事を昔から受け継いできた人の「知恵」の集まりだ。キモノにせよ羽織にせよ帯にせよ、それをどのように長く使い廻すか考えて、生活してきた。それは、「表地」ばかりでなく、「八掛や胴裏、羽裏などの裏地」ですら、無駄にしなかった。

キモノはやがて半纏や上っ張りになり、それが古くなれば、赤ちゃんのオムツになり、果てはふきん、雑巾になるまで生地を「使い倒した」。現代では、もうそんなことは見受けられないし、望むべくもない。ただ、どこかにその時代の空気というか、「モノを大切にする心」を残しておきたい。それが、「呉服屋の仕事」の中にほんのわずかでも受け継がれていけばよいと思う。

 

品物を再生する時、ちょっとした「オリジナリティ」を提案すると、また違ったモノになるように思えます。手を入れる限り、改めてそれを使おうと考える方に、少しでも「直してよかった」と思っていただけるように仕上げることが大切です。

「箪笥整理」の仕事は寂しいですが、「再生」の仕事には喜びがあります。新しい品物を売る仕事と、「手直し」の仕事、両方とも出来て「呉服屋の仕事」と言えるのではないでしょうか。これからの時代では難しいでしょうが、少しでも「再生」の仕事が増えることを願わずにはいられません。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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