バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

1月のコーディネート  歳寒の三友・松竹梅で装う、吉祥な振袖姿

2020.01 28

日本橋・人形町界隈は、呉服問屋の集まる街だが、その一角に大手進学塾のビルがある。眺めていると、夕方4時を過ぎた頃から、次々に小学生がやってくる。街角には塾の関係者が立ち、子どもたちを安全に誘導している。そして土曜日の昼などは、迎えに来る親たちでビルの前は混雑し、およそ問屋街とはかけ離れた風景を見せている。

首都圏で中学受験をする子どもは、6万人。そして、私学の中高一貫校へ通う子は、全体の24.8%。この数字は、全国平均の7%と比べると、かなり高い。都会での私学志向は、ここ30年あまり右肩上がりで推移し、ますます強まる傾向にある。ここからは、豊かな経済力を背景にした親の、教育への関心度の高さが伺えるが、私学希望の要因は、大学受験対策だけではなさそうだ。

 

私立の中高一貫校では、英語教育の充実や、探求型授業の推進、また情操教育の尊重など、社会のニーズに合わせて教育内容を変えながら、学校ごとに特色あるカリキュラムを組んでいる。親としても、どこが、自分の子どもの個性を伸ばし、生き生きとした生活を送ることが出来るのか、それを見極めた上で学校を選ぶことが出来る。ここが、公立との大きな違いである。

そして、私学を希望する理由の一つには、高校受験をせず、6年間という長いスパンで、学校生活をでゆったりと過ごしたいとか、地元を離れて、新しい環境の中で中学生活をスタートしたいということもある。これは、学校数が多く、交通手段も充実している都会だからこそ出来ることだが、こうして、小学校までは地元に通っている子どもでも、中学校からは地域のコミュニティを離れていく。

 

こんな背景があるからだろうが、東京の私立校(特に女子校)の中には、成人の日に卒業生が母校へ集まり、お祝いをするところがある。今は、成人式に参加する大きな理由の一つが、昔の友人と会えるからだが、中学から私立へ進学すると、地域の成人式に出ても、会いたい友人には会えない。そこをくみ取って、学校側はこんな「成人の集い」を企画するのだろう。

これは首都圏ならではのことかも知れないが、成人の日のありかたは、「自治体主催の式に臨む」という、通り一遍の形式に捉われる必要はないと思う。私の家内は、自分が成人を迎えた時(30数年前のことだが)、地域の式典に出席せず、高校時代(公立)に親しかった友人四人と振袖姿で地元の神社へお参りに行き、写真を撮って過ごしたというが、それも良い思い出になっていると話す。

成人年齢が下がると同時に、自治体が主催する式そのものの意義は、失われつつある。だから、新成人が自分で考えて、様々な形でこの日を迎えられたら良いのではないか。ということで、今月のコーデネートは、新しい年に相応しく、振袖を取り上げてみる。バイク呉服屋では、よそさまのように振袖の扱いは多くないが、古典でありながらも、個性的な装いとなるように考えてみよう。

 

紋綸子深緋色 梅笹模様・振袖・ 黒地 松重ね模様・袋帯

おめでたい文様のことを、吉祥文(きっしょうもん)と呼ぶが、皆様はどんな図案を思い浮かべるだろうか。植物文の松竹梅文様や、器物文の宝尽し文などはよく知られているが、他にも沢山ある。

そもそも、一つの図案やモチーフを「めでたいもの」とする理由は様々だ。例えば、中国の古代伝説によると、鶴と孔雀と鶏を合体した架空の鳥=鳳凰は、有能な為政者が現れた時にやってくるとされてきた。鳳凰文は、すでに天平期には伝わっていて、正倉院御物の中にもその姿が数多く見える。先頃、天皇陛下が即位礼でお召になった袍は、「桐竹鳳凰文」である。このことからも、この文様が吉祥文として古くから重要視されていたことが判る。

 

植物をモチーフにした吉祥文の代表は、四君子(しくんし)文と松竹梅文。四君子文に表れる植物は、梅・菊・蘭・竹。寒風の中で春を告げる梅、延命長寿を助ける菊、香ることでは他の追随を許さない蘭、そして虚ろな姿から益を受けるとされる竹。中国では、この四つの花を宋代から尊び、文人や画家たちがこぞって題材にしてきた。

松竹梅文は、蘭が入る四君子文と比べると、日本の風土に根ざした文様に見られがちだが、原点は、中国における「歳寒の三友(さいかんのさんゆう)」である。この三つの花の姿は、常に人々に潤いを与えており、賞すべきものだと、考えられてきた。松や竹は、四季を通して変わらぬ緑を保ち、寒さの中で花開く梅は、清らかで雅な美しさを持つ。その姿こそが、人の心を捉えたのである。

松竹梅を三つ揃えて文様とし、これを吉祥文として意匠化したのは、室町期からだが、時代を追うごとに、三つの植物を多彩に表現するようになった。そして、三つの取り合わせを巧みに工夫することで、個性豊かな「松竹梅文」が次々と生まれることになる。

 

今日はこの松竹梅文を、品物の意匠として捉えるのではなく、着姿全体で表現してみたい。以前にもブログの中で、お客様が持参した梅文様の振袖と松笹文の帯を合わせ、着姿で「松竹梅」を形作った姿をご紹介したが(2016.12.18 「母の個性的な振袖を、イメージアップせよ」の稿)、今日のコーディネートも、同じ考え方になる。ではどのような組み合わせになるのか、ご覧頂くことにしよう。

 

(紗綾型紋綸子 深緋色 梅笹総模様 手挿し型友禅振袖・菱一)

振袖に限らず、フォーマルモノの模様配置には規則性がある。ほとんどの品物が、上前の衽と身頃に主模様を置き、そこから後身頃に向かって模様が流れる、いわゆる「裾模様」の形式をとる。そして、上前の衿、胸、袖に模様の繋がりを持たせる。

だが振袖や訪問着の中には、裾模様の様式を取らず、全体に模様を散りばめた「総模様」の品物がある。こうした振袖を誂える意図がある場合は、同色同柄の小紋を二反使って作ることがあるが、この振袖は型を起こして模様付けした型友禅。

この振袖も「総模様」だが、キモノ全体にこれだけ整然と模様を並べているものも珍しい。上前と下前の身頃、衽、左右の袖まで、縦横左右に一直線に同じ模様が並ぶ。

地色は、紅色を煮詰めたような濃厚な色合い。鮮やかさな中にも、深みと落ち着きがある。モチーフは梅と竹笹だけの極めてシンプルな意匠だが、この単純な模様を規則的に並べることで、裾模様の品物には無い、独特の華やかな雰囲気を見せている。

同じパターンの繰り返しなので、模様全てに同じ型を使っているように見えるが、よく見るとそうではない。枝に咲き誇る梅、その下に置かれた竹ともに、僅かに模様が違う。これは何枚かの型を組み合わせて模様付けしたもの。全体が平板にならないのは、「全部同じ」ではないからだ。

中の挿し色を見てみると、これも同じように見えて、全部色のパターンが違う。梅は白・黄・ピンクの三色で、それぞれ濃淡に差を付けている。笹は、若草と黄の二色。同じ色を使い、模様の規則性を保つと同時に、雰囲気を壊さぬように挿し色に変化を付ける。この微妙な工夫こそが、模様全体を際立たせる大きな要因となっている。

梅の蕊一本一本を手で描き、笹の色暈しにも、丁寧なあしらいで変化を付ける。型友禅だが、人の手を尽くした振袖と言えるだろう。

前を合わせてみた。こうすると、なお規則性がよく判る。単純明快だが、個性的。シンプルなだけに、モチーフの梅と笹竹がより強調される。では、この振袖に「松文」の帯をあわせて、「松竹梅」の姿を作ってみよう。さて、どのような「松」を使えば、振袖の「梅と竹」を引き立てられるだろうか。

 

(黒地 松重ね文様 袋帯・紫紘)

さて、帯には松文を使うと決まっているが、松ならば何でも良いという訳にはいかない。それは、きっちりと梅笹総模様の振袖を引き締め、パランスのとれた着姿を作れる図案でなければならない。

とすれば、やはり余計なものを付けない、シンプルな松文ということになる。しかも、図案そのものにインパクトがあり、しっかりと「松の存在」を強調出来ることが求められる。

この紫紘・松重ね文は、一昨年1月のコーディネート(2018.1.28の稿)で、黒地の雲取桐唐草模様の振袖と合わせて使っているが、その時の地色は白地だった。今回は、同じ文様でも黒地なので、かなり雰囲気が違うが、この大きな松葉だけを連ねた単純な意匠は、どんな振袖をも抑え込む力があり、実に使いやすい。これこそ、シンプル・イズ・ベストの典型であろう。さて、合わせるとどうなるか、試してみよう。

 

振袖の深い緋色は、やはり黒地の帯でなければ抑えきれない。また帯配色に赤や朱系の色を使っていないのが良い。帯に赤が含まれると、少しくどくなるからだ。振袖は梅笹だけ、帯も松だけ。極めてシンプルな意匠同士の組み合わせだが、だからこそ華やかで、人の眼を惹く。

前の合わせ。こうして松重ねを横に並べてみると、この帯の規則性もよく判る。松竹梅それぞれの特徴を、図案としてうまく切り取り、三つを組み合わせることで、着姿全体に文様を意識させる。まさに「歳寒の三友コーディネート」と思うが、如何だろうか。

 

帯〆は、濃朱色に金で矢羽根を表した高麗組。キモノの緋色より少し明度の高い濃朱で、黒地の松を引き立てる。帯揚げは、桜刺繍をあしらったちりめん地サーモンピンク。刺繍衿には、色があまり入らないおとなしいものを使い、衿元をすっきりと見せる。伊達衿は載せていないが、緋色系の薄い色を使うと、すんなりまとまるだろう。(帯〆・龍工房 帯揚げと刺繍衿・加藤萬)

こちらは、若草色系を使った小物合わせ。赤の補色・緑系を使うと、やはり上手くいく。ただ緑でも、あまり強い色を使わずに若草にすると、柔らかい印象を与える。刺繍衿は、中に赤を使ったもので、アクセントを付ける。伊達衿は、統一感を出すためには、若草色以外考えにくい。(帯〆・龍工房 帯揚げと刺繍衿・加藤萬)

 

今日は、キモノと帯それぞれに「歳寒の三友・松・竹・梅」を使い、着姿全体で松竹梅文様を表現するというテーマで、振袖姿を考えてみた。振袖に限らず、どんな品物でも、一つのテーマの下で着姿を組み立てることが、あっても良いだろう。そうすると、違った観点から色や文様を見ることが出来て、選ぶ品物の範囲も広がる。

植物文の中では、最もスタンダードな松竹梅だが、こんな個性的な使い方もある。今年も、様々な視点からコーディネートを考え、皆様に楽しんで頂きたいと思う。

最後に、今日ご紹介した品物を、もう一度どうぞ。

 

自分が成人の日に何をしていたのか、私にはその記憶が全くありません。それは、何もない「普通の一日」だったということです。もちろん式には参加せず、写真も撮っていません。類は友を呼ぶと言いますが、これは私に限らず、当時周りにいた友人たちも同様で、成人式をどうするかなどは話題にも上らず、全く関心の外にありました。

その日は、下宿の部屋でコタツに埋もれていたか、麻雀でもしていたか、あるいはバイトに出ていたか、おそらくそんなところでしょう。これでは、大人になる決意も、成人の誓いも、家族の喜びもあったものではありません。

今、この日には新成人の多くが式に臨み、家族みんなでお祝いをしています。真面目で従順で優しいイメージが、今の若者達にはありますが、やはり「成人の日」の過ごし方にも、そんな傾向が表れているのでしょう。これも一つの、時代の流れですね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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