バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

お客様からの難しい依頼品・大胆な黒地飛び柄小紋で、長羽織を作る

2015.04 05

今年の桜は、あっという間に散ってしまった。急に暖かくなって満開になったと思ったら、一昨日の風と雨で多くの花びらが飛ばされた。川沿いの桜並木から落ちた花びらで、川面が埋め尽くされる光景を見たが、これはこれで何とも趣きがある。

日本人が桜に惹かれるのは、パッと咲いてパッと散るという潔さなのだろう。引き際の良さは、いつまでも余韻が残る。「惜しまれるうちが華」とか、「立つ鳥跡を濁さず」などの言葉は、物事のけじめのつけ方に美しさを求めている。

人間、なかなか桜のようにはなれず、どうしても逡巡してしまう。進退を誤ると、それまでの実績さえ帳消しになることがある。引き際の美学とは、何とも難しい。

 

今日は、先月のはんなり小紋コーディネートの稿で少し触れたように、お客様の依頼で作った、街着用の個性的な長羽織をご紹介してみよう。

 

(黒地鬼シボちりめん 四季花模様飛び柄小紋・長羽織 甲府市・I様依頼品)

依頼品というのは、お客様が自分の希望する商品を探して欲しいと、私に依頼してくる品物のことである。フォーマルモノならば、着ていく場面や季節に応じた色目や柄行きを提案して、何通りかの組み合わせを考える。濃淡合わせにするのか、インパクトのあるコントラストにするのか、その辺りも伺っておく。

もちろん、地色や模様の具体的な希望があれば、それを考慮に入れて品物探しをするのだが、お客様の方でも品物に対して、「どうしてもこれでなければ」という考えがなく、ほとんどの場合が漠然とした希望なので、探す私の方としても余裕が持てる。

3~5点程度に品物を絞り込み、お目にかける。お客様の雰囲気や性格までを理解した上での商品提示、つまり意思疎通が出来ているので、相応しい品物を探すことはそう難しくはない。

 

このように、フォーマルモノ依頼の場合には、品物を探す選択の巾というものが、ある程度広がっているのだが、一番難しいのはお客様の方で、かなり具体的に品物を限定して依頼してくるケースである。

特にカジュアルモノ依頼の場合は、お客様が自分の着姿を想像した上で、色や素材、柄行きを決めていることが多い。このようなケースでは、依頼されるお客様のセンスを見極めるというか、共有していなければ、品物探しは難しくなる。

 

今日ご紹介する依頼品の条件は、次のようなものだった。品物は長羽織。地色は黒、模様は大きい飛び柄で、季節を問わず使えるものであること。また挿し色は明るい色で地味にならないこと。そして、羽織そのものがポッテリと自然に下がるような素材、つまり柔らかい印象を持てるようなもの。かなりの難問だ。

 

(黒地 鬼シボちりめん 四季花飛び柄小紋・トキワ商事)

丈の長い羽織ということなので、探すアイテムは小紋になる。しかもポッテリとした着心地をお望みなので、生地はちりめんで大シボの素材が良いだろう。

今、黒地の小紋というものが少ない。江戸小紋などでは、たまに見かけるのだが、飛び柄、それも大きい柄となると難しくなる。小さい飛び柄小紋は、茶席小紋とも呼ばれ、茶道を嗜む方には重宝がられるので、ある程度作られる。ただ、地色は控えめな色のものが多い。

飛び柄でも、一つ一つの模様が大きくなると、かなり個性的になる。稀に、子どもの祝い着用として使う四つ身小紋の中に、大きい模様のものがある。子どもモノだけに、挿し色も鮮やかでかわいい印象が残るものが多い。しかし、黒地となると子供用小紋でも少なく、たいてい朱や黄色、鶸色など明るい色だ。

大人モノで探すのが難しいからといって、子どもモノを代用する訳にもいかない。祝着のようにかわいくなりすぎても駄目だ。しかも、春秋通して使うという条件もある。これからすれば、まずは抽象柄で考えたくなるが、依頼人の話を聞けば、花だけ、あるいは鳥などと組み合わせたものの方が、お好みらしい。

 

キモノが多く売れた時代は、様々な色や柄のものを多く作ることが出来た。製作するメーカー側でも資金的な余裕があり、旺盛な需要に支えられ、冒険も出来た。例えば、小紋などは同じ型紙を使っても、地色を何色も変えて作られていたが、今ではせいぜい5色くらい、少ないものだと2色しかない。黒地色などは、個性的になりすぎるので、あまり作りたがらない。

 

上の画像の品物は、そんな条件の中で、何とか探し当てたものということになる。施してある模様をこれから少し見て頂こう。

梅・菊・椿・銀杏・楓・雪輪の六種類の模様が、不均一な間隔で飛ばされて付けられている。一つ一つの柄の大きさも違うので、全体を見たときにアクセントが付いていて、平板にならない。

上の画像は、反物の状態で柄を合わせてみたところだが、仕立てを工夫することで、どのような模様付けにもなる。このような小紋は、柄の配置が難しく、呉服屋と仕立職人泣かせの品物である。

 

近い位置に模様付けされた、楓と梅と小さい葉。小紋なので型が使われているが、色は手で挿されているので、加工着尺というアイテムになる。

同じ模様付けで、挿し色を変えた部分。よくよく見ると微妙に花の形が違っている。これは、上の画像部分と同じ型を使ったのではないことがわかる。

地色と柄行きさえお客様の希望に合えば、何でも良いということはなく、どのように作られているかという、質の部分は重要だ。見た目は同じように見えても、インクジェットモノでは品物に奥行きがなく、薄っぺらな印象になってしまう。

幸いなことに、生地は大シボのちりめん。これで、ポッテリとした風合いを出すことも出来る。染モノでマトモな加工をするには、生地にもある程度の質が求められる。裏返せば、いい加減な作られ方をするモノは、生地にも手を抜いていることが多いと言うことである。

 

仕上がった長羽織を前から見たところ。お客様の希望で、大柄な桃色の羽裏が付けられた。衿に「しつけ」が掛かっているので少しわかり難いが、袖、身頃、衿などに柄が均等に配されるように、また中の挿し色が偏らないように工夫してみた。

 

お客様に依頼されたのは、昨年の夏のことなので、探すのに半年かかってしまった。それでも、春に使いたいというご希望には、何とか間に合わすことが出来た。様々な条件が付いた品物だったので、ある程度探す時間の猶予は頂いていたが、なかなか難しかった。

この品物は、正月明けに京都のトキワ商事という染モノ問屋へ挨拶に寄った時、見つけたもの。この問屋は、小紋や付下げなどを自分で染め出しをしている、いわばメーカー問屋である。今、ある程度モノを作っているところでなければ、小紋のようなアイテムはなかなか揃わない。

「具体的な色や柄を指定されて品物を探す」ということは、これからもっと難しくなるだろう。作り手の方でも、売りやすい無難な色や模様のものしか、作っていないという現実がある。付下げや訪問着などでは、一枚限りの誂え品(そのお客様だけに作るオリジナル品)を作ることができるが、型紙使いの小紋では、難しい。どちらにせよ、出来たとしても、価格は高く付いてしまう。

お客様から信頼されて、商品依頼されることは、ありがたいことだが、品物を取り巻く環境を考えれば、いつまで受けることが出来るだろうかと、不安になる。大変な時代になったものだ。

 

この品は、問屋から借りた(委託販売)ものではない。その場で私が買い取ったものだ。つまり、万が一お客様に気に入って頂けなければ、店に残ってしまうことになる。自分の責任で、品物を見極めるということは大切で、それくらいの覚悟がなければ、依頼は受けられない。

リスクはあるが、品物を借りるよりも買い取る方が、仕入れ価格はかなり下がる。そして、その分だけお客様にも安くお分けすることが出来る。自分がこれと信じた品物は一点だけあればよい。それがお客様に受け入れられた時は、大変嬉しく、商売冥利に尽きるというのは、こういうことなのだろう。

最後に、もう一度出来上がった羽織を見て頂こう。今度は後姿から。

 

 

羽織ではなく、「キモノの上から掛けるものを」ということで、この春依頼された品がある。ついでだが、簡単にご紹介してみたい。

(ベージュ色 小花にぽっくり模様 ちりめんショール・岡重 OKAJIMAブランド)

紫地色に桜の花びらだけが散らされた小紋のキモノ、これに似合うショールを、というのがお客様の依頼である。

やさしいベージュ地色で、控えめにつけられた小花とぽっくり。ちりめんの柔らかさが、春らしい。小紋の上に羽織るものなので、仰々しくならないように、少し遊び心のあるものを考えてみた。

 

(鶸色とサーモンピンク リバーシブル 桜花の丸刺繍 ちりめんショール・加藤萬)

こちらは、春色二色のリバーシブルのちりめんショール。キモノの地色によって使い分けが出来る。模様は桜だけの花の丸で縫い取られている。優しい色と柄の使い方が上品だ。

ショールそのものが、あまり目立ってはいけないのだろう。キモノの邪魔にならない程度に印象を残す。なかなか匙加減が難しいが、季節感というものだけは大事にしたい。

 

今日は、依頼された品物を見て頂いた。商売には「三方良し」という原則がある。つまりは、お客様・店・仕入先の三方向全てが、満足する仕事になっていなければいけないということである。

お客様の満足はというのは、自分の思い通りの品物が、思うより安く手に入って満足されること。店の満足というのは、自分が見極めた品物でお客様が納得され、その上お代が頂けること。仕入先は、しっかり品物を買い取ってもらい、代金を貰い受けられること。

どんな小さな商いでも、この原則は鉄則だと思う。たとえ商いに時間がかかったとしても、これを守って行けば、長いお付き合いが出来る。店が利に走り、あわてた商売をすればろくなことはない。呉服屋として仕事を依頼される限り、肝に銘じて置きたい。

 

依頼されるということは、信頼されるということ。これに思うように答えることが出来なくなった時が、私の引き際なのかも知れません。

その時は、桜のように、潔く散りたいものです。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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