バイク呉服屋の忙しい日々

職人の仕事場から

和裁職人 保坂さん(3) 「ぐししつけ」と「しつけ」

2013.12 11

どんな職人さんたちにも「組合」というものがある。「紋章職人」の西さんが所属しているのは、「紋章上絵保存会」。「補正職人」の塗矢さんは「東京都染色補正しみぬき組合」。「洗張り職人」の「太田屋・加藤くん」は「東京きもの染洗協同組合」。

どの「職人組合」も、その技術を守り、後世に繋げていくことを主目標に掲げているが、「後継者難」と「呉服業界の衰退による仕事の激減」、また「職人を要しないような呉服屋の増加」など、取り巻く環境は厳しさを実感しているようである。

呉服に関る「職人組合」の中でもっとも大きな組織と言えば、「和裁職人(仕立屋さん)」の全国組織である「日本和裁士会」である。ここのHPの冒頭にも、「海外縫製」が増加していることへの「危機感」が述べられている。

この「和裁士会」の発足は1953(昭和28)年と古く、全国各都道府県にそれぞれ支部が置かれていて、4000人の「和裁士」が会員として構成されている。会が作られた翌年から、「全国技術コンクール」が開かれ、「和裁技術」の向上に切磋琢磨する姿勢が見られた。さらに、1968(昭和43)年には、国の認定制度に先駆けて「技能検定」を実施し、2年後の国家検定への道を開くことにもなった。

今日の職人さんの仕事は、その「和裁士」の仕事の中でも特に難しいとされる「ぐし縫い」を取り上げてみよう。縫いあがったキモノの「ぐしの美しさ」を見れば、その仕事をした職人さんの「技量」が判るのではないだろうか。

 

(黒地の友禅付下げに施された「ぐし」 「衿下」から「裾廻り」の部分)

「ぐし」が施されるキモノは、「格」の高いものである。「紋付」のもの(黒・色留袖、無地、喪服)はもちろん、「訪問着、付下げ」などにも付けられる。うちの仕立職人の保坂さんは、「袷の垂れモノ(生地が垂れるもの=染モノ」だったら付けるようにしていると言う。つまり「小紋」などでも付けるということだ。(かなり丁寧な「ぐし」に対する考え方である)

「ぐし」を施す目的は、「生地」の「表裏」をしっかり付け、「折り目や縫い目」を強くすることだが、それにも増して、付いていることによる、「キモノの格調付け」という意味合いの方が強い。

「ぐし」を施す部分は「掛け衿付け」、「両袖口」、「衿下(褄下)」、「裾」、そしてキモノの「内揚げ」の五ヵ所。用いる糸は必ず「白糸」である。

(下に見える「ぐし」は「衿」。右端に見える「ぐし」は「内揚げ」。)

この「ぐし」は、「キモノを格調付ける」ためのものなので、決して「取ってはならない」。以前この細かい「ぐし」の施しを、「しつけ糸」と混同して、「取ってしまう」話を耳にしたが、この「ぐししつけ」と「しつけ」は扱い方が違う。わざわざ手間をかけた「ぐししつけ」を、「取ってしまう手間」も相当かかったのではないだろうか。この違いを解っていただくために、今日のタイトルも「ぐししつけ」と「しつけ」と二つに分けた。後半で、単なる「しつけ」の話をしよう。

「ぐし」が美しくなければ、縫いあがったキモノも美しくない。特に「黒」の生地(黒留袖や喪服、そして上の画像のような黒地のキモノ)は糸が「白」だけに目立つ。下手な「ぐし」だと、かえってその稚拙さが見えてしまう。それなら、最初から付けない方がまだよいかもしれない。

「海外縫製」などの場合、「ぐし」など施さないだろう。単純な技術では、このワザを習得するのは無理である。もし、ベトナムあたりで仕立てられたもので、「ぐし」が付けられていたのなら、そこだけ「日本」に戻ってきた時に付けられたものであろう。ただ、そんな面倒なことを、「仕立てにいい加減な業者」がするとも思えない。だから、「ぐし」はない。

 

「ぐし」を美しく見せる条件は、「縫い目」が等間隔に揃っていることであり、その間隔が狭く(狭いほど縫い目の数が多くなる)なるほど難しい。この「糸の目」は遠くから見れば「一直線の点」のように見える。

(衿下の「ぐし」。白い一直線の点のような縫い目)

「縫い目」の「ぐし」の間隔は、通常1寸の間に8~10個であるが、それでは線のように並ぶような印象にはならない。線にするには、1寸の間に12、3個縫い目がなければならない。保坂さんの仕事は、1寸に13個である。だから、このような「白い線」が生まれる。

上の画像をみれば、「均等な縫い目」が整然と並んでいるように見えるのだが、よく見てみると「微妙に不揃い」で「微妙に間隔が違う」のだ。それが、また「手仕事」らしい施しである。「人」が施すから、「微妙」さが出る。人の仕事には、この少しの「ブレ」があるかないかが重要なのだ。「加賀友禅」の稿(糊置きの工程のところ)でも書いたが、「均一」でないもの、「人の手の自然さ」が手仕事の証明といえるのだ。

(裾の「ぐし」を見たところ。微妙に縫い目間隔が異なる。)

もっと拡大すると下のようになる。「縫い手」の息遣いが聞こえるようだ。

この「ぐし縫い」を習ったのは、内弟子に入って3、4年ほど経ってからだと、保坂さんはいう。都合6年ほど師匠のところで修行した後、独立したのだが、最初の1年はほぼ毎日「運針」の稽古だけだったそうである。

「運針」というのは、文字通り「針を運ぶ」練習で、綿布や晒を使い布の表裏に同じ縫い目が一直線に出るように縫うことである。これが、出来るようになると、まず「本縫い」という、キモノの基本的な縫い方を学ぶ。「本縫い」とは、布を縫い合わせる縫い方のことで、縫い目の大きさは1分(約3、75cm)の間隔にする。この後、「縫い返し」や「半返し縫い」など、キモノの各部分に使い分けられる縫い方を覚える。

最初は、襦袢類(長襦袢や半襦袢)とゆかたやウールなどの「裏無し」の「単衣モノ」しか縫わせてもらえず、師匠が見て「腕があがった弟子」から順に、次の段階へ進むことができる。後から入門した者に先を越されるということもあり、そこは「実力」の世界である。師匠としても、一度預かった限り、その弟子を「一人前」に仕上げなければならない。その責任を果たす義務があるのだ。

入門から、3,4年で「柄合せ」の品に手を付けさせてもらえる。「柄合せ」というのは、黒・色留袖や訪問着、付下げなど、「上前見頃」などキモノの各部分で柄を繋いで縫い合わせることである。前回書いた「付下げの柄合せ」の稿を参考にして頂きたい。

 

さて、今までお話したのは、着用の時「取ってはいけない、ぐししつけ」のことであるが、「取らなければならない、しつけ」のことを述べておこう。

上の画像は「袖」に付けられた「しつけ」。先に紹介した「ぐししつけ」とは明らかに違う「縫い方」であることがわかる。このような施しをされた「しつけ」は着用前にかならず外さなければならない。

この「しつけ」も、「生地の折られた部分」が型崩れしないようにするという意味があるが、やはり「仕立て上がりの飾り」という意味合いの方が強い。「ぐししつけ」は、付いていることにより「キモノをより美しく、格調付けて見せる」ものなので、それを取ったら「台無し」になってしまう。「しつけ」の方は、その付け方を見れば、「一目」が大きくとられていて、「とりやすい細工」になっている。

「しつけ」部分を拡大したところ。しつけの方法にも二通りあり、このような施しのしつけを「一目落し」と言う。これは、裏に一目ずつ小さく落として押さえてあることからその名が付いた。二目ずつ落とされる「二目落し」は、-・-・-・-のような感じの「しつけ方」になって表れてくる。

ともあれ、この「しつけ」は必ず外してお召しになって頂きたい。昔の方は、この「しつけ外し」をする日を「大安吉日」にしていたようである。特に「祝いの席」で使われるものなどがそうされていて、「初めて手を通す品物」には、そこまでの「気遣い」がされていた。

ただ、「長襦袢」に付いている「しつけ」(袖や裾に付いている)の場合だけは、「外す必要」はないようである。襦袢の場合、「しつけ」が付いている方が、生地が安定するからである。

 

今日のこの稿を書きながら、改めて「人の手」というものについて考えた。「人の手」で施された仕事には温もりと誠意がある。「ぐししつけ」のように、遠目でみれば「白い線」なのだが、近づいてよくよく見ると「不揃い」である。「全部を同じようにしようとしたが、全部が同じにはならない」。それをどこまで近づけるようにするか、ということが職人には求められている。この「努力」が尊いのだ。

「機械」がする仕事は全て均一で同じにできる。それが何枚でも何回でも出来てしまう。「全部同じ」が求められるのは「量産品」である。「金太郎飴」のような細工は本来、伝統的な仕事の持つ意味に反する。

「インクジェット」のような品物を主に扱う業者が、「外国縫製」に走るのは、「量産品」だからである。量産品には、人の手の施しは不必要で、「機械的に効率よく、しかも安く」縫い上げれば良いのだ。安く仕立てをしておいて代金は「手縫い」と同じだけ取る。その「鞘を取る」ことが目的である。

つまり「大量にモノ」を売って、「儲け」を大きくしたいと思う者に、「手仕事」を尊重しようなどという気持ちは「カケラもない」といっていい。こんな「不届きモノ」が「キモノ専門店」などと看板を掲げ、業績を伸ばしている。だから、この業界が腐るのだ。「キモノの仕立て」というのは、呉服の本質に関る問題である。「職人」を疎かにする者に伝統的な品物を扱う資格はない。

 

今日、保坂さんがしつけを施したこの品物を納品してきました。私がお客様に「ぐししつけ」についてお話させてもらい、縫い方を見て頂いたところ、やはり「手仕事」の素晴らしさを共感して頂きました。「職人」は直接の仕事の依頼人である「消費者」とは話が出来ません。やはり我々小売の者が、職人の気持ちや努力を代弁して語らなければならないと思います。

それは、呉服というものは職人に支えられている、そのことこそが「伝統に息づく」仕事の証だということです。我々のような「小売」は、「モノを作る職人」と「モノを仕立てたり、直したりする職人」を仲立ちする存在だと自覚しなければいけません。「職人がいることで飯が食べられるのだ」ということを、努々忘れてはならないのです。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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