先週末、東京の悉皆職人に依頼していた品物が戻ってきた。これはしみ抜き補正や丸洗い、また寸法直しや仕立替えに必要なスジ消しや洗張りを施したものである。そして、和裁士に依頼していた年内納め最後の誂え品も、同じ日に仕上がってきた。直しモノにせよ誂えモノにせよ、毎年遅くともクリスマスまでには仕事が終わる。職人だけでなく、私も28日までには全てのことを終えたいと考えて、段取りを付けている。他の店が、年末年始にどのような営業日程を組んでいるのかは知らないが、ことうちの店に関しては「お役所並み」である。
直しも誂えも、請け負った仕事は全て台帳に記載して、職人宛の伝票には台帳と同じ通し番号が付いている。これは、何時どの品物が、どんな仕事で、どこの職人に渡ったかを確認しやすくするための工夫。先日最後の品物が仕上がったので、改めて番号を辿って、今年どのくらい仕事を依頼したのか数えてみた。
和裁士の手による誂えが、およそ250点。これは新しい品物の誂えと、古い品物の寸法直しや仕立直しを全て含めた数。またしみ抜きや洗い、洗張りや色抜き色染め、そして紋入れなどの直しや加工に関わる仕事を施した品物が、約350点。ただこの中には、紋を入れて仕立とか、洗張りして仕立直しとか、シミ抜き後に寸法直しなどと、双方の仕事を重複している品物が多く含まれているので、実質的に仕事を依頼された数は、400点ほどだった。
和裁士宛の伝票を見れば、今年どのような品物が売れたのか判る。キモノは、小紋や紬などのカジュアルモノと無地以上のフォーマルモノとの対比は、7:3でカジュアル。帯は、カジュアルの名古屋帯が8で、フォーマルの袋帯が2。このカジュアル7割以上の商い比率は、ほぼ毎年同じで、今年もその傾向に変わりはなかった。つまりは、私が目指しているカジュアル中心の商いが、それなりに出来ていたことになる。
一方で仕立替えや加工悉皆の内容を見ると、毎年のことながら、かなりバラエティに富んでいる。面白い仕事としては、付下げを羽織に誂え直したり、小紋の残り布を接ぎ合わせて名古屋帯を作ったり、通し柄の八寸名古屋帯一本から、男性の角帯と女性の半巾帯二点を誂えたことなどがある。何れもお客様の要望を受けて、私と和裁士が知恵を巡らせて形にしたものだ。
いつもながら、依頼される多くの品物にはお客様の特別な思いがあり、だからこそ「何とか直して着用したい」との希望がある。今年のブログ稿でもご紹介したように、綻びた箇所を下前へ回して隠したり、袖や本衿の生地を使って胴接ぎしたりと、寸法の足りないものも、出来る限りの工夫を試みて誂えを施した。
売ったモノも直したモノも、伝票を捲ると、一点一点それぞれの仕事の内容を思い出す。お客様に求めて頂いた品物は、色目も模様も鮮明に覚えており、その時の商いの様子も記憶に残っている。小さな店なので、売れる数や直す数は知れたものだが、全ての仕事を一人で請け負っているからこそ、こうして一年全ての仕事を仔細に振り返ることが出来る。
さて、そんな今年も最後のブログになった。この稿ではいつも、その年の干支にちなんだ品物をご紹介しているが、今年はトラとウサギ両方が入った、縁起モノの帯を選んでみた。寅から卯へとバトンタッチする年の暮れに相応しい意匠を、早速ご覧頂こう。
(兎茅の輪・張子虎・白狐面 縁起物図案 グレー砂子地名古屋帯・西陣まいづる)
名古屋帯には、装う時を限定する図案を使うことがよくある。旬の植物文がそれにあたり、早春の梅や椿、春盛りの桜、晩春の葵、初秋の女郎花や撫子、仲秋の菊などを単独であしらうと、否応なく季節が前に出る。また特定の花を組合わせて、文様として季節を表現することがある。いわゆる秋の七草などが、それだ。
では、動物や鳥ではどうか。水鳥や蜻蛉、揚羽蝶など一部の鳥文には、一定の季節を感じることがあるが、動物では、月と組み合わせることの多い兎が秋を思わせるくらいで、他にはあまりない。けれども、これが十二支の動物となると、話が違ってくる。来たる年の干支は、毎年暮れになると意識されるが、その動物こそが新しい年のイメージキャラクターとなる。だから、干支に採用されている動物は、12年に一度だけ「新年に相応しいモチーフ」となる。
そして干支動物と並んで、新しい年を迎えるための縁起物があり、これも旬の素材となる。門松やしめ縄、玉飾りなどの正月飾りや、初詣の時に境内でくぐる茅の輪、また社で貰い受ける福笹などがそれに当たる。こうした縁起図案と干支を組合わせると、それは否応なく、新しい年を感じさせる文様となる。ではこれから、初詣の装いに締めたくなる、そんなお目出度い帯をご覧頂こう。
地色は、柔らかみのある銀鼠色・シルバーグレー。砂子のような細かい金が地に入っているので、見た目には微妙な鈍い輝きを感じる。飛び柄で図案も小さいため、地色のグレーが目立つ。全体からは、おとなしく控えめな印象を受ける帯。
ユニークなのは、モチーフになっている動物。出演は、兎と虎と狐。この帯の図案を考えた者に、意図があったかどうかは判らないが、今年の干支・虎と来年の干支・兎が共演している。しかも見れば、それぞれが神社の正月縁起飾りを背負っている。そして狐だが、この動物は元々神様の使いとして知られている。一目見ただけで、新たな年の始まりを感じさせる帯というのも珍しい。まさに、旬の意匠である。
千両の実と笹を付けた茅の輪の中には、二匹の兎。この丸い輪は、茅萱(チガヤ)と呼ぶ茅草を束ねて編んで作られる。神社では、この茅の輪を参道に設え、参詣者はこれをくぐる。これは茅輪神事(一般には茅の輪くぐり)と呼ぶ儀式で、この輪をくぐると、災いから身を守ることが出来、同時に心身が共に清められるとされている。
神道の儀礼として、人々の穢れを払う大祓いがあるが、特に6月30日に行う「夏越の大祓い」と12月31日に行う「師走の大祓い」は、日本国中の穢れを祓う儀式。古くは、701(大宝元)年に制定された大宝律令の中で、正式な宮中の年中行事としての規定がある。この大祓いで執り行われるのが、茅の輪くぐりである。
輪には笹と、正月には欠かせない赤い実の花・千両をあしらい、そこに来年の干支・兎を二匹並べている。新年の装いとしてこれ以上ない、タイムリーな組み合わせ。
参拝した神社で渡される福笹をつけた、張り子の虎。ゆらゆらと頭を上下に振る虎の玩具は、犬張り子と同じように、子どもの健やかな成長を祈る縁起モノとして作られてきた。虎に添えてある福笹も年初の神社の縁起モノで、特に、商売繁盛を祈願する時に貰い受ける。こうした縁起の良いモチーフは、庶民の宝尽くし文として、江戸中期辺りから文様化されるようになった。
お狐さんは、言わずと知れた神様の使い。お面の狐の色は必ず白だが、これは神様と同じように、人の目からは狐の姿が見えないことを、白い色で表現したものと言われている。神を祀る舞・神楽で使用されるこのお面は、五穀豊穣や家内安全にご利益のある縁起モノでもある。添えられたのは、松の葉。門松に代表されるように、松は絶対に新年の飾りに欠かせない。
お狐さまが使いとなって、虎(寅)から兎(卯)へと、年を渡す。この帯の図案からは、そんな年の終わりと年明けを想像させる。卯年の幕開けを相応しく装うには、またとない帯と言えよう。
旬を強く感じさせる品物は、所謂「キワモノ」であり、扱うことが躊躇される。この帯はその最たるもので、干支の中でも虎と兎しか登場していない。つまりこの帯の旬は、今年の暮れから来年の年明けにかけてとなり、これを逃すと干支が一回りした12年先まで待たなければならない。
図案の楽しさから、後先を考えずに思わず仕入れてしまった帯。だが幸いなことに、今月初めに見初める方が現れて、無事に捌くごとが出来た。このような博打的仕入れは、極力自重しなければならないが、カジュアルに偏った商品構成で商いをするバイク呉服屋にとっては、日常茶飯事のこと。自分のツボに入った品物を、好きなように店に置いて商いをするという、ほとんど適当でいい加減なやり方は、来年も変わりそうもない。
今年も、疫病が収束しないまま、年の暮れを迎えました。毎年「来年こそは」と思い続けてきましたが、3年目ともなると、何となく諦めムードが世の中に漂っています。自粛を声高に叫ぶことは無くなり、対処の方法は個人個人に委ねられ、自分の責任で行動するようになりましたが、この曖昧な状態がいつまで続くのか、誰にもわかりません。
けれども、そんな気持ちを少しでも明るくしようと、和装を楽しまれる方がおられます。今年仕事を請け負った品物の400点という数は、決して少なくはありません。来たる年も、着用する方の気持ちに寄り添った仕事を、変わらずに続けていきたいと思います。思い入れのある品物を、長く長く、大切に装うことが出来るように。
最後に、今年様々な依頼をして頂いた方々、また遠方よりお声がけを頂いた方々、本当にありがとうございました。そして、飽きずにこのつたないブログを読んで下さった方々にも、感謝を申し上げます。来年も少しずつではありますが、情報発信を続けて行くつもりです。また時間の許す限りお付き合い願えれば、有難いです。今年はこれで失礼しますが、皆様も、良い年をお迎えください。
来たる年は、1月7日(土曜日)から店の営業を始める予定です。ブログの更新も、その辺りを考えています。なお、年末年始に頂いたメールのお返事が少し遅れてしまいますが、何卒お許しください。今年も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。