バイク呉服屋の忙しい日々

職人の仕事場から

和裁職人 中村さん(3)「大人キモノ」から「子どもキモノ」へ

2014.12 20

12日、今年の世相を表す漢字が「税」に決まった。「税」は、もちろん「消費税」のことで、4月の8%引き上げと、来秋10%引き上げの延期など、何かと話題になることが多かったからだろう。

だが、もし「山梨県人」が今年の漢字を選ぶとすれば、多数の人は「雪」を挙げるに違いない。2月14日から15日にかけて降った、1m14cmもの「バレンタイン豪雪」は、強烈な印象と教訓を残した。

この2,3日、「爆弾低気圧」による猛烈な寒波で、地域が孤立したり、雪下ろしで亡くなる方の報道に接すると、とても「他人事」には思えない。特に、過疎地で苦労されている高齢の方々を思うと、胸が痛む。

地方再生の大段幕を掲げる政府は、何よりもまず、厳しい自然と向き合って生きる過疎地の人々をどのように「守る」のか、具体的なプランを提示して頂きたいものだ。「地方に仕事を持っていく」ことよりも、「今を生きる人々」の命を守る方が先なのではないだろうか。

 

今年も残すところ10日余り。このブログの更新も、今日を入れてあと3回の予定である。最近では、「新しい年」を期して「キモノ」を誂えるような方は少ないのだが、そんな中、珍しく「正月用の子どもキモノ」のご依頼を受けたので、今日はその話をしてみよう。

 

(水色雲取り模様小紋・5歳女児用キモノ)

元は、普通の大人用小紋だったものを、子どもモノに仕立て直したもの。30代のキモノ好きの若いお母さんが、お正月用のキモノとして自分の娘に使うために依頼してきた。

大人モノから子どもモノへ仕立て直した品物は、以前このブログの中でもご紹介した。(昨年9・27 「母の江戸小紋、娘の七歳祝着になる」)この時は、無地感覚の江戸小紋を仕立て直して、「晴れの日の祝着」として使うものだったが、今回は総柄の少し大人っぽい小紋である。「祝着」ではなく、普段「楽しむため」のキモノならば、使わなくなった大人モノを再利用することを考えてよいと思う。今日ご覧頂くのは、そんな品物である。

 

大人モノとして使っていた時の小紋。

おそらく、30年ほど前のものと思われ、「捺染」による小紋のキモノ。裏地は胴裏、八掛ともに正絹が付けられている。

寸法を測ってみると、身丈が3尺7寸とかなり短い。ここから、このキモノを使っていた人の身長は、145~147cm程度の小柄な方と類推される。また、「中揚げ」の縫込みもあまりないため、このまま「大人モノ」として使うことはかなり難しい。ということで、より小さな「子どもモノ」に直して使うには、向いている寸法状態と言える。

裄は1尺6寸5分、身巾は前が6寸、後が7寸5分で、昔の寸法で言えば「女性の並み寸法」になり、体型は「中肉あるいはやせ型」と思われる。ここも、子どもモノとして直すには、問題ない。

一ヶ所だけ困ったのは、袖丈である。ここが1尺2寸と短く、縫込みがない。小紋や紬、無地などの「柄合わせ」の必要がないものは、「縫込み」を入れず、使う人の寸法に合わせて「切り落とす」ことが多いが、それでも袖丈の場合には、少なくも2寸程度の「縫込み」を入れておくのが普通だ。

「子どもモノ」の袖丈は、最低でも1尺5寸以上欲しい。あまりにも袖が短いと、「子どもキモノ」の「愛らしさ」が出ない。縫込みがないとすれば、余ると思われる「胴」の部分を「袖」に足すより方法がない。いわゆる「ハギ」を入れるということだ。

「袖」は表から見える部分なので、「ハギ」を入れたところが「あからさま」に見えてしまう。常識的には、袖にハギを入れることはあり得ないが、そうかといって1尺2寸と言う短い丈のまま、「子どもキモノ」として使うのも憚れる。悩ましいところだが、さてどうしたものだろう。

 

「トキ・すじ消し」が終わった状態。

大人モノから子どもモノへ変えることということは、単純に考えれば「大きい寸法」から「小さい寸法」への変更である。仕立て直しをするには、大きくするにせよ小さくするにせよ、全部解いて、元の縫い目を消さなければならない。なるべく費用を節約するために、裏地はそのまま使う。ひどい汚れはなく、状態はまずまずだ。

 

うちで「子どもモノ」の仕立てを請け負う職人さんといえば、「中村さん」である。このブログでも、今年の1・14と22日の二回にわたって、「八千代掛け(お宮参りキモノ)」の仕立てに関する話を書いた。「鋏を入れず」に産着を作り、それを3歳・7歳の祝着や十三参りのキモノとして使い回すことについて、紹介させて頂いた。

中村さんは、自分の師匠が「子どもモノ」の仕立てを得意としていたため、それに習って、「小裁ち」のものが上手だ。だから、「八千代掛け」ばかりではなく、子ども全般の品物の仕立てを一手に引き受けてもらっている。

仕立てをするにあたり、着用する娘さんの採寸をする。年齢は5歳、身長は106cm。身丈2尺2寸5分(約85cm)、裄1尺1寸5分(約44cm)。

子どもの「裄」寸法は、「身丈」寸法のおよそ半分というのが、以前の寸法採りの時には一つの目安となっていたが、最近の子ども達の「裄」は長くなっている傾向がある。この辺りは、現代の大人の裄が長くなったのと同様である。やはり、この娘さんの裄も身丈の半分より3cm程度長い。

中村さんとの仕立ての相談で、問題になったのは、やはり「短い袖丈」をどうするかということだ。例え「普段使い」のキモノにせよ、「子どもモノ」の袖丈が1尺2寸しかないというのは、やはり違和感がある。

そこで、出来る限り目立たないようにして「ハギ」を施し、袖丈を1尺5寸程度に長くしてみようということになった。「布の継ぎ方」をどのように工夫するかは、仕立て職人の腕の見せ所である。どうなったのか、見て頂こう。

「ハギ」を入れて1尺5寸丈にした袖。

こうして、画像で見たところ、「ハギ」を入れた場所は判然としない。施されている柄と色の境界をうまく合わせて接ぎをしている。

実際に「ハギ」が入っているところ。真ん中から少し下に、横一直線に付いた「スジ」が見える。ここが、布を足した位置である。このように、近接して写せばようやくそれとわかるくらいなので、着ている姿を見た時に、「袖にハギが入っている」とは思わないだろう。

このような、総柄小紋では、柄と柄の切れ目を使うことで、ハギを隠すことが出来るという、典型のような仕事になっている。

「ハギ」に使った布は4寸程度で、身丈に使われている「胴」から持ってくる。身丈寸法は、元の大人寸法では、3尺7寸だったものが、この子どもキモノではとりあえず2尺2寸5分しか使わない。残った1尺5寸程度の残りの胴部分は、通常「腰揚げ」や「中揚げ」として胴の中に縫い込まれる。

残りの1尺5寸から4寸程度を「袖のハギ」に回したとしても、十分に「揚げ」の縫込みはある。むしろ、中揚げが多くなりすぎてぶくぶく膨らむような感じを、少しでも回避できて、着やすくなるだろう。

「袖丈」の問題も解決出来て、寸法通りの「子どもキモノ」へと、生まれ変わった。身丈に入れた「揚げ」の長さを考えれば、140cm程度の身長になるまで使うことが出来る。今、5歳なので、小学校4,5年までの5年くらいは、「揚げ」を降ろして長さを調節すれば着ることが可能だ。

 

ついでに、「子どもキモノの袖」に施す「丸み」について、お話しておこう。キモノの袖先には、使う方の年齢により、異なる大きさの「丸み」が付いている。通常ではこの大きさが、年齢が下がるほど大きくなっている。

上の画像は今回のキモノで、「3寸丸み」が付けられた「袖先」。

二本のものさしの位置を見て頂きたい。袖の縦と横、それぞれ直線から丸みをつけるために、曲線になり始めた場所が、袖の先端から3寸の位置になっている。この縦と横両方の3寸の位置を結んで、「丸み」が付けられる。

「丸み」を大きく取ることで、「子供らしい」着姿になる。

これは、元の大人のキモノだった時の「袖」。袖先の「丸さ」の違いがよくわかると思う。この丸みの寸法は「5分」。上の子どもに施した6分の1の「丸み」ということになる。

 

このキモノに使う「長襦袢」が無かったので、新しく作ることにした。通常の襦袢生地を使うのは、すこし勿体ないので、工夫して、廉価で仕上がるようにしてみた。

用意したのは、木綿の白のシンモス生地と、端布として残っていた鮮やかな朱赤の絹地、それに、子ども用の濃赤色の刺繍衿。この三つの素材を生かして、「子ども襦袢」を作ってみた。

上の画像は、出来上がった襦袢。

シンモスは「胴」に使い、赤い絹の端布は袖に使う。袖と衿の鮮やかな赤は共通の色。これは、大人の「うそつき襦袢」と同じ考え方である。全てに絹地を使わなくても、子どもの普段着用襦袢としては、十分役割を果たすだろう。「真紅」の色を使ったことで、「子どもらしさ」も出すことが出来た。もちろん、値段も安く上がる。また、キモノ同様に「腰揚げ」と「肩揚げ」を施しているので、年齢が上がって、キモノの揚げを下ろし、長い寸法にする時、同様に襦袢の揚げを下ろせば、同時に使い回せる。

最後に、もう一度仕上がった姿を見て頂こう。

 

「子どものキモノ」といえば、「七五三祝着」か「浴衣や甚平」くらいしか、「使う機会」がないと思われるだろうが、このような「キモノ」を着せてあげて新しい年を迎えるのも、家族にとっては、楽しい思い出になるだろう。

使われなくなったり、寸法が合わなくなったりした「大人キモノ」であっても、「ひと工夫」することにより、新たな「子どもキモノ」としてよみがえる。もちろん、キモノに携わる職人さんたちの技術があるからこそ、このような依頼を受けることが出来る。どのようにしたら「受け継がれる品物」になるのかを、これからも考えながら仕事に当たりたいと思う。

 

良質な新しい品物を納める時も嬉しいものですが、このように古い品物が、お客様の依頼通りに「再生」出来た時には、また別の喜びがあります。このキモノは、自分の娘さんに「着せてみたい」と思う「若いおかあさんの希望」があったからこそ、出来上がった品物です。

もう少しでやってくる新しい年。小さな娘さんの着姿を見て「目を細める」ご家族の顔が目に浮かぶようです。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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