バイク呉服屋の忙しい日々

その他

2022年 寅の年初めにあたり

2022.01 08

あけましておめでとうございます。例年のように、年の初めはゆっくりと休ませて頂いたために、松の内が終わった8日が仕事始めになりました。今年も、何かと制約の多い一年となりそうな気配ですが、どうぞよろしくお願い致します。

 

さて、一昨年の年明けに始まった疫病の感染は、未だに収まる気配を見せません。昨秋から落ち着いていた状況も、新たな変異種の流行により空気が一変。ここ数日での感染は、これまでに類を見ない速さで広がりを見せています。変異したウイルスの正体が把握出来ていないので、今までと同じ対処方法で臨むより、手立てはありません。とりあえずは、三回目のワクチン接種を急ぐことが、喫緊の課題になるのでしょう。

この二年間で、人々の日常は大きく変わり、働き方や人との接し方は、もう以前のような状態に戻ることは、無いと言われています。その結果、多くの仕事が影響を受け、存亡の淵に立たされている職種も、数多く見受けられます。

無論呉服屋の仕事も、様々な影響を受けており、特に冠婚葬祭や通過儀礼の大きな変化は、着用機会の減少に繋がり、売り手も作り手も危機感を募らせています。フォーマルな場での装いとして、ある種のステイタスを築いてきた和装が、活躍の場面を失いつつある。それは民族衣装として、大きな曲がり角を迎えていることに他なりません。

そこで年頭にあたり、この先呉服屋を続けていくためには、何を目途としていけば良いのか、私なりに考えてみたいと思います。もちろん確固とした答えなど出ないでしょうが、曖昧ながらも、今年の仕事の指針に少しでもなればと考えています。

 

年初めのウインド。バイク呉服屋では、ウインドに振袖を飾るのは本当に珍しいこと。憂鬱な気分を晴らし、明るい一年になるようにと、鮮やかな紅色地の梅笹模様振袖と、大きな松を連ねた黒地の袋帯を合せてみました。

 

昨年我が家では、フォーマルな儀礼の場が二度あった。一つは冠婚・長女の結婚であり、もう一つは葬祭・私の父の他界である。一昔前なら、沢山の方にお集り頂いて、祝福を頂いたり、お別れをして頂いたりしたのだろうが、実際には、どちらも身内だけの簡素な形式で済ませてしまった。

結婚の方は、昨年ブログでもご紹介したように、記念の写真だけを撮る・フォトウエディング。彼女は、我々両親と二人の妹、そして小学校からの親友を一人だけ招いて写真を写したが、他に式らしいことは一切行わなかった。そもそも本人たちは、何もしないつもりでいたところを、母親(私の妻)が、自分の結婚式で着用した振袖を着せたいという「たっての希望」から、実現したものだった。

また父の葬式は、コロナ禍においては、多くの人が集まることを避けなければならないことから、公にせず身内で営む「家族葬」にすることに、躊躇は全く無かった。本来なら、取引先をはじめとして、仕事の関係者や知己の方には連絡すべきだが、それも遠慮させて頂いた。それは、県外から来訪することが、憚られていたからでもある。

 

こうして、最もフォーマルな場面である結婚式とお葬式が、形式にとらわれない形で終わったが、私はとりたてて後悔はなく、これで良かったと思っている。むしろ、今まで形式にこだわっていたことが、不思議に思えるくらいだ。

式が多様化した要因は、家よりも個人の結びつきを重視するようになった結婚のあり方や、寿命が延びたことで、次第に他人との関りが希薄になり、最後は身内だけの弔いとなったことに拠る。そこに、コロナ禍で人と関ることを制限されたことが重なり、簡素化に拍車が掛かった。おそらくこの流れは、コロナが収束しても、元には戻るまい。

 

もちろん、大々的に行おうと、簡素な式になろうと、きちんと身づくろいは整えたいと考える方は多いだろう。けれども、形式的となれば出席者は限られるため、それに従って、フォーマルな装いの場面は減少していく。当然ながら、和装の出番も少なくなることは間違いない。

結婚式に装う黒留袖や色留袖、葬式に着用する喪服。結論から言えば、需要はこの先ほとんど見込めないだろう。そして、もし着用することになっても、家に残る既存の品物を使うか、あるいは持っていない人はレンタルで済ますと思われ、新しく品物を誂える方は、極めて限定的になるだろう。

多くの家庭では、キモノや帯を購入して装うという意識を持たず、すでに「借りること」が主流になっている。初宮参りや七五三の祝着、成人式に着用する振袖など、通過儀礼に関わる衣装は「その場限り」で良く、写真さえ残れば十分と考えている人も多い。そう、「何もかもお任せで、キモノが着用出来ればそれで良い」との考え方が、一般的なのである。そうでなければ、写真スタジオで様々なキモノを貸したり、逆に呉服屋で振袖の前撮りを行うような商いが、これほど見受けられることは無いはずだ。

 

店内にあるもう一つの衣桁には、上品な薄藤色の貝桶模様・色留袖と鬘繋ぎの白地袋帯を。色留袖はフォーマルモノの中でも、難しい立ち位置のアイテムですが、格調のある意匠とあしらいを施す品物が、数多く見受けられます。

 

このように考えていくと、専門店が扱うフォーマルモノは、一定の質より上の品物以外、扱う必要が無いように思われる。一般的な消費者の意識として、質へのこだわりが乏しく、品物を借りることが主体となっていくとすれば、この先専門店に足を踏み入れることは、ほとんど期待できない。だから店側としては、手を施した本格的な品物に扱いを絞り込むことで、こだわりを持つ方に注目して頂くことを優先するべきである。

たとえどのような時代になろうとも、和装の質を重視する方が消えてなくなることは、絶対に無いと断言できる。ただその数は、時代と共に漸次少なくなることは、どうしても避けられまい。つまりは、市場規模が限りなく小さくなった世界、それが呉服専門店の仕事なのである。そして、このニッチな隙間市場をどのように泳いでいくのかが、店の未来に関る最大の課題となる。

 

ガラスケースの中は、お召や飛柄小紋と名古屋帯の組み合わせ。帯次第で着用の場が変わる無地系のお召や飛小紋は、専門店として扱うに相応しいアイテムかと思います。そして多様な名古屋帯を置くことも、ニッチなキモノファンの目を惹く条件の一つになるでしょう。

 

先述したように、フォーマルでは質が重視されるが、カジュアルでは質はもちろんのこと、求めやすい価格帯や、特徴のあるデザイン、そして季節への意識など、様々な角度から扱う品物を考える必要がある。呉服専門店を自認するのであれば、商いのウエイトをカジュアルモノに置くことは当然であり、それこそが呉服屋の商いを、ニッチな仕事と認識している証左となる。

ニーズが限られている品物であればこそ、色や模様もありきたりになってはいけない。求める方は、ただ一人である。たった一人のお客様の心をつかめば、それで良いのだ。誰にでも気に入って頂く必要が無いからこそ、品物には秀でた特徴が求められる。

そして大切なことは、扱う品物が「あるじのお気に入り」であること。店に置くことは、当然仕入れることだ。リスクを張って買い入れる限りは、自分のツボに入っていなければ、お客様に自信を持ってお勧めできない。そしてすぐに売れず、たとえ何年棚に残ったとしても、いつか必ず見初める方が現れる。そう信じることが出来るのも、自分の目で仕入れた品物だからこそなのである。

 

撞木に掛けた品物は、紺系の紬と型絵染の帯や個性的な博多帯。クセのある品物をバリエーション豊かに揃えることが、大切になります。ただし、あまり個性に走り過ぎると、売り先はなかなか見つかりません。専門店の商いには、「簡単には売れない覚悟」というのも必要になりますね。

 

振袖に関心を持つのは、成人を迎える若い人やその親なので、対象者を見つけることは容易に出来る。けれども、小紋や型絵染の帯に気を留めて頂ける方は、そう簡単には見つからない。専門店として探さなければならないのは、どこにおられるかわからない、こうしたカジュアルモノに関心を寄せる方々である。

この和装ファンの心を引き寄せるためには、何を為すべきか。それは、地道な情報発信以外に方策は見つからない。それも、何を売っているかではなく、どんな姿勢で仕事に臨んでいるかが、大切になる。お客様からすれば、商いの向き合い方を見れば、扱っている品物の質が判るのでないだろうか。

 

私は、和装の世界は「奥の細道」だと思っている。関心を寄せて入り込めば、その道は深く、細く、どこまでも続いている。こうして判ったようなブログを書き連ねているバイク呉服屋も、まだまだ理解出来ていないことが多い。だから仕事をしながらも、学ぶべきことは沢山ある。

そんな専門店を営む者に求められるのは、一人でも多くの方が、奥の細道を歩いて頂けるようにすること。その「みちしるべ」の役割を果たすことこそが、最大の仕事なのだろう。そしてそれは、未来へと伝統衣裳を伝えていくことにも、繋がっている。

ニッチな仕事と弁えつつも、ファンを増やすことを常に念頭に置く。掴みどころのない答えになってしまったが、今年はこれを目標にしながら、毎日の仕事に励みたい。

 

おそらく今年も、自由闊達な日常を取り戻すことは、かなり難しいでしょう。ですので、ここ二年続いた厳しい商いの状況が変わることも、期待できません。けれども、もともと需要の限られた品物を扱っているのですから、そう悲観することはありません。すでに呉服屋の商いは、大勢人を雇い入れ、沢山売って沢山利益を出すなどと望むことは、間違っていますから。

焦らず、慌てず、ゆったりと鷹揚に構えて、私自身がお客様とのやり取りを楽しみつつ、一年間仕事を続けていきたいと思います。そして、このつたないブログの稿も、少しでも読者の方々に楽しんで頂けるよう、内容を考えながら書いていきますので、今年もどうぞよろしくお付き合い下さい。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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