バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

初めての男モノ(後編) 希少な置賜紬を、お洒落に着こなす

2021.11 11

先週末、竺仙の浴衣を求められる方が、続けて店にやって来られた。うちでは、常にこのメーカーの品物を買い取って置いているので、シーズンオフでもご覧頂くことは出来る。たださすがに今は店の棚に無く、事前に保管場所から出して来なければならない。11月に浴衣とは本当に珍しく、しかも複数の方からの依頼。40年近く呉服屋を営んでいるが、こうしたことはこれまで記憶にない。

8月には、全国で一日二万人を越えていたコロナ感染者も、今月に入ってからは二百人前後と、実に百分の一にまで減少。それを受けて徐々に人の動きも活発になり、これまで自粛されていた旅行や帰省も再開されるようになった。このところバイク呉服屋にも、遠方から来られる方が何人かあり、県外への出張依頼の話もポツポツ入ってきた。こうした季節外れの夏モノ依頼も、来店することが憚られてきたコロナの影響とも言えるだろう。

 

今回受けた浴衣依頼の一つが、男モノ。このお客様との付き合いは長く、三代にわたってうちの品物を使って頂いている方である。着用するのは、二人のお婿さん。奥さんは私と同世代だが、すでに二人の娘さんは良き伴侶を得ている。「私も昔、結婚したばかりの時に、母に私と主人の浴衣を松木さんで誂えてもらいました」と話す。

この方の振袖をうちで誂えたのは知っていたが、浴衣のことは初耳。誂えてもらったことが良い思い出になっているので、「自分も同じことを娘たちに」と思ったそうだ。そして、「若いお婿さんが、自分で浴衣を誂えることなど、なかなか思いつかない」と言う。日常には無いことだからこそ、記念として記憶に残る。そこには娘の母として、パートナーとなった方への感謝も込められている気がする。

 

そして、来店されたお母さんと若い二組のカップル。もちろんお婿さんたちは、本格的な誂えのキモノをつくるのは初めてだが、判らないと言いつつも、反物の中から着用したい一点を探す。途中帯合わせには、お嫁さんやお母さんにも意見を求めながら、段々と選ぶ品物が絞られていく。

お嫁さんになっている二人の娘さんは、すでに誂えた竺仙の浴衣を持っているので、夫婦が揃って着用することを想像し、夫の浴衣が相応しいかどうかを見極める。小一時間かけて誂える浴衣が決まったが、お婿さんたちも本当に楽しそうだった。そして来年の夏は、絶対に夫婦で浴衣で出かける機会を持ちたいと話す。

和装に触れる機会が少なかった男性でも、こうして実際に自分で着用する品物を選ぶと、キモノへの意識が自然と高くなる。「着てみたい」と思うのは当然であり、これが和装に関心を持つ第一歩になる。キモノの入口として、浴衣はとても良いアイテムだ。

そこで今日は、浴衣より一歩進んだ、本格的な男モノについて話をしてみたい。昨年10月の稿では、「初めての男モノ」として、同じ大島紬(疋モノ)でキモノと羽織を作るスタンダードな姿を紹介したが、今回はキモノと羽織双方に別生地を使う、個性的な誂え姿を見て頂くことにしよう。同じテーマの稿としては、一年以上過ぎてしまい、間の抜けた格好になってしまったが、前の稿と合わせて読んで頂ければ有難い。

 

誂えた品々。左から、絞り長襦袢・白鷹お召羽織・ぜんまい白鳥真綿紬キモノ

男性が、本格的なキモノを初めて誂えようとする時、まず思い浮かべるのが大島紬であろう。男モノの依頼は、着用する本人からのこともあるが、多くが一緒にいる奥さんやパートナーの方からである。そんな時、和装をよく知る女性が、軽くて着心地の良い大島が、初めて誂える品物として相応しいとアドバイスすることが多い。

昭和の時代までは、家に帰ったらキモノでくつろぐという男性も珍しくはなく、多くの家の箪笥には、主人用の品物が一枚や二枚は入っていた。普段用に使っていたのがウールで、外へ出掛ける時には紬。ちょっと良いキモノでとなれば、大島だった。当時はウールでも紬でも、キモノと羽織を同じ生地(いわゆる「お対」)で誂えるのが一般的。なので品物には、両方の生地を取れる長さを持つ疋モノを選んでいた。

当時は、キモノと羽織を別生地にすることが珍しかったが、最近はお洒落な方が増えて、しばしばこうした誂えを依頼されるようになった。今回は、最初から別生地を前提として選んで頂いたものだが、お客様が目に留まったのは、キモノも羽織も山形県・置賜地方の織物。さてどのような品物になったのか、早速ご紹介しよう。

 

(銀鼠地 ぜんまい綿帽子 白鳥織真綿紬  米沢・白根澤)

助けられた鶴が、娘に姿を変えて機織をし、出来上がった織物で助けた老人に恩を返す。よく知られた民話・鶴の恩返しである。話の中では、鶴が糸の中に自分の白い羽を織り込むことで、より美しい品物に仕上げたとされているが、実はこの話を地でいくような織物が、明治の頃から東北地方で作られていた。

明治20年代、日本海に面した秋田南西部の町・由利郡岩城町(現在の由利本荘市)では、薇(ぜんまい)白鳥織という特殊な織物が考案された。経糸が綿糸で、緯糸に山野に自生するぜんまいの綿毛と、白鳥の羽毛を混ぜた混紡糸を使う。これは、岩城町亀田地区に在住した元政府の御用商人・佐藤雄次郎が考え出した糸で、10年後に製品化されたが、昭和5~6年あたりで生産が途絶えた。

羽毛を糸に織り込むとは、民話の鶴織物と同じだが、これを復刻したと思われる品物が、上の画像にある真綿紬である。発祥の地である岩城町でも、現在僅かながら生産されており、小物類も販売されている。この品物は、米沢・白根澤が織ったもの。この織屋は、米沢における織物中興の祖・上杉鷹山公の家臣だった先祖以来250年、この地で仕事を続けている老舗だ。

山形では古くから、ぜんまいの綿毛を使った織物が作られていたが、これはぜんまいの頭にある綿と真綿を混ぜて紬糸を作り、緯糸にして織り込んだもの。ぜんまい綿毛に含まれる特質、防水性や防虫性が織生地には生かされていた。

この反物には糸見本が付いていて、何を素材としているのか、お客様にも判るようになっている。上の糸は、ぜんまいを織り込んだ緯糸。茶色に見えているのが、ぜんまいの先端にある綿毛。これを織りなすと、生地の表面にも茶色が浮かび上がる。画像からも、それが判るように思う。

もう一つ付いている糸が、羽毛を織り込んだ真綿糸。こちらは、「鶴の羽」のように純白。これは水鳥の羽毛だが、ぜんまいと合わせて織り込むと、独特の優しい色の織姿となる。羽毛は、防水性があるのと同時に保温にも優れる。そして、ふわりとした紬糸ならでは風合いが、織生地に見られる。

このお客様は、もともと優しく柔らかい色が好みだったそうで、この品の良い銀鼠・シルバーグレーの色合いが目を惹いたと話す。そして、所々に自然に織り込まれるぜんまいの茶色が、独特で個性的。そこも、気に入って頂いた。ということで、まずキモノはぜんまいと羽毛を糸に織り込んだ、この「綿帽子白鳥織」に決まる。裏地は、キモノ地色よりも少し青みがある鼠色にする。

 

誂え終わったキモノ。遠目から見ると、品の良いシルバーグレーの色が目立つ。

近づくと、節のように入ったぜんまいの茶色が織姿から見て取れる。それが他の紬ではあまり見かけない、不思議な色の気配となっている。

裏地の色も、表の色に馴染んでいる。男モノは、八掛と胴裏を共色にする「正花(しょうはな)」という裏地を付けるが、着姿からはほとんど見えなくても何でも良いという訳ではなく、表地と馴染む色や質感のあるものを選ばなければならない。これは女性の品物とて同じことで、誂えの基本だ。

さてそこで羽織だが、キモノの色目とあまり離れない色を使い、全体の色を統一した雰囲気にするか。それとも、まったく違う色で着姿にインパクトを付けるか。どちらを選択したのか、次にご覧頂こう。

 

(柿渋色地 白鷹お召  置賜白鷹・小松織工場)

せっかくキモノと羽織を別生地で見分けるだから、疋モノで作った「お対」とは全く違う着姿にする。それはこの品物を選ぶにあたり、私もお客様も同じコンセプトであった。そこで、キモノが優しい銀鼠色になったことを受けて、少し濃い地の色を羽織にして、引き締まった格好の良い男の姿にしようということになった。

そしてお客様の目に留まったのが、深い赤茶・柿渋色。また生地は、紬ではなくお召。色は深いが、シボが持つ独特の風合いも気に入られた。

この時用意したのは、ベージュ・柿渋・茄子紺の白鷹お召。男モノとして織っているので、反巾は尺一寸巾(1尺1寸)と長い。もちろん、キモノにも羽織にも誂えられる。

伝統的工芸品として指定されている山形の置賜紬。紅花染に代表される米沢草木染紬、手括りや摺込みで絣糸を作る長井紬、そして板締めによる小絣が特徴的な白鷹お召。置賜とは、この三つの地域を包括する名称である。

先日の稿では、京都今河織物が作るお召をご紹介したが、この白鷹お召も画像を拡大すると、生地のシボ立ちがよく判る。3000回転もの強い撚りをかけて織り上げ、それを後から縮ませることにより、こうした独特のシワと風合いが生み出される。このさらりとしたお召生地を羽織に使えば、着姿にも特有の軽やかさが生まれる。

この柿渋色は、真綿紬の中に僅かに見られるぜんまいの綿毛色とほぼ同じ。キモノと羽織双方のどこかに、色の関連性を持たせることは、やはり合わせた時に「腑に落ちる着姿」を形作るだろう。そしてそれは、初めての男モノとして、とてもお洒落な演出だと言えよう。なお羽裏は、菱を幾重にも重ねた江戸っぽい図案のものを使ってみた。

誂え終わった羽織。仕上がった姿を見ると、この柿渋色には、何ともいえない深みとどことなく色気も感じられる。そしてお召であることが、着姿をより特徴付ける。男モノでは、キモノと羽織で生地の質を変えることも、選択の一つになる。

 

(薄鶯色 絞り割菱模様 長襦袢  薄茶色半衿付・加藤萬)

(薄茶色 勝虫小蜻蛉模様 博多角帯)

長襦袢は、渋い鶯色に絞りで柄を起こしている個性的な意匠。帯は薄茶の地に、柿渋茶で蜻蛉をあしらったもの。蜻蛉は古来「勝虫」として武士に好まれたが、今も男モノの帯や襦袢、羽裏などの柄としてよく使われている。

襦袢の半衿と角帯の地色は薄茶、そして角帯の蜻蛉模様と羽織の色は柿渋。襦袢と帯、加えてキモノや羽織とで色の相関性があると、その姿のしゃれ感が増すように思える。そこには、全体を同系色でまとめる装いには無い、コーディネートを試みる楽しみが含まれている。

 

出来上がった、初めての男モノ。ぜんまいと水鳥の綿毛を織り込んだ、置賜の紬をキモノに。独特の生地感を持つ、白鷹のお召を羽織に。こうして改めて選んだ品物を合せて見ると、とても「初めての」とは思えず、これは上級者の装いである。

 

今日は、キモノと羽織に別生地を使った男性の装いをご覧頂いた。和装に馴染みのない方にとっては、品物を選ぶことなど、とても難しいことと思われるだろうが、まずは自分の好きな色を基準にして、品物を探されたら如何だろうか。

理屈ではなく、自分の感覚で品物を見出す。人は誰でも好む色を持ち、自分に相応しい雰囲気とは何かを理解している。その嗜好に従い、モノ選びをすればそう間違いは無く、自然に似合う姿となるはず。皆様には、あまり難しく考えることなく、自分らしい一点を選んで頂きたいと思う。

 

男性は、女性のキモノ姿を美しいと感じ、女性は、男性のキモノ姿を恰好良く感じる。和装に好印象を持つのは、男女を問わず同じではないしょうか。ですので、もし和装で連れだって歩けば、その相乗効果は抜群かと思います。

浅草や京都など「キモノ姿の似合う観光地」では、和装で歩く若い方の姿が散見されますが、出来ればその場限りのレンタルではなく、自分の品物を着用して欲しいと思います。選ぶ楽しみ、誂えの楽しみを知れば、和装の世界はもっと広がります。せっかくキモノに手を通したのに、入口で帰ってしまうのは勿体ないですからね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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