バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

ウイリアムモリスの綿生地で、リバーシブル半巾帯と名古屋帯を作る

2021.04 04

考えてみれば、多くの人がマスクを求めて右往左往していたのは、昨年の今頃だった。入荷を待って、朝早くからドラッグストアの前には、長蛇の列が出来ていたことを思い出す。ネットでは、品不足を良いことに、とんでもない価格で売りに出されていた。

今も同じだが、一日たりとも、マスク無しで生活出来ない。だが当時は、どこを探しても品物は無かった。そこで、追い込まれた人の最後の手段が、自分で作ることだった。材料となる布や紐を購入し、見よう見まねで自分のサイズに合ったマスクを作る。自分用だけでなく、家族の分も含めて、かなりの数を作ったという方も多くおられよう。

うちも例外ではなく、マスクは家内が作った。ただ呉服屋だけに、生地材料には事欠かない。使用したのは、毎年問屋やメーカーが新年の挨拶用に持ってくるふきんや手ぬぐい。そのほとんどが、通気性があって肌触りが良いガーゼや綿ローン素材なので、マスクとして心地良く使える。ただ、きちんと型紙を使って模様を染めている品物なので、切り落としてしまうのは少し勿体ないが、背に腹は代えられない。

 

マスクは、必要にせまられて「生地からモノつくり」をしたものだが、和装の楽しみ方として、自分で探した気に入った布を使って、品物を作ることがある。うちでも時折、お客様からそんな依頼を受ける。

このブログでも何回か、オリジナルな誂え品をご紹介したことがあったが、先日久しぶりに面白い綿生地を預かり、帯として仕立を請け負った。そこで今日は、この誂えについてお話してみよう。生地さえあれば、モノは作れる。読まれた方にはそんな楽しさを理解して頂き、オリジナル品に関心を持って頂ければ、なお嬉しい。

 

ウイリアムモリス・木綿生地を使って誂えた名古屋帯。

和装のアイテムとして、帯くらい誂えをするのに重宝な品物は無い。名古屋帯にせよ半巾帯にせよ、必要な巾と丈さえ確保できれば、生地の質が何であれ、きちんと品物として形になる。しかも長さは、きっちり帯丈一本分が無くても良い。帯の場合、着姿として見えるお太鼓や前模様以外は、中に入ってしまうので、そこに接ぎを入れてもわからない。だから、生地と生地を繋ぎ合わせて帯にすることも、問題なく可能となる。

そして小紋のように、通して全体に模様があるものではなく、留袖や訪問着、あるいは絵羽織のように、決まった位置だけに模様があしらわれているものでも、帯になる。こちらは、袖や裾模様の一部を、お太鼓と前部分に振り分けて作る。つまりは、太鼓柄の帯になるという訳だ。

 

既存のキモノや羽織を帯に直すのは、大概着丈や羽織丈が足りないケースである。それをお客様が、どうしても何か形として残したい場合には、寸法をほとんど気にせず、その上模様も生かせる帯でとなるのは、自然なことだろう。自在に誂えることが出来る帯だが、今回使ったのは、広幅で裁ってある二枚の木綿生地。これをうまく裁って、リバーシブルの半巾帯一本と、名古屋帯二点を作ろうとする試みである。ではその様子を、これからご紹介していこう。

 

広幅で裁ってあるモリス綿生地。画像では異なって見えるが、模様の異なる二枚の生地は共に、縦横の長さが同じ寸法で裁断されている。

これまでブログの中で何回か、モリス的な紫紘の帯を取り上げてきたが、その図案はあくまで、モリスの雰囲気を感じさせるものであり、モリスデザインそのものではない。それに対して今回の綿生地は、きちんと認可を受けた上で図案を踏襲しているので、ほぼモリスオリジナルと言える。

 

モダンデザインの父と呼ばれるウイリアムモリスは、産業革命の進展により、安価な商品が大量に作られるようになったことを、日常から芸術が失われると捉えて、危惧を覚えた。そこで、職人の手でモノ作りを行っていた「中世への回帰」を唱え、生活に芸術を取り入れる「アーツ・アンド・クラフツ運動」を起こす。そして、植物をモチーフとした美しいデザインを製作し、書籍や壁紙、ステンドグラスやインテリア製品などにあしらい、日常の中に芸術を息づかせたのである。

この生活の中に芸術の美を見出すことは、後に日本で起こる柳宗悦の民芸運動を彷彿とさせるが、実際に柳はモリスの運動に共感し、1929(昭和4年)には、モリスが晩年を過ごしたロンドンの家・ケルムスコットを訪ねている。

今回使う生地のデザインは、Anemone(アネモネ)とWillow Bough(ウイローボウ・柳の枝)。どちらも、モリスデザインとしては大変スタンダードな図案。

特にウイローボウは、最初は壁紙だったが、後にファブリックス(インテリア製品の布地)として使われるようになったデザイン。これはモリスが、テムズの川べりに繁る柳の枝をヒントにしたと言われており、彼が最も気に入っていた図案の一つだった。

細枝を縦横に伸ばした柳を見ていると、英国のデザインでありながら、どことなく和の風情が漂う。それはやはり、この植物特有のオリエンタル的雰囲気からだろうか。

 

アネモネとウイローボウを両面に使った、リバーシブルな半巾帯。

お客様の希望は、この二つの生地を上手く使って、半巾帯一本と名古屋帯二本を作ること。帯の寸法はほぼ決まっているので、後はこの生地の長さ如何によって、仕事の成否が決まってくる。そこで布を測ってみると、縦が2尺9寸(約110cm)で、横が9尺6寸(約365cm)。この寸法は、二つの生地とも同じである。この生地を、半巾帯用と名古屋帯用に分けて、上手く裁ち廻さなければならない。

 

半巾帯の標準寸法は、だいたい9尺8寸(約371cm)~1丈5寸(約397cm)辺りに落ち着く。ただ、様々な結び方に対応出来るようにと、この寸法より長い帯もあるが、持て余すようだと使い勝手が悪くなる。また帯巾は、半巾=4寸(15cm)が標準だが、最近では体格が良くなったことや、帯の前模様を強調しようとする人が増えたことから、帯幅は4寸2分(約16cm)程度に広くすることが多い。

今回作る半巾帯の寸法を、帯丈は1丈、帯巾を4寸2分と設定する。これだと、縫い代を含めた必要な長さは、丈が1丈1寸(約383cm)で、巾が5寸2分(約19.5cm)となる。また名古屋帯の帯巾は、通常より2分広い8寸2分(約31cm)に、帯丈は9尺4寸(約359cm)と決める。帯の丈や巾は、着用する人の寸法に合わせて調整することが大切で、それによって締めやすくも、締め難くもなる。

 

さて問題は、このモリス生地を寸法に合わせて、どのように振り分けるかだが、元生地の長さ9尺8寸に対して、名古屋帯の帯丈が9尺3寸なので、横は切り落とすことなく、そのまま使うことが出来て好都合。また、縦の巾は2尺9寸あるので、名古屋帯に使う8寸2分を裁っても、2尺ほどは残る。

こうして名古屋帯の分を裁つと、残存生地は、縦2尺・横の長さ9尺8寸。これで半巾帯を作らなくてはならないが、横の長さが1丈5分なので、僅かに生地の長さが足りない。だが、必要な帯巾5寸2分に対して、縦は2尺もあるので、十分に生地が残る。そこで、長さが足りない帯丈に対応するために、残り生地から接ぎを入れる分を裁って使うことにする。

ネットで見ると、売られているモリスの木綿生地には、110cm巾と137cm巾があり、長い方はカーテンやクッション用の薄手生地。今回使った110cm巾生地の価格は、50cmあたり800円くらいが主流のようだ。依頼されたお客さまが、この生地をどこから求めたのかは判らないが、横の長さが9尺6寸(365cm)あったので、価格は一枚6000円程度と想像が付く。これはネット価格なので、店頭価格と異なるかも知れないが、そう極端な違いは無いだろう。

 

半巾帯は、三河産の木綿芯を通して仕立をする。帯地で芯をくるむようにして両端を縫い付け、縫い代にまち針で芯を止め、裏地を縫う。半巾帯には、アイロンで直接貼る接着芯を使う方法もあるが、和裁士は僅かに緩みをもたせながら、芯を縫い付けていく。

こうした木綿生地に使う帯芯は、少し厚手のものを使う方が、きちんと形になる。絹の名古屋帯では、柔らかな塩瀬生地だとしっかりした芯を使うが、厚手の織名古屋なら、薄目の芯にすることもある。また袋帯は、帯地と帯裏地を二枚合わせて縫ってあるので、芯を入れないことが多く、たとえ使っても薄いものか、木綿ではない絹製の芯を入れる。締め心地にも関わることなので、芯一つにも注意を払いながら、仕立を進めなければならない。

こうして三点の帯を作っても、僅かだが生地は残った。あまり接ぎを入れることもなく仕上がったのは、生地に十分な長さと巾があったからだ。ウイリアムモリスのデザインは、帯に誂えても、モダンで個性的な品物に仕上がる。紬や小紋に合わせて、さっと締めれば、恰好良い着姿になりそうだ。

どんな素材でも、どんな模様でも、生地さえあれば帯になる。自分で気に入ったデザインを探すことは、面倒だが楽しい。特に木綿は、価格も高くないので、多くの方にこうした個性的なオリジナル帯を、誂えて頂きたいと思う。

 

家内のマスク製作から、ほぼ一年が経ちました。作ったものは、こまめに洗い、紐の長さを調整しながら、何枚かをローテーションで分けて、使い続けています。折角ですので、「バイク呉服屋女房のマスク」をご紹介しましょう。

クリーム色・椿と白梅模様のマスク。裏は子犬柄のガーゼハンカチ布。この生地は、竺仙から頂いた綿風呂敷で、右の一回り小さい紅梅柄は、ふきん。どちらも、きちんと型紙を使って染めていて、さすがは竺仙という感じです。いかにも、春を感じさせる模様ですが、果たして「旬のマスク」というものがあるのでしょうか。

 

芥子色・鼠と大根のマスク。裏地のガーゼハンカチも、小さい鼠柄。こちらは染メーカー問屋・千切屋のお年賀手ぬぐい。鼠は、昨年の干支でしたね。

 

万葉仮名のような、象形文字のような、不思議な漢字を並べた手ぬぐいですが、良く見ると「綿紬問屋」と記してあります。これはかなり以前に、紬問屋の秋葉から頂いたお手拭き。文字だけのマスクは、魚へんだらけの鮨屋の湯飲み茶わんのようです。これは私が使うようにと大きく作ってあるのですが、あまりに目立つ柄なので、ほとんど使っていません。

オリジナルなマスクには、付けている人の個性がよく表れていて、見ていて楽しくなる時があります。けれども、こんなものを装着しなければ日常の生活が送れないようでは、どうしようもありません。一日も早く、マスク生活からは解放されたいものです。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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