バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

帯の巾と大きさを考えてみよう(後編・1) お太鼓の寸法・袋帯編

2020.10 18

キモノ用語が、慣用句や諺として使われることがあるが、中でも「帯に短し、襷に長し」は、耳にすることが多い。帯にするには短く、襷を作るには長い。中途半端な寸法は、役に立たないことを意味している。

では、帯には短くて襷には長すぎる寸法とは、実際にどれくらいなのだろうか。帯は、袋帯だと1丈1尺(4m18cm程度)が標準で、名古屋帯は締める方の体格によって帯丈が変わるが、凡そ9尺~9尺5寸(3m37cm~56cm)くらいで収まる。

一方の襷だが、これは駅伝に使うような、輪になっていて斜めに掛けるものではなく、弓道で行射する女性が、キモノの袖が邪魔にならぬように掛ける襷(襷さばきとも呼ぶ)のこと。ここで使う襷用の布は、弓道の道具屋で扱っているが、長さは2m10cm~40cmの範囲である。

ということは、帯にも襷にもならない中途半端な寸法は、2m50cm~3m30cm。雑駁に言えば、3mくらいとなるだろう。他に「寸足らず」も、長さを示すキモノ用語的な慣用句だが、こちらは寸単位(1寸=3.7cm)なので、全く足りないのではなく、必要な長さに僅かに及ばないという意味を含んでいるだろう。

 

昔の計量法・尺貫法(しゃっかんほう)は、昭和33年末を限りに、公の取引や証明の場で使うことを禁じられた。だが建築や呉服の分野では、厳格にメートル法を運用されては、仕事に支障をきたす。そして当時から、ひいてはこの規制が、「日本固有の伝統や文化を維持することを難しくする」として、柔軟な運用を求める声があがっていた。

一時は、尺さし(尺単位の物差し)の製造も無くなりかけたが、1977年にメートルと尺を併記することを条件に販売が許可され、今に至る。そのため、現在店で使っている物差しも、ほとんどがこのメートル・尺兼用差しだが、一本だけ、尺のみを記したものがある。この古い差しの裏には、祖父の字で、「昭和15年1月2日」と墨書きされている。

くすんで茶褐色になった尺差しには、祖父から父、そして私へと受け継がれた店の歴史がしみ込んでいる。三人ともこの差しを使い、誂えを依頼されたお客様の寸法を測ったり、裏地を切ってきた。これは、80年の長きにわたり、店の傍らで仕事を見つめてきた「最も古い大切な道具」である。

 

さて今日は、そんな尺差しとは縁の深い、寸法の話をしようと思う。前回からは半年も経ってしまったが、帯の寸法について。今回は後編として、「お太鼓の大きさ」に注目して、話を進めてみたい。

 

袋帯で、寸法を変えてお太鼓を作ってみた。左から、縦長さ9寸・8寸・7寸

現在最もポピュラーな帯結びの形・太鼓結びは、1817(文化14)年に、江戸・亀戸天神の太鼓橋が落成された際、その渡り初めにやってきた深川芸者が、橋の形を模して帯を結んだことが始まりとされている。この時代の帯結びは、前結びよりも後結びが一般的になり、左右に引いた帯の手が角のように突き出す「路考(ろこう)結び」や、現在でも舞子さんの帯結びとして使われている、帯の垂れを長く垂らす「だらり結び」などが、流行していた。

この文化・文政期の帯寸法は、結び方で多少前後するものの、幅は、若い人で8寸~1尺(30~40cm)、年配者はおよそ9寸(34cmほど)くらいで落ち着いていた。また帯丈は1丈2尺程度で、今の袋帯の丈とほぼ同じである。

このことから、現在の標準的な帯の丈と巾は、凡そこの時代に形成されたと考えられよう。そして女性帯の基本形・お太鼓の寸法も、やはりこれに準じている。その形は、縦横8寸(30cm)の正方形で、垂れは2寸5分(約8.7cm)くらいを目安としている。

 

この基本となるお太鼓の寸法は、帯図案のあしらい方とも関りがある。そして使う方の年齢や体形により、8寸(約30cm)四方のお太鼓形は、少し変化してくる。では、その辺りのことを具体的に見ていくことにしよう。まずは、袋帯から。

紫紘の袋帯。(太鼓柄・舞扇文と六通・紗綾型小袖文)

袋帯には、画像左の帯のように、前とお太鼓に出る箇所だけ模様がついている「太鼓柄」と、右の帯に見える手先と前、そして垂れ先に通して模様がある「六通」、さらに帯全体に模様が通されている「全通」がある。実はこの模様付けの違いが、太鼓柄の寸法にも影響を及ぼしている。どんなことがあるのか、説明していこう。

まず、この太鼓柄袋帯の「太鼓にあしらわれている模様」が、どれくらいの長さなのか測ってみる。画像は、模様の上端と下端を尺メジャーで計測したところだが、寸法は8寸(30cm)になっている。つまり模様は、標準的なお太鼓の大きさと同じ寸法で、織り出されているのだ。

お太鼓を形作ってみた。模様の全てが、余すところなくお太鼓に表れているのが判ると思う。そして、帯の横幅は、どんなものでも8寸と決まっている。故にこのお太鼓の寸法は、縦8寸×横8寸の正方形(30cm四方)となり、バランス良くまとまる。

 

黒留袖の上に、一辺が8寸の正方形・お太鼓をのせて見た。基本的には、この大きさでお太鼓を作るのがベストだろうが、後からみた帯姿は、着用する方の体型や年齢で映り方が変わるので、それに合わせてお太鼓の姿も、微調整することがある。特にフォーマルで使う袋帯は、格調の高い装いが求められるために、より留意が必要とされる。

太鼓結びは、背中に箱を背負っているような姿に見えるが、それだけに後から見て、バランスが取れているか否かが、重要なポイントとなる。残念ながら、好むと好まざるとに関わらず、人は年齢と共に体型が変化する。だからこそそこで、体型に合わせた帯結びの工夫が求められ、大きさにも若干変化が生じる。

凡そ30歳代までの若い方なら、高い位置で帯を締める。少しお太鼓に膨らみを持たせ、垂れの位置は、ヒップより少し上に来ている。これが、年齢を経た50~60代になると、変化してきた体の線に添わすよう、背中の丸みを意識しながら結んでいく。太鼓の厚みは低く抑え、下に僅かな膨らみを付けることも多い。また垂れ先を長くして、なるべくヒップを隠すケースもある。

お太鼓の縦幅を、7寸にしてみた。画像からは、たった1寸(3.7cm)短くなっただけで、かなり小さくなった印象が伺えるだろう。もちろん年齢に伴う体型の変化だけではなく、そもそもの身長や身幅の違いで、お太鼓の大きさが変わることもある。そんな例を次の帯で見てみよう。

 

模様を連続して織り出している六通・銀引箔帯。どこをお太鼓に出すかは、自由。

多くの太鼓柄帯の模様は、標準的な太鼓の大きさ・8寸の範囲であしらいがあり、そのため大きくする時も小さくする場合でも、お太鼓の模様の見え方に変化が生じてしまう。その点六通帯は、決まりきったお太鼓模様とは違い、着用する方の考えで模様の出し方が変わっていく。だから帯幅を少し変えたとしても、映る姿に違和感を生じない。

縦のお太鼓丈を9寸にしてみた。先ほどの金引箔・扇面模様よりも、若い印象が残る帯図案。それだけに、8寸という標準枠をはみ出しても、何ら違和感はない。現在、女性の平均身長は158~9cmと、昔に比べてかなり高くなっている。そして腰高で足が長く、スタイルが良い。160cmを越える方なら、後ろ姿におけるキモノと帯のバランスを考えても、8寸では小さく、少し長い方が恰好よく映るだろう。

 

この後姿のバランスの良し悪しは、何に依拠するかと言えば、やはりお太鼓の大きさが、着装している方の体格・体型に合っているか否かだと思う。そこでバイク呉服屋は、独自に、身長(着丈)と太鼓寸法の比率を割り出してみることにした。もちろんこれは、私の勝手な解釈であり、その良し悪しは判らない。

お太鼓の標準寸法・8寸(約30cm)。まずこれを、平均的な身長(157~8cm)の方が使うと考えよう。そしてキモノを着た時、背から裾までの長さは3尺3寸くらい(125cm)と仮定してみる。この身丈の長さは、おはしょりを考えない対丈で割り出している。

計算して見ると、着丈の24%がお太鼓の巾になる。これを基準にすると、165cmの方(着丈3尺5寸・134cm)では、お太鼓の縦幅は9寸(34cm)で比率が約25%、153cmの方(着丈3尺1寸・118cm)では、7寸(26.5cm)で約23%になる。

 

こうして、着姿の上で帯の占める割合を考えてみると、どうやら、身長に応じて、お太鼓の寸法を微調整する必要がありそうだ。もちろん勘案しなければならないのは、身長だけでなく、身幅や年齢的なことも含まれるだろう。けれども後ろからキモノ姿を見た時、やはり体格に応じた「帯の収まり方」があるように思える。

キモノの後姿を格好よく見せる条件として、帯が占める長さ・お太鼓の割合を24%前後と決めつけることは、もちろん出来はしない。あくまでもこれは、私の独断である。読者の方には、一つの考え方と捉えて頂ければ有難い。そして、普段はあまり気を留めない「お太鼓の寸法」について、目を向けて頂くきっかけになればと、私は思う。

話が長くなりそうなので、カジュアル向きの名古屋帯・お太鼓寸法については、また稿を変えてお話することにしたい。

 

帯の前寸法は4寸で、お太鼓は倍の8寸。単純に寸法を比較しただけでも、帯姿は後ろの方が目立ちます。そして顔は見えなくとも、しゃきっと背筋が伸びた着姿に、人は目を奪われます。しかもその時に、キモノと帯がセンス良くコーディネートされ、それが季節を感じさせる装いであったとしたら。おそらく世界を見渡しても、これほど「後姿が美しい衣装」はありますまい。

菱川師宣の代表作・見返り美人図では、紅色地に菊と桜の大きな花の丸をあしらった小袖と、深緑色地に七宝模様の帯を吉弥結びした姿が描かれています。振り向かせることで、女性の容姿と着物姿が相乗し、美しさを増す。おそらく師宣は、そんな効果を狙ったのでしょう。もしも、この女性の姿を前から描いていたとしたら、きっとこの浮世絵は、彼の代表作とはならなかったでしょう。

ぜひ皆様にも、後姿美人を目指して頂きたいと思います。今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

なお、10月19日(月)~25日(土)まで、私用によりお休みをいただきます。頂いたメールの御返事も遅れてしまいますが、何卒お許し下さい。

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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